EP.01 不運な青年
「いや~~最近儲かるぜ」
「だなぁ」
「ぎゃはははは……」
「酒をいくら飲んでもなくらねぇとかマジで最高だわ」
下卑た笑いが響く。酒を飲んで飯を食らい馬鹿騒ぎをしてる連中がいた。
精霊大戦終結から一年ちょっと……まだまだ資源不足で、精霊も復活し始めたばかりだ。
よって作物も少なく大半の者が薄味のレーションで我慢しているご時世だと言うのに。
具体的には、精霊大戦が始まる前は、一食酒付きで2000Gもあれば、それなりの馳走だ。それが精霊大戦中期では6000Gに跳ね上がり、末期や終結後では20000Gと十倍もする。
終結から一年ちょっとで12000Gまで下がったが、ここの連中は食い散らかす程に大量に飲んで食べて騒いでいた。
「おい! これ目を通しておけ」
ドン! と木札の束――食べ物にはお金を掛けているのに紙代はケチっている――をどっさりテーブルに置く。
「……分かりました」
丸眼鏡をクイっと上げながら抑揚なく答えた青年は、現在既にテーブルに置ききれない程の木札に目を通していた。それなのに追加だ。通常ならげんなりするところだが、この青年にはもうそんな心はない。とっくに擦り切れているのだ。
頭はモジャモジャって時点で偏見で物事を見る者が見れば汚らしいものだと言うのに、ここ数日洗っていなく艶もない。偏見無し汚い。
丸眼鏡の下、正確には目の下には大きな隈が出来ていた。
(終わらないな。今日も寝れないようだ)
内心ボヤく。もう二日徹夜しており、その前も数時間しか寝ていなかった。
「それと飯だ」
「……ありがとうございます」
また抑揚無く答えると、スプーンを右手に持ち食べ物を掬いながら左手で木札を持ちひたすら見ていていた。
ちなみにだが、騒いでいる連中はまともな食事なのに、この青年は薄味のレーションなのだ。
扱いがあまりにも酷い。寝れない程の仕事量を振り酷使させ、食事もまともなのを与えない。扱いが完全に奴隷だ。
しかし、生きる為に青年にはこうする他ない。
「これは……」
スプーンでレーションを掬うのを止め羽ペンを持ち木札に記す。書いている内容は、物品と金額だ。
何をやらされているのかと言えば、何処に何を売りに行けば儲けになるかを木札の内容から予想し書き記しているのだ。
下卑た笑いをし好き放題食って飲んでいる連中は、何処で何が売ってるか、何処で何が求めているかを調べ木札に記し青年に渡している……なら、まだ良かったのだが、そうではなかった。
例えば何処何処の町は寒くなって来た等の噂話程度の事を逐一記して渡しているのだ。まぁこれならまだ寒いなら毛布が高値で売れるだろうと予想が付くから良い方のだけど。
噂からどうでも良さそうな事等細かく木札に記して渡しているので、テーブルに置ききれない量になるのだ。
それを青年は、精査して値段を決めている。高過ぎても売れないので、売れるギリギリの高値を少ない情報量から見極めないと行けない。
普通なら無理な話だが、それが出来てしまう青年なので、騒いでいる連中から重宝されていた。
(いつからこんな事になったんだろうな……)
丸眼鏡をクイっと上げると作業と並行して漠然とそんな事を考える。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
青年は地球の日本で生まれ育った。
現在は二十五歳。勉強は好きな方で、やがて周りから天才と呼ばれる程に自ら色々学んだ。結果、偏差値70を超える大学に現役合格し、そのまま大学院にも通っている。
青年は、その日の講義を終わらせるといつものように真っ直ぐ帰路に付いた。サークルとかは、加入していない。家でも勉強漬けなのだ。
「今日は医学の方を学ぶか」
丸眼鏡をクイっと上げ呟く。
ちなみに青年は経済学部に入学したのだが、法学や医学等の様々な事にも手を出している。
「……となると参考書か。こないだ買ったのは、終わったしな」
そう思い道順を変更。本屋の方へ向かって歩き始めた。それが運命の分岐とは知らず……。
もし、『今日は法学を学ぶか』とか『こないだ買った参考書で復習しよう』と、真っ直ぐ帰宅すれば運命は変わっていたと言うのに。
世の中、どこでどうなるか分からないものだ。それ一例がこれとも言える。
「ん? 何だこれは?」
本屋に向かう途中の中空で黒いヒビのようなものが目に入った。
「亀裂?」
最初は黒いヒビに見える何かが浮いてるのかと思ったが、全く動かない事に不信に思った。
何かが浮いてるのであれば風に流される筈だから。
そして空間に亀裂が走ってるのかと考えた。青年はおもむろにそれに触れた。
「何だ!?」
そこに吸い込まれてしまう。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
良く分からない空間に引き込まれ流される。そうして気付くと草木が少ない荒れた不毛な大地に放り出された。
「此処は何処だ?」
そこから太陽の位置から方角に目測を立て移動を開始する。仮に迷っても同じ場所に戻って来れるようにと。
そうして数人の男達に出会う。しかし、彼らの髪や瞳の色がおかしかった。地球では染めていたりカラーコンタクトを付けているのではなければ、黒や金が普通だ。
が、彼らは紫だったり緑だったりと全員バラバラでカラフルなのだ。それで青年は迷った。話し掛けて助けを求めるにしても何語で話し掛ければ良いのかと。
「Do you understand what is being said?」
まず主流の英語で『言葉分かりますか?』と声を掛けた。しかし男達は首を傾げ訝しげに見詰めて来た。
「Comprenez-vous ce qui se dit?、你明白在说什么吗?、Capisci cosa viene detto?」
青年はフランス語、中国語、イタリア語と次々に言葉を変えて訊ねた。青年はカタコトなのを含めて七ヶ国後を操れるのだ。
「さっきからてめぇ何言ってやがるんだ?」
漸く男が返事をした。
「え? 日本語通じるのですか?」
「は? ニホンゴ? 何言ってるか分かんねぇつってんだよ」
「えっと、此処何処ですか? 良ければ教えてください」
「此処はフィックス領だ」
「フィックス領?」
聞き慣れない言葉出て来て今度は青年が目を丸くする。日本語が通じ……いや、日本語しか通じないのに髪や瞳の色が黒ではない。
そして聞き慣れない地名。頭の回転が速い青年でも混乱した。
しかし、助けを求めなければ生きていけない。帰る事も出来ないと判断し、慎重に交渉した。
結果、彼らはごろつきと言える善良な人ではないと気付いたが、他に頼るべき人もいなし、いざとなれば逃げ出せば良いと判断し、彼らの助力を得る事にした。
それが甘かった。
彼らに、拠点としてる掘っ立て小屋に押し込められ、現在の生活を余儀なくさせられた。逃げ出す事もできない。
それでいて押し付けられる仕事を確りこなさないと何されるか分からないと思い、手抜きせずにこなし続ける事になった。
全く不運な青年である。最初に出会った者がエドワードの息が掛かった者なら、ホワイトま暮らしが出来たのに……。
ブラックもブラック。真っ黒な環境に身を置く事になってしまった。