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第16話:無慈悲な現実

「出たな」


 刑事の言葉どおり、腐葉土の中から青い膜状のものが現れた。そこに埋まっていたのは、ところどころ黒く変色したブルーシートだ。


「ああ」

「慎重に行けよ。なに一つ見逃すな」


 警官は刑事の指示に従い、慎重に脇の土を掘り下げていく。なにかを包むように重なっているブルーシートが慎重に(ほど)かれ、どす黒く変色した小さな遺骨が(あらわ)になった。


「あああぁ、真由、真由」


 思わず駆け寄り、遺骨に縋りつこうとした妻を、近くにいた制服姿の警官が抱きつくように阻止した。それでも彼女は抵抗するが、力で敵わないのは当然の帰結だ。


「奥さん、ダメ! 近づいちゃダメ」


 妻は抱きつかれたまま崩れ落ちるように膝をつき、声にならない嗚咽を漏らしている。


「おい、そこの警官、放してやれ」


 妻が動けないように抱きついている警官は、二郎の言葉を無視した。その様子は由沙がビデオに収めていた。ならばと彼は彼女に目配せして撮影を止め、実力行使にでる。


「放せっつってんだろうが!」


 警官の奥襟をむんずと掴み、後方に引き倒すように妻から引きはがした。警官はそのあまりの力に、よろけて尻もちをつく。


「こ、公務執行妨害だぞ」

「黙れ! なにが公務だ。貴様の方が人権侵害だろうが。恥を知れ」


 二郎は威圧とともに鋭い眼光を突き刺した。無茶苦茶なことを言っているが、警官は青ざめた顔で彼を見上げ、なにも言い返せない。


「まぁまぁ、その辺で勘弁してくれんか。お前も仕事に戻れ。あまり警察の恥をさらすなよ」


 刑事に叱責された警官は、すごすごと逃げるようにその場を離れた。階級的には変わらないはずだが、やはり刑事というのは立場が上なのだろうかと頭によぎり、くだらないことだと二郎はその思考を放棄した。


 それよりもマズいのは、場の空気が気まずいのだ。警官の無慈悲な行動に感情的になって、ついついあたってしまった二郎。夫妻はおいおいと泣きはらし、警官たちは無言で作業を進めているが、警官皆が緊張の色を隠そうともしない。


 それもこれも、感情的になった二郎が霊力を溢れさせてしまったからに他ならない。辺りにはピリピリとした空気が満ちている。


「これでお前の能力は証明されたわけか」


 場の空気に影響されたのか、刑事は引きつり気味の顔でそう呟いた。


「さすが二郎。私の目に狂いはなかったわ」


 そんなとき、二人の間に割り込んだ水瀬が棒読みで迫ってきた。背が低いから刑事の顔を見ていれば彼女は視界から消え去るのだが、ツッコめ、さあツッコめとアピールしてくる彼女をどうしたものかと二郎は考える。


「刑事さん、ちょっとこっちに」


 空気を読んでくれたのか、ナイスなタイミングで由沙が刑事を呼び寄せた。二郎は好機とばかりに水瀬の頭を撫で、彼女の機嫌をとっておく。彼女の場を和ませる才能はピカイチだ。みごとな由沙と水瀬のコンビネーションだった。現に気まずい雰囲気が霧散している。


 しかしこれ以上水瀬を放っておくと、なにをしでかすか分からないという危機感を二郎は抱いていた。だから彼は彼女の弱点を利用したのである。頭を撫でたのだ。水瀬は恍惚(こうこつ)の色を顔に浮かべ、彼にしなだれかかっている。


 そんなことをしているうちに話が終わったようで、由沙が近づいてきた。


「なに話してたんだ?」

「公開できる範囲とか時期をちょっとね」


 由沙はすこし残念そうな面持ちでそう言って、刑事に恨みがましい視線を送っている。


「犯人に関わること以外は放送して大丈夫だそうです。ただ、犯人の目星が付くまで放送は控えてほしいと」


 できるだけ早く放送し、疑惑の呪縛を解きほぐしたい。その思いが由沙を突き動かしていることは、二郎にも分かっているし、ありがたくも心強いとさえ思っている。だからこそ、彼女の心にのしかかる重しを取り払い、やりたいことに邁進させてやりたいと彼は思った。


「それなら大丈夫だ。すぐにでも放送はできるだろうさ。ただな」

「なに、任せておけ。ホシの目星さえつけば後は警察の仕事だ。二十年以上たっていようがどうとでもなる」


 まだ終わったわけじゃない。そう言おうとしたところに、刑事が割り込んできた。結果的にその言葉が二郎の懸念を払しょくするとは皮肉なものだ。


 由沙の刑事を見る視線は相変わらずキツいが、不安の色が薄れていることに、二郎はとりあえず安堵した。


「じゃぁ約束どおり親子の話を先に済ませるぞ。事情聴取はそのあとだ」

「ああ、分かっている。しかしなんだ、殺されたガイシャにホシが誰かを直接聞けるってのは反則だな」


 そんなことは言われなくても分かっている。そう思うなら思えばいいさ。だが覚えておけよ、それがどれだけ辛く、得難い経験であるのか身をもって知ることになるだろう。そう思って二郎はほくそ笑む。


「楽でいいじゃねぇか。刑事としての仕事は減るかもしれんが、その分多くの事件にあたれるだろ? それより、あの事件はどうなってる? こっちの事件に関わる余裕あるのか?」


 多少の皮肉を絡めて溜飲を下げた二郎は、気になっていた女優殺しの件を聞いてみることにした。考えることを放棄したマニュアル警官には聞けないことだ。出世の道から外れたこの落ちこぼれ刑事なら、うっかり答えるかもしれないとの思いもあった。


「ふん、予想どおり難航してるぞ。本来なら事件の捜査中に別件の対応なんかできないんだがな、今回はかなり上のほうから俺んとこに名指しで命令がでた。それもこれもお前さんのおかげだ。あっちの事件はあのいけすかねぇ警部にまかせて、俺は本件に専念するさ」


 コイツも一応は警察の枠の中で生きているようだ。具体的な情報は一言も口にしなかった。しかし期待以上の反応は得られた。


 あの高慢ちきなエリート警部に引っ掻き回されているだろうテレビ局の連中には、お悔やみ申し上げたくなる気分だ。が、普段威張り散らしているお偉方にはいい薬になるのではないかと、二郎は期待を込めて問いかける。


「そうか、テレビ局の人間にも事情聴取したんだろ? それでも進展なしか」

「ああ、なにひとつ証拠がないし、被疑者が多すぎる。人気があったせいか知らんが、ライバルも多かったみたいでな。人間関係も複雑だ。芸能界っつうのは恐ろしいところだな」


 聞けばボロボロとヒントを漏らしてくれる刑事にすこしだけの感謝をし、悪霊蔓延(はびこ)る幽世の一部に比べれば、芸能界の恐ろしさなんぞ赤子同然だと、思いはしても二郎が口にだすことはなかった。


 けれども、その感情を読まれるのも(しゃく)(さわ)るのだ。だから二郎は、あえて不安げに口を開く。


「それは俺も感じてたが」

「なに、時間さえかければどうとでもなる。上のほうが痺れを切らさなければの話だがな」


 自信満々にそう答えた刑事。ならば期待せずに待つことにしようかと、あくまでも由沙や水瀬たちとともに居場所を作っていこうと二郎は思った。

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