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嫌だと言わせるつもりはない。
そして、たぶん、仙台さんは嫌だと言わない。それでも、嫌だと言われたときのことを考えてしまう。早くなにか言ってくれればいいのになかなか口を開かないから、不安になる。
「仙台さん、答えは?」
黙ったままの彼女を急かすように言うと、「宮城」と呼ばれる。
「さっきの言い方だと、私が断らなかったら、宮城はまた私にされてもいいってことになるけど、わかってる?」
「……わかってる」
自分がなにを言ったのかくらい理解している。
口にした言葉をなかったことにするつもりもない。
今日の仙台さんを手に入れられるのなら、未来の私を取引材料にしてもいいと思う。
「わかってるならいいよ」
柔らかだけれど、芯のある声で仙台さんが言う。
彼女は瞬きもせずに私を見つめていて、目をそらしたくなる。でも、仙台さんの視線から逃げてしまったら、これからすることが酷く悪いことになってしまうような気がして、目を閉じることもそらすこともできない。
「それは、してもいいってこと?」
一応、確認をすると「そういうことになるね」と返ってくる。
最近の仙台さんだったらにこりと笑ってくれてもおかしくないけれど、今日は笑ってくれない。真面目な顔をしたままだ。これからすることがとても大変なことのような、大きな意味を持っているような空気になるから、いつものようにしていてほしいと思う。今みたいなときに誠実そうな顔をするのはずるい。
「じゃあ、交換条件。タオル二枚持ってきて」
さっきしたキスを交換条件だと思っている仙台さんに、大きくも小さくもない声で告げる。
「え、ちょっと待って。キスの交換条件って、手を離せってことって聞いたら違うって言ったよね? だから、これからすることだと思ったんだけど、それなの?」
「これからすることは、この前、仙台さんのいうことを私が聞いたかわりだから、交換条件じゃない」
「……なるほどね。で、タオルってなんに使うの?」
「いいから持ってきてよ」
「宮城のヘンタイ」
いつもの声といつもの口調だけれど、仙台さんの表情だけがいつもと違う。真っ直ぐに私を見つめてくる瞳からは、なにを考えているのか読み取ることができない。
「まだなにも言ってないし、してないじゃん」
過去にしたことがあるようなやり取りをしているだけなのに、声が硬くなる。
「今までタオルって、手首縛るか目隠しにしか使われたことないけど」
「答えがわかってるならわざわざ聞かないでよ」
いつもと仙台さんが違う顔をするなら、その顔を覆ってしまえばいい。私から見えなくしてしまえば気にならない。行動も縛ってしまえば、心苦しさは増すだろうけれど私の思い通りになる。
「まあ、持ってくるけど」
仙台さんが仕方がないというような声で言って、立ち上がる。そして、チェストの前へ行くと、手に白いタオルを持って戻ってきた。
「はい、どうぞ」
私の頭の上にタオルを置いて、仙台さんがベッドに腰をかける。目が自然に彼女を追い、体が動く。頭の上からタオルが落ちてきて、床の上に落ちる前にそれをキャッチすると白いものは一枚しかなかった。
「もう一枚は?」
「キスは一回だったから一枚。なにに使うかはご自由に」
「ずるい」
「宮城の方がずるいでしょ」
仙台さんの足が私の脇腹をつつく。
いつもとは逆だと思う。
足を舐めさせるときは私がベッドに座って、仙台さんが床に座っていたけれど、今日、ベッドに座っているのは仙台さんで、床に座っているのは私だ。
仙台さんの足首を掴む。
足はデニムに覆われていて、見えている部分がほとんどない。視線を上げると、半袖のTシャツから伸びた腕が見える。
制服ではないし、スカートでもないけれど、私は今、いつも彼女が見ていた景色に近いものを見ている。足を舐めたりするつもりはないが、少し不思議な気持ちになる。
「宮城、どうするか決めたの? 決められないなら、使わないっていう方法もあるけどどうする?」
仙台さんの声が頭の上から降ってきて、私は迷うことなく答えた。
「目、閉じて。縛るから」
「手首はなんのために縛ろうと思ってたわけ?」
目を閉じずに仙台さんが尋ねてくる。
「私がしてるときに、仙台さんが変なことしてこないように」
「なにもしないから安心しなよ。じゃあ、目隠しは?」
「見られるのやなだけ」
仙台さんがいつもと違う顔をしているからとは言えない。
だから、もう一つの理由を答えておく。
「それ、普通、私の台詞でしょ。される方が見られたくないって言うものだと思うけど」
「仙台さん、うるさい」
もともと仙台さんはよく喋る方だけれど、今日はやけに絡んでくる。これ以上お喋りをしていたら、なにもしないまま終わってしまいそうで、私は立ち上がってタオルで彼女の目を覆うことにする。でも、タオルが仙台さんに触れる前に手首を掴まれた。
「目隠ししてもいいけど、その前に笑ってよ」
仙台さんが柔らかな声で言って、同じようにしろとばかりに私に微笑みかけた。
「やだ」
「じゃあ、キスして」
私が笑うとは思っていなかったらしく、すぐに次の言葉が投げかけられる。
断る理由はない。
ゆっくりと顔を近づけると、仙台さんの目が閉じられる。彼女の整った顔をじっと見てから、握ったままのタオルよりも柔らかな唇に触れる。でも、滑らかさや温かさを感じる前に唇を離して目を覆ってしまう。
「なにも見えない」
「見えたら困るから」
そっと彼女の肩に触れると、仙台さんがベッドに横になった。私は彼女の隣に座り、電気を消してリモコンをベッドの上へ置く。
「……仙台さん、あっち向いて」
「あっちって?」
「壁の方」
目を隠したし、電気も消したから、彼女がどこを向いていても私から彼女の顔を見ることはできないし、彼女から私の顔を見ることもできない。わかっているけれど、仙台さんの顔がこっちを向いていると胸がざわざわする。
「念入りすぎない?」
「いいから、体ごとあっち向いてよ」
動かない彼女の肩を壁に向かってぐいっと押す。
「――キスできないけど、いいの?」
「いい」
短く答えると、仙台さんが諦めたように壁の方に体を向けた。あっさりと私の言葉を受け入れる彼女に罪悪感を覚える。
不安を消すために仙台さんに触れるというのは、あまりにも彼女の感情を無視していると思う。私はいつも私の気持ちばかりを先行させている。仙台さんは私を気遣ってくれることが多いのに、私は彼女の半分の気遣いすらできない。
私はいつだって正しくない。
仙台さんと正しい関わり方をしてこなかったし、今も正しくない理由で彼女に触れようとしている。
でも、間違ってはいないと思う。
私は仙台さんとああいう関わり方しかできなかったし、触れたいという気持ちに間違いはない。ルームメイトとしては正しくないけれど、正しくないことをしてもルームメイトであることには間違いがない。仙台さんも別にルームメイトがしたっていいと言っていた。
だから、仙台さんに触れてもいい。
私は自分を納得させてからベッドに横になって、仙台さんの体を背中から抱きしめる。Tシャツ越しに体がぴたりとくっつく。初めて自分から仙台さんを抱きしめたような気がする。
「宮城、密着度高いんだけど」
「だったらなに?」
「いや、別に、宮城がいいならいいんだけど」
言いにくそうに言って、仙台さんが黙る。
確かにくっつきすぎたと思う。布越しなのに仙台さんの体温がよくわかるし、髪から香るシャンプーの匂いもよくわかって心臓がうるさいくらいに速く動いていて、鼓動が彼女に聞こえてしまわないか心配になる。でも、仙台さんとくっついている部分が多いと、触れ合っている部分の多さに比例するように不安が消えていく。
前に回した手を、Tシャツの裾から中へ滑り込ませる。体温をもっとよく感じられるように手のひらをお腹に押し当てると、仙台さんの体がびくりと震えた。
私は彼女の背中、首の下辺りにおでこをぺたりとつける。
お臍の上から脇腹へ手を滑らせて、「仙台さん」と呼ぶ。小さく「なに?」と返ってくる声に私の心臓がびくんと跳ねる。その音が仙台さんに聞こえてしまいそうで、私はおでこを離した。
小さく息を吸って吐いてから、脇腹にあった手をゆっくりと動かして心臓の裏辺りに押しつける。彼女の心臓の音が伝わってきたりはしない。でも、体が熱いことはわかる。布越しに肩へ唇をつけると、仙台さんがもぞもぞと動いた。
手を滑らせ、下着の上から胸にそっと触れる。指に布の感触だけが伝わってくる。彼女がなにも言わないから、力を入れずに手を這わせるけれど、レースの凸凹や縫い目しか感じることができない。お腹に触れたときのように、体温や柔らかさを直接感じたいと思う。
私が触れたいのは体を覆うものじゃない。
仙台さん自身だ。
指先を這わせて背中に手を置く。肩甲骨を撫でて、ブラのホックに触れる。
「外してもいい?」
「同じこと宮城にしてもいいならいいけど」
仙台さんが静かに答える。
「させないけど、外したい」
仙台さんはいいと言ってくれないけれど、駄目とも言わない。返事を催促するように、Tシャツ越しに肩へ噛みつく。
仙台さんの背中に力が入る。
でも、やっぱりなにも言わないからホックを外してしまう。
「宮城のすけべ」
ぼそりと仙台さんが言う。
聞こえない振りをして、背中から前へと手を滑らせる。下着の下に手を入れて柔らかなものに触れると、滑らかな肌から体温が伝わってくる。そして、同時に手のひらにあるものを感じる。
柔らかいものの中心にあるそれは、仙台さんの反応を私に伝えるもので一瞬息が止まる。
「仙台さん」
小さく呼んでみるけれど、返事をしてくれない。指先でそこを撫で、柔らかなものを手の平で覆って緩やかに動かすと、仙台さんの背中が丸くなる。
そういう彼女を可愛いと思うし、このまま服を脱がして体を見たいと思う。
電気をつけて明るくして彼女の体を見て、私の跡をつけたい。強く噛んで、その跡に気が済むまで触れたい。
Tシャツの裾をまくろうとすると、手を強く握られる。
それは嫌だという意思表示で、力の強さからホックを外したときと違うことがわかる。私もあのとき、服を脱がすなと言ったのだから仕方がない。無理に脱がしたりしたら、もうこれ以上はさせないと言われそうな気がする。
「脱がしたりしないから、離して」
静かに言うと、手が離される。
今、彼女に触れられなくなったら困る。
まだ、彼女のすべてを知ることができていない。
私は、仙台さんの丸くなった背中に体をぴったりとくっつける。胸に触れて、服の上から肩に唇をつける。
「みやぎ」
仙台さんが私を呼んで、手首を掴む。
背中が動いて、息を吸って吐く音が聞こえてくる。
「もういいでしょ」
小さな声とともに、仙台さんが私の手を肋骨の下辺りまで移動させる。
骨のない柔らかな場所。
手を這わせて、脇腹をつねる。
「痛い」
仙台さんが責めるように言う。
肩に歯を立てて、脇腹に強く手を押しつけると汗ばんだ体に手が吸い付く。隙間がなくなるくらいくっつけた手から伝わってくる体温に、自分の体も馬鹿みたいに熱くなっていると今さら気がつく。
彼女の背中から少し体を離す。
手をお臍の下に伸ばしてさらに滑らせ、デニムのボタンに触れる。
これを外せば、もっと仙台さんを知ることができる。
そう思うと少し緊張するし、自分がされたときのことが頭に浮かんで仙台さんがあのときの私と重なる。
このベッドの上で私は――。
自分にどんなことが起こったのか鮮明に思い出して、自分がこれから仙台さんにすることがどんなことなのかはっきりと自覚する。
私がまだ触れたことのない部分。
仙台さんの中で知らない場所。
そこに触れる。
記憶の中の私と仙台さんが混じり合う。体が記憶に引きずられて、ボタンが上手く外せない。
「……仙台さん、これ外して」
「自分で外しなよ」
「うまくできない。やって」
手のひらをお腹に置く。
ぎゅっと押しても、仙台さんは動かない。おでこを肩にくっつけてもう一度「やってよ」と頼むと、ボタンを外してくれる。
「これでいい?」
仙台さんの声に、ファスナーを下ろす。
デニムの中に手を這わせる。
この先、どうすればいいかわからないなんてことはない。
でも、不安に思う。
彼女の体がどうなっているか予想できるけれど、予想通りになっているとは限らない。
「宮城?」
仙台さんの小さな声が聞こえて、私は息を吸ってゆっくりと吐く。手を先へ進めると、すぐに今まで触れたことのない部分に辿り着き、汗とは違うものが指先にまとわりつく。
それは私を安堵させて、動揺させる。
仙台さんがこんな風になるなんて。
上手くできたと思えないのに、仙台さんが私の手で、過去の私と同じようになっているなんて、血液が全部蒸発してしまいそうになるくらい驚く。
そういうことをしているのだから、おかしなことじゃない。
私だって仙台さんに触れられてそうなったのだから、仙台さんも同じようになってくれないと困る。でも、私が触れてそうなっているとは信じられない。
ゆっくりと指を這わせて仙台さんを確かめていく。
彼女にべたりと体をくっつけると、Tシャツ越しでもくらくらするほど熱くて呼吸が乱れる。指先に少し力を入れて、仙台さんの耳にキスをする。肩に噛みつくと、掠れた苦しげな声が聞こえた。
風邪を引いたときに仙台さんが出していた声によく似ているけれど、そのときに聞いた声よりも生々しくて聞いている私が苦しくなってくる。
「……気持ちいい?」
答えは聞かなくてもわかっているけれど、気持ちがいいときに出す声と苦しいときに出す声はよく似ていて聞かずにはいられない。
「いいよ」
仙台さんがいつもより少し高くて、さっき食べたチーズケーキよりも甘い声を出す。
「どれくらい?」
「そんなこと、ふつうきく?」
「ふつうはどうか知らないけど、こたえてよ」
「すごく、だよ」
「すごくってどれくらい? ちゃんとわかるようにおしえてよ」
仙台さんは答えない。
黙ったままの彼女に「おしえて」ともう一度尋ねると、小さな声で「……じぶんで、する、より」と言った。
「え。……え?」
声は鼓膜を震わせるギリギリのボリュームで、聞き逃してしまいそうなものだった。でも、耳に、と言うよりも、頭に残る形ではっきりと聞こえた。
そういう答えが返ってくるとは思わなかったし、そういう答えがほしかったわけじゃないから混乱する。仙台さん、と呼んで、彼女を抱きしめる。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、思考がまとまらない。
仙台さんは黙ったままで、反応がほしくて指を動かすと、普段聞けないような声が聞こえてくる。
「みやぎ、だまって……しな、よ」
苦しそうな声の合間に吐息が混じっていて、彼女に合わせて自分の呼吸が乱れる。
上手く息ができない。
暗闇に私と仙台さんの不規則な呼吸音が響く。
体の面積からしたらほんのわずか、指先で事足りるような部分に触れるだけで彼女がこんなにも変わる。誰が触れてもこうなるのかもしれないけれど、他の誰かが仙台さんをこんな風に変えることができると思いたくない。この体は私だけのもので、こういう仙台さんを知っているのは私だけでいい。
「みえないし、声くらいきか、せて」
さっき私に黙ってと言った仙台さんが私の腕を掴んで言う。
「声って?」
「なまえ、よんで」
「せんだいさん」
小さな声に応えて、名前を呼ぶ。
私の声とは思えないような声がして、その声を聞かせたくないと思うけれど、彼女の名前を呼ぶと気持ちがいい。でも、仙台さんは不満らしく「ちが、う」と返ってくる。
「はづき、って」
その名前は。
その呼び方は。
「やだ。よばない」
私だけのものにできないから呼びたくない。
「みやぎの、けち」
そう言うと、仙台さんが何度も私の名前を呼ぶ。
みやぎ。
み、やぎ。
このベッドの上で私がされたとき、同じことがあった。仙台さんに何度も名前を呼ばれた。
彼女の声はやっぱり気持ちがいい。
何度も呼ばれる名前、仙台さんの声に絡め取られて、ぶくぶくと沈んで戻って来られなくなりそうになる。
宮城、宮城、宮城。
私の名前が砕けて粉々になって、体に入り込んで隙間を埋めていく。体の隅々まで流れ込んだ言葉の欠片は、内側から私を突き刺してくる。ちくちくと痛くて、でも、気持ちがいい。
感覚があの日曜日と強く繋がって、息を吐く。
動かしていた指を止めると、腕を掴んでいた手に力が入ってねだるように名前を呼ばれる。
こんな仙台さんは知らない。
やっぱり、電気を消さなければ良かった。
タオルで目を覆ったりしなければ良かった。
後悔する。
自分の顔は見られたくないけれど、仙台さんがどういう顔をして私を呼んでいるのか知りたい。顔を見て、私の目を見て、名前を呼んでほしい。私の大半を占めていた不安が溶けて、消えて、知りたいという気持ちに変わっていく。彼女がなにを考えて、なにを思って、私の名前を呼んでいるのか知りたい。仙台さんの今までもこれからも、私の知らないすべてを知りたい。誰にも教えずに、私にだけすべて教えてほしい。
私が聞かないことも、聞けないことも、全部。
今日じゃなくてもいいから教えてほしい。
「せんだいさん」
首筋に顔を埋めて掠れかけた声で呼ぶと、「し、おり」と返ってくる。呼ばれた名前には今までにない熱が込められていて、胸が焼けたようにひりひりする。
もっと気持ち良くなってほしいと思う。
私よりも、もっとたくさん。
ぴたりと指を押しつける。仙台さんの手が腕を強く掴んできて、指が食い込む。首筋に噛みついて強く歯を立てると、腕に食い込んでいた指にさらに力が入ってからずるりと離れた。それでも指を動かしていると、荒い息で「宮城」と呼ばれる。
「ちょっと、ストッ、プ」
切れ切れの声で言って、仙台さんが私の腕を叩く。
「なんで?」
「わかるでしょ、ふつう。もうむりだから」
言われて初めて、これ以上続けてはいけないことを理解する。
「ごめん」
手を離して、デニムの中から引き出す。電気をつけて体を丸めている仙台さんを見ると、肩が小さく上下していた。
顔はタオルで覆われていて表情がわからない。
視線を自分の指へと移すと、指先が濡れていた。
この指に残っているものは仙台さんが感じていたものの名残だ。あの日曜日にこれと同じものが彼女の指を汚していたのかと思うと、顔が熱くなる。
「宮城?」
ずっと黙っていたからか、仙台さんに名前を呼ばれる。返事をせずに指を見ていると、仙台さんが体を起こしてごそごそとなにかを始める。気になって視線を移すと、タオルを外した彼女が私を見ていた。
「宮城、ちょっと待って。なにやってんの」
怒っているとまでいかないけれど不機嫌な声で言って、仙台さんがベッドから下りる。そして、すぐにカモノハシを抱えて戻ってきた。
「いつもすぐにこういうの拭くんだから、今日も拭きなよ」
仙台さんはベッドの上に座るとごにょごにょと言って、私の腕を掴んで指を拭った。彼女の名残はあっという間にティッシュに吸い取られて消えて、ゴミ箱に捨てられる。
「宮城って、手が汚れるの嫌なんだと思ってたけど違うの?」
呆れたような仙台さんの声に彼女の顔をじっと見ると、頬が少し赤くなっている。服も乱れていて、私たちが今までなにをしていたのか改めて自覚させられる。
私は仙台さんの問いかけに答えずに、彼女の唇を塞ぐ。
何故、キスしたくなったのかはわからない。
でも、仙台さんの唇に触れたかった。
軽く触れただけで顔を離すと、仙台さんの方からキスをしてくる。唇が強く触れて、彼女の舌が私の口の中に入り込んでくる。歯列をなぞって、舌を絡め取るように動く。ゆっくりと、長く、キスをして、仙台さんが私を押し倒した。
「宮城のことも気持ち良くしてあげる」
ベッドに背中がつくと同時に囁くように言われて、思わず彼女の肩を押す。
体はさっきから熱いままで、このまま仙台さんに触れられたらこの前よりもわけがわからなくなりそうだと思う。
「やだ」
はっきりと答えると、仙台さんが不満そうな声をだした。
「なんで?」
「今はやだ」
「いつならいいの?」
「わかんないけど、今は無理だからどいて」
今、触れられたらなにもかも許してしまいそうで、私は仙台さんを押しのけるようにして体を無理矢理起こす。
「宮城」
聞こえてきた声を無視するようにベッドから下りて立ち上がると、Tシャツの裾を引っ張られる。視線を合わせると珍しく仙台さんの方から目をそらして、また私を見た。
「あのさ、宮城。私――」
言葉が途切れて、次の言葉を待つ。でも、それっきり仙台さんはなにも言わなかった。
※※今回、小説家になろうのガイドラインの関係で、カクヨム版と表現の一部が異なっています。内容自体は同じですが、完全版はカクヨムになります。※※