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第7話:由沙の頑張り

「いきなりなんですか貴女は」


 強引に割って入った由沙に、真っ先に反応したのは警部だった。ギロリと彼女を睨み、口調は苛立たしさを隠そうともしない。しかし彼女は、瞳をキラキラと輝かせて猪突する。


 物怖じしないとは、まさに彼女のこの様子をいうのだろう。


「二郎さんが霊視する様子を撮影させてもらいたいんです」


 さすがの警部も、彼女の勢いと迫力に()てられたようだ。表面から感じられる苛立たしさはやわらぎ、聞く姿勢を見せている。


「それはテレビ放送するためですか?」

「もちろんそうですが……ダメでしょうか?」


 警部の口調からはいくぶん嫌味なところが薄れてはいたが、それでも見下す態度に変わりはなかった。期待と不安が混ざり合った顔で警部を見つめる由沙だったが、彼の返答は案の定といわざるを得ない最低のものだった


「却下に決まっているでしょう。捜査情報は機密だということが理解できませんかねぇ。これだから低学歴の低能には来てほしくなかった」


 警部の本性が如実に出た発言だと二郎は思った。ごく自然に人を見下すその語り口に、由沙は悔しさと(いきどお)りをにじませ、その目から涙をあふれさせる。


「たしかにわたしは短大卒――」

「おい、今学歴は関係ねぇだろ。俺から言わせりゃなぁ、議題から外れた話を持ち出すほうが低能だ」


 許せないという感情を、二郎は抑えることができなかった。だから割り込んだ。


 彼女がこんな顔を見せたのは初めてだった。悔しがっている顔は見たことがある。怒っている顔も見たことがある。泣き顔も見たことがある。しかし彼女の顔を見て、これほどまでにいたたまれない気分になったのは初めてだ。


「議題って、ははは。いいですか、会議は始まっていません。そんなことも分からないのですか。貴方は確か、中学もまともに出ていませんよねぇ」


 どこまでも嫌味な野郎だ。しかし悪霊たちが繰り出す精神攻撃と比べれば児戯に等しい。だから自分のことをけなされても二郎には響かない。


 けれども、由沙にあんな顔をさせた罪を許すことができなかった。場所が場所だけに、今、物理的な償いをさせることは彼女のためにも控えるが、いつかどこかでキッチリカッチリ落とし前をつけさせてもらおうと、このとき二郎は誓ったのだった。


「それがどうした?」

「どうしたもなにも、いいですか? 私たちが貴方方とやることは打ち合わせでも会議でもない。貴方方はあくまでも被疑者と参考人だ。我々は質問する立場、貴方方は聞かれたことを答えるだけでいいのですよ。そんなことも理解できないのかというこです」


 はじめから聞く気もないことは、その口調から伝わってきた。警部の顔からは、しかたなく会ってやった感がありありとにじみ出ている。


 ならばこちらがとりえる手段は一つだ。そう思って彼は立ち上がる。


「話にならんな。帰るぞ、由沙」


 二郎の短絡的で一方的な決断に、彼女はあたふたと慌てだした。彼になにかを訴えようと口を動かしているが、あわあわとするだけで言葉は出ない。


 そんな彼女を見ていると、ああ、やっぱり由沙は由沙だとついつい毒気を抜かれてしまう。それでも言うべきことは言わねばならないだろう。二郎はそう思った。


「情報提供は拒否する。そっちから頭下げて詫びを入れん限り、協力はないと思え」


 いまだにあわあわしている由沙の手を引き、部屋を出ようとドアノブに手をかけた二郎が振り返った。


「ああ、一つ言い忘れた。次からは有料だからな。犯人知りたきゃ見合うだけの金と下げる頭を持ってきやがれ」


 由沙の手を引きながら受付の横を抜け、ロビーに差し掛かったところで二郎は肩をたたかれた。振り向くと、刑事が片手を拝むように上げて詫びを入れてくる。


「すまなかったな。どうにもキャリアはプラドが高くて扱いにくい。急に会わせろと言いだしてな。たぶんお前さんを捜査から排除したかったんだろうが……」


 警部のことなど、すでにどうでもよかった。いつかキッチリ落とし前を着けさせるだけだ。それは変わらない。


「今日は俺の不手際だった。今度埋め合わせするから勘弁してくれ」


 酒でも奢ってくれるのだろうか? しかしあいにく、二郎は酒を飲まない。それはまあいいとして、社交辞令くらいは返しておくべきだろうと思い、彼は口を開く。


「……あんたも苦労してんだな。ああは言ったが、それほど気にしちゃいねぇよ。気にすんな」

「それとだ、本件はろくな手掛かりがなくてな、このまま行くとたぶん難航するする。俺の勘だがな。そんときゃ存分にむしり取ってやれ。アイツの上司はお前さんに期待してるみてぇだったからな」


 それはそっちの事情だろうが、とは口にしなかった。それでもいちおう、話だけは合わせておくだけの対人スキルを彼は獲得していた。


「警察にも面倒な上下関係があんだな」

「そりゃぁな、完全な縦割りなんだよ。一旦出世のレールから外れたら俺みたいになっちまうのさ。この歳で刑事やってるっつうのはな。言ってみりゃ落ちこぼれだ」


 それくらいのことは彼でも知っている知識だった。かつて不愉快な職務質問をされたあと、警察については調べていたからだ。


 二郎は愛想笑いだけを返し、警察署を後にした。事務所の社用車が止めてある駐車場までスタスタと早足で歩き、由沙はそのあとを小走りで追いかけていく。


 二郎は助手席に乗り込み、由沙が運転席に腰を落ち着ける。彼女はキーを回してエンジンをかけると、ハンドルに両手を置いてうつむいてしまった。


「どうした?」

「……わたし、なにもできませんでした」


 少し間を置いてそう言った由沙の気持ちを、二郎は彼なりに考えた。あれだけ意気込んでいたのに、ほとんど何もさせてもらえなかった。いや、させてやれなかった。


 あのときは感情のままに話を打ち切ったが、短絡的すぎたかもしれない。たとえ無駄になったとしても、頭を下げて話を続けるべきではなかったか。後悔と自責の念が彼の脳裏に渦巻いていた。


 しかし、済んでしまったことをうじうじ考えても(ろく)なことにはならない。だから彼は考えを改めることにした。何事を成すにも方法は一つではないのだ。だから切り替えていこう。


 反省はする。しかし反省るるだけじゃダメなことは、幽世で嫌というほど学ばされた。だから気分新たに次の手を考えよう。そう思って彼は彼女に声をかけた。


「気にすんな」


 その声を聞き、彼女は顔を上げて彼の顔を見た。


「でもこのままじゃ……。ダメ! こんなときこそわたしがシャンとしなきゃ」


 いつもの由沙が戻ってきた。やはり彼女はこうでなくちゃいけない。下を向いてうじうじ悩む姿は彼女らしくない。


「おう、頑張れ。お前のその決意した顔、嫌いじゃないぜ」

「ふぇ!?」


 頭を二郎に荒々しくなでられ、由沙はたちまち赤面し、らしくない声を上げた。


 こんな反応をすることもあるのかと、彼は新鮮な思いで彼女を見た。が、よくよく思い返してみれば、今の今まで彼女の頭を撫でたことなどなかったなと気づいたのだった。

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