カツ丼、食うか?
設定思いついてふと。
「カツ丼、食うか?」
俯く女と机を挟んでいる大柄な男が尋ねる。
何も言わず女が頷くと、男は部屋から去っていく。
そして、一人残された女は、悲しそうに目じりを拭った。
暫くすると、男が戻ってくる。
手にはお盆。その上には、カツ丼。
机の上に置かれたカツ丼に女は喉をごくりと鳴らす。
「食え、そしたら、洗いざらい喋ってもらうからな」
「いただきます……」
女は箸を手に取り、丼を持ち上げると一心不乱に食べ始め、
「うう~! 翔ちゃ~ん!」
「全部喋っちまえ! なんだ! どんな辛いことがあった!?」
「好きな人が! 振り向いてくれない~!!!」
ひの食堂。
地元商店街から少し離れたところにある食堂は、地元民に愛される食堂だ。
低価格で大ボリューム。今でいうコスパ最高の店だ。
客層は、働く男性が多めだが、女性も少なくない。学生やお年寄りも好んで使う。
声の大きいガサツな店主と、声の大きいおせっかいな奥さんが切り盛りをしている。
夕方前。今日は珍しくお客様がいない時間が出来た。
食堂の隅っこで、一人息子の翔が、女の子の話を聞いている。
女の子の名前は、彩。
父親が単身赴任で、母親は遅くまで仕事。
なので、彩は仲のいい日野家でいつも食事を頂いていた。
いつもニコニコしながら美味しそうにごはんを食べる彩だが、時折こんな風に泣きながらごはんを食べている。
そういう時は決まって
「好きな人がね、好きな人がね、『お前を好きになる人は大変だろうな』って言うの!」
「そうか……好きな人にそう言われるんは辛いよな……」
彩が好きな人に冷たくされたり何気ない一言で傷ついた時であった。
そして、翔はそんな彩の僅かな変化に気付き、いつも
「カツ丼、食うか?」
と聞いては、カツ丼を食べさせ言いたいことを全部吐き出させる。
最初は、ちょっと冗談っぽく言えば、話しやすくなるだろうという翔の気遣いだったのだが、今となっては恒例となっており、翔が気づいて尋ねる、食べる、全部喋る、の流れが出来上がっていた。
「あう~、なんで私、こんなに好き好き光線送ってるのに気づいてもらえないんだろ~」
「もっと、積極的に行くべきじゃないのか、ほら、手作りのお弁当とか!」
「むり~、料理上手すぎるもん~!」
「じゃ、じゃあ! 俺が教えてやるから!」
「むり~、料理教えてもらうための料理の練習しないとむり~」
「なんだよ、その服買いに行くための服がいるみたいな……」
「うう~、おいしすぎる~!」
「そうだろ! 今回は、ストレスにいいビタミンCをとってほしくてレモンピールとレモン汁を加えたんだ。あとは、お前の好きな卵をスフレオムレツの応用でふわっふわに。玉ねぎも薄切りでしっかり火を通して限界まで甘みを引き上げているからな! あとは、スライスアーモンドとバナナチップも衣に混ぜ込んでて」
「うう~! むり~!」
「諦めるなって! 当たって砕けろ! その、砕けたら……俺がまたうまいもんつくって、やるから、さ……」
「なんで、そんな傷口に塩塗りこむこと言う~!?」
「なんでだよ!」
泣きながらも全部食べる彩を苦笑しながら眺める翔。
そして、その二人を影から見つめる両親。
「なあ、母ちゃん。そろそろ教えてやってもいいんじゃねえか」
「いいの! いいの! 若い頃のああいうすれ違いが良い思い出になるのよ」
「でも、翔の持ってたラノベだと大体ああいうすれ違いで、ややこしいことに」
「アレはそんな波乱万丈の話にはならない、物語にしたらきっとつまんない話だよ」
二人の視線の先には、次はどんなうまいもん食べさせて笑顔にしてやろうかと考える男と、今度こそどうやって振り向かせようかと考えている女の間に、綺麗にすっきり空っぽになったどんぶりがあった。