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リア充が恐れる夢①

 少年の朝は早い。他の同級生が惰眠を貪っている時間には起床し、身支度をきっちりと調える。とりわけ髪型には気を使い、一本たりとも寝癖は許さない。ワックスで自分の理想を、寸分違わず形作る。五分ほど鏡の前に張りつき続け、やがて満足げに頷いた。


「フッ……」


 完璧だ。我ながらイケメンすぎる。

 控えめに言って芸術だ。


 鏡の中の自分と共に、眼目勝彦(さっかかつひこ)はニヤリと笑う。


 しかし準備はまだ終わっていない。昨日のうちに揃えた備えの再確認をしなければ。忘れ物などという痴態を晒してはならない、リア充たる自分にそんな失敗言語道断。タオルよし、飲み物よし、シューズよし……。


「……それにしても」


 滞りなくチェックを進めながら、勝彦はぽつりと呟いた。脳の片隅に引っかかる、睡眠中に見た奇妙な光景を思い出して。


「変な夢だったなあ」







 あくる日の昼休み。優丸は神妙な面持ちで弁当箱をつついていた。


「…………」


 目線だけを左斜め前方……ぽつんと座り菓子パンを食す夜子に向ける。


 あれから何度か声をかけた。放課後には夢心地に立ち寄ってコーヒーを飲んだりした。

 普段どんな夢を見ているのかとか、また夢見る夢が自分の中にいないかとか……気を引けそうなことを問いかけてみたりもしてみた。とにかく、あの手この手で夜子との距離を詰めようと画策した。


 結果は惨敗。よくて舌打ち、悪くて肩パンが返ってくる始末。あの日追い回されたこともあり、最近じゃ事情を知らないクラスメイトから、憐憫の眼差しを貰うことも多い。


 はっきり言って、心が折れかけている。優丸自身もまた、友達作りが上手なわけでもない。同級生の友達も別に多くはないので、ぶっちゃけ夜子のことをとやかく言えなかったりする。


「えー、マジで!?」

「そりゃないだろー」


 悶々としながら玉子焼きを頬張ったとき、教室の前方から賑やかな声が響いた。 


「んぐ!?」


 思考を読まれたような台詞に驚き、玉子焼きがそのまま喉に侵入しようとする。お茶でなんとか流し込み、視線を夜子の背中からそちらに移した。


 クラスの男子たち、中でも目立つ部類のグループに属する数人が、机をくっつけて昼食を囲んでいる。


「いやいや分かってないな! ああいうのが逆に可愛いんじゃん?」

「逆にって!」

「だったら普通に可愛い方がいいに決まってるだろ!」


 話の成り行きは知らないが、大方好みのタイプの話でもしているのだろうか。いかにもリア充っぽい会話だなーと、優丸は何気なく耳を傾けた。


「だから違うって! なあ、勝彦はどう思う?」

「ん?」


 目立つ身なりの男子たちの中にいて、一層目を引く少年へと話が振られる。


 眼目勝彦。クラスの男子の中心的存在だ。適度な長さで、軽く遊ばせたような茶髪。和やかそうでありながら、自信に満ちあふれた目。綺麗に通った鼻筋。爽やかな笑みを携えた口元。平均より割と高い身長。身も蓋もない言い方をすると、イケメンだ。

 その上、常に誰かしらが周りにいて、なおかつ的確に話題を捌いてみせている。最早リア充以外の表現があれば教えてほしい。


「そうだなあ。お前がいいと思ったんなら、それが全てなんじゃないか? おかしいって言われても気にすんな。それはつまり、お前にしか見抜けていない魅力がその子にあるってっことじゃないか。誇れ誇れ」


 問いかけてきた友人に対し、キラキラエフェクトが舞ってそうな笑顔を浮かべて肩をたたく勝彦。

 内心で「うわー……」と感嘆する優丸。


「それに逆とか普通とかないぞ。感性の差があるのは仕方ないが、そんな風に人を論じるのは失礼だ」


 聞いているこっちが恥ずかしくなってきて、優丸は盗聴を中断する。そりゃイケメンでリア充になるというものだ。あんなことを素で宣えるのだから。


「……オレもあれくらい言えればいいのか?」


 とても真似できる気がしない一方で、今に限っては少し羨ましかった。自分にも少しばかりのリア充スキルがあれば、夜子に歩み寄ることができるかもしれない。


 例えば、朝の挨拶。


『おはよう。その蔑むような眼差し今日も可愛いな』

『死ね』


 ふむ、無理。


 優丸は速攻で諦めた。あんなキラキライケメンパワーワード、ちぎれるほど絞ってもこの口からは出てこない。舌が無駄死にして終わる。よしんば言えたところで、もの凄い目で見られるだけに留まる気もした。


 渋い顔をしながら、優丸は箸のスピードを速める。 

 悶々としすぎて昼休みが終わりそうだ。さっさと食べ終わらなければ。


「そういえばさあ」


 話題が変わったのか、勝彦がよく通る声でそう切り出した。聞き耳はもう立てていなかったが、自然とその声が優丸に届く。


「最近、変な夢をよく見るんだよな」


 優丸がお茶を噴き出したのと、昼休み終了のチャイムが鳴ったのは同時だった。







 五限目を終えた休憩時間。またしても悶々とした時間を過ごす羽目になった優丸は、意を決して席を立った。進行方向を一点に見つめる。

 遂に取っかかりを見つけた。これを逃す手はないと意気込み、大股で夜子の席に向かう。


「ゆ、夢ヶ丘ー?」

「…………」


 優丸と目すら合わさず、ただ眉間に皺を寄せて沈黙する夜子。なんなら優丸の気配を察知した時点で嫌そうな顔をしていた。傷だらけのハートが更に軋む。


 これで本当に人が嫌いなわけじゃないというのか。それとも個人的に嫌われているのか。そこまで考え、自分で自分にトドメをさしかけたことに気づいてかぶりを振り。


「えーとな」


 そのしかめっ面を塗り替えるべく、優丸は口を開いた。


「さっき、変な夢をよく見るって言ってる奴がいたんだけど」

「…………」


 一見、無反応。しかし優丸は見逃さなかった。

 頬杖をついてそっぽを向く夜子の肩が、ぴくりと震えたのを。


「……いつ」


 来た。釣れた。今までみたいな適当な話題は受け流せても、こればかりは管理人として無視できないらしい。


「さっき、昼休みのとき」

「誰が」


 会話が成立している事実に、優丸は感動さえしていた。思わず笑みがこぼれる。


「えーと、あいつ。眼目って分かるか?」


 教室をざっと見渡せば、目当ての人物はすぐ見つかった。さっき同様グループに囲まれ、なにやら談笑している勝彦を指差す。


「…………」


 夜子のジトリとした目線が定まる。一瞬そのまま固まったかと思えば、のそのそとした動きで椅子を引き立ち上がった。


「夢ヶ丘?」


 訝しむ優丸を無視して、例の集団に直行しようとする夜子。瞬間、一週間前の記憶が優丸の脳に蘇った。


 突然近くに現れた夜子。なにか用かと聞いても無反応。しばしの沈黙。ぽつりと呟かれた、不可解な名詞。そしていつしか手に握っていたそれで……。


「待てえぇーーーーーーーーー!」

「……チッ」


 後の展開を悟った優丸は、焦って夜子の手を掴んだ。忌まわしげな舌打ちと共に、ぐるりと夜子の顔がこちらに向く。


「なに」

「なにじゃない! 今なにしようと……もうハリセン握ってるねえ!?」


 優丸が掴んだのは左手。自由な右手には既に、あの日優丸を二度張り倒したブツが存在感を放っていた。口に出さなくても夢は呼び出せたらしい。


「出会い頭にそれは駄目だ! そもそも変な夢っていっても、夢見る夢が入ってるとは限らないわけで……」

「お前が言い出したくせに」

「だからって殴ろうとするのはどう考えても違うよね!?」


 なるべく潜めつつも声を張る優丸。

 あのときは相手が自分だったからまだいい。しかし今回狙われているのは、クラスの中心こと眼目勝彦。そんな相手にあんな暴挙を働けば、夜子の悪目立ちはより確定的となるだろう。優丸追いかけ事件すら、未だほんのり糸を引いているのだ。よくない。色々とよくない。


「夢ヶ丘!」

「うっさい……なに」

「もうしばらく様子を見るというのはどうだろう!?」

「……なんで」

「ほら、さっきも言ったけど、夢見る夢の仕業かはまだ怪しいし? 何日か経って、まずはオレが聞いてみるから!」

「…………」


 顔をしかめる夜子。こちらの意見を、一応は検討してくれているようだ。


「……どのくらい」

「なにが?」

「どのくらい待つ気」


 ひとまず納得してくれたらしい。優丸はほっと安堵の息をついた。


「確か早いと一週間で正夢だろ? だったらそれくらい……でも眼目がいつからその夢見てるのか分からないな」

「ならやっぱり今すぐ殴る」

「三日! 三日待とう! 最悪オレのときみたいにしてくれれば!」

「…………」


 嫌そうな目で睨まれるも、掴んだ腕から伝わる抵抗は弱まっていた。

 めちゃくちゃ不満げだが。渋々といった感じを隠そうともしていないが。


「……三日後、どうなっても私に文句言うなよ」

「分かった」

「……もう離して」

「あ、すまん」


 乱暴に優丸の手を払い、夜子は席に座り直した。話は終わりだとばかりに頬杖をついてそっぽを向く。


「やれやれ」


 これ以上話しかけても逆効果だと判断し、優丸も大人しく引き下がることにした。少し会話しただけでどっと疲れた。夜子に背を向け、ため息をこぼす。


 夢見る夢の実物を話題に出す……。思惑通り食いついてはくれたが、軽率だっただろうか。夜子のことを考えれば、突拍子もないことをしでかすのは予想できただろうに。

 それに優丸自身でも言った通り、勝彦が夢見る夢を見ていると決まったわけではない。空振りだったら、今後はもう相手にしてくれないかもしれない。


 諸刃どころか、柄だと思って握っていた部分まで抜き身の剣だった。手が痛い。


「とりあえず三日……」


 両頬を軽く手のひらで張る。考えるのはそのあとだ。

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