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第19話:某局納会にて

 テレビ業界は人と人の繋がりが極めて強い。つまり、コネやツテという言葉に代表される繋がりが大いなる威光を放っている。

 年の瀬といえば、学生なら冬休み、社会人なら忘年会という言葉をよく耳にするだろう。今やテレビ業界にどっぷり浸かるハメになった二郎もご多分に漏れず、幾多の忘年会や納会に参加するハメになっていた。


 忘年会や納会はコネやツテを広げる絶好の機会だ。だから由沙は頑張った。名だたる有名人やお偉方が参加する忘年会や納会を調べ上げ、今話題の二郎の名を使ってアポを取りまくったのだ。もちろんそこに参加するためである。


「今日で何件目だ? もう出なくてもいいだろ」

「甘い、甘いですよ二郎さんは。いいですか、二郎さんの名が知れている今がチャンスなんです。この機会にコネを作りまくりますよ」


 二郎はゲンナリしていた。心が疲れていた。名だたる大物たちへの挨拶回り。名も知らぬ権力者への挨拶回り。人当たりのいい役作りを強いられ、数えきれないほどの愛想笑い。


 しかし愛想笑いとバカにしてはいけない。迫真の演技が求められるのだ。過去の出演で自然にでた笑顔の動画を見せられ、その顔を手本に鏡の前で数時間。それを何セットも繰り返した成果を発揮しなければならなかった。


「はい、二郎さん笑顔」


 事務所をでる前、その顔を作ることが日課になっている。いつでも、どこでも、どんなときでも、この笑顔を作ることこそが今の二郎に課せられた使命なのだ。


「どうだ?」

「完璧です」


 完璧と己惚(うぬぼ)れれば成長は止まるとよく言われるが、二郎はそれでいいと思っている。作り笑顔がどれだけ上手くなろうと、役者を目指しているわけでもない彼には(むな)しいだけだ。



「いやぁ、斉藤さん、君は救世主だよ。よくぞあの大スクープを我が局に持ち込んでくれたね。感謝してるよ~」


 笑顔でそう(のたま)って上機嫌なのは、由沙が映像データを持ち込んだ局の制作局製作部プロデューサー新井光男(あらいみつお)だ。彼は新進気鋭な局所属の若手プロデューサー、とはいっても四十は過ぎている。


 喋り方からも分かるとおりおちゃらけたキャラだが、自分には優しく部下には厳しい、強いものには巻かれるを地で行くいけ好かない男だと二郎は評価している。


「いやいやまったく新井君の言うとおりだな。斉藤君には感謝してもしきれん。うかうかしてるとあのVを推した新井君に追い越されそうだ」


 尊大な態度でそう宣ったのは、制作局統括プロデューサー新堂忠人(しんどうただひと)である。白髪交じりの顔を見るに、五十を過ぎているだろう。彼は新井の上司にあたるようだ。態度からも分かるとおり、尊大な男だと彼のことを評価していたが、最近になってその評価を改める必要があると二郎は考えはじめている。


 尊大な態度ではあるが、気配りを怠らないからだ。上に登る人物にはそれなりの理由があるということだろう。


「またまた新堂統括、そんなことはあり得ませんって、あのVを最後に推したのは統括じゃないですか」

「そうだったか?」


 身内同士が内輪な話題で盛り上がる。それを外部の者の前でやる弊害を分かっているのだろうか? このとき二郎はそんなことを考えていた。


 それでも作り笑顔を絶やすような凡ミスは侵さない。横で同じく笑顔の由沙が目を光らせているからだ。


 二郎は今、某局の納会に参加している。高級ホテルのワンフロアを借り切った大規模な立食パーティーだった。観たことがある有名芸能人がそこかしこにいて人垣を作っているが、そこに割り込んでいこうとは思わなかった。


「それでですね。新井プロデューサー、あの件なんですけど」


 由沙が申し訳なさそうに、しかし期待がこもった瞳で問いかけたが、新井は一瞬嫌そうな顔をして彼女を見下ろした。


「ああアレねぇ。今は例のコーナーが人気でてるからね~。それにさ、もう警察の聴取はコリゴリなんだよ。わっかるかなぁ、こう見えて忙しいのよボク。だからね、視聴率落ちるまではちょっとね。あ、おい牧野! 井川ちゃん来てたろ、連れてきてくれ」

「はい!」


 新井は通りかかったADを呼び止めて指示をだし、由沙の話をうやむやにしてしまった。彼女には悪いが、このときばかりは二郎も彼にグッジョブと言ってやりたかった。ただの霊視のほうが楽だし、警察が関わる可能性が高い行方不明者捜索はできればやりたくない。


 そんなことを考えているうちに、二人組の男女が輪のなかに加わってきた。


「は、はじめまして。井川絵美菜です」


 彼女は売り出し中のアイドルだ。清楚な水色のワンピース姿で薄めのナチュラルメイクなのは、彼女のキャラ作りなのかもしれない。死んだ喜多川みゆの後釜的ポジションとして期待が高く、水瀬とはライバル関係にあって共演しているところを見たことがあるが、二人の間柄までは二郎の知るところではない。


「俺のことは知ってるよね」


 そう言って手を差し伸べてきたのは、ほとんどの日本人が知っているであろう、元グループアイドルの大物俳優だった。四十路も中盤に差し掛かり、演技にも円熟味を増してきたと最近評判になっている。


「もちろん知ってますよ。はじめまして、斉藤です」

「うんうん、普段はちゃんとしてるのね、でも、本番は遠慮せずにいつもどおりで頼むよ。俺のことは呼び捨てでいいからさ」


 彼の口調は柔らかく、人気を鼻にかけた様子はない。しかし彼は俳優だ。全てが演技の可能性を排除せず、二郎が丁重な態度を忘れることはなかった。まさに訓練のたまものである。


「心得ています。そのときはよろしくお願いします」


 どれほど人がよさそうに見えても、本心ではなにを考えているか分からない。二郎は常にその考えを根底に持っている。


 ちなみに二郎の本心は、面倒くさい、帰りたいだった。


「牧野! 寺井さん連れてきてどうすんだよ」

「井川さんと一緒に居ましたから、彼女一人だけ呼ぶとマズいと思って」


 二郎が挨拶を交わしている後方では、新井がAD牧野にキレていた。小声で罵倒するだけの節度は持ち合わせているようだが、人間性が見え透いていて、二郎にはどうしても小物感がぬぐえなかった。


「アホか! そんときゃこっちが挨拶行くからテメェだけ戻ってくればいいんだよ。ったく、使えねぇ野郎だ」

「すいません寺井さん。牧野のアホがご迷惑おかけして。こら、お前も謝れ!」

「も、申し訳ありませんでした!」


 罵倒され、必死に謝るAD牧野を可哀そうとでも思ったのか、寺井がやんわりと新井をたしなめる。


「まぁまぁ、新井ちゃん、怒ってないからその辺にしといてやったら?」


 二郎にしてみれば、とんだ茶番を見せられているような感じをうけ、早く帰りたいという思いが強くなった。けれども、由沙の予定表にはまだ数件の忘年会が記されていることを彼は覗き見ている。


 それを思うと、二郎の心はどんよりと曇るばかりだった。

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