第6話 洞窟の探索
東の空が淡い朱に染まり始める頃、闇を押しのけるようにして、太陽がゆっくりと顔を覗かせていた。馬車の天幕の隙間から射し込む朝の光が、揺らめく金糸のように揺れ、静かな車内に柔らかな輝きを添えている。
冷えた朝の空気を胸いっぱいに吸い込めば、肺がきゅうっと縮むような冷気が身体を貫く。だがその感覚こそが、何よりも現実を確かに感じさせてくれる──ここはもう、あの仮想の世界ではない。
(……ゲームの頃にも、これほどまでに生々しい感覚はなかった。肉体も、この命も、未だ謎のままだが……今日という日が、また始まった。それだけで十分だ)
愁は静かに目を開け、周囲の様子を窺った。
「昨日は夕方まで寝てたはずなのに……夜もぐっすり眠れたな……ん?」
違和感があった。自分はたしか、二人に床の布団を譲り、椅子に身体を預けて眠っていたはずだった。しかし今、自分はふかふかの布団の上に寝かされており、左右から温もりが伝わってくる。──挟まれていた。いや、拘束されていた。
右側では、スフィアが愁の腕にしがみついたまま、満ち足りた表情で寝息を立てている。左側にはリアが、同じようにその腕を抱きしめ、幼い顔をすり寄せながら微睡んでいた。
(……犯人は、言うまでもないな)
「まあ……いいか。いちいち言っても、スフィアには無意味だしな。おーい、二人とも。朝だよ」
愁の呼びかけに、両側の少女たちはもぞもぞと身じろぎを始め、ゆっくりと瞼を開けた。
「……ん、おはようございます……」
「もう朝かー。おはよう、主様〜」
寝起きの声はどこか間延びしていて、眠たげな目元をこすりながら起き上がる二人。その様子は、まるで巣から出てきたばかりの小動物のように愛らしい。
愁はようやく解放された腕を振り、軽く伸びをすると馬車の扉を押し開けた。
ひんやりとした朝の空気が頬を撫でる。陽光の下には、すでに身支度を整え終えたメラリカの姿があった。陽射しを受けて淡く輝く金の髪が、風にふわりと揺れる。
「あ、愁さん。おはようございます」
「おはようございます、メラリカさん。俺たちも、すぐに準備しますね」
メラリカは気にしないでと言葉を返したが、だからといってのんびりもしていられない。あまり同行者を待たせるのも申し訳ない。三人は慌ただしく装備を整え、荷物をまとめてメラリカの元へと向かった。
「お待たせしました、メラリカさん」
「大丈夫ですよ。準備は整いましたか?問題がなければ、行きましょうか」
そうして四人は、目指す洞窟の入り口へと足を進めることとなった。
巨大な口を開けて待ち構えるようにそびえる、レギオンの洞窟。その口内には陽光も届かず、奥から冷たい空気が這い出してくる。岩肌はぬめるように黒く、どこか生き物のような不気味さすら感じさせた。
洞窟内での隊列と役割は、すでに打ち合わせ済みだった。先頭は〈気配探知〉の技能を持つ愁が務め、次に続くのは戦闘力が高く俊敏なスフィア。三番目には、不慣れなリア。そして最後尾は、経験豊富なメラリカが全体の把握と後方支援を任された。
このレギオンの洞窟は、希少な高濃度魔力鉱石の産出地として知られ、階層が深くなるにつれて魔力の密度も上がっていく。その影響により、下層には強い魔力に適応した魔物たちが巣食い、危険度も飛躍的に増していくのだ。
今回の探索は、メラリカの希望で可能な限り下層を目指すこととなっていた。彼女の故郷エルセリア大陸では魔力鉱石の採掘地が少なく、こうして人族のティルマス大陸まで足を運んでいるのだという。
クエストとして依頼を受ければ鉱石の持ち帰り量に制限はあるものの、報酬を得られるため損ではないとのことだ。
第一層は拍子抜けするほど順調に進み、罠も魔物も現れなかった。だが、第二層へと差し掛かったとき──
「……気配を捉えた。前方約四百メートル先に、小柄な魔物が十八体。いい機会だ。スフィア、腕試しに任せてもいいか?」
「我がやってもいいのかっ!主様から貰ったプレゼント、早く使いたくて仕方なかったのだ!」
確かに、洞窟に入ってからというもの、スフィアの落ち着きのなさが気になってはいた。探検に興奮しているのかと思っていたが、理由はまさか、これだったとは。
やがて、魔物たちの姿が、うす暗がりの奥からぬらりと現れた。それは、まるで悪夢から抜け出してきたかのような存在だった。顔には目も鼻もなく、口だけが異様に大きく開いている。不揃いな歯がびっしりと並び、青白い皮膚が生気を感じさせない。体格は人間に近いが、醜悪そのものだった。中には、乾いた人間の皮を目や鼻の位置にかぶせた個体もいる。彼らだけが、手には錆びて欠けた剣を持ち、群れの中でも異質な威圧感を漂わせていた。
(あれが……リーダー格か?というか……)
「……うわっ、なんだあれ。キモい……」
愁が思わずつぶやいた。
視界の先には、ぼやけた闇の奥から這い出てくる異形の影。ぬめりを帯びた肌に粘液が滴り、地面を引きずるような音とともに近づいてくる。視覚だけでも不快なのに、鼻をつくのは湿った獣臭と、まるで腐肉を何日も放置したような『濃密な悪臭』。それがじわじわと肺の奥へと侵入し、内臓を撫でまわすような不快感を残していく。
スフィアの瞳がその闇の中、獲物を見据えた獣のように鋭く光った。
愁が顔をしかめながらいると、メラリカが冷静に口を開いた。
「……あれはフェイスイーターですね。複数で群れを成し、鉱石を採掘しに来た冒険者を襲って顔の皮を剥ぎ、被って残りを喰らう。人肉を好む下劣な魔物です」
その説明に、愁の眉がぴくりと動いた。すぐにスフィアへと視線を向け、力強く頷く。
「よしスフィア、やってよし!」
『WORLD CREATOR』の中には知性を持ち、対話が可能な魔物も存在していた。その場合はむやみに殺すつもりはなかった。しかし、今回ばかりは別だ。討伐以外に選択肢はない。
「わかったぞ主様!我のかっこいいところ、ちゃんと見ててくれ!」
意気揚々と声を上げると、スフィアは弾かれたように前へと駆け出す。地を蹴るブーツの音が、岩肌に囲まれた洞窟の中を澄んだ鐘のように響かせた。
彼女の両手には、この前新たに作られた簡易収納機能付きの指輪がついた特製グローブ。指輪に魔力を込めると、小さな閃光とともに二振りの剣が現れ、そのまま両手に収まった。
先頭に構える四体のフェイスイーターは、鈍重な動きで迎撃の構えを見せたが──その構えが完成するよりも早く、スフィアの剣が宙を走った。
鋭い銀光が唸りを上げ、首筋をなぞるように一閃。フェイスイーターたちは首を斬られ、緑色の体液を撒き散らしながら崩れ落ちる。その動きには一切の迷いも淀みもない。まるで舞踏のように滑らかで、そして致命的だった。
勢いを殺すことなく、スフィアは次の獲物へと駆ける。
「主様ー!切れ味最高だぞ!」
声には歓喜が満ち、耳と尻尾がぴょこぴょこと忙しなく動いている。どうやら新しい武器の使い心地が相当に気に入ったようだ。
残りの十四体はなぜか一箇所に集まっていた。スフィアの眼がぎらりと光り、好機を見逃すまいと剣に魔力を流し込む。すると、両の掌に展開された小さな魔方陣が淡く輝いた。
右手の剣に黒い稲妻が走り、左手の剣には白い稲妻が瞬く。互いの属性が干渉し合い、バチバチと激しい音を立てながら共鳴する。稲妻を纏った剣が振り下ろされ、光と雷鳴が混じり合って地を裂くように閃いた。
次の瞬間、黒白の稲妻は轟音とともにフェイスイーターたちの群れを包み込んだ。爆ぜるような閃光と電流の奔流。──それが収まった頃には、魔物たちの姿は影も形もなく消え失せていた。
凄まじい威力。あれほどの数を一撃で消し飛ばすとは──まさに圧巻だった。
勝ち誇ったように胸を張って戻ってくるスフィア。尻尾がぴんと立ち、耳がひくひくと動くその様子は、まさしくご機嫌そのものだ。
「見てたか主様!我、頑張った!」
愁は、ぐいっと上目遣いで顔を近づけてくるスフィアの頭に手を置き、わしゃわしゃと優しく撫でてやる。冗談めいた仕草の中にも、しっかりと信頼と称賛が込められている。
「俺と戦ったときに使ってた、あの大技。発動を早く、小規模にして使えるようにって言ってたやつ、もうモノにしたんだな……さすがだよ、スフィア」
スフィアの髪が指の間でさらりと流れる。彼女の瞳は嬉しさにきらめき、尻尾はさらに勢いよく振られていた。
そこへメラリカも微笑みながら口を開く。
「あの数のフェイスイーターを一撃とは、スフィアさん、本当にすごいですね。愁さんの気配探知で事前に敵を察知できるのも強みですし……これは、もっと深い階層まで行けそうです」
メラリカの冷静な言葉に、愁も内心で頷いていた。
(本当にその通りだな。それに……)
まるでゲームのダンジョンを探索しているような感覚。こんなにわくわくする冒険の途中でやめるなんて、もったいないにもほどがある。とはいえ、はしゃぎすぎるのは性分ではない。表情を抑えながら、慎重なふりをして答える。
「そうですね。このまま無理せず、慎重に進んで行きましょうか」
その後も、数体のフェイスイーターや、双頭の犬に似た魔獣たちが立ちはだかったが──スフィアが全て難なく撃破していった。
順調に階層を下り、いまや二十三階層目。だがここにきて、リアの歩みが明らかに鈍っていた。
足場は不安定で、空気も薄い。スフィアのように体力のある者や、メラリカのように探索に慣れた者ならまだしも、リアは普通の少女なのだ。疲れが出るのも無理はない。
「リア?大丈夫かい?」
愁が心配そうに声をかけると、リアは肩で息をしながら、しかし顔には笑みを浮かべて応える。
「大丈夫です。ちゃんと付いていけますので、気にしないでください」
その声音は澄んでいて、けれど、どこか張り詰めたものを孕んでいた。
なんて健気な子なのだろう──愁は、リアの言葉に目を伏せた。弱音ひとつ吐かず、顔をしかめることもない。だが、それゆえにこそ、無理をさせたくはなかった。
愁は何も言わず、リアに背を向けると静かに膝を折り、地面に片手をついた。
「よし、俺がおぶっていくよ。だから、その間に少しだけ体を休めてて」
「そ、そんな……申し訳ないです! わたしは大丈夫ですので……!」
困ったように眉を寄せ、リアは身を引いた。だが、愁は苦笑しながら、軽く冗談めいた口調で返す。
「いいからいいから。言うこと聞かないと……お姫様だっこで連れてっちゃうよ?」
「ふふっ、それは恥ずかしいので……お言葉に甘えて、おぶっていただいても……いいですか?」
照れくさそうに頬を染め、リアは小さく笑った。その笑顔は、まるで夜明け前の淡い月光のように、ほのかに温かく、儚げで美しかった。
「はいよ。遠慮はいらないってば。──よし、行こうか」
リアの身体を背中にそっと乗せると、愁はゆっくりと歩き出した。
ひんやりと湿った空気が洞窟の奥へと続いている。岩壁の隙間から微かに風が吹き抜け、ランタンの明かりが揺らめくたび、影が生き物のように壁を這う。周囲を見渡しても、めぼしい鉱石の姿は見えなかった。まだ深部には届いていないのだろう。この辺りの階層は既に他の冒険者たちに荒らされてしまっているのかもしれない。
しかし、それにしてもメラリカは実に頼もしい存在だ。魔法による戦闘支援や周囲の照明調整などを、状況に応じて的確にこなし、魔法の威力も精度も抜群だ。ひとたび魔法を操れば、魔力が空気を震わせ、洞窟の静けさを押しのけるように波紋が広がる。
正直、スフィアとメラリカの二人だけでもこの探索は十分ではないかと思えるほどだった。今のところ、愁は〈気配探知〉に集中し、何かしらの反応があれば即座に報告するだけの役割に徹している。
退屈と言えば退屈ではあるが、とはいえ、その間、背中のリアと交わす何気ない会話が、歩く足取りを軽くしていた。
「愁さまが……たまにおっしゃっている、その……神の秘宝とは、何なのですか?」
リアがぽつりと尋ねてきた。そういえば何度か口にした記憶はあるが、彼女が覚えていたとは意外だった。
「うーん、俺が持ってるアイテムの中で、いちばん珍しいやつだね。全部で三十六種類しか存在しなくて、手に入れるのは相当大変だったんだよ」
『WORLD CREATOR』において神の秘宝の争奪はまさに熾烈を極めた。その性能は破格で、『公式チート』とまで呼ばれるほど。他プレイヤーたちは実装のたびに血眼で争奪戦を繰り広げた。多く持つ者が攻略でも防衛でも優位に立つ、それがあの世界の常だった。
「愁さまでも、簡単には手に入らないのですね……! 愁さまは、いくつ集めたのですか?」
「それを聞いちゃうか、リアよ。俺と昔の仲間たちで、全部で二十四種類集めたんだ。俺の手持ちは十四。残り六は仲間の元にあって、あとは俺の国に保管してある」
「そんなに……! すごいです、愁さま。それに……その、お仲間の方々にも……わたし、会ってみたいです」
目を輝かせながら、リアは素直にそう言った。その言葉に、愁の胸の奥がほんのりと温かくなる。自分の過去を、こうしてまっすぐに興味を持ってくれる人間がいることが、少しだけ誇らしかった。
「そうだね。いつか会えるといいな。俺もまた、みんなに会いたいし」
そんな穏やかな会話を交わしているうちに、気がつけば三十八階層目──ここより下には、まだ誰の足跡もないと、メラリカが言っていた場所だ。
一行は小休止を取ることに決め、愁は昔のイベントガチャで手に入れた『現代アイテムシリーズ』のひとつ、冷温対応の水筒を取り出した。蓋を開けると、ほのかに立ち昇る湯気が、冷えた洞窟の空気に柔らかな香りを添える。
中には事前に淹れておいた緑茶。温かい湯気が手のひらを優しく包む。
「愁さんは本当に、不思議なアイテムをお持ちですね……こんな場所で、すぐに温かい飲み物が飲めるなんて……。それにこの飲み物、とてもさっぱりしていて美味しいです。これは……何というものなのですか?」
「俺が昔住んでた国のお茶でして、緑茶って呼ばれてます。俺のお気に入りなので、美味しいと言ってもらえてうれしいです」
湯呑みに映る淡い緑の水面を見つめながら、リアもスフィアも、静かに一息ついていた。魔力の気配も微かで、周囲は静寂に包まれている。全員で簡単な食事を取り、今は食後のひととき。ほんのひとときの安らぎが、次なる冒険への力となる。
深層に待ち受けるものが何であれ、それに立ち向かう覚悟は、すでに整っていた。
◆◇◆◇◆◇
休憩もそこそこに、四人は更なる階層を目指して静かに歩を進めていた。
しかし、ふたつ下の階層に到達したそのとき──突如として、洞窟全体にゴォォォという重低音が響き渡った。まるで地の底から怒声が噴き上がるかのような轟音だ。
「なんだ?この音は……地鳴りか?」
岩肌を這うように振動が伝わり、空気さえも震えているように感じる。最初はわずかな揺れだった。だが、その振幅は徐々に増し、やがて地面が波打つように大きく揺れ出す。足元が崩れそうな不安定さに、立っているのもやっとだった。
「まずいな、地震だ!スフィア!メラリカさん!リアの近くに集まって!」
愁は咄嗟に叫び、〈守護者の聖域〉の結界を展開できるリアの元へ集まるよう指示を出す。
「な、なな、なんだこれは!地面が……揺れているぞ主様!」
「神の怒りに……触れてしまったのでしょうか……?」
スフィアとメラリカは動揺しつつも、愁の言葉に従いリアの元へ駆け寄る。その間にも洞窟全体が船のように大きく揺れ続けていた。
「リア!結界を展開するんだ!その結界なら、物理的な衝撃からも守ってくれる!」
「でしたら、愁さまも早くこちらへ!」
リアは怯えながらも必死に愁を呼ぶ。しかし、結界の規模は小さく、最大で三人までしか保護できない。前回より強度を増すために展開範囲を絞ったのが、今になって裏目に出てしまっていた。
「俺は大丈夫!こっちで別の結界を展開する!だから、急いで結界を展開してその中に!」
揺れは更に激しくなり、天井の岩肌が小さく砕け、ぱらぱらと砂利が落ちてくる。
愁はすぐに〈物理結界〉の魔石を作成し、胸元で強く握って起動した。リアの手元からも、澄んだハンドベルの音が二度響き渡る。次の瞬間、彼女を中心にスフィア、メラリカの三人が淡い光の結界に包まれた。
安堵の息が洩れたその直後──バキィィッ!!
耳を裂くような轟音と共に、足元の地面がまるで紙のように裂けていく。黒々とした裂け目は容赦なく広がり、四人を呑み込むようにして下方へ崩落させた。
「くっ……!」
愁は即座に〈飛行〉の魔法を込めた魔石を作り出し、周囲に飛び散る岩石から身を守るよう結界を維持しつつ、三人の元へ向かう。手際よく〈飛行〉の魔石を作成してスフィアに渡し、さらに指示を飛ばす。
「リアは結界を維持してて!スフィアは魔石を使用して、二人を抱えて飛んでくれ!」
「了解した!」
スフィアはすぐに両脇の二人を抱え込み、浮遊する。
その後、宙を舞いながら見下ろすと、地割れの底はまるで奈落。底知れぬ暗闇が果てしなく続き、地の底がどこまでも開かれているように思えた。
「……いや、危なかったな。まさか地震で地割れまで起きるとは。次からはこういう事態も想定しておかないと……。三人とも、無事かな?」
リアが愁から預けられていたハンドベルで展開した〈守護者の聖域〉に守られた三人に外傷はない。しかしその顔色は蒼白で、どこか放心したような表情を浮かべていた。
「愁さまは……ずいぶん落ち着いていますね……わたし、怖くて……震えが止まりません……」
「我も長く生きているが……こんなことは初めてだぞ。なんなのだこれは……?」
その中でも比較的冷静だったメラリカが、静かに口を開いた。
「たしか……千年以上前にも、似たような事象が起きたと、古い文献に記されていた気がします。でも……これほどとは……生きているのが不思議ですね……」
愁はその言葉を聞きつつ、念のため〈気配探知〉の魔法で周囲を探る。
そして、次の瞬間──
(……これは……なんだ?)
先程までは感じられなかった異様な気配。それが、真下──地割れの底から、濃密に漂ってきていた。
それはただの強さではない。圧倒的で、常軌を逸した“存在”の気配。この中では高い魔力を誇るスフィアですら『赤子』以下に感じるほどの巨大な魔力だった。
「みんな、気をつけて。下から……とんでもない強い反応がある。おそらく、この先に何かがいる。俺が先に降りて様子を見てこようと思う。みんなはここで待っててくれ」
だがその言葉に、ふたりがすぐさま反応した。
「何を言う主様よ。主様が行くと言うなら、我も行くに決まっておろう」
「そうです!愁さまだけ行かせるなんて、わたし、絶対に許しません!」
普段は素直に従う彼女たちも、こういうときだけは強情になる。こうなっては、何を言っても彼女たちは動かないだろう。
「はぁ……まったく。二人とも強情なんだから。メラリカさんはどうしますか?上で結界を張って待機していてもらっても──」
「いえいえ、ご一緒しますよ。これでも冒険者の端くれですから。こういう状況、むしろワクワクします」
にこやかに笑うメラリカの顔には、不思議と恐れの色はなかった。
「……さすがは冒険者、ですね。じゃあ、各自最大限警戒して。このまま、下降しましょう」
四人は〈飛行〉の魔石を操作し、結界を維持したまま、奈落のような闇の奥底へと飛び込んでいった。
◆◇◆◇◆◇
しばらく降下を続けているにもかかわらず、いまだ底に辿り着く気配はなかった。いや、それどころか、眼下には深淵のような闇が広がり、底らしき影すら見えない有様だ。まるで奈落の縁を切り抜いて、そのまま別の世界へと落ち込んでいくような錯覚すら覚えるほど──よほど深く掘られているのだろう。
愁は落下速度をほんの少し上げ、重力に逆らわぬよう静かに加速していく。岩肌が時折すぐ傍をかすめ、冷気混じりの風が耳元を撫でる。そんな降下を続けておよそ一時間。ついに彼らの視界に、底と思しき地面がぼんやりと浮かび上がった。
足裏が着地の感覚を伝えたのは、いつぶりだろうか。四人は順に地面に降り立ち、荒々しく崩れた大地を見下ろす。そこは巨大な空洞だった。天井の亀裂から漏れた魔力鉱石の放つ淡い光が、無数の瓦礫を照らし出す。崩落した地面が砕け、幾重にも積み重なり、まるで山脈のような様相を呈している。
地震のような揺れはすでに収まっていたが、周囲からは時折、岩が崩れ落ちる乾いた音が響いていた。まだしばらくは、結界の維持が必要だと判断できる程度には不安定な空間だ。
瓦礫の山を慎重に降り、空洞の奥へと進んでいくと、やがて一行の前に広大な通路が現れる。先ほどまでの細い坑道とは比較にならない。まるで神殿の参道のように堂々たる広さで、トンネルの三倍はあろうかという空間が、闇の中へとまっすぐ延びていた。
その最奥──〈気配探知〉が告げるのは、そこに潜む『何か』の圧倒的な存在感。空気そのものが重く感じられるほどの力の密度が、遠くからでも伝わってくる。
「みんな、この先に気配の主がいるはずだ。どんな相手が待ち受けているかわからない以上、最大限の警戒をしよう」
愁の静かな声に、三人はそれぞれ真剣な面持ちで頷き、彼の背にぴたりと続いた。
歩を進めるうち、愁はある違和感に気づく。喉の奥が微かに焼けつくような痛みを訴え、手足には妙な痺れが走る。その不快感の正体を確かめるべく、即座にステータス画面を開いた彼の目に映ったのは──状態異常の表示と、自身のHPに発生した明確なダメージだった。
(……これか。さっきからの妙な感覚の原因は)
愁が装備しているユニーク等級のアイテム──『神石の腕輪』。神の秘宝に次ぐ格付けを誇り、通常ならばあらゆる状態異常を、HPの八割までのダメージであれば完全に無効化するという強力な効果を持つ。
それを装着しているにもかかわらず、ダメージが発生しているという事実が示すのはただひとつ──愁のHPの八割を『一撃で超えるほどの状態異常』が、今、継続的に彼の肉体を蝕んでいるということだ。
その時点で愁の脳裏には、ひとつの警鐘が鳴り響いていた。
(これは……非常に、まずい状況かもしれないな)
『WORLD CREATOR』の中でも、状態異常でここまでのダメージを与える存在など、かつて一度として存在しなかった。これはもはや、『状態異常』の域を超えた、別格の力による侵食と言える。
幸いにも、現在三人に展開している〈守護者の聖域〉は、あらゆる状態異常を遮断する効果を持つため無事なようだった。しかし、万が一その結界が破られれば、彼女たちの命は容易く奪われてしまう可能性がある。
愁はリアに特注のハンドベルを数個渡し、〈守護者の聖域〉を重ねて展開させる。出し惜しみをしている余裕などない。
「この先の敵は、間違いなくとんでもない相手だ。三人は俺から少し距離を取って、後ろからついてきて」
いつもは飄々としている愁が見せた真剣な眼差しに、スフィアもリアも、ただ静かに頷いた。無言の緊張が場に満ちる。
やがて、彼らの前に姿を現したのは──巨大な龍であった。
空洞の奥、瓦礫を押しのけるようにして悠然と横たわるその姿は、まさに“神話”の風景そのもの。銀の鱗は煌々と輝き、ただそこに在るだけで、威圧と神々しさが入り混じった異質な存在感を放っていた。
愁はすぐに〈鑑定の魔眼〉を発動させる。
**
ネーム:地底龍
レベル:unknown
種族:生命の始祖
ジョブ:unknown
スキル:unknown
状態:死亡
**
読み取れた情報は極めて限定的だった。レベルすら存在しないという異常。これまでに愁が出会ったどんな存在とも異なる、規格外の存在。そして──最大の異変は、『HPゼロ』という表示と、『死亡』の状態表記である。
『WORLD CREATOR』では、『死亡』は完全消滅を意味する。最上位の蘇生手段をもってしても蘇らない、絶対の終焉。その一方、『仮死』は蘇生可能な状態を指す。もし表示された情報が正しければ、この地底龍は既に死していることになる。
「死んでいる……?だけど腐敗もしていないし、外傷もない……」
不可解だった。しかも、今この瞬間もなお、地底龍から放たれる魔力の波動は、明らかに愁へとダメージを与えている。
理解が追いつかぬまま思考を巡らせていると、背後の三人が気配を察してか、不安げに愁を見つめていた。彼女たちには危険だからと下がるよう指示していたが、目の前の異常な光景に、興味と不安がせめぎ合っているのだろう。
──その時だった。どこからともなく、空洞全体に響き渡るような重低音の声が空気を震わせた。
『お主ら……いったい何者だ……?奥の結界に包まれている娘達はよいとして、そこの人間よ。なぜ、儂の前に平然と立っていられるのだ……?』
〈気配探知〉で反応しているのは、確かにこの地底龍ただ一体。ならばこの声もまた、死者の残滓などではないのだろう。だがその巨体は微動だにせず、まるで魂だけがそこにあるかのようだった。
「俺は八乙女 愁と言います。……あなたは?」
愁の静かな問いかけに、地の奥底で長き眠りについていた龍が、まるで岩肌に沁み込んだ古代の響きのように、ゆるやかな口調で応じた。
『儂は生命の始祖。四聖龍の一柱にして、地底を統べし者──あの愚かな神々が生まれるより遥か昔より、ただ在り続けた存在よ。それにしてもお主……人の身でありながら、儂の常に放つ波動の中で会話まで成すとはな……本来ならばとっくに命を散らしておるはず。それほどの圧に耐えるとは……お主、一体何者なのだ……?』
地を這うように響くその声には、重厚な時の蓄積が滲んでいた。空気は魔力で淀み、肌に触れるたびに細胞が震えるような感覚すらある。アイテムの加護がなければ、愁とてとうに立っていられなかっただろう。
しかし、眼前の存在からは、敵意のような鋭さは感じ取れなかった。それが愁に、かすかな希望を抱かせる。
(交渉の余地は、あるか……)
「俺はただ、この洞窟に眠る魔力鉱石を採取しようと訪れたのです。ところが地震に巻き込まれ、崩れた地盤の穴に落ちて……ここへ辿り着いただけなんです」
まるで笑うことを忘れていたかのように、地底龍は腹の底から高らかに笑い声を響かせた。洞窟の空間が、その共鳴で微かに揺れる。
『ふははっ……ただ来ただけ、とな。実に面白い。神々ですら恐れ近付かぬこの地に、偶然辿り着いたというのか。かつて、あのフロストフィレスも幾度となく訪れてはおったが、奴以外にここまで来れた者など……他におらなんだ』
敵意も殺気も、やはり感じられない。むしろ地底龍が常時放つ『魔力の奔流』こそが、異常な空間の原因なのだろう。無尽蔵とも思えるその魔力が、地の底で静かに、しかし確かに空間を蝕んでいた。
「……あなたの肉体はすでに死しているように見受けられます。それでもなお、なぜ意識が保たれているのですか?」
愁の問いに、地底龍はまるで過ぎ去った時代を回顧するような声音で応えた。
『永劫を生きた身よ。肉体の機能が停止しても、なおこの身に宿る魔力が尽きぬゆえ……こうして今も意識だけが残っておるのだ。望むならば、とっくに眠りについていた。しかし、それも叶わぬのだよ……』
重く、滲むような哀しみがその声に宿る。地底龍は、既に肉体の死から九百年──ただ在り続けていたのだという。静寂の中で、何も成すこともなく、ただ時に呑まれるままに。
『フロストフィレスがな、やるべきことを終えた暁には……この身を解き放つと約束してくれたのだが……奴は儂より先に逝ってしまったようだ。実に、惜しい者を失ったわ……』
その言葉に、愁の胸の奥でひとつの閃きが灯る。魔力が尽きぬがゆえに意識が縛られているのならば、尽きさせればいい──それこそが、地底龍を解放する鍵。
「なるほど。つまり……魔力が尽きれば、あなたはようやく眠ることができる。そういう理解でよろしいんですね?そして、あなたはそれを──望んでいる」
静かだが確信に満ちた問いかけに、地底龍は深く、長いため息を漏らすように応じた。
『……そうだ。儂はもう、生き過ぎた。やるべきことも、やれることも、すでにこの手には残っておらぬ。他の三柱が気にはなるが……奴らはまだ若い。儂がいなくとも、うまくやっていけよう。……願わくば、早く……静かなる眠りにつきたい。このままでは、後継の命も生まれぬ……』
感情を持つがゆえに、永遠は苦しみとなる。愁は、目の前の存在が抱える『終わらぬ孤独』に、静かに心を寄せた。
「──では、俺があなたをその呪縛から解き放ちましょう」
そう告げながら、愁はアイテムボックスから一つの宝玉を取り出す。淡い紫に脈打つそれは、神の秘宝のひとつ──『無限の宝玉』。
「この宝玉は、対象の魔力を吸収し、無尽蔵に蓄えることができます。これで、あなたの魔力を全て吸収する。それが、あなたの望みの成就につながるのなら」
地底龍はしばし沈黙し、やがて目を細めた。
『……そんなことが……可能なのか。ふむ……お主ならば、あるいは……いや、それが可能であるならば……人の子よ。儂を……解放してくれぬか。儂を成す魔力すべてをくれてやろう。空洞に眠る最高純度の魔力鉱石も、儂の肉体も──最古の龍の素材、きっと役に立つ』
それは、終わりを願う者の覚悟だった。愁は頷き、宝玉を地底龍へと向ける。
紫光が強く輝くとともに、空間に振動が走った。地底龍の体から立ち昇る魔力は、奔流の如く《無限の宝玉》へと吸い込まれてゆく。暴風のような魔力の圧に、洞窟内の岩盤すら震えを見せるが、宝玉はそのすべてを受け止め続けた。
その吸収速度は『神代の魔法使い』の大量の魔力すら一瞬で飲み込むほど。まさに『無限』を体現する神器。
『──これは、驚いた……儂の魔力が、これほどの速さで……ありがとう、人の子よ。これでようやく……ようやく、眠りにつける……』
その声には、深く静かな安堵が滲んでいた。まるで千年のあいだ背負い続けていた重石を、ようやく地に降ろした者の吐息のように、柔らかく、どこか寂しげで、けれど確かに満たされた響きだった。
愁が自身のステータスを確認すると、そこに表示されていた状態異常の文字は、いつの間にか消えていた。地底龍の魔力はもはや周囲に影響を及ぼすほどではなくなっていたようだ。
愁は少し息を吐いてから、少し離れて待機していた三人に手を振って合図を送る。皆、興味津々といった様子でこちらを見ていた。なかでも一際早く足を運んできたのはスフィアだった。彼女は足早に愁の傍をすり抜け、そのまま地底龍へと向き直る。
「フロストフィレス様と会っていたのは本当なのですか?我は……我は、その方の配下なのです」
胸の奥で静かに燻っていた想いが、声と共に零れ落ちたようだった。スフィアの問いに、地底龍は目を細め、どこか懐かしむような声音で答える。
『ほう……お主が、あの世話のやける黒狼の娘か。ここでよく楽しそうに話していたのを覚えておるよ。──どうやら、随分と大切にされていたようだな。今も変わらず、奴の加護がお主を包み、見守っておる』
その声は、まるで過去を抱きしめるように優しかった。
『……今は、その人の子に仕えておるのか?ふむ、ならば良き主に巡り合えたな。その者に従えば、道を誤ることはあるまい。どうか──奴の分まで幸せに生きよ』
その祝福の言葉に、スフィアはそっと胸に手を置いた。唇を噛むようにして、それでもどこか微笑んでいた。
次に、リアがそっと愁のそばに近づいた。すると、それに気付いたのか、地底龍が静かに声を向ける。
『ん?そこの白き娘よ。その眼は……どうしたのだ?』
唐突な問いかけに、リアは一瞬驚きに目を丸くしたが、やがて怯えたような声でぽつりと口を開く。
「え……あ、あの、この眼は……小さいとき、人族の男の人に捕まったときに……片方の目をナイフで……抉られて……」
声が震え、言葉がかすれる。幼い日の悪夢を思い出しているのだろう。愁もその事実を初めて知り、胸を締め付けられるような痛みを覚えた。
「痛みで気を失って……目が覚めたら、なぜか抉られた方の目が治っていて……それで、色が……変わっていたんです」
地底龍は沈黙し、しばし目を閉じたのち、静かに語りかける。
『……その眼は、いずれお主に災いをもたらすだろう。だが──』
一瞬間を置き、声に温かみが戻る。
『そこの人の子と共にいれば大丈夫だ。己の運命としっかり向き合い、自らの答えを見出し、前へ進め。道は、きっと拓ける』
「は、はい!ありがとうございます!」
リアは深く頭を下げ、愁の傍らへ駆け寄るようにして戻る。指先は小さく震えていたが、その背中には確かに、迷いを越えた意志の強さが宿っていた。
最後に、メラリカがゆっくりと地底龍の前に進み出る。そして両膝を折って跪き、手を組み合わせる。
「生命の始祖──偉大なる地底龍様。いままで、我ら小さき者たちを見守ってくださり……誠にありがとうございました。どうか、安らかなる眠りにつけますよう、心より祈りを捧げます」
その声は、聖なる泉のように澄み渡っていた。慈しみに満ちたその姿は、まさに神に仕える巫女のようでもあり、荘厳な聖女の如き気品すら感じさせた。
愁は、ふと息を呑む。神聖な何かに触れたような、そんな感覚が胸を打った。
『……エルフの娘よ。お主もまた、これから先、多くの苦難が待ち受けていることだろう。だが……この場所で交わした縁が、いつかお主の道を支えてくれるはずだ。儂もまた、幸多からんことを祈っておる』
その言葉を最後に、地底龍の気配は徐々に薄れていった。大地に響いていた重厚な気が、静かに溶けていく。
もはや、声は届かない。〈気配探知〉にもその存在は感じられなかった。地底龍は、ついに長きに渡る苦しみの果てに、静かなる眠りへと旅立ったのだ。
愁は深く息を吸い込み、地底の空間を見回す。そして、約束を果たすべく、魔力鉱石と地底龍の素材をひとつ残らず回収し、エンドレスボックスへと収めると、中心に立ち、そっと手を合わせた。
祈りと共に始まるクラフト。それは、ただのクラフトではなかった。魂を慰める儀式であり、弔いであり、敬意の証だった。淡く輝く金色の光が愁の身体を包み込む。両腕を広げ、まるで指揮者が楽団を導くような所作で魔力を操る彼の姿は、幻想的な光と共に神々しさすら帯びていた。
やがて数分の静寂ののち、かつて地底龍が永き眠りについていた広大な空洞に、荘厳なる神殿が築かれた。滑らかな石造りの柱が幾本も立ち並び、天井には複雑な幾何学模様の魔法陣が、ほのかに淡い光を放っている。神殿の奥、静謐に佇む祈りの祭壇には、愁が丁寧に運んできた地底龍の角のうち一本が、神聖な意味を帯びて捧げられていた。
愁はその前にひざまずき、そっと瞳を閉じて頭を垂れる。まるで、龍の魂に語りかけるように。しんとした空間に、祈りの静寂だけが満ちていた。
すべてを終えた愁は、深い息をひとつ吐くと、神殿を後にし、外で待っていた仲間たち──スフィア、メラリカ、リアのもとへと歩み寄った。
「これで……あの地底龍も、ようやく安らかに眠れるかな。いろいろあったけど、無事に終わってよかった。ひとまず、洞窟から出ようか」
穏やかに微笑む愁の背には、ひとつの別れと、それを越えて結ばれた絆の余韻が、静かに、しかし確かに揺れていた。
四人は最後に神殿へと向き直り、静かに手を合わせて祈りを捧げた。その仕草には、敬意と感謝、そして見守ってくれた存在への想いが込められていた。
やがて、愁は〈飛行〉の魔法を封じ込めた魔石を創り出し、それをスフィアに手渡す。そしてリアが手にした銀のハンドベルを鳴らすと、澄んだ音が空洞に響き、再び結界が展開される。崩れ落ちて開いた天井の穴へと、四人はゆるやかに昇っていった。
さまざまな出来事を乗り越えた探索も、これにてひとまずの終幕を迎える。だが、帰り道は終わりではなく──語らいの時間となる。
武器のこと、メラリカが以前に訪れたという古代遺跡のこと、リアの家事の工夫、スフィアが前に行った料理の話にまで、話題は尽きなかった。笑い声や感嘆の声がこだまするその道中には、かすかに漂う鉱石の香りと、湿った岩肌に反射する光があった。
深い階層でしか採取できない希少な素材を手に取りつつ、四人は最後のひとときを味わい尽くすように、ゆっくりと進んでいく。冒険とは、困難と隣り合わせでありながら、それでも惹きつけられてやまないもの──そう思わせるひとときだった。
そして、なぜだか四人の胸の内には、不思議なほどに温かな想いが広がっていた。
(……きっと、あの地底龍が見守ってくれているんだ)
誰かがそう感じたのかもしれない。いや、全員が、無意識にそう思っていたのかもしれない。
やがて、洞窟の出口が見えた。外の世界へと一歩踏み出した瞬間、まぶしい光が彼らを包み、思わず目を細める。長い時間、地の底にいたせいか、夜が明けていたようだ。
やさしく差し込む朝日が、四人の頬を照らす。橙と金の混じる柔らかな光に包まれながら、皆が同時に大きく息を吸い込んだ。新鮮な朝の空気は清らかで、まるでその一呼吸が、冒険の終わりと新たな始まりを告げてくれるかのようだった。
ひとつの冒険が幕を下ろし、そして今日という日が、新たなる物語の序章となる──未来へと続く道を、四人の影が静かに伸びていく。




