EP.04 ナターシャのバースデーでした
イーストックスで、サトモジャから事情を聞いた。
空間に亀裂があって触れたら転移したとか。あっちの世界では、神隠し扱いだろうな。サトモジャも不運だった。
疲れているようなので、少し話をして今日は終いだ。
次の日、船で港町ニールに向かう。まあ船旅は4、5時間掛かるので、今後の事を話しておこう。
「おぇぇええええ!!!」
それどころじゃなかった。船酔いかよ。で、気持ち悪いって事で港町ニールでも一泊。
リミットの日になってしまったぞ。本当は昨日には帰りたかったのにさ。まあ今日は、何があろうとも帰るがな。最悪数日分の宿代をサトモジャに渡し一人で帰る。
そう思っていたのだが、大分休めたか次の日には元気になっていた。目の下の隈も消えているし、朝食を確り摂った。
そんな訳でサトモジャも連れて南へGO。
「治、何処行くんだ?」
「あ、この世界では治呼び禁止な。今はアークと名乗ってるのだし」
「分かったよ」
眼鏡をクイっと上げて答える。
「で、何処に向かってるかだが、俺の家だな。………………間借りさせて貰ってるのだけど」
後半ボソっと呟く。だって俺はエーコのようにナターシャの弟子って訳じゃないし、恋人ってだけじゃ我が物顔で家にいるのは、おかしいからな。まあ我が物顔でいるんだけど。
「最後何て言ったんだ?」
「少しだけ急ぐぞって言ったんだ。本来なら昨日帰っておきたかったしな」
急ぐなんて事は言ってなかったんだけど。まあ急ぎたいのは本当だ。
「それよりお前、これからどうするんだ?」
「どうするって言われても……帰れるなら帰りたい」
「たぶん無理」
時の精霊は帰してくれるって言っていたけど、こっちから会うのにどうすれば良いか分からないし。
「やはり……」
予想はしていたのか思ったより落ち着いている。
「なあ、この世界で生きていけるように、仕事とかが欲しいだろ? 今度はホワイトなとこ」
「そうだな。まずは基盤をどうにしかしないと話にならない。いつまでもおさ……いや、アークのお世話になるのも気が引けるし」
眼鏡をクイっと上げながら言う。確かにイーストックスと港町ニールでの宿代や船代は俺が出したしな。
「一応聞くが今でも頭良い?」
「偏差値70の大学に進学できたくらいに?」
「そうか。ならエド城で文官として雇って貰えないか交渉してみるよ」
こっちの世界の常識とか身に付けたら、きっとやっていけるだろう。
「エド城? フィックス城ではないのか?」
「えっと……船に乗った事で、支配地域が変わったと言えば分かるかな? 俺の住んでいるとこはエド城管轄なんだよ」
「なるほど。だから問題があるようなら、エーコという人が住んでるとこに来いって衛兵に言ってたんだな」
良く覚えていたな。あの時のサトモジャは、フラフラで今にも倒れそうな極限状態だったのに。
ちなみに国と言う形になってるが大陸が小さいので、それぞれフィックス国、エド国とは言わずフィックス領、エド領と呼び、何故かその領地のトップを領主と呼ばず国王と呼ぶんだよな。
そこまで話すのは面倒だし、エド城に連れて行った後に一人で学んで貰うか。
まあそんな感じで今後の事を話していたら家に到着した。
「着いた」
「何故こんなとこに家が一件ポツンと?」
海辺の側に一軒だけ。確かに不思議だよな。
「家主の趣味」
これに尽きるな。
ちなみに俺が住むようになってから増築した。俺はまあ強制でナターシャの部屋で寝かされていたが、エーコは客間を使っていた。
なので、俺とエーコの部屋をそれぞれと客間を二部屋分増築した。俺の部屋が出来たのは良いが、ただの物置に近いな。
結局ナターシャの部屋で寝る事を余儀なくされたし。まあベッドをクイーンサイズに変えたから寝苦しくなくて良いんだけど。
ナターシャが出張っていない時も、そのベッドを使わせて貰っている。自分の部屋のシングルサイズより広々としてるし、ついでにリッチなベッドだけあってスプリングも効いていてフカフカだ。
「ただいま~」
「アーク、遅かったじゃないさぁ。遅くても昨日中には帰るって言ったじゃないかい」
「悪い」
ナターシャが少々をおかんむりだ。後ろでエーコがやれやれってしてるし。
「で、更に悪いんだけど客を連れて来た」
「初めまして。里内 聡です」
「サトナイ サトル? オサムと似た響きだねぇ」
ナターシャがキョトンとし出す。
「ああ。治時代のダチだ。何故か転移させられたらしい」
「そうなのかい? ……おっと、お客さんをいつまでも外に居させる訳にはいかないねぇ。入って入って」
「では、お邪魔します」
そうしてサトモジャも加え部屋に入って行く。そして通されたリビングでは綺麗な飾り付けがされている。造花や色の付いたロウソク、カラフルな紙で輪っかを作り、その輪っかと輪っかを繋げ壁から壁へと繋げられている。
「まずは名乗ろうかねぇ。あたいはナターシャ。アークの恋人さぁ」
そんなはっきり言わないでぇ~~。恥ずかしいから。
「へ? 恋人? アークもやるな」
「うるせー」
「わたしはエーコだよー。ナターシャお姉ちゃんの弟子かな」
俺の心の叫びも無情にも誰も気にもしないでそのまま進められる。て言うか娘って言えよ、エーコ。
「二人共宜しくお願いします」
「エーコ、この飾り付けは一人で?」
自己紹介が済んだので、部屋の内装について言及する。
「そうだよー。昨日までにアークが帰って来るって行ってたのにー」
エーコが頬を膨らます。
「悪かったよ。それについて後で説明するよ。それよりも……」
俺は、ナターシャの方を向き……、
「ナターシャ、二十六歳の誕生日おめでとう」
そう今日は8月8日、ナターシャの誕生日だ。だからリミットがあった。本来なら遅くても昨日帰る筈だった。帰れるように仕事の予定も組んだ。しかし、サトモジャの件があったのでギリギリになってしまった。
まあ今日過ぎなかっただけ御の字だけどな。
「ありがとうさぁ」
ナターシャが照れたように笑う。
「あ、ちょっと待ってろ」
俺は、ほとんど物置になっている自分の部屋に行き木箱を取り、ナターシャのとこへ戻る。
「はい、プレゼント」
「開けて良いかい?」
「ダメ」
「「えっ!?」」
「相変わらずだな」
ナターシャとエーコが目を丸くする。サトモジャは、俺の事を良く分かっているのか苦笑いを浮かべていた。
「開けて良いかと聞かれるとついダメと言いたくなる」
「天邪鬼かい? 開けるさぁ」
中に入ってるのは、薬師が使うすり鉢だ。左右の取っ手を掴み真ん中の円盤みたいなので、ギコギコとすり鉢で、薬の素をすり潰す――名前は知らない――のも付けてある。
ナターシャの使ってるのは、大分年季が入ってるからな。
「ありがとうさぁ。大事に使うさぁ」
その後、サトモジャもまじえて大いに飲んで食って騒いだ。
この家の稼ぎはナターシャの薬だけではなく、俺のも含むようになったので、大分余裕が出て来た。
しかし、蓄えを優先し滅多にご馳走――普通の料理――は食べらず質素な物は多い。下手すると薄味のレーションの時もある……とは言え、ナターシャが良い感じの味付けをするので、不味くはない。
だが、今日ばかりはご馳走だ。多いに食を楽しんだ。ちなみに主役に料理をさせる訳にはいかないと、エーコが買って出て、全てエーコが作ったものである。
ナターシャ仕込みなだけはあり美味い。なんせ薬についてだけではなく料理も教えているのだから。