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短編集

観桜会で何が起こったか?

作者:

【王妃付き筆頭侍女、エレノアの話】


 いや、本当にこっちが聞きたいですよ。何が起こったのか。

 朝起きたら、こうなっていたんです。

 3年ですよ、3年。お二人が寝所を別にされてから。

 それが、見てくださいよ、陛下のあのお顔。もともと陛下が妃殿下にぞっこんなのは明らかでしたけれど、あんなになっちゃうものなんですね、現世に並ぶもののない高貴なお方でも。そこらの若造と変わらないわ。っと、今の言葉は、忘れてください。


 私が知っていること?

 昨日の夜、急な相談事、とおっしゃって、陛下が妃殿下の寝所にお渡りになられたのです。

 それそのものは、これまでも全くなかったことではありません。今や妃殿下は、まつりごとにおいては陛下の片腕、両腕、いや、頭脳……、ごほん、とにかく大きな役割を担っておいでです。何か大事があれば、昼夜となくお二人はお顔を合わせられて、議論をなさいます。


 でもそれは、あくまでまつりごとの相棒としてのご関係で。いつもお二人は、テーブルに向かい合い静かにお話し合いをなさっておられました。あのように、ひっきりなしに手を握ったり接吻したり、あまつさえ食事をお手ずから与えようとなさったり……なんてことは、ついぞございませんでした。

 本当に、何が起こったのでしょう。人払いされた私共には、想像もできません。


 先生……。妃殿下がどのような出自をお持ちかも、ご存じではないのですか。よくまあ、詮議役などお引き受けになられましたね。……まあよろしいでしょう、お話いたします。

 アリシュア国はご存じですか。この国と一国挟んだ西隣にある、小国でございます。妃殿下や私共は、そこの出身でございます。

 妃殿下は、かつてはアリシュア国の女王として一国を束ねる立場になられるために、教育を受けられていた方なのです。それが、年の離れた弟君がお生まれになり、16歳で廃嫡されました。


 むつきのとれない頃からお世話申し上げている私共としては、それはもちろん、奈落の底に突き落とされるような出来事でございました。けれど、私共のご主人様は、そのようなことで世をはかなむような軟弱なお方ではありませんでした。

 二つ目の人生を与えられた。

 廃嫡が決まった日、すっきりとした笑顔でそうおっしゃったマルグリッド様のお顔を、私は忘れることができません。


 お輿入れは、こちらのセレイン王国からのお申し入れでございました。小国アリシュア国としては、願ってもないお話です。とんとん拍子で話は進み、マルグリッド様は17歳で、ここセレイン王国に嫁がれ王妃となられました。


 でも、――ここだけのお話にしてくださいませ。初夜からこちら、お二人が枕を交わされたことは、一度もありませんでした。一度もです。

 婚姻の儀の翌日の朝のことを、私は忘れることはできません。

 陛下は早朝には寝所をお出になられました。妃殿下マルグリッド様は、あの方にしてはとても珍しいことに、日が昇り切るまでベッドからお出になることがありませんでした。――妃殿下は、泣いておられました。ベッドを出られた妃殿下は、私共にもいつものお顔しかお見せにはなりませんでしたが、もちろん、私には、分かりました。


 それからほどなくして、お二人は寝所を別になさいました。もちろん、陛下からのお申し付けです。


 ――え? 詮議は、そのことではない?

 バルーガ族が、隷属を申し出て来た、と? あの、貴重な鉱物が眠る黒の山を守る少数部族が、ですか? 何にもなびかないことで、有名な?

 ひと月前には、戦争が始まるかもしれないとのお話でしたよね。ええ、妃殿下がぽつりと漏らされましたので、存じております。

 妃殿下に隷したいと、族長が申している?

 いいえ、妃殿下とバルーガ族には、個人的な関わりは一切ございません。神に誓って、嘘ではございません。


 ――申し訳ありません、私には、何が起こったのかは分かりかねます。




【給仕長 レイラの話】


 昨日の観桜会は素晴らしかったですわね。もちろん、毎年のことではありますけれど。

 昨日ほど、華やいだ宴は記憶にございません。


 まず、王妃殿下の美しさですわ。もちろん、普段から美しい方ではありますけれど……。ご出身のお国の伝統なのでしょう、とにかく、お化粧が、濃いのです。仮面のように塗りたくる、と申しましょうか。そして、ほとんど扇でお顔を隠されておられるので、私共は3年もの間、本当の妃殿下のお顔を存じ上げておりませんでした。


 といっても、それに気がついたのは、昨日のことです。妃殿下は、別人と見まごう程の薄化粧で。そのお肌、顔立ちのお美しいことと言ったら……。それに、いつもとは違い少しお体の線が出る、シルエットを抑えたドレスをお召しでした。色味も落ち着いておられて。本当に、震えがくるほど、お似合いでしたね。どうしていつもあのようなドレスをお召しにならないのだろうと、思わず思っちゃいましたよ。不敬ですけれどね。


 確か妃殿下は、武術の達人でもあらせられるのですよね。そのせいでしょうか、あの引き締まっていてかつ出るところは出ているお体、本当に他の貴婦人にはない美しさですわよね。女ながらに、きゅんといたします。


 陛下も落ち着かないご様子で、何度も妃殿下を横目で眺められてはうっとりされているのには、こちらも思わず微笑まないように必死でしたわ。そう、あのような場では給仕は無表情に徹することが、鉄則でございます。


 もちろん、ご存じの通り、最後は少々、おかしなことになりましたけれど。

 お聞きになりたいことは、それでございましょう?


 常になく睦まじいご様子で、妃殿下が陛下に身を寄せられたのです。

 扇にかくれて、何をお話になられたのかは、給仕の者達には聞き取ることはできませんでした。


 そのあとしばらくされて、陛下は中座され、そのままお戻りになりませんでした。

 体調を崩されたとの話もありましたから……先生が呼ばれたのも、その時でしょう?……何か含みのあるお顔ですね。まあ、聞かないでおきます。長生きしたければ、全ての穴を閉じなさい、と言うのが、私共給仕係に伝わる格言でございますからね。


 でもまあ、今朝の朝食の陛下のご様子を拝見いたしますと、落ち着くところに落ち着かれたのでしょう。

 これで、この国の先行きも明るいですわ。私、心底ほっと致しました。

 

 


【近衛騎士副団長 イワン・マーデリク卿の話】


 はい、昨日、自分は観桜会の客側におりました。本来、王族の警備をまとめる役割の自分がそのような立場で宴に参加することは、もちろん気が進むものではありませんでしたが……。

 しかし、あれは王妃殿下のご依頼だったのです。依頼された内容は、この日初めてお披露目される、王妃殿下のお墨付きの……第2妃候補の女性のエスコートでした。


 自分がエスコートを依頼されたのは、秘密裏に進められていた昨日のお披露目に向けた準備について、自分が最初から知っていたからです。

 第2妃候補の女性、ジョセフィーヌは確かに、非常に美しく聡明な少女です。しかし、磨けば光る玉と言うか……そう、実は、あの子は王宮の下女だったのです。


 ひと月前のことでした。王妃殿下のお庭に、下女が迷い込んだとの一報が入りました。自分はその日、後宮の警備の責任者の立場で、これは首が飛ぶかもしれないと思いながら駆け付けたのを覚えています。……あ、すみません、余計なことを。


 下女は水瓶みずがめを抱えて、震えていました。その前に、王妃様が自ら膝をつかれ、その子の顔をのぞき込んでおられました。

 傍から見ても、顔色の悪い、みすぼらしい子供だったと思います。

 ところが、駆け付けた私に王妃様はこうおっしゃいました。


「この子が気に入りました。今日から私付きの女官にするから、部屋を用意して頂戴。このことは、陛下には内密に、お願いします」


 それからはまあ、大変だったようです。食堂で顔を合わせることも多いので、情報収集もかねて、妃殿下付きの侍女たちとはよく話をするんですが、妃殿下はひと月かけて、その下女を徹底的に磨き上げ、礼儀作法を仕込んだんだそうです。


 しかし、妃殿下のあの慧眼は、どこから来るものなのでしょうね。

 昨日のあの子、ジョセフィーヌをご覧になりましたか。どこからどう見ても、最上級の美しさと身のこなしを兼ね備えた、貴婦人でしたよね。

 ひと月であそこまでになると、初めに見込まれたとしたら、恐ろしい話です。近衛隊士の選抜試験に、ご臨席いただきたいくらいですよ、いや、冗談抜きに。




【王妃マルグリッドの話】


 そんなにかしこまらなくてもよろしくてよ、先生。

 お話は分かりました。でも、私には本当に、心当たりがないのです。


 ――身体?――昨晩?

 ……いやね、エレノアったら、何を話してるのかしら。ごめんなさい、ちょっとお水をいただくわね。


 ……ええと、バルーガ族の話ね。私に完敗したと族長が言っている、と。……本当に、何のことかしら。それほど頭の回りが遅い方ではないと思っているのだけれど、皆目、見当もつかないわ。

 わかりました。何か、私が見落としていることがあるかもしれない。昨日、私に起こったことを、順を追ってお話します。少々、お恥ずかしいところもあるけれど……



 庭園は薄紅色に包まれていた。

 この庭園が、一年で最も美しく彩られる数日。それを逃さず、毎年欠かさず、この宴は催される。

満開の桜の下には、贅を尽くした様々な馳走や酒が並び、ゆるやかな調べが微かに響く。その中を、着飾った貴人たちが、静かに笑いさざめきながらゆっくりと巡っては散っていく。

 毎年、確実な日が読めないこの宴のために、ひと月ほどは、多くの食物、人手が確保される。宴が流れた日の食物は貧しい民に供され、待機していただけの小者にまで、破格の日当が払われる。これは、セレイン王国の伝統的な国威発揚の催しでもあり、同時に慈善事業でもあるのである。


 王妃マルグリッドは、庭園の見渡せるバルコニーに静かに座し、その景色を眺めていた。口元には、淡い笑みが浮かんでいる。

 隣に座した、夫である王の視線が、時々こちらに投げられることが分かる。そのたびに、マルグリッドは目元で微笑み返す。普段はほとんど感情を顔に出すことのない王は、しかし今日は常になく、瞳をきらめかせ、抑えられない期待に顔を輝かせている。


「今日は、陛下に、特別な贈り物があるのです」


 宴の座に着く直前に、そっと身を寄せてささやいたマルグリッドに、王は微かに目を見開いた。それからの夫の落ち着きのない様子に、マルグリッドは知らず笑顔になる。


 そして、時は来た。

 目の前をゆっくりと歩み進んでいく貴人たちに交じった近衛騎士の制服に目を止め、マルグリッドは微笑む。そして、その騎士と彼がエスコートする少女を、ゆっくりと扇で招いた。


 招き寄せられた男女は、国王夫妻に最上級の礼を取る。

 少女の完璧なカーテシーに、マルグリッドは満足げに目を細める。ここまで、本当に長かった。

 許され顔を上げた少女の美しさに、王もマルグリッドも息を飲む。


(まさか、これほどとは。……完璧だわ。やはり私の目に狂いはなかった)



 マルグリッドは、醜女である。

 生まれた時から王女であり、そして大国に嫁ぎ王妃となった自分に、表立ってそのようなことを口にするものは誰もいない。

 しかし、マルグリッドは16歳の時にそれを知った。


「いや、ラッキーだった。神に感謝。もう少しで、あの女を一生抱き続けることになったんだぜ。軟骨みたいな尻をした、あのオトコオンナ」


 聞こえてきた声は、聞き間違えようもない、廃嫡に伴い婚約を解消した元許嫁のものだった。

 その日、マルグリットは人目を逃れ、宮庭の片隅のベンチに寝転がっていた。廃嫡はさすがにショックだった。これまでの自分の人生は、何だったのか。ぼんやりと晴れ上がった空を眺めていた時、生け垣の向こうからその声は聞こえてきたのだ。


 おかしなことに、その言葉にマルグリッドは救われた。

 自分のこれまでの人生が、いかに狭く歪んだものであったのか、その時自分は思い知ったのだった。無意識に、自分は生まれながらに全ての物を与えられ、それを享受する権利があると、思い込んでいたのではなかったか。現実には、ただ一人思い定めた婚約者にすら、疎まれていたというのに。


 このような見識で、女王になどならなくて本当に良かった。

 マルグリッドは心に決めた。これからは、自分の価値を、見誤らない。

 どのような場所であろうとも、与えられた場所で、自分が成せる最上のものを、成し遂げて見せる。


 そうして、望まれてセレイン王国に嫁ぎ、王妃となった。

 でも。婚姻の儀で初めて顔を合わせた王の美しさに、マルグリッドは打ちのめされた。

 初夜のベッドの上で、マルグリッドはどうしても、王に身体を委ねることができなかった。自分の中に、王に触れられ失望されたくないという強い願いが生まれてしまったことに、マルグリッドは絶望した。


 王は聡明で優しい人だった。マルグリッドの顔を見て、自身の肩をかき抱いているその腕を見て、王は伸ばしかけていた手を下ろした。

 一晩ベッドの上で向かい合って他愛ない話をして、早朝、王は静かに寝所を出て行った。

 そうして、二人は男と女ではなく、共にまつりごとという難敵と戦う、盟友となった。


 それでも、一国の主である王には、そしてその妻である王妃には、義務がある。

 王の真の愛を受け、その子を宿すに足る素質のある女性を、マルグリッドは見つけねばならなかった。

 3年経っても、彼女のお眼鏡にかなう女性は現れなかった。


 しかしついに、マルグリッドは見つけたのだ。その少女を一目見た時、全身に雷に打たれたような衝撃が走った。

 垢と埃の下に隠された、美しい肌、化粧映えのするすっきりとした顔立ち。痩せてはいるが、しなやかでそしておそらく強靭な、その四肢。なにより、ぼんやりと見えてその底に隠しようもない聡明さをたたえた、美しく意志の強そうな瞳。


 マルグリッドは、水瓶みずがめを抱き震えているその子に、一目ぼれをしたのだった。


 そうして、自分の持てるすべてをかけて、その子を教育した。素質は良いと思ったが、ここまで育ちが早いとは、嬉しい誤算だった。観桜会は、最高のお披露目の場だ。

 今日、自分は、今の自分にできる最高の贈り物をする。心から愛してやまない夫に。



 王の方に身を寄せると、王はピクリと身を震わせてから、応えるようにこちらに身を寄せた。

 その耳元に、万感の思いを込めて、マルグリッドはささやく。


「陛下。あちらに控えますのが、私の陛下への贈り物です。――ジョセフィーヌと、申します」


 王は、緊張した面持ちで控える極上の美少女に目を向けたまま、しばらく身じろぎもしなかった。それから、すいと身体を戻す。

 そして、いつもの静かな声音で、


「一度、さがる」


 と言い置いて席を立ち、そのまま戻らなかった。

 これは、失敗だったかもしれない。自分の、力不足だ。宴の終わり、一人で貴人たちから退廷の礼を受けながら、マルグリッドは唇を噛んでいた。



 その日の夜、王の急な訪いに、マルグリッドは覚悟を決めた。

 下の者の不始末は、主人の不始末。王の意に叶う女性を見繕えなかった咎は、自分にある。


「マルグリッド」


 ベッドの脇で礼を取るマルグリッドの下げられた頭に、王の声がかかる。


「今日は、大儀だった。中座をしてすまなかったね」

「いいえ」

「マルグリッド。君は、完璧な王妃だ。今日は、君の心づくしを無駄にして、重ね重ね、すまなかった」

「そのような……」

 マルグリッドは頭を垂れたまま、思わず唇を噛む。


「だが、……私が欲しいものは、別にある」


 王の声はどこか苦し気で、マルグリッドは思わず顔を上げた。


「陛下、どこか、お加減が」


 見上げた王は、痛みをこらえるような顔をしていた。

 立ち上がり駆け寄るマルグリッドの身体を、ふいに王がかき抱く。


「……陛下」

「私は、君の心が欲しい」

「陛下……」

「君の、愛が欲しい。君の、身体が欲しい。全てが欲しい」


 マルグリッドは、呆然と、押し付けられた胸元から響く王の声を聞いていた。


「分かっている。許されないことだ。王の力をもってしても、人の心を無理やりに手に入れることなどできない。だが、だとしたら、王の力とは、私に与えられた力の意味とは何なのだ」

「陛下」


 誤解だ。マルグリッドは顔を上げる。


「陛下。私は、陛下を愛しております。私の心は、もうずっと、陛下のものですわ」

「……」

 王は荒く息をつきながら、マルグリッドの顔を見つめていた。


「だが、君は、私が触れるのを嫌がっていると……」

「誤解です。……ただ、怖いだけですわ」

「怖い?」

「陛下。私はおよそ女らしさとはかけ離れた、な、軟骨のような触り心地の、醜い体をしております。閨事のお相手には、ふさわしくない……」


 いきなり天地が裏返り、マルグリッドは息を飲む。

 寝台の上に、抱き上げた妻を横たえながら、王は静かな激情をはらむ声で言う。


「そのようなことを誰が言った」

「……誰でもありませんわ。ただの、事実です」


 王はそれ以上は追及しなかった。

 ただ、静かに、大きな暖かい手で、薄い絹一枚の夜着の上から、マルグリッドの全身をなぞっていく。


「軟骨。これが。……ずいぶんと柔らかくてもっちりとした軟骨だ。ぷりぷりとして、それでいてしっとりとしていて……」

 羞恥に染まったマルグリッドの頬は、徐々に赤みを増していく。


「へ、陛下」

 ひたすらに言葉をつづけながら自分の身体をなぞる王の掌に、翻弄されながらマルグリッドの目には涙が浮かぶ。

 自分は今、必死に慰められている。この世に並ぶもののない力を持った、大国セレインの王に。


「マルグリッド。君は、誰よりも美しい。……私に君をおくれ。そうしたら、私は明日からも、君の夫にふさわしい男でいるために、良い王であろうと努力し続けられるから……」

 

 マルグリッドのあふれる涙をぬぐいながら、王は彼女の瞳をのぞき込み、極上の甘い声で懇願する。

 頷いた彼女の唇を、優しく荒々しい男の唇が覆った。




【王妃付き侍女ジョセフィーヌ(仮名)の独白】


 マジで王妃ハンパねえ。怖すぎ。

 だって、一歩だよ、あたしがうっかり小枝を踏んだ一歩。どんだけ離れてたと思う、5mはあったよ。

 でも、次の瞬間には、あの人あたしの目の前にいるんだもん。

 まじでびびった。あんときの全身の震えとか、演技じゃなかった。まあおかげで、正体がばれずに済んだわけだけど……。


 いやでもあの後の1か月は、正直、初めにばれて地下牢とかに放り込まれた方がましだったんじゃないかってぐらい、きつかった。

 バルーガ族隠密筆頭のこのあたしがだよ。年端もいかない頃からきっつい特訓に耐えてきたこのあたしが、もう自白しようかと思ったもんね、10日目くらいに。

 ああいうのなんて言うの、真綿で首を締める、だっけ?たぶんあの王妃、拷問も極めてるね。間違いない。

 とにかく早くあのお妃教育?ってやつから抜け出したくて、あたしは人生で一番くらいに頑張った。おかげでなんと1か月で、王妃様から太鼓判をもらった。


 これでやっと、この拷問の日々から抜け出せる。

 なんなら、もしかしたらお披露目の時に、本来の目的の王か王妃のどっちかをる、ってのも、達成できるかもしれない。

 そりゃ、前日は眠れないくらいワクワクしたよ。獲物は、さすがにあたしの人生でも一番の大物だったしね。


 でもさ。ふたを開けてみたら、お披露目の観桜会とかいう宴会のあいだ中、あたしはこの国1,2を争う剣豪に、ずーっと、エスコートと言う名の監視をされてたわけ。マジで、毛ほどの隙もないってあのことだよね。何でそんな上役が、あたしなんかのエスコートに選ばれたのか意味不明だったけど、王妃命令だったんだって。


 もう、無理だって思ったよ。うちの一族、あの王妃には絶対、敵わないわって。

 無駄な抵抗する前に、さっさと白旗上げて、良い条件で家来にしてもらった方がいい。

 あたしはお披露目のその日のうちに、族長に手紙を飛ばした。

 族長の判断は早かった。次の日には、うちの一族は隷属を申し出たらしい。


 それを聞かされたのは、あのいけ好かない宮廷医師からだった。

 詮議を仰せつかったってその女が、あたしを聞き取り対象に加えた時、あたしは脱走をあきらめた。

 あいつ、私の正体分かってた。薄笑いがほんと怖かった。

 

 まあいいや。仕事は楽だし、周りは間抜けなお人好しばかりだし。とりあえず、この無駄にきれいな王宮で、侍女としてやっていきますよ、これからも。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 思い違いというか、それぞれ考えすぎてズレていって、でも最後にいい感じに落ちついてよかったです! [一言] 王妃は本当は美女だったのかが気になりました。
[良い点] 意思疎通が不十分だと勘違いが生まれるんですね。 みんながハッピーになってよかったです。
感想一覧
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