リア充が恐れる夢②
電車に揺られてまどろむ意識が、夢の終幕と共に浮上した。
「っ!?」
肩を跳ねさせ、勝彦は瞠目する。
同じ夢を見た。今朝と同じ。昨日の電車の中と同じ。その日の朝と同じ。元を辿れば、恐らく五日ほど前からずっと同じ……。
「なんなんだ……?」
不可解そうに頭を掻く。
数日前まで、さして気にしていなかった。起きてやるべきことをやっているうちに、夢なんてすぐ忘れていたから。
おかしいと意識し始めたのは昨日からだ。全く同じものを連続して見ていると気づいた。
なぜ気づけたか。夢の中での出来事が、起きてからも残る記憶が……。回数を重ねるごとに鮮明になってきたのだ。それでも少しあやふやだが、違和感を感じる程度には頭にこびりついている。
ストレスでも感じているのか……。思い当たらないでもなかった。完璧に生きるのは疲れるものだ。無理が祟っても仕方ない。今日は一層早く寝よう。
「…………」
そんな思いとは裏腹に、勝彦の目は冴えている。部活終わりの電車の中では、いつも疲れに身を任せ眠っていた。もちろんコンプライアンスは守って。カッコイイ寝顔を意識して。なのに今日は、これ以上眠る気になれない。
夢の内容を思い出し、勝彦は人知れず身震いした。
*
優丸が夜子と約束を取りつけ、二日後の朝。期日まであと一日。
「でさー。……勝彦?」
「ん……すまん、なんだ?」
「最近なんか上の空だな。大丈夫か?」
「ありがとな。でも心配ないぞ」
今日も今日とて、教室で友人に囲まれる勝彦。
その目元には、整った顔立ちに不似合いな隈。話を振られても反応が鈍い。厚意を受けて感謝を述べる口調からも、いつものような快活さは見て取れない。
遠巻きに眺めていた優丸にも、それがはっきりと感じられた。
「まさか?」
分の悪い賭けだと思っていた。マスターにいい報告ができないかもと、謝る口上を考えすらしていた。しかし、もしかしたら。まだ確定ではないのだが。
勝彦の様子は、まるであのときの優丸のようだ。
「……よし」
約束まではまだ一日ある。しかしもしビンゴだとしたら、このまま放ってはおけない。見たくもない夢を見させられ続ける苦しみを、優丸はよく知っているから。すぐにでも解決しなければ。
優丸は立ち上がり、勝彦を中心とする集団へと歩み寄り。
言葉を詰まらせ固まった。
「…………」
なんて声をかければいい?
いきなり夢について聞くのは不自然な気がする。というか、この輪に自分が入るという光景が想像できない。
なら勝彦だけ呼び出す?
大して接点もないのに?
「あ、あの……」
とにかくなにか言わなければ。
その思いを遮るように、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。グループは解散し、各々の席に戻っていく。扉が開き担任が入ってきたのを見て、優丸もとぼとぼと席に戻る。
自分がまあまあコミュ障であることを思い知らされ、優丸は一人で勝手に凹んでいた。しかし思い立ったが吉日という。できれば今日中にコンタクトを取りたいところだ。
なんとかあの輪に飛び込まなければ。飛び込まなければ。飛び込まなければ……。
と考えているうちに、あっという間に放課後になってしまった。
「オレなにやってるんだろう」
「知らん。私に言うな」
「だって……この愚痴に対応できるの夢ヶ丘だけだし」
「チッ」
自分の不甲斐なさを吐露する優丸を、夜子が容赦なく斬り捨てた。そんなことのためにわざわざ寄ってくるなと言いたげに、着席したまま舌打ちを飛ばす。
「でもさ。今日ずっと眼目のこと見てたけどさ」
「きっも」
「火の玉ストレートやめて。……とにかく見てたんだけど、明らかに寝不足っぽかったぞ」
「でも、声かけられずに終わったと」
「はい。すいません」
「コミュ障」
「オレは初手で頭殴ったりしないからまだマシですー」
夜子の目線が鋭さを増す。優丸も対抗するように口を尖らせ続けていたが、すぐ思い直して頭を振った。ポニーテールが連動して揺れる。
「いや、こんなことしてる場合じゃない。放課後なら眼目も一人になって……」
振り返り、勝彦の席を見やった。
誰もいない。まずい、もう帰ってしまったのか。そう思ったとき、夜子の憮然とした声が届いた。
「……部活じゃないの」
「それだ!」
確か勝彦の荷物には、バスケットシューズがあったなと思い出す。休み時間にはバスケットボールを弄んでいる場面も何度か見た。自ずと答えは導かれる。
「バスケ部か」
「…………」
「人多そうだな……」
「このクソ雑魚でんでん虫」
「オレを新種の生き物にしないで。なんだクソ雑魚でんでん虫って」
優丸は身を翻し、自分の荷物を持って教室の扉に手をかけた。そして背後へと視線をやる。
「夢ヶ丘」
「なに」
「一緒に来ないのか?」
「……なんで」
煩わしさを全開にしながら優丸を睨む。怯みかけるがどうにか持ちこたえた。
「いや、ビンゴだったらオレだけ行っても解決しないし」
「……なんで」
「なんでって、夢ヶ丘にしかできないだろ? 夢を人から追い出したりとか」
「じゃなくて、なんでそんな私に……」
なにか言いかけて顔をしかめる夜子。
「じゃなくて?」
「……チッ。なんでもない」
いつにも増して機嫌悪げに、夜子は椅子を倒しそうな勢いで立ち上がった。肩を跳ねさせて驚く優丸。なにかまずいことを言っただろうかと戸惑う間に、夜子が目の前までずかずかと接近してくる。
「……ねえ」
「はい」
「早く出て」
「……はい」
完全に気圧されて、優丸はか細く答えて扉を開けた。
夢ヶ丘夜子という人間の情緒が分からない。
*
気まずさの残る距離感で並んで歩き、体育館まで辿り着いた。既に放課後ではあるが、中からは活気のある声やボールのバウンドする音が重なって聞こえてくる。帰宅部である優丸は、よくもまあそこまで頑張れるなと素直に思う。
入口から中を覗く。広い空間は丁度真ん中で、大きなネットによって区切られている。舞台側がバスケ部、反対側はバレー部のようだ。
目当ての人物を捜すため、バスケ部サイドへ視線を走らせる。しかし二色のゼッケンをまとって忙しなく動く部員たちは、この距離からでは全員同じに見えてしまう。
「分からん。どこだよ眼目」
「…………」
「夢ヶ丘も捜してくれていいんだぞ?」
「めんどい」
「おい夢の管理人」
「別に……ボランティアやってるわけじゃない」
ついて来てはくれたが、本当にそれだけのようだ。壁に背を預け、夜子は棒立ちのまま動かない。
自分のときは問答無用で殴りに来たくせに。二日前もまずは手を出そうとしたくせに。いいか悪いかはともかく、すこぶる行動的だったくせに。
なんでか今日はひたすら消極的。態度は変わらずとも姿勢が安定しないサマに、優丸は眉根を寄せて夜子を見やった。
「夢ヶ丘はよく分かんないな」
「うっさい」
「いいよ一人で頑張るから。原因が夢見る夢なら、きっとさぞ怖いだろうからな。早くなんとかしないと」
「…………」
若干突っぱねた言い方になったことを後悔しつつ、優丸は勝彦捜しを再開した。
会話は多少成り立つようになってきたが、相変わらず距離は詰まっていない。どころか話せば話すほど、夜子が理解から離れていく気すらしている。
悩みが尽きなくて、捜索にイマイチ身が入らずにいると。
「ノイズ」
夜子の呼びかけるような呟きが聞こえた。知っている単語……否、あだ名に反応して振り返る。
「ん。どこだここ」
「学校」
目測で百九十近い身長。乱雑な赤茶色の髪。厳つい顔つきと無精ひげ。年期が入ったコートとブーツ。町を歩けば目立つこと必至の男……副管理者の一人、もとい一夢であるノイズが、突然そこに現れた。
「外で呼ぶなんて珍しいな。大丈夫なのか」
「見られてないのは確認した」
「夜子がいいなら別にいいが……お、なんだ優丸と一緒だったか」
「……よっす」
ここ数日、夜子に舌打ちされながらも喫茶店通いを続けた結果、優丸とノイズは既に見知った仲になっていた。現実に現れる頻度が副管理者の中でも高いらしく、ほぼ毎日顔を合わせて話をする。見た目の威圧感はともかく、態度は落ち着いていて話しやすい相手だ。なんならクラスメイトよりも仲がいいかもしれない。
しかし。
「え、いや、なんで? なんで今ノイズ呼んだの?」
「……捜すの手伝えってうるさいから」
「うるさいって。本来そっちが率先してやるべきでは……」
駄々っ子のような言い訳が返ってきた。しかも答えになっていない。やっと行動に出たかと思えば、やっぱりよく分からない。
「なんか捜してるのか?」
コミュニケーションが滞っているのを察し、ノイズが会話に参加する。
「うん、まあ。夢見る夢を見させられてるかもしれない奴がいて」
「……なるほど分かった。俺がそいつを捜せってことでいいな?」
「そう」
「そうなの?」
ノイズの確認に、夜子は小さく頷いた。双方納得しているようだが、優丸だけがついていけていない。
「そのためだけに呼んだのか? オレと夢ヶ丘で捜せば」
「うっさい死ね。いいからノイズに任せてどけ」
「秒単位で扱い悪くなるじゃん」
優丸が罵倒されているうちに、ノイズは体育館の中を覗き込んだ。ざっと全体を見渡して、ほんの数秒後。
「いたぞ」
「嘘!?」
あっさりとそう言ってのけた。思わず声量を上げて驚く。
「なんで!? まだそいつの特徴とかなんにも教えてないのに……!」
「大したことじゃない。俺は元々そういう夢なんだよ」
「そういう夢?」
副管理者は人間ではなく、夜子が意思と役割と姿を与えた夢。初めて会った日、優丸はそう教えられた。こうして目の前にいるノイズも、かつては夢見る夢として漂い、やがて喫茶・夢心地に流れ着いたということだろう。
元々そういう夢。
つまり、ノイズの夢としての内容は。
「探しものがすぐ見つかる夢。それが俺だ」
「はー……」
なくしたものが見つかったと思ったら、夢での出来事でがっかりする。そんな夢を、優丸も過去に見た気がする。まさしく、こんな状況でこそ現実になってほしい夢だ。
「どこだ?」
「舞台背もたれにして座ってるあいつだろ」
「えー……あ、いた。当たってるし」
ノイズが指差す方向には、座り込む茶髪の男子生徒。遠目からでは顔立ちまでは分からないが、確かにあれは眼目勝彦だ。イケメンだという雰囲気が伝わってくる。
「ありがとうノイズ。ちょっと行ってくる」
「おう。俺はもう戻ってもいいのか?」
「ん」
夜子がノイズの肩に触れると、その姿が忽然と消えた。夜子の中の夢へと戻ったのだろう。説明を受けてそういうことだと知ってはいるが、目の当たりにするとあまりに非現実的だ。優丸は思わず生唾を飲む。
「……早く行けば」
「はいはい、オレ一人で行ってくるよ」
しっしと手を振られるままに、体育館へと侵入した。別に気後れすることはなにもないのだが、話す内容が内容なので緊張する。
「あー、眼目?」
「うん……?」
幸いにして、取り巻きに囲まれてはいない。お陰でスムーズに声をかけられた。