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【書籍8巻2025年冬発売】週に一度クラスメイトを買う話  作者: 羽田宇佐
これは仙台さんへのお願いじゃない
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 期末テストの結果は、想像以上に良かった。

 でも、仙台さんはテストの結果を聞いてこなかった。


 別に聞いてほしいわけではないけれど、一緒に勉強をしてきたのにまったく聞かれないというのもつまらない。かといって、私からわざわざ成績を伝えるというのも変な話だ。


 ただ、あれだけ大学の話をしておいて、成績に触れてこないことに違和感がある。おかしいと言ってもいいと思う。けれど、仙台さんに何故と聞くことはできなかった。


 机の上に広げたテスト用紙を片付けて、エアコンの温度を一度上げる。


 きっと、私はテストの結果を大げさに考えすぎている。

 たぶん、そうに違いない。


 テストの結果を聞かれなかったことがおかしいなんてそれは私だけが感じていることで、普通はそんなものは聞くほどのことでもないし、言うほどのことでもないんだろう。


 仙台さんにとって、テストの結果なんて取るに足らないものだったに違いない。だから、今日この部屋で彼女はただ勉強をするだけでテストの話を一切しなかった。そう考えるべきだ。


 私は小さなカレンダーを手に取る。

 十二月に入って最後の一枚となったそれは、見るまでもなくその半分近くを消費している。今年は残り二週間ほどで、その半分は冬休みだ。


 小さく息を吐いて、カレンダーを伏せる。


 今日は晴れていて、雨は降っていない。

 外は静かで、部屋の中は私が立てる音くらいしかしない。


 この家に一人でいることには慣れている。そして、それと同じくらい仙台さんが部屋にいることに慣れている。


 私はスマホを持って、ベッドに寝転がる。


 もうすぐと言っていいほど冬休みが近い。その前にはクリスマスもあって、街はカラフルだし、学校のみんなは浮かれている。亜美もクリスマスには彼氏と会うとかで、受験を忘れて楽しそうにしている。


 そういう雰囲気は少し苦手だ。


 一応、私も予定はあってクリスマスは去年と同じように舞香と遊ぶ。けれど、それだけだ。プレゼントを交換するようなこともないし、普通に過ごす。


 それでも舞香と出かければ楽しいはずだし、楽しみでもある。でも、去年ほどじゃない。


 理由はわかっている。

 それ以外にたいした予定がないからだ。


 お父さんはほとんど帰ってこないはずで、仙台さんとの約束もない。冬休みのスケジュールは真っ白だ。


 夏休みとは違う。


 私は、スマホの画面を見る。

 あれから、仙台さんは電話をかけてこない。


 かかってこないことが当たり前のことだとはわかっている。それでも、また雨が降ったら電話が鳴るかもしれないなんて考えてしまう。


「――葉月」


 口に出して小さく呼んでみる。


 舞香と同じ大学に受かったとしても、仙台さんと今のように会うことはない。卒業式とともに彼女に命令する権利はなくなってしまう。会う理由を作ったとしても、四六時中一緒にいるわけにはいかない。


 でも、今なら簡単に会うことができるし、会う理由も作りやすい。たとえそれが冬休みであったとしても。


 私と仙台さんはクリスマスに会うような仲じゃないけれど、勉強を一緒にする仲ではある。だったら、夏休みと同じように冬休みに勉強を一緒にしたっていいと思う。


 休みの日には会わないというルールは、あってないようなものだ。すでに夏休みにそのルールを破っているのだから、冬休みも守る必要はない。


 受験が近くて冬休みは短いけれど、一回や二回なら会う時間くらい作れるはずだ。夏休みのことを考えれば、それくらいなら許されそうな気がする。


 けれど、仙台さんはなにも言ってこない。


 もうすぐ冬休みになるのに、勉強を教えるとか、会おうとかそういうことを言わない。唐突に抱きしめてきたり、手を握ってきたり、変なことばかりするのに言いそうなことは言わないで帰ってしまう。


 私はベッドの端から手を伸ばし、床の上にいるワニを引っ張り上げる。


 ワニに触って、手を握る。

 柔らかい手は、頼りなくて人の手とは明らかに違う。


 動きもしないし、握り返してくることもない。


 当たり前のことだけれど、つまらないと思う。


 背中からティッシュが生えたこれは、仙台さんじゃない。わかっているけれど、鼻先を撫でて唇を寄せる。


 ふう、と息を吐いてワニに触れる前に床の上に戻す。


 これはただのティッシュカバーで、それ以上でもそれ以下でもない。いくらワニの手を握っても、唇を寄せても、ワニがなにかに変わったりはしないのに、仙台さんのせいでワニの役割がかわってきていてため息が出る。


 もし。

 もしも、私が冬休みも勉強を教えてくれと言ったら、仙台さんは夏休みと同じように教えてくれるだろうか。


 本当なら仙台さんから言うべきだと思う。


 同じ大学や近くの大学を受けろと言うなら、それくらいして当然だ。大体、仙台さんに触れたいと思うことも、冬休みに会いたいなんて思うことも全部、全部、彼女のせいで、責任を取ってもらわなければ困る。


 私はベッドに潜り込む。

 スマホの画面に仙台さんの名前を表示させる。


 このままでは、冬休みの予定は埋まらない。


 ルールを破ることに躊躇いはなくなってはいるけれど、勉強を教えてと言って仙台さんが素直に良いと言ってくれるとは思えない。五千円を渡すと言っても断られそうな気がする。


 命令の対価として渡す五千円は効力を失いつつある。

 たぶん、交換条件を出す方がいい。


「あー、もう。面倒くさい」


 声とともに頭の中にあったものを全部吐き出す。


 今から電話をする理由なんてないし、話すこともない。


 冬休みまではもう少し時間がある。

 慌てなくたっていい。

 私はスマホを枕元に置いた。

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