EP.37 アークの為の戦い -side Natasha-
あたいの名は、ナターシャ=プリズン。アークの恋人。いや、だったと言うべきか……。自嘲気味に笑ってしまう。
今はアークとはただの同居人だねぇ。
そして、もう一人の同居人エーコの師にあたり一応薬師の知識を教えている。
アークとはただの同居人に成り下がったのは、生体実験をしてると噂される屋敷を調べた事から始まる。
フィックス王エドワードは、その情報を掴みアークに事実確認をする依頼をした。念の為にアークは、あたいやエーコをその屋敷に連れて行き、外での見張りを頼まれた。
中まで着いて行くべきだったと思うが、気配を消したり、相手の気配を探ったりするのは暗殺者ダークの体を使っているアークにしかできない芸当。
仕方なく外での見張りをしていたが、屋敷で大爆発が起きた。アークは瀕死の重傷を負いながら、なんとか屋敷を抜け出す。
エーコの上位回復魔法で事なきを得たが、目覚めたのは四日後だ。しかも記憶がないとか……。
それにあたいを叔母さんとか言い出すし、なんか悲しくなってしまうなぁ。それも仕方ないかもねぇ。なんせアークの記憶では15歳なんだもんなぁ。恋人だったのに叔母さんと呼ばれるんだもん。悲しくなったさぁ
それじゃあエーコに目が行ってしまうのかもしれない。肉体的に親子だと言う記憶もないし。
でも、エーコなら間違いは起きないだろうと信じられる。
いや、仮に間違いがあっても悲しいけどアークが元に戻ってくれるな……。それだけあたいはエーコも可愛いと思っている。
だから、あたいはアークをエーコに任せて記憶を取り戻す魔法の契約の言霊が記されたものがあると言われる魔導士の村の南にある古代迷宮に向かった。
そこであたいは、ダークに襲われた。アークを元に戻そうとしてアークの本来の体の持ち主に狙われるとかとんだ皮肉だねぇ。
覆面をしていて顔は見えないが、あたしの言葉に反応したからにダーク以外に考えられない。
心臓が早鐘を打つ。死神の手があたいに伸びて来ると感じさせる。
正直怖い。今直ぐにでも逃げたい。だけどそう言うわけには行かないさぁ。だからあたいは心を奮い立たせ再び口を開く。
「やっぱりアークスだねぇ」
「……俺はアークスではない」
「もう捨てた名だって?」
「……捨てるも何も知らん名だ」
「アークス=アローラ」
「……何故それを?」
そりゃ本人しかきっと知り得ない事だもんねぇ。
「そっちこそあたいの事を忘れたのかい?」
「…… 一年くらい世話になったが……それだけだ」
「あらぁ? あの時、名前がないのは不便だってアークスと言う名を付けたけど? ねぇ、ダーク」
「……それは海辺にいたからそう名付けたのだろ?」
「そう見せかけてあんたの事を知っていたからアークスにしたのさぁ」
そうアークじゃないと気付いたからアークスにした。
「……何だと?」
ダークの殺気が増す。あらあら怒らしちゃったかなぁ? 会話で引き延ばしこの場の打開策を考えようとしたけど裏目に出てしまったかも。
怖い。怖い。怖い。ダークがその気になれば、あたいなんて直ぐに死ぬと分かる。それだけの殺気を放っている。嫌な汗が流れる。
「……何故知ってる?」
「本人に聞いたから」
と言ってもアークで、厳密にはその体を乗っ取った人に……だけど。
「戯言を」
「それより何であたいを狙うんだい?」
「……そっちこそ俺を忘れたのか?」
金で雇われれば誰でも殺す殺し屋ね。
怖いけどもっと色々言いたい。怖いと同じくらい頭に来ていた。いきなり後ろから襲って来るなんて。治療した恩を仇にして返そうとしてさぁ。
「まだ殺し屋とかバカみたいな事やってるんだねぇ。エーコが聞いたら悲しむだろうなぁ」
「……何故あのガキの名前が出る?」
シレっと誤魔化す気ね。
「エーコ本人も知ってる事さぁ。あんたが父親だって事を」
「………」
更に一気に殺気が増した。そしてダークの姿がブレる。
まずいと思い咄嗟に左に飛んだ。すると先程まであたいがいた場所に右から小太刀を振るっていた。
アークと模擬戦を何度かしてて良かった。動きは似たようなもの。とは言え、アークは殺気を放っていなかったし、本気じゃなかった。だけど今回は違う。
心臓が煩い。逃げろと本能が叫んでいる。しかし理性では逃げたところで後ろから斬られるだけと告げている。
だから、あたいは自分を奮い立たせないといけない。体勢を整えると直ぐに弓を構える。
「エレメント・ランス」
「……ふっ」
小太刀で矢を斬る。残念。それ魔力で出来た矢だから斬っても威力を衰える事なく標的に向かって行くのよね。まあ闘気を籠めて斬れば消滅するんだけど。
「ちっ!」
ダークは、半身を反らしてなんとか躱した。
「エレメント・ランス、エレメント・ランス、エレメント・ランス……」
追撃を掛けるように連続で撃つ。
アークと模擬戦をしてるから分かるけど、あたいは絶対勝てない。だから、手の内を知られる前にやらないと。
「……ふっ」
またダークがブレた。次は後ろね。
あたいは前に飛ぶ。そして直ぐに振り向こうとするが……、
「っ!!」
背中に痛みが走った。投擲されたようだ。あたいは背中に刺さったナイフを抜きながらダークを見据えつつ……、
「<中位回復魔法>」
中位回復魔法を唱える。その後、追撃するように正面から迫ってくるが、中位回復魔法で背中を回復しながら、なんとか躱す。
厳しいさぁ。アークと模擬戦をするより遥かに厳しい。なら少し揺さぶりを掛ける。
「ダームエルの事は残念だったわねぇ」
ビクっ!
ダークがたじろぎ一瞬動きが止まる。その隙にバックステップで距離を取った。
ちなみにダームエルというのはダークに取って相棒だった男。会話しつつ次の手を考える。
唯一あたいにアドバンテージがあるとすれば、ダークはアークと違いあたいの手の内を全て知らない事だ。
「親であり師だった男よねぇ?」
「……何故それを知っている?」
覆面でよく見えないけどギロリと睨まれた気がした。怖い。正直怖い。
アークとの模擬戦で動きはある程度分かる。でも、その模擬戦で勝った事はないし、これは実戦だ。
殺意を向けられているのがヒシヒシ感じる。死神の手がそこまで迫ってるのが肌で感じる。
「だから本人に聞いたと言っるさぁ?」
「……戯言を何度も言うな」
「戯言? この内容は本人しか知り得ない事でしょう?」
「貴様は……貴様はどこまで知っている?」
懐をあさる。あった! これ持って来ていて良かった。
あたいはダークを嘲笑うように答える。
「大体全部かなぁ? アークスが5歳の時に森に捨てられたとか、家に帰ったら新しい子供がいて頭にきて母親以外皆殺し。その時にダームエルに出会ったとか……ねぇ」
「……尚更生かしておけないな」
「どっちにしろ生かす気ないでしょう?」
「……ふっ」
またダークがブレた。今度はどっち? 後ろね。また前に飛べば投擲を食らう。あたいは左に飛んだ。
「……」
無言で追撃が掛かる。小太刀を振り下ろされ、あたいは弓でそれを受け止めた。
そして懐から閃光薬を取り出し、地面に投げ付けると同時に目を瞑りバックステップ。
「なっ!?」
後ろに下がったけどちょっと耳がキーンとしちゃったかな。これはあたいが調合したもので眩しい光と物凄い音で、一時的に相手の目と耳を封じるもの。
「エレメント・ランス」
魔力による光の矢を放つがダークは半身を反らす。なんて感をしてるのさぁ。いや、違うか。ダークは元々気配察知に優れている。アークも同じだった。
だから、アークにもこれは通用しなかった。でもさ、あたいの手の内を全く知らないダークがこうあっさり対応するとか悔しいさぁ。
殺すつもりで左胸を狙った矢は、半身反らしたせいで左肩に命中。当たっただけ御の字と思うか。
そして、またダークがブレる。今度は後ろね。前に飛ぼうとしたが、すっ転んでしまう。
「しまった!」
どうやらダークは、今まで加減していた。この戦いが始まってからの最高速の動きだ。あたいは後ろから足払いをされ転んでしまった。
それも目が見えないのに。失敗したな。アークにも出来る芸当だし、アークとの模擬戦は手加減されていたのに手も足も出なかった。なら本気で此方を殺しに来ているダークを相手取るなんて、より難度が上だ。
もっと臆病に立ち回れば良かった。もっと狡猾に立ち回れば。能力アップのお香を使えば……。
次から次へと後悔ばかりが頭をよぎる。
「……終わりだ」
小太刀を振り上げる。
あーあ、終わったなぁ。
アーク、ごめんねぇ。
結局記憶をどうにかできなかったよ。
いや、違うな。あたいがアークに会いたかったんだ。
あたいは……、
――――あたいは、アークに抱き締めて貰いたかったんだ。
だから、記憶を取り戻そうとしたんだ。
なんにせよあたいは、ここで終わりだ。
キーンっ!!
しかし、斬られる痛みを感じるどころか甲高い音が響く。
あたいとダークの間に入ってきた者が剣で小太刀を受け止めていた。
これは夢?
「アークっ!?」
アークにまた会いたいと思ったけど。何で? 何でアークが此処にいるんだい?
ここは死後の世界? あたいは幻を見ているの?
そう一瞬錯覚してしまった。
でも、間違いない。本物のアークだ。
あたいの心臓が跳ねる。先程と違った早鐘を打つのだった――――。