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【書籍8巻2025年冬発売】週に一度クラスメイトを買う話  作者: 羽田宇佐
仙台さんはいつだって優しくない
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 冬休み前、確かに約束をした。

 だから、仙台さんがしたいというならキスをしてもいい。


 本当は勉強が終わったときにするべきで、今はそのタイミングではないけれど、特別に許してあげてもいいと思った。


 でも、絶対に“少し”の範囲がおかしい。


 もう少し権利を行使するのはかまわないけれど、仙台さんはキスをしすぎている。


 怒らないでよと言ってから、彼女は私に一回キスをした。それからも何度かキスをしたのに、まだ足りないというように顔を寄せてきている。

 私は、彼女の唇が触れる前に額を押す。


「仙台さん」


 手に力を入れて、近づいてきた顔を遠くへやる。

 けれど、彼女は私の手を剥がして言葉を奪うようにキスをしてくる。


 よく知っている柔らかさと熱が伝わってきて、すぐに離れる。そして、また唇がくっつく。


 仙台さんの唇は心地が良いと思う。


 さっき、彼女の体に触れたときは心臓が壊れそうだった。


 いつもの倍くらい速く動いていたから、息がうまく出来なかった。


 手も顔も熱かったし、私が私じゃないような気がした。


 今もドキドキはしているけれど、さっきとは違う。柔らかさも熱も気持ちが良いと感じられる余裕がある。


 でも、そろそろ終わりにしてくれないと困る。

 私は、仙台さんの肩を押して体を離す。


「対価にしたって、キスしすぎ。こんなの少しじゃない」


 そう言うと、彼女の指が唇に触れた。


「回数は指定されてない」

「じゃあ、今から指定する」

「その指定の適用は次回からだから」


 薄暗い部屋の中、私の言葉を軽く否定する声が聞こえて仙台さんの唇が触れてくる。


 何度も、何度も。


 数えることが面倒になるくらい仙台さんが行使した権利はすべて触れるだけのキスで、今も唇が触れているだけだ。“変なこと”にならないように配慮しているのかもしれないけれど、仙台さんらしくない。


 私の知っている仙台さんは強引で、エロくて、優しくない。


 こんな風に触れるだけのキスしかしてこない彼女は、優しすぎると思う。物足りないわけではないけれど、調子が狂う。もう少しくらいなら、キスをしてもいいような気がしてくる。


 ――駄目だ。


 こうやって仙台さんを許し続けていたら、またおかしなことになる。そもそも、仙台さんは意味もなく私に優しくしたりしない。


「これ以上したら本気で怒る」


 唇が離れた瞬間、次のキスをされる前に断言する。


「いいじゃん、もう少しくらい」

「よくない。仙台さんの少しはたくさんだもん」

「けち」

「けちでいいから、やめてよ」


 私はずりずりと後ずさって、仙台さんから距離を取る。そして、常夜灯を消して部屋を真っ暗にした。


「もう寝て」


 夜するべきことを告げて、掛け布団を引っ張る。けれど、仙台さんが邪魔で上手く引き寄せることができない。


「じゃあ、寝るから宮城は自分の陣地に戻って」


 どこかから伸びてきた手が私を押す。


「……やだ」


 夜、珍しくこの家に私以外の誰かがいる。

 それなら、その誰かは活用すべきだ。


 一人でいることに慣れてはいるけれど、夜が明けるまでの時間は一人で過ごすには長い。眠っているだけだと言っても、夢の中に得体の知れないなにかが出てくることがあって心細いときがある。だから、真っ暗でも家の中に誰かがいるとほっとする。


 それが仙台さんであっても。

 そして、その距離は近い方がいい。


 一人は寒いし、誰かが側にいた方が暖かい。

 今日くらいカイロ代わりになってくれたっていい。


 私は自分の方に掛け布団を無理矢理引き寄せて、彼女よりも先に布団の中に潜り込む。


「ちょっと、なんでこっちで寝ようとするの。宮城がこっちで寝るなら、私がベッドに行く」


 ごそごそと音がして、仙台さんが立ち上がろうとしていることがわかる。


「ベッドは私の陣地だから駄目」


 私は、仙台さんを掴んで引っ張る。


「使ってないのに?」

「そう。使ってなくてもあそこは私の陣地で、仙台さんの陣地はここ」

「一緒に寝たいなら、寝たいっていいなよ」

「そういうわけじゃないから。そんなことより、ベッドから私の枕取ってきて」

「見えないんだけど」


 常夜灯が消えた部屋はすべてが闇に溶けて、なにも見えない。

 でも、仙台さんは飽きるほどこの部屋に来ている。


「見えなくても、ベッドの場所くらいなんとなくわかるでしょ」

「宮城って、ほんと我が儘だよね」


 呆れたような声が聞こえて、仙台さんの気配が遠のく。けれど、すぐに戻ってきて布団の上に枕らしきものが置かれた。


「もう少し向こうに行ってよ」


 仙台さんが私を押しながら言う。


 手探りで枕を引き寄せてスペースを作ると、仙台さんが掛け布団を整えてから隣に入ってくる。


「狭い」


 不満そうな声とともに、ふくらはぎをちょんと蹴られる。けれど、これ以上端に避けると布団からはみ出てしまうから、私は仙台さんに背を向けて目を閉じた。


「なにが目的なわけ?」


 低い声とともに、背中をつつかれる。


「いいじゃん。どこで寝たって」


 私は掛け布団を引っ張って、背中を丸める。


「あんまり引っ張ると寒い」


 後ろから文句が聞こえてくるけれど、黙っていると掛け布団ではなく、何故かスウェットが引っ張られた。手のひらが背中に押しつけられる。布越しでも少しくすぐったくて、でも、暖かくて気持ちがいい。


 伝わってくる体温に、スウェットの下に隠された仙台さんの体を思い出す。


 あのとき、仙台さんに触れたら、信じられない彼女の言葉を信じることができて、不安が消えるかもしれないと思った。けれど、不安は消えるどころか大きくなった。ネックレスをこの目で見て約束を守っていることがわかっても、これからも約束を守り続けてくれると信じられずにいる。


 今だって、仙台さんがすぐ側にいて、後ろを向けば彼女に触れることができるのに、仙台さんがどこかに行ってしまいそうな気がする。


 背中をもっと丸めて、布団の端を掴む。


 目をぎゅっと閉じると、背中から伝わってくる体温が曖昧になって一人きりになったような気がする。少しだけ怖くて、肩や腕が硬くなる。


「宮城」


 私を呼ぶ小さな声が聞こえて、背中に押し当てられた手がもう一度スウェットを掴む。

 下の名前を呼ばれそうな気がして先回りする。


「志緒理って呼んだら追い出すから」


 名前で人を呼ぶなんてありふれたことで、どこにも特別なことはないのに、仙台さんに名前を呼ばれることは特別なことのように感じられて呼ばれたくないと思う。


「宮城、って呼ぶのはかまわないんでしょ」


 そう言うと、仙台さんが『宮城』と呼んでくる。


 宮城。

 宮城、宮城。


 繰り返して私を呼ぶ声に、体から力が抜ける。


「仙台さん、うるさい。早く寝なよ」


 うん、と声が聞こえたけれど、仙台さんが眠らずに私の髪に触れる。


 指で梳くように私の髪を撫でてくる。

 何度も、何度も。


 柔らかな手と伝わってくる体温に、瞼がほんの少しだけ重くなる。丸くなった背中をちょっとだけ伸ばすと、「おやすみ」と小さな声とともに手が離れた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] もうね、こんな描写されちゃったら感動で泣いちゃいますよ お母さんに置いていかれた事が宮城ちゃんをずっと苦しめてて、心細い一人だけの夜を何度迎えたんだろう 仙台さんはこんなに近くにいて、宮…
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