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【書籍6巻2/20発売】週に一度クラスメイトを買う話  作者: 羽田宇佐
宮城は今日も私に五千円を渡す
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 アイドルやモデルが表紙を飾る本がずらりと並んだ棚から、キラキラした文字が並んだ雑誌を手に取る。


 羽美奈(うみな)が言ってたのってこれじゃないかな。


 自信がないのは、話を半分くらいしか聞いていなかったからだ。


 いや、だってねえ。

 私は、手にした雑誌を凝視した。

 着回しコーデはともかく、男の子にモテる服だとか、自分磨きだとか軽薄そうな見出しが躍っている。


 どこから見ても、私の好みじゃない。

 モテる服より着たい服が良いし、自分を磨くのはもう少し後からでもかまわない。それにどうせ雑誌を読むなら、軽そうなファッション雑誌よりもっと落ち着いた本の方が好きだ。


 でも、この手の雑誌を読むことも友だち付き合いの一環だし、お小遣いは毎月余らせるくらいにはある。


 学校で上手く立ち回るには、それなりに頭を使わなきゃいけない。今のクラスで言えば、茨木羽美奈(いばらきうみな)のご機嫌取りが必要だ。いや、これはちょっと言い過ぎかもしれない。彼女の話に適当にあわせる必要がある、くらいが適切だ。


 羽美奈は派手で少し頭が足りない友だちで、スクールカーストの上位に属する子だ。短気で怒りっぽいから逆らえば面倒なことになるが、彼女の機嫌を損ねないように要領よくやればそれなりの位置で楽しい学校生活を送ることができる。


 だから、彼女が買い始めたというこの雑誌を買うことは、大人で言えば必要経費ということになる。


 私のことを八方美人だと言う人もいるが、言わせておけばいいだろうと思う。そういう言葉はひがみみたいなものだから、聞き流しておけばいい。


 私は、せっかく本屋に来たのだからと中をぐるりと回る。そして、雑誌の上に小説を一冊乗せてレジに向かう。列というほどでもないけれど、順番を待って本を出す。


 千円と数百円。


 レジに数字が表示され、鞄の中から財布を探す。


「あれ?」


 財布、財布。

 あるはずの財布がない。

 朝、スマホを鞄に入れたことは覚えているし、入っている。


 じゃあ、財布は?


 よく見ても鞄の中にはない。

 学校に忘れてきたのかもしれない。

 いや、おそらく家に忘れてきた。

 鞄に入れた記憶がない。


 ちらりとレジのお姉さんを見ると、不審そうな顔をしている。


 ヤバイ、早くしないと。


「あー、えーと」


 格好悪いけれど、本を返すしかない。


「この本――」

「払います」

「え?」


 私が返すと言う前に、後ろから伸びてきた手がトレーの上に五千円札を一枚ぴらりと置いた。


「仙台さん。これ、使って」


 振り向くと、私と同じ制服を着た女の子が一人立っていた。

 しかも、知らない子じゃない。

 喋ったことはないけれど、毎日見る顔だ。


「……宮城、だよね?」


 たぶん、あってるはず。

 八方美人たるもの、クラス全員の名前くらいは頭に入れておかねばならないのだ。さすがに、下の名前まではわからないけれど。


「そのお金で払って」


 彼女は名前があっているとも、間違っているとも言わずに、五千円をトレーに置いた目的を告げる。


「いいよ。悪いし」

「気にしないで」


 いや、気にする。

 そう親しくもない子から、お金を借りたいとは思わない。もともとお金の貸し借りは嫌いだし、人と話をあわせるために買う雑誌のためにお金を借りるのはもっと嫌だ。


「いや、返す」


 トレーから五千円を取って、宮城に手渡す。すると、五千円がもう一度トレーの上に置かれた。


「あの、お支払いはこちらでよろしいでしょうか?」


 明らかに困った顔で店員さんが私を見る。


「はい、お願いします」


 私ではなく、宮城が答える。

 でも、借りたくないものは借りたくないのだ。


 私は五千円をもう一度手に取ろうとする。けれど、それよりも早く店員さんが五千円をレジにしまってしまう。

 結局、私の手元に雑誌と小説、千円札三枚と小銭数枚がやってくる。


「宮城、ありがとう。お財布忘れちゃったみたいで、助かった」


 レジから離れた場所でお礼を言う。

 お金の貸し借りはしたくないという私の意思は無視されたが、借りてしまったのだから不本意でも頭を下げるくらいの気持ちはある。


 だが、彼女は何も言わない。ただ、名前が訂正されることはなかったから、宮城で間違っていないことはわかった。


「これ、おつり。使っちゃった分は、明日学校で返す」


 私は店員さんから受け取ったお金を宮城に渡そうとするが、彼女は受け取ろうとしなかった。


「返さなくていいよ。おつりもあげる」


 そう言って、背中を向けて歩き出す。


「え、ちょっと。困るって」

「本当にいらないから、仙台さんにあげる」

「もらえないし、返す」

「じゃあ、捨てておいて」

「捨てるって、お金だよ!?」


 早足で歩く宮城の肩を掴む。

 学校で話したことがなかったから知らなかったけれど、どうやら宮城は頭のネジが二、三本飛んでいるらしかった。だって、お金を捨てるなんて発想、普通はしない。そもそも、おつりはいらないなんて言うのは会社のえらい人で女子高生は言わない。


 それに、おつりをあげると言われて、はいそうですかともらうような人間だと思われていることに腹が立つ。


「あー、そうだ。おつりも借りておくってことにしとくから。それで、明日まとめて返す」


 本当は怒りたいけれど、我慢しておく。

 学校で仙台に怒鳴られたなんて言いふらされたら、イメージが良くない。


「そういうのいいから。返さなくていい」


 私の手を振り払い、宮城が歩き出す。

 自動ドアを通って、外へ出る。

 私は彼女の背中を追い、声をかける。


「返す。おつりもまとめて五千円、学校で返すから」

「じゃあ、五千円分働いて」


 返す、あげるの応酬があらぬ方向へ飛んでいき、私は思わず足を止めた。


「え? 働く?」

「とりあえず、私の家まで来て」


 すたすたと歩いていた宮城も止まって、私を見る。


「ちょ、え? 待って待って。明日、返すって」

「来ないなら、あげるからもらって」


 宮城がくるりと背を向ける。


 何なんだ。

 こいつは一体、何なんだよ。


 私は心の中で宮城を呪う。

 五千円をもらうつもりはないけれど、働くつもりだってない。


 でも、宮城は働かないと言えばこのまま帰ってしまうだろうし、この先も五千円を受け取ることはなさそうだ。机の中に五千円を放り込んでも、絶対に返される。


 面倒な子だな。


 ため息をつきながら空を見上げれば、どんよりとした雲に覆われていた。梅雨が明けたというから、傘は持っていない。もう一度、ため息をつくと宮城が言った。


「傘、うちにあるけど」

「あーもう。家、どこ? 近いの?」


 宮城から五千円をもらったなんて噂を立てられるのも嫌だし、宮城を怒鳴ってお金を押しつけていたなんて噂を立てられるのも嫌だ。


 今日くらい宮城のために働いてやろうじゃないか。


 私は気が乗らないまま、宮城の後を追った。

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