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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第四章 新たなる世界 【第二次王国 編】

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第22話 神炎の灯火

 スフィアは、目の前で繰り広げられている光景に息を飲んだ。自分が見ているものが現実なのかと、何度も目を疑った。それほどまでに信じがたい事態が、彼女の目の前で起きていたのだ。


 スフィアですら全力を尽くしても越えられなかった〈真界〉という結界。それをレイネスは、まるで何でもないかのように容易く超えてみせた。さらに、敵の無慈悲な攻撃から村を完璧に守り切っている。今この瞬間、彼女は一本のナイフを手に、圧倒的に不利な状況の中で、複数の準勇者たちを相手に一歩も引かず、悠々と戦っているのだ。


 その動きは洗練の極み。魔力の運用も、剣さばきも、すべてが異次元の領域に達していた。レイネスは呼吸一つ、足さばき一つに至るまで、常人の範疇を遥かに超えており、その姿は『英雄』と称される者たちすら凌駕していた。


 スフィアはかつて、千年ほど前の大戦で神代の英雄たちが繰り広げた伝説の戦いを目撃したことがあったが、レイネスの動きはその神々ですら見劣りしない──むしろ、肩を並べるどころか、それ以上の技を見せていた。


「一体……なんなんだ、あの動きは……こんな戦士、ここ最近では見たことがない……」


 スフィアは、信じられないあまり、思わず言葉が口を突いて出た。まるで夢でも見ているかのようだった。だが、レイネスに立ち向かっている準勇者たちもまた、並外れた実力者たちだ。スフィア自身、あの数の準勇者を相手にするなら、全力を尽くしても簡単にはいかないだろう。しかし、レイネスは──


(相手になっていない……)


 スフィアの胸中に浮かんだのは、その一言だった。準勇者たちの動きが、まるで子供たちの遊びのように見える。それほどまでに、レイネスと彼らの間には絶望的な力の差があった。


 最初に四人の準勇者がレイネスを囲み、一斉に斬りかかる。その動きは訓練されたもので、まるで隙を与えない見事な連携だ。レイネスがどちらに避けても、必ず仕留められるように、全方位から刃が振り下ろされる。しかし、彼女が取った行動は、それを遥かに上回る神速の横回転だった。


 肉眼で見えるか見えないか、その境界線すら曖昧なほどの速度だ。戦闘中の者たちには、その動きはおそらく見えていない。スフィアのように集中して見つめていたからこそ、かろうじて捉えることができたに過ぎない。


 レイネスの逆手に持たれたナイフが、準勇者たちの剣に一瞬触れた。鋭く甲高い金属音が鳴り響く。レイネスは、その音から剣の弱点を聞き取っていた。音に混じる微かな綻び──それを、彼女は見逃さなかった。


 準勇者たちの刃がレイネスを捉えようとしている瞬間、彼女にとってはその動きすらも遅すぎた。彼らの速度がいかに速かろうと、レイネスの世界では、すべてが止まっているように見えるのだ。


 再び、レイネスは舞うようにして回転した。その動きはさらに加速し、ナイフは剣の致命的な部分を的確に撫でる。鍛え抜かれたアイラフグリス王国の秘術によって作られたロングソード──普通の攻撃では到底破壊できないはずのその剣が、レイネスの一振りでまるで硝子のように砕け散った。


「──っ!!」


 準勇者たちは、自分たちの武器が粉々に破壊されたことに気づいたときには、すでに遅かった。レイネスはすでに次の一手を終えている。スフィアですら見逃した、その動き。おそらく、彼女はさらに速度を上げていたのだろう。


 準勇者たちは、何が起きたのか理解する暇もなく、痛みすら感じないままに命を奪われた。レイネスの一刀は即死の一撃だった。次々に仲間たちが倒れていく様を目の当たりにし、残った準勇者たちは恐怖に震えた。


 しかし、それでも彼らは後退することが許されなかった。進めばレイネスに殺されるか、退けばニスレアに殺されるか──どちらにしても、待っているのは死だ。ならば、せめて国のために死のう。彼らの共通の意志は、それだけだった。


(引いてはくれませんか……)


 その光景を見つめながら、レイネスは胸中でそう呟いた。彼女は、僅かな可能性でもあるならばと願いながら、準勇者たちが退くことを期待していた。しかし、彼らは退かない。彼らの国への愛と忠誠心は、本物だった。たとえその忠義が歪められていたとしても、その心そのものは純粋で、偽りではなかったのだ。


 限りなくゼロに近い望みを捨て、レイネスは次に斬りかかってきた準勇者の剣をナイフで受け止めると同時に、あっけなくそれを粉砕する。崩れかけた円陣を再び組もうとする準勇者たちに対し、レイネスは容赦なく動いた。


 〈狂化〉によって力を強化された準勇者たちは、確かに強敵だった。レイネス自身、その事実を認めざるを得なかった。だからこそ、常に彼らを圧倒する力を発揮し続けなければならない──そうでなければ、彼らを苦しめてしまうからだ。準勇者たちは、レイネスとは違う道を選びながらも、自らの信念のため、そして守るべき者のために戦っている。その想いを踏みにじることは、レイネスには耐え難いことだった。


 レイネスは速度をさらに一段階、また一段階と上げていく。その結果、彼女の動きは準勇者たちにとって、もはや認識不可能な領域に達していた。準勇者の一人は、まるで時間が止まったかのように感じた。その瞬間、世界に満ちる魔力が頬を撫でるように感じられ、全員が一斉にその気配を察知した。それは、目で追うことはできなくても、確実に理解できる圧倒的な力の波だった。


 ──「ああ、彼女には敵わない。私たちはここで死ぬのだろう。それなのに、何故か恐怖は感じない。胸に満ちるのは、むしろ温かい感覚だ」──


 準勇者たちは、レイネスの存在にすべてを悟りながらも、戦い続ける。その一部始終を見届けていたスフィアやニスレアでさえ、いつの間にかレイネスの姿を見失っていた。だが、少し周囲を見渡せば、彼女の姿はすぐに見つかった。藍色の炎で〈真界〉を守った際に突き立てられた杖のそば、レイネスはナイフを逆手に持ち、静かに佇んでいた。


「な……何が……?」


 準勇者の一人がかすれた声で呟く。彼らは、一瞬前まで近くにいたレイネスが、なぜこんなにも遠くにいるのか理解できなかった。転移でもしたのかと焦りが広がる中、その思考もすぐに途絶える。準勇者たちの意識は途切れ、永遠の闇へと消え去った。


 レイネスは、無造作に腰のホルダーへナイフを納めた。その瞬間、止まっていた時間が再び動き出す。目の前に立っていた四十人弱の準勇者たち全員が、武器を失い、地に伏している。その光景は、圧倒的な力と速度を持って、レイネスが彼らを全滅させたことを示していた。


「ごめんね。彼らを……送ってあげて……」


 レイネスが悲しげに呟くと、突如として場に魔力の高まりが走る。レイネスの姿は、赤く燃え上がる炎の渦に包まれた。広がる赤い炎は、地面に横たわる準勇者たち全員を覆い尽くすほどの範囲に広がり、瞬く間にその場を包み込む。


 その赤炎に準勇者たちの身体が触れたかと思えば、一秒と経たぬうちに魔力の濃度は低下し、炎の渦も消え去っていた。そこには、倒れていた準勇者たちの姿はもうどこにもない。


 レイネスは彼らを『送った』のだ。もう二度と歪められることなく、安らかな場所へと導いた。しかし、どれだけ正当な理由があろうとも、レイネスは彼らの命を奪い、彼らの正義を打ち砕いた。



 それは、村の人々を守るため、そして自身の正義を貫くためだった。だが、その代償は大きく、罪悪感と心の痛みは、彼女を決して逃がしてはくれない。死神が耳元で囁く――その罪を背負い続けろ、と。逃れることも、忘れることも、決して許されない。


 その重荷を背負いながらも、レイネスは前を向いた。戦いはまだ終わっていない。視線の先には、次の敵がいる。


「次は、あなたたちです」


 レイネスの宣戦布告を聞いて、ニスレアは大きく手を叩いた。それはまるで、嘲笑するかのようでもあり、同時に称賛するようでもある。彼がこの状況を楽しんでいるのが、その仕草から見て取れた。


「いやー、まさか本当に準勇者を全滅させるとはな。予想以上だ、驚いたよ。でもまあいい。次は俺たちが相手だ。お前、わかってんのか? 俺たちは──」


「知っていますよ。あなたたちはアイラフグリス王国の勇者。聖戦を戦う者たち。王国の最大戦力であり、ティルマス大陸の均衡を保つ抑止力とも言われる最強の騎士団。一人ひとりが一騎当千の実力を誇り、三人で大きな街を、六人で国の首都を、九人で小国を、そして十三人で大国すら滅ぼせると聞いています」


 レイネスの言葉は、勇者たちの強さを知った上での宣戦布告だった。アイラフグリス王国がラリアガルド帝国やシィータビスク連合国などの大国と呼ばれる国々と渡り合える理由は、まさにこの勇者たちの力にあった。それを知ってなお立ち向かうレイネスは、強者か、それともただの愚か者か──ニスレアは前者だと判断する。


「ほう、知ってて言ったんだな? そりゃあいい。だったら後悔しながら死ね。後ろのゴミどもと一緒にな」


 ニスレアの体から、魔力とは異なる力が溢れ出した。それに呼応するように、他の勇者たちも次々に力を解放する。それは、勇者だけが持つことを許された聖なる力──神から授けられた『聖気法力』だった。その力の密度と量は、準勇者たちとは比較にならない。九人の勇者全員が力を解放したことで、〈真界〉が軋む音すら立て始める。


「アイラフグリス王国が誇る正規勇者が相手となれば……ぼくも出し惜しみはしません」


 正規勇者たちが次々と力を解放し、神聖なる気配が戦場を満たす中、レイネスは静かに杖を手に取った。その動作は一見すると慎重であるが、背後には絶対的な決意が滲んでいた。杖を両手で握り、空高く掲げる姿は、あたかも天と対話するかのようだった。黒く染まった空にきらめく星々を指し示すその姿には、神聖と邪悪の相反する二つの力が同居していた。


 見る者の目には、その姿はまるで神への忠誠を誓う聖騎士のようであり、同時に、神に反旗を翻す堕天使にも見えた。正規勇者の一人、ニスレアはレイネスの異質な存在感に目を細め、内心で警戒を強める。しかし、膨大な魔力がその場を再び震わせると、レイネスの声が静かに、そして力強く世界に問いかけた。


「世界よ、認証せよ──」


 その声は、聞く者の心に直接響く。敵意を抱く者には恐怖の種を蒔き、味方には優しさと希望を与える。その響きは天使の歌声のごとく美しくもあり、同時に悪魔の囁きのように冷酷でもあった。レイネスが紡ぐ言葉の一つひとつが、虹色に輝く魔術文字となり、足元に巨大な魔法陣を描き出す。


 それは、まるで天と地を繋ぐ壮大な門。魔法陣の中央には不死鳥が描かれ、その翼や胸元に空虚な円が七つ刻まれていた。それらは、まだ炎の色を宿していない黒い円だった。


「異なる世界の神、光彩炎纏せし覇國の魔神、我が呼び掛けに応じよ。我は異界の門、その管理者にして汝の神炎の器と成る者──」


 詠唱はさらに続き、魔力は一層強く渦巻く。ニスレアはその異常な気配に反応し、動こうとするが、その体が突如として動かなくなった。声を出すことさえできず、指一本すら動かせない。


 まるで自らの意志を奪われたかのような感覚に、ニスレアは戦慄した。思考だけが異様に冴え渡り、体だけが凍りついている。


(くそっ、動かねえ……!)


 だが、すぐに彼は理解する。これは世界の意志そのものであり、今この瞬間、何者も動くことを許されていないのだと。レイネスが描き出す魔法陣、その輝きと詠唱は、見る者全てを魅了していた。虹色に光る魔方陣は、異世界の力そのものを表しているかのように神秘的だったのだ。


「七炎を司る象徴は不死鳥、宿り木はここに在る。汝らの使命、外なる世界へ至る道を示せ。鍵は虹に煌めく神炎を宿し炎剣なり──」


 その瞬間、空に七色の光が現れ、まるで流星のごとく地上に降り注ぐ。光が地面に触れる寸前、爆発的なエネルギーが広がり、その場に現れたのは七体の不死鳥。それぞれが異なる色の炎を纏い、レイネスの描いた魔法陣に降り立つ。そして、不死鳥たちは黒い円に炎を灯し、魔方陣全体が七色に輝き始めた。


「我、失われし秘術を模倣し、再現するは〈世界級魔法〉。隠匿されし秘法の行使をここに執り行う」


 レイネスが高らかに宣言すると、七つの円から勢いよく火柱が上がり、それは七色に輝く炎の波となって杖に集結した。炎は杖を覆い尽くし、木でできた杖は一瞬にして炎剣へと姿を変える。その剣は、ただの武器ではない──光彩の炎を纏う神聖な存在だ。


「開け、異界の門よ」


 炎剣はレイネスの足元に浮かび上がる鍵穴に突き刺さり、レイネスが剣を右に捻ると、地面に描かれた魔方陣の扉がゆっくりと開き始める。その向こうには、深淵の如き暗闇が広がり、そこから漏れ出す力は、もはや人間の理解を超えたものだった。底知れぬ熱量が押し寄せ、まるで異界そのものが現実に侵食しようとしているかのようだった。


「我が身、汝に捧げよう。異界より来たれ、原初の炎を宿し神炎の王、汝の名はプロ─アグ─シュトル」


 扉は完全に開かれ、虹色の炎の波がレイネスの足元から巻き上がる。渦を巻くように彼女の体を飲み込み、一瞬のうちに火柱が空高く昇った。その膨大な魔力と熱量は、誰もが息を呑むほどの威圧感を放っていた。しかし、それが一瞬で消え去ったとき、そこに立っていたのは、神炎の王の依り代となったレイネスだった。


 彼女の髪は虹色の炎に変わり、神炎を宿す者としての姿へと昇華していた。その身には光彩の炎が宿る。そして、炎剣を握るレイネスの瞳には、異界の記憶が一瞬映り込み、刹那の夢が蘇る。


 ──「ああ、そうだ……これは、ぼくの記憶だ」──


 そう、彼女の記憶と異界の炎が、今一つに繋がったのだ。

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