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【書籍8巻2025年冬発売】週に一度クラスメイトを買う話  作者: 羽田宇佐
宮城としたいこと、宮城がしたいこと
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 宮城が止めてくれたのに、自分を止められなかった。


 冷静になって考えなくてもわかる。

 今日の私はおかしかった。

 宮城を呼び出してキスを迫るなんてどうかしていた。


 でも、後悔はしていない。


 宮城も逃げ出さずにいたのだから同類だ。私と何も変わらない。宮城も望んだからキスをした。そういうことで間違いないと思う。


 ――なんて、こんなの嘘だ。


 キスを許したのは宮城だけれど、キスを迫ったのは私で、私がそういうことをしなければあんなことにはならなかった。今の私は、自分を誤魔化しているだけだとわかっている。わかっているけれど、この期に及んでまたキスがしたいなんて考えているから、私は地獄に落ちた方がいいと思う。


 もう、ため息は脳みそまで吐き出すくらいついた。それでも肺の中を空にするようなため息をついて、ベッドに寝転がる。


 部屋の壁にはブラウスが一枚、ハンガーにかけてある。


 半袖のそれは宮城の物だ。ずっと壁に掛けっぱなしになっているから、そこがブラウスの定位置になっている。


「片付けよ」


 立ち上がって、ブラウスを畳む。チェストの中、宮城からもらった、というよりは押しつけられた長袖のカットソーの隣にしまう。宮城の物が増え、私の部屋を浸食していく。貯金箱の中に入っている五千円も宮城からもらったものだ。卒業しても、彼女の痕跡は残り続ける。


 五千円は使ってしまえばいいし、服は捨ててしまえばいい。


 わかってはいるけれど、相変わらずそんな誰でもできることができずにいる。キスすら我慢できないのだから、宮城に関することはどんな簡単なことも難しくて上手くいかない。


 ため息代わりに大きく息を吐くと、机の上でスマホが鳴る。


 どうせ羽美奈だろうと画面を見るとやっぱり羽美奈で、今日は楽しかっただとか、今度は他校の文化祭に行きたいだとか踊り出しそうな弾んだ文字が並んでいる。まともな返事をするのも面倒で、そうだね、と相づちを一つ打ってスマホをベッドに放り投げて机に向かう。


 文化祭が終わったばかりであまり良いスケジュールとは言えないが、二週間もしないうちに中間テストが始まる。余程のことがない限り受けると決めた大学へ行けるだけの成績を維持しているが、勉強をしないわけにもいかない。


 今さら、志望校を変えるつもりはない。

 でも、宮城の言葉が気になっている。


 仙台さんがここに残ってよ。


 そう本気で言っているように見えたけれど、宮城が言いそうにない言葉だ。けれど、気まぐれに口にするには重い言葉に思える。


 ここに残ったら、卒業式が終わっても宮城との関係は終わらない。


 そんなことを考えたくなるけれど、そんなことがあるとは思えない。


 志望校を変えてここに残る。


 そういう選択肢は考えたことがなかったし、ありえないと思う。それは、この家から出られないなら大学へ行く意味がないからだ。大学卒業まではどんな大学を選んでも親が面倒を見てくれることが決まっている。だったら、ここを離れられるような大学がいい。


 そもそも、ここにいたところで宮城が私の隣を歩くような未来は来ない。


 頑なな宮城はこの関係は卒業までという約束を守るだろうし、守らなかったとしても今日と同じように「絶対に歩かない」と言って隣には来ないだろう。


 右手を照明に透かせるようにあげて、じっと見る。


 帰り際、手でも繋いで、と宮城に言った言葉は半分くらい本気だった。


 怖いなら手くらい繋いであげる。

 そう思ったし、もっと言えば私の後を黙ってついてくる宮城の手を掴んで、繋いで歩きたいと思った。


 天井に向けてあげた手を握って、開く。


 一ヶ月ちょっと前には、宮城と手を繋ぎたいとは思わなかった。


 学校で宮城とぶつかったときも、手を繋ぎたいとは思わなかった。


 触れたくなることはあっても、それだけだった。


 でも、今日は宮城と手を繋ぎたいと思った。


 宮城と会ってからの私は、過去の自分を否定しながら生きている。おかげで、明日がどうなるかすらわからないから気が滅入る。


 目に映る手はただの手で、宮城の手とあまり変わらない。大きさは身長の分、私の方が少し大きいかもしれないけれど、特筆すべき点がないような手だ。一ヶ月ちょっと前と同じ手でなにも変わらないはずなのに、宮城と手を繋ぎたいと思っている。この手が取れて落ちたら、宮城の元に向かっていきそうな気さえする。


 繋ぐという行為だけを見れば、羽美奈とでも、麻理子とでも繋げる。二人となら、繋ぎたいときに繋ぎたいだけ繋げる。もっと他の誰かと繋いだっていい。それくらい手なんて誰とでも繋げるのに、繋ぎたい相手は限定されている。


 期間限定だとか数量限定だとか言えばレアな物のような気がしてテンションが上がるけれど、なにもかもが宮城に限定されていくのは困る。行動が制限されすぎる。


 私の行動が宮城に制限されるのは、放課後だけのはずだ。


 それに、キスはとっくにしていて、それ以上のこともしかけていて、今さら手を繋ぎたいなんて順番がおかしい。


 私はため息とともに、手を下ろす。


 手は繋がなくても大丈夫。

 これくらいは我慢できる。断言することだってできるけれど、キスをしないとは断言できない。


「宮城のせいだ」


 今日、キスをしたいと言えば、宮城が渋々でも受け入れることを知ってしまった。きっとまた同じことを言えば、宮城は受け入れてくれる。そう思うと、今日と同じことをしないと言い切れない。卒業式ですべてが終わるなら、無理に我慢を重ねる必要はないと思えてくる。


 いくら友だちではないと言っても、なにをしてもいいわけではないことはわかっているけれど。


 たぶん、私は理性が緩まないように留めていたネジの一つを音楽準備室に落としてきた。そして、困ったことにそれを探すつもりがないし、新しく用意するつもりもない。


「あー、とりあえずテスト勉強しよ」


 宮城のことを考え続けていても、正しい宮城との関係性なんてわかりはしない。今は、必ず正解がある中間テストに向けて勉強をする方が楽な気がする。


 それに、なにかしていた方が気が紛れる。


 私は机の上に教科書とノートを開いて置く。

 ベッドの上ではまたスマホが鳴っていたけれど、教科書に視線を落とした。

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