EP.09 不安を悟られないようにしました
「ただいま~。一家の大黒柱が帰ってきたよ~」
俺はナターシャ達が待つ宿屋に行き、女将より部屋番を聞いて中に入った。
「おかえりー……またおかしな事言ってるねー。大黒柱はナターシャお姉ちゃんだと思うなー」
ごもっともです。真っ先に出迎えてくれたのはエーコだ。
「それがアークさぁ。おかえり」
続けてナターシャが出迎えてくれた。
「エーコちゃーん! 今日はパパと寝まちゅよ~」
「……アーク、酔ってる? 臭いよー」
鼻を摘まみながら、しかめっ面で返してくる。一杯しか飲んでないのに酔う訳がないじゃん。
「酒は飲んでも呑まれるなってかー。酔ってないよ~……ヒック」
「酔ってるよー」
「酔ってるさぁ」
「ナターシャ、水! 水用意したら出て行ってね。ここはエーコとの愛の素になるから~~」
「矯正」
ペッシーンっ!
あ~世界が回る~~。って、ビンタの勢いで回ってるのは俺か。そしてそのまま倒れてしまう。
「あたいの目の前で堂々と浮気かい?」
「エーコ、愛してるよ~」
伏したまま叫ぶ。
「は~~~~」
エーコが物凄い溜息をした。
「……アーク、いくら酔っていても、それは看過できなねぇ。あたいには一度も言ってくれないのにさぁ」
そりゃ恥ずかしくて本命には言えないのが男心さぁ。
「さて、真面目に……」
俺は何もなかったように立ち上がり静かにテーブル前の椅子に座る。
「あれー? アーク、酔ってないのー?」
「本当だねぇ」
「エーコ君、水を持って来たまえ」
エアーメガネをキラリーン。
「やっぱ酔ってるよー」
「は~~」
今度はナターシャが大きな溜息を付いた。
「水」
「分かったよー」
そう言ってエーコは水をくみにに行き、暫くすると戻って来た。
「水だよー」
「ゴクゴク……エーコの愛液サイコー」
ペッシーンっ!
「矯正! 下品だよ」
はい。ごめんなさい。
「そんないかがわしい言い方するとアークには何もあげないよー」
エーコに蔑みの目で見られる。心が抉られる。だが、それはそれで可愛いから良いー。
「真面目な話があるから諸君座りたまえ」
「絶対くだらない事だよー」
「あたいもそう思うさぁ」
エーコとナターシャが文句言いつつテーブル前の椅子に腰かける。
「では、早速。エーコ君、今日は父と寝ますよ」
「やっぱくだらなーい。それにーさっきと言い方が違うだけで同じ事言ってるー」
「アホらしいさぁ」
「ともかく一緒に寝る。これは決定事項」
強引に迫る義父。うん、最低だね。だが今日は何故か人恋しい。精霊大戦が起きるかもしれないから……。
「やだよー。酒臭いー」
ガーン!
「そんな顔しないでよー。それにナターシャお姉ちゃんがいるしー」
ああ、俺はきっと失意のどん底に落ちた顔してるのだろう。
「そうだねぇ。あたいがいるのに何言ってるのさぁ……まさか本当に愛の素にする気?」
あんな冗談真に受けるなよ。とりあえずナターシャはスルーしエーコの方を向く。
「いや、ナターシャと一緒に寝たら朝まで寝かせてくれないし」
「何言ってるのさぁ。いつも途中でバテて寝るくせにさぁ」
そんな会話をしていたら、エーコが俯いてしまう。耳まで真っ赤だ。年頃ですなぁ。
「ナターシャ、年頃の娘の前で言う言葉ではないぞ」
「矯正!」
ペッシーンっ!
「あんたが言い出したんでしょう」
はい。そうですね。
「……まあそういうわけだからエーコ。たまに一緒に寝てるんだし今日は俺に付き合ってくれ」
はいまたナターシャをスルー。
「ナターシャお姉ちゃん良ーい?」
ほんと可愛いなエーコは。頼めば応えてくれるし、律儀にナターシャに確認を取る。俺は、そんなエーコにいつも甘えているな。
「アークが変な気起こさなけれ良いさぁ」
「起こさないでよー」
「勿論ですともー。エーコたん……でへ、でへへへへ」
「「………………………」」
丸で信用がないって顔だな。まあ悪ふざけが過ぎる態度だしな。
「は~~~~~~~~。分かったよー」
凄く長-------い溜息だったな。
「エーコたん、でへ、でへへへへ」
「アーク、気持ち悪いよー。酔っ払い過ぎ」
エーコが嫌そうに顔を背けた。
「だから酔ってないぞー」
「酔っていない人は大抵そういうのさぁ」
ナターシャにそう言われる。
「ぎひ、ぎひひひ……大抵なら俺はそこに含まれていないさぁ」
「だから笑い方が一貫性がないし気持ち悪いさぁ。それにさっきからあたいやエーコの口真似してないかい?」
「ソンナコトナイヨー」
「目を反らさない」
ナターシャに両手で挟むように両頬掴まれて目線を合わされる。
「まあともかく今日のエーコは、俺の貸し切りだ。普段はナターシャを貸し切ってるんだから、たまにはな」
「急に普通に話し始めたよー」
「一体何なんだろうねぇ」
だから俺は酔っていないぞ。一杯しか飲んでいないんだし
その話がまとまったとこで俺はエドから渡された金が入った袋をドカっとテーブルに置き、ナターシャに差し出す。金の管理はナターシャですからね
「なんだいこれは? ……っ!?」
ナターシャは、中身を見て固まってしまう。
「本題は終わったし余剰のエドとの話でもしようか」
「……これが余剰……かい?」
ナターシャは、ギギギ……と鈍い音がなりそうな感じで俺の方をカクカク向いて来た。
「500000Gも入ってるじゃないさぁ! こ、これどうしたんだいっっ!!!!」
物凄い剣幕で迫ってきたな。
「ご、500000Gっ!? そんな大金があるのー?」
エーコも驚いた。まあ三人で生活しても三、四ヵ月は遊んで暮らせる額だしな。
「エドから依頼を受けた。とある屋敷の調査だ」
「あんた本当に酔っていないのかい?」
「えっ!? 最初からそう言ってるじゃん」
俺は、最初から酔ってはいなかった。何度も言うが一杯程度じゃ酔わない。
ただシリアスな話になるかもしれないからアホを演じてただけだ。
あ、エーコと寝るというのが本題ってのも本当だぞ。これこそ本題中の本題。今の俺には何よりも大事な最優先事項。
「そう……でも、この金額はおかしいんじゃないかい? 一体何をするのさぁ……ま、まさか暗殺依頼?」
「いや、だから調査。ただ大陸の外れにある島に行くから、退路が塞がれると逃げられなくなるのと、遠出手当だよ」
嘘は言っていない。ただ生体実験は言わない。特にエーコは敏感に反応するだろう。
第二次精霊大戦の記憶を微妙に持っているナターシャもか?
いずれにせよ、なるべくシリアス展開にはしないぞ。要は俺が上手く調べれば良いのだから。
「退路が塞がれたらどうするのさぁ?」
「そこで頼みたいのだけど、二人も来てくれないか? 退路の確保と不足の事態の対応で」
「別に良いけどさぁ……本当にヤバい事じゃないのよね? 屋敷を調べるって何を?」
どう切り替えそう……。絶対に生体実験の事は言いたくない。
「なーに、悪政で敷いて稼いでないかって調べるだけだから、そこまで危険じゃないよ。ただ大陸から離れた島だから二人に念の為に来て欲しいんだ」
俺はなるべく陽気に言った。
「分かったさぁ」
「エーコは?」
俺はエーコに振る。
「別に良いよー。エド叔父ちゃんは仲間だしー。その叔父ちゃんに頼まれたら断れないよー」
「うんうん。ポイント稼いでアルと婚姻。やったー! これでうちも王族の仲間入り」
「バカなのー?」
はいバカですよー。同じネタしか使えないバカですよー。
「で、場所なんだが……」
俺は地図を広げ、生体実験の研究所と目されている場所を指差す。
「ここだな」
「本当に離れてるねぇ」
「こんなとこに島があったんだねー」
「エドが言うには元々無人島だったらしんだが、最近屋敷が建ったとか」
エーコは俺と同じ事を思ったので、エドに言われた事を言った。
「ふーん」
「と言う訳で、明日の買い出しはここに行くのに必要な物。保存食とかだな。それとも野営道具とかは家に取り行く?」
「良いさぁ。そういう経費も含めてのお金なんだろうさぁ。有難くこのお金を使わせて貰うさぁ」
「……となると俺の投擲用武器も買って貰って良いか?」
ただ港町ニールに来るだけなので投擲用武器は持って来なかった。
「投擲用武器って……本当は暗殺じゃないでしょうねぇ?」
疑いの目をナターシャに向けられた。
「あ、えっと……だから場所が場所だけに不足の事態を考えてだよ」
なんとか誤魔化す。
「そうかい。まあ投擲用武器は安物ばかりだから構わないさぁ」
「助かる」
家に戻るのダルかったし。
「エーコもそういうわけだから、明日は長旅に必要な物を買うさぁ」
「分かったよー。ナターシャお姉ちゃん」
「さて、じゅあ寝ますかねぇ。アークはエドと御飯食べて来たんでしょう? それとも何か食べるかい?」
「いや良い。一秒でも早くエーコと一緒の布団に入りたい」
「アークはそればっかー」
エーコが頬を膨らます。
「エーコが相手なら間違いはないってアークを信用してるけどさぁ。あからさまに贔屓してる態度されたら、あたいだって焼くんだからねぇ」
「あ、それはすまない。ナターシャ、キレイダネー」
「矯正!」
ペッシーンっ!
「気持ちが入っていないじゃないかい!! それにあたいは一度も愛してるなんて言われた事ないのに、さっきもエーコだけには言ってズルいさぁ」
やば! つい調子乗って掘り返してしまった。つうか、恥ずかしくて言えるか。お前は本命なんだぞ。
「えっと……そのうち……な」
「は~……アークはそればかっただよねぇ。もう良いわ。おやすみ」
意気消沈した感じでナターシャはベッドに入り布団にくるまった。悪い事をしてしまったな。いずれちゃんと言わないと。
「じゃあエーコ、俺達も寝るか」
「は~……しょうがないねー」
溜息をついてる割には顔赤くして嬉しそうだぞ。そうして俺達は同じベッドに入り強くエーコを抱きしめた。
「ちょっとー!」
エーコが抗議の声をあげる。が……、
「どうしたのー?」
気遣うような優しい声音に変わった。
ああ、今俺震えているのか……。なんだろうな。言い寄らぬ不安を感じてる。
生物実験が本当なら精霊大戦が始まるかもしれない。そうなったら、こんな穏やかな時間はもう過ごせない。
「エーコ、愛してる……ちゅ!」
誤魔化すように静かにそう言いおでこにキスをした。
俺は、きっと調査に失敗したらまずい事になるんだろうな。たぶんこれが言い寄らぬ不安なのか? 願わくばこんな時間がいつまでも続きますように……。
「そういう事言うのはナターシャお姉ちゃんにしてあげなよー」
俯き恥ずかしそうに顔を赤くして言ってきた。そうだな。歴史改変後から一年以上も待たせたんだ。
今回の事が片付いたら言わないとな。ついナターシャには恥ずかしくて言えなかった。だから、今度こそ言おう……。俺は、そう心に深く刻んだ。