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Chapter6~8

●6 ニケの部長


 次の日、わたしはタクシーを手配してオートショップに行き、手ごろな一台を購入した。

 つなぎを着たメカニックの女の子に、ナンバーが警察にカメラシステムに映らないよう細工をたのむと、IDトランスミッターを指差し、ナンバープレートにぺたりとテープを貼ってくれた。

 入道雲の下、ビル街をバイクで疾走する。

 いくどか信号を無視したが、監視カメラにナンバーは映らないし、フルフェースのヘルメットをしているので、顔認証にもかからないはずだ。

 IDへの登録も、きれいさっぱり消去しておいた。

 ニケの本店ビルに到着した。

 玄関先に駐車し、ヘルメットをハンドルに引っかけると、中に入った。



 重役室と書かれたドアがあった。

 当時の店長は、出世してなんとニケの役員になっていた。

 ノックすると「どうぞ」と、声がした。

 中に入ると、チャコールのスーツにアスコットタイ、アゴ髭を生やした紳士が、にこやかに立ち上がった。

 机の上のネームプレートには、ダガード・カシワギとあった。

 あと、なぜか、五人の女の子たちが、奥の壁にずらりと並んでいる。

 コンパニオン・アンドロイドのようだ。

「おや、キミがモルドー君かい?」

 男が握手をもとめてきたので、それに応じながら軽く会釈する。

 身長はわたしよりは少し低い。

 この時代の管理職らしく、栄養の行き届いた頑丈そうな体格をしていた。

「よく来たね。充電するならそこのチャージングチェアにどうぞ。……おっと、君たちも、ごあいさつしなさい!」

「いらっしゃいませ!」

 五人の女の子たちが、いっせいにお辞儀をする。

 彼女らはやはりコンパニオンらしい。アイドルのような派手な衣装を着て、みんなミニスカートに、ニケの新作スニーカーを履いている。

 彼のデスクの前には、人間用のイスと、アンドロイド用のチャージができるターミナルつきのものが二脚おいてあった。

 せっかくなので、スーツの背を割り、電極部を露出させて、チャージングチェアにすわらせてもらう。

「はじめまして、モルド・トーマと言います。ダガード・カシワギさんですね?用件の方は……」

「うん、ダグと呼んでくれていい。あ、この子たちは気にしないでいいよ。ウチのイメージガールとして教育中なんだ。ワタシの好きだったレトロゲームの主人公をモチーフにしててね」

 そう言うと、ダガードは、デスクの上のグラスをとりあげ、ちょっと乾杯のポーズをした。「キミもなにか飲むかい?」

「いえ、あまり時間がないので、ダガードさん」

「ダグでいい」

「はい、ダグ」

 ダグはグラスを執務デスクに置いて、ちょっと真剣な表情になった。

「ゆうべ、ナルシアからゴーストレターもらって驚いたよ。あの子のことならよ~く覚えている。頭のいい、優しいいい子ちゃんだった。キミとパートナーになって、娘さんもらって、その子があの誘拐事件の子なんだってね。驚いたよ」

 わたしは自分のブレットにサーシャの映像を映して見せた。

「サーシャといいます。で、これが拉致されたときの映像です」

「ほう……」

 そのままブレットを操作して、動画を再生する。

「ここを見てください」

 映像をスニーカーが一番見える位置で停止させた。

「これが犯人の足。これはこちらのスニーカーでは?」

「……たしかにうちのだ」

 さすがに役員ともなると、犯人が自分の会社の靴を履いているのが心外なのだろうか。

 ダグはダンディーな表情をひきしめた。

「こんな映像が世界中に配信されてるなんて、うちのイメージダウンもいいところだよ。……しかもこのスニーカーは、世界限定千足の記念品なんだ」

「千……ですか」

「いや待てよ。その前に限定二百五十で先行販売もしたんだ。もう一度映像を」

 わたしは映像を巻き戻して再生した。

「そこでストップ!……うん、まちがいない。これは先行販売の分だ。ほら、ラインが少しだけ短いだろう?」

 指をわたしのブレットに這わせ、ちょんちょんと叩いた。

「なるほど。とすると、これは先行二百五十足のうちの一足ということですね?」

「うむ、そういうことだ」

「誰に売ったかの記録はありますか。あと、このスニーカーの3Dデータをください」

 わたしは立ち上がり、スーツをととのえ、リボンタイを直した。

「販売記録はある。この映像の靴サイズは大きめに見ても二十六センチ以下。全体の半分には絞れるね。リストを渡すよ。ナルシアちゃんのためだ」

 自分の机にあるタブレットを操作して、必要なデータを選んだダグが、わたしにむかって、

「キミ、ブレットのIDは?」と、言った。

 わたしは、バーコードを表示してダグに見せる。

「……ところで、ナルシアとは最近流行の、ゴーストホログラムで逢えるのかい?」

「もちろん逢えますが、ブレインデータはうちでしか再生できないんです。またいつかご招待しますよ。あ、リストいただきました」

「いやあ、ぜひ逢いたいなあ。今でもしょっちゅう思い出してるんだよ。あと、スニーカーの3Dデータだったね、はいどうぞ」

「ありがとうございます」

 いったい、ニケの店長とバイト女子の間に、なにがあったんだろう……?

 ブレットにスニーカーの3D図面が映し出された。

「サーシャちゃんが、早く見つかるといいね」

 微笑むダグの後ろで、女の子たちが一斉に頭を下げた。

「ありがとうございました!」


 社内のいたるところに、監視カメラがあるはずだった。

 あとでダグに面倒をかけるのはまずい。

 わたしはなるべく顔を隠して社外に出た。

 玄関を出てバイクにまたがると、周りを確認してブレットを開き、販売先のリストを表示させた。

 サイズを二十六センチ以下のものに限ると、全部で百九件になった。

 そのままそのすべてのアドレスにメールを送った。


(みなさまに追加のプレゼント!いますぐ位置情報を送ってくだされば全員に色違いの新作をお贈りします!)



●7 下水道局



 わたしはその建物を見上げた。

 ガラス貼りの大きなビル、その上部には『下水道事業局』の文字があった。

 ようするに、ここは市内の下水道を管轄している役所だ。

 わたしはバイクを降り、中に入った。

「すみません」

 受付で急用をつげ、担当者を呼んでもらう。

 待合室で待っていると、やがて作業服を着てメガネをかけた若い係員が血相を変えてあらわれた。

「お、おたくの家がテロリストに襲撃されて、下水がつまってるんですって?」

「ええ、まあ」

 あわてた男が、テーブルに手をついて身を乗り出した。

 まあ、半分は本当だ。

「すぐ調査します!それはどこです?」

「では位置情報を送ります。ブレットを見せてください」

「え?あ、はい」

 男は自分のブレットを開いて、提示する。

 わたしはデータを相手に送信した。

「ここなんです」

 相手のモニターに、わが家の位置情報と、家の大穴映像が映る。

「こ、これは……!」

「はい、ひどい目に遭いました。付近の下水道状況をよく調べてメールで回答くださいね」

「ほんとだ!す、すぐ調査してみます!」

「ではよろしく」

 わたしは引き上げた。

 そのまま外に出て、ブレットを開く。

 実はさっきの瞬間、担当者にマルウェアを送りつけたのだ。

 マルウェアはそういう闇サイトにいくらでもあった。

 そのままではすぐに相手のOSに察知されてしまうが、コードのパターンを圧縮時に変更できるので、ちょっと細工すればすぐに使えるものになった。

 マルウェア専用のデスクトップを開くと、彼のブレットの情報がほぼ丸見えになった。

 確認してから、ハッカー氏に連絡をする。

(モルドーです。下水道局の端末にぼくのブレットからマルウェアを送りました。そちらから閲覧できますか?IDは……)

 やっぱり、すぐに応答があった。

 彼はシャワーのときもブレットを手放さないんだろうか?

(今、検索してる。なかなかやるじゃないか……あった。国土交通省下水道局?)

(ある情報を探してほしいんです。厚生省衛生局からマンホールなど地下設備と地上の通路に異常がないかチェック依頼があったはず)

(調べよう。その後の状況はどうなの?)

(ナルシアのアドバイスで映像に映っていた犯人のシューズから、ニケの限定品まで行きつきました。今はエサを撒いているところです。……厚生省からの依頼は見つかりませんか?)

(あったよ。まだ結論は出てないが、内部ではすでにいくつかの異常が報告されてる。というか多すぎるな、すでに30か所。偽装工作じゃないか?)

(全部教えてください)

 場所をダウンロードする、

 しばらく映像を確認してみる。

 異常個所が多いのは、彼が言うように、偽装工作かもしれない。

 しかし、全部を見て回るのは、時間がかかるばかりだ。

 わたしは打開策を思いついた。

 いくつもの主なSNSにアカウントを取得して、つぎのように投稿した。

(位置ゲームスタート!指定の場所で赤外線写真をとり、はじめにこの足跡を発見した人に、賞金100万コイン進呈!候補は30か所)

 スニーカーの3Dデータから足跡をつくり、アップする。

 すぐさま、反応がアップされはじめた。

(100万コインて大盤振る舞いじゃん)

(赤外撮影機能つきのブレット持ってるよ)

(早い者勝ちだな)



●8 地下室



 くにゅ、くにゅ。

 ボクは壁の穴をみている。

 穴は、くにゅ、くにゅ、と、大きくなったり、小さくなったりする。

 天井ちかくにある可変エアダクトの穴だ。口みたいに見えるから、まるで呼吸してるみたい。

 いや、実際、エアダクトなんだし、呼吸してるともいえるよね……。

 大きくなったり、小さくなったり。

 あれって、ふつう剥きだしはキモイから、ちゃんと見えないようにフタしてるもんじゃないの?

 ボクはついその動きに合わせて、自分の口もぱくぱくさせてしまう。

 ふぅはぁ。

 ふうはぁ……。

……はぁ。


「ばっかみたい!」


 ボクは声をあげた。

 いくらヒマだからって、なんなのこれ!

 だって、動けないんだもん!

 だって、ボク、でっかいイスにしばられてるんだもん!

 目隠しはされてないけど、両手首と両足首をがっちり巻かれて、逃げ出せないんだもん!


 だいたい、ここ、どこっ?


 マジで殺風景な部屋。

 例のくにゅくにゅ動くエアホールもそうだけど、LEDが埋めこまれた白い壁や、白一色のデスクや事務イス。

 いかにも3Dプリンタで急ごしらえされた部屋で、窓はどこにもない。

 昔からある施設には見えないから、ボクを襲った連中の秘密基地ってやつ?

 あのガードの下で車から降ろされて、その近くのマンホールから地下に入って……いろいろ歩かされて、この部屋に入れられて、今にいたる。

……って、どういうこと?

 だいたい、なんで、ボクがこんな目にあわなきゃいけないの?

 厚生省の人が来てボクの血液抗体が人類を救うとか言われて……まあ、そこまではいいとするよ。

 よくないけど……。

 でも、なんなの、この展開?!誘拐だよ誘拐!

 この犯人たちの目的ってなに?ペイが欲しいの?

 そりゃあ、ボクの血が人間を救うのなら、人間全体が人質になるのと同じだから、もしかしたら、すんごいペイになるよね。

 でもさ、この犯罪率史上最低の世の中で、いまさら誘拐なんて、ありえないでしょ。

 いやいや、そんな単純なハナシじゃない。もしかして、緊急にボクの血液抗体を必要としている人たちがいる?

……そうかもしんない。

 もし、ボクに血液抗体を提供させたくないなら、ボクをすぐに殺しちゃえばいい。

 そうしないで、誘拐したってことは、あの厚生省の人たちと同じように、この犯人たちも、ボクの血が欲しいってことだよね。

 なら、ちょっぴりは安心かも。

 ボクの命は大丈夫。

 え、でも待って。

 厚生省の人、どれだけ血を抜くって言ってたっけ?

 二千CCだっけ?

 たしか、学校で習った。

 人間は体重の八%が血で、その半分を抜かれると死ぬんじゃなかったっけ?

 ボクは四十七キロだから、えっと、三・七六キロの血!待って待って、二千CC抜くって?


 死ぬじゃん!


 ああ!

 それで厚生省の人はあんなに申しわけなさそうだったのか!

 万全を期します、なあんて言ってたけど、危ないってことだったんだ!

 うっかり聞いてて、よく考えなかったよ……。

 はぁ~~っ、ボクってばかだ。

 自分のことなのに、自分の命にかかわることなのに、ちゃんとわかってなかった。

 二千CCって、それだけの血を抜かれたら、健康じゃいられない。

 死んだら感情回路の研究ができなくなってしまう。

 だって、ゴーストはなにかを生み出せないきまりだから。

 死んだら、面会とメール以外は社会に関われないから。


 早く、早く逃げ出さないと……。

「モルドー……」


 ジー、カチャ!


 ふいにモーターシリンダーのまわる音がして、ドアが開く。

 入ってきたのは、二人の女。

 ひとりはボクを誘拐したあの女のひと。白衣なんかはおってるよ。

 もうひとりは、看護師の服装をした女の人だ。こっちはすごく美人だから、きっとアンドロイドだ。

「お待たせ!さあ、検査しましょうねー」

 白衣の人がボクの前にイスを引っぱってきてすわる。

 デニムの長い脚を組み、スニーカーを履いた足先を、ぶらぶらと揺らす。

「な、なにすんの!?」

 ベッドの傍の台でかちゃかちゃ音を立てていたアンドロイドの人が、注射器を持って近づいてくる。

「じゃあ血液を採取しますねー」

 やっぱりボクの血が目的なんだ!

「ちょ、待って!まだ覚悟できてない!」

「大丈夫ですよー、ちょっとチクっとするだけですからね」

「それ常套句!ボク貧血なんだよっ!血をとられたら倒れちゃうかも!」

「もう寝台に寝てますよ」

 女の人があはは、と笑った。

「今回のは検査用で二十CCだけよ。そんな心配いらないって!」

「え?二十CC?そうなの?」

「はい。二十CCです」

「ほらね。大丈夫だから。アナタ、栗色のきれいな髪ね」

 女の人は椅子から立ちあがり、ボクの髪をやさしく撫でる。

 その時になって、はじめてボクは両手がすこし緩むことに気づいた。

「お姉さん、名前はなんていうの?」

 なんとか、気を逸らさなきゃ……。

「私はエンドア。しばらくの間、あなたを診る女医、とでも言っておこうかしら」

「へー、じゃお医者さんなんだ。偉いんだね」

「そうよ」

「こ、これから、ボクをどうする気?」

「まずは血液を採取して検査。それだけよ。もちろんその検査がうまくいったらその後のことは……わかってるでしょ?」

「わかりたくない!」

「じゃ、さっさとすませよう!」

「吸血鬼ぃぃぃぃ~~っ」


「はいおわりました」


 アンドロイドの人が、ボクの腕から針を抜いて、絆創膏を貼った。

 注射器の血を試験管のようなものに移しかえ、キャップをする。

「じゃこれでおしまい。検査には三時間かかるから、それまではゆっくりしていいのよ。トイレに行きたくなったら、そこのボタン押して。じゃあね~」

 二人はにこやかにドアから出ていった。


 とにかく、逃げなきゃ。

 ここで血を抜かれるくらいなら、厚生省の人にやってもらったほうがまだまし!。

 ベッドに縛られている手を動かしてみる。

 やっぱり緩んでる!

 これなら、がんばればなんとかなりそう。

 ボクは必死に、手をぐりぐりと動かしつづけた。

 十分ほどそうやっていると、片手がすぽんと抜けた。

 抜けたほうの手で、こんどは反対の手のベルトを外し、それで両手が自由になる。

 あとは足首をとめているベルトだ。

 ボクはようやく四つのベルトから自由になり、身体をおこした。

 手首をさすりながら、まわりを観察してみる。

 すこし離れたところに、さっきエンドアと名乗った、女の人が使ってたイスがあって、その近くには事務テーブル。

 テーブルの上には旧式の湯沸かしポットと、水差しとコップがあった。

 ベッドの横の壁には鏡をはずされた洗面台、そして洗面台とベッドの間の壁には、埋め込まれた酸素供給口。

 うん?

 電気と水と酸素!

 これだけあったら、なにかがやれそう。

 でもかなり危険。けど、やるっきゃない!


「十三歳を、ナメんなよ!」


 ボクは寝台から降りると、テーブルの上の、湯沸かし器のコードを引きちぎった。



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