ボールド/ブロード
「俺な、お前に謝らなくちゃならないことがあるんだ」
同棲を始めて三年目のある日。夕食を食べ終わると、真剣な面持ちで彼が話し始めた。
「食器だけ片付けちゃうね」
何だかとても悪い予感がして、少しでも話を聞きたくなくて。いつもは先延ばしにする片付けをすると言い訳をして席を立った。
台所の食洗機に、汚れた食器をセットする。スイッチを入れると、しずかに洗浄が始まった。ふぅ、とため息をつくと、覚悟を決めて居間に戻った。
「どうしたの?」
なにげない風を装い、エプロンで手を拭きながら彼の向かいに座る。
私の事を見つめる彼は、思い詰めた表情をしていて、どこから話せばいいか迷っているようだった。私も彼の話を聞くのが怖くて、うつむいて何も言い出せない。
しばしの沈黙の後、彼が口を開いた。
「なぁ」
彼に呼ばれ、顔を上げる。彼は今にも泣きそうな顔をしていた。
「俺とお前は同じ<B>だって思ってた。だけど――、HTMLタグの俺は『大胆な/目立つ/力強い』、万年筆のお前は『幅広い』だったんだな」
ごめん、と謝る彼。
「付き合う前は名字で呼んでたし、付き合い始めてからはニックネームで呼び合っていたから、気が付かなかった」
私は彼の手を取る。緊張からか、冷たかった。
「そんなこと、ずっと前から知ってたよ」
彼の話が、最悪な内容――別れを切り出すもの――でなくて良かった。
「確かに最初は、私もあなたに同じ意味を感じてお付き合いを始めたの。それからしばらくして、そうね、同棲を始める頃かな、気が付いたの。あなたと私の意味の違いに。でもね――」彼の手を強く握る。「最初は私はあなたの意味に惹かれただけだったけど、今は誰でもないあなたが好き。あなたは、自分とは違う意味の私のこと、嫌いになってしまった?」
「そんなことない! 俺だって他でもないブロードが好きだ! 愛してる!」
言った後にハッとする彼。私は初めて貰った「愛してる」の言葉に顔が熱くなる。彼の手を放し、両頬に当てる。
また、沈黙。
「なぁ」
さっきと同じように、彼が私を呼ぶ。
「俺たち、結婚しないか? いいや、ブロードさん、結婚してください!」
「ボールドさん……! よろしくお願いします!」
食洗機が奏でるメロディが、まるで二人を祝福しているかのようだった。
数年後、二人は子を授かった。その子は将来、洗濯用洗剤界に革命を起こすのだが、それはまた別のお話。