第18話 願いと決断
王都へと続く街道へ差しかかる少し手前、愁は足を止めた。鬱蒼とした森の中、目的の人物を見つけ出したからだ。白い制服を纏い、腰には装飾の施された美しい鞘が揺れる軽装の騎士。その姿は、先ほど対峙したクミラとミザリカと同じく、王国に仕える勇者であることは明白だった。騎士の横には、光の縄のような白く発光する拘束具で縛り上げられたリアの姿がある。気配を探っても、他に敵の気配はない。愁は敵と相対する前に、その能力をじっと覗き見た。
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ネーム:ハルア・アルニトス
レベル:100
種族:人族
ジョブ:勇者
スキル:千影の創 狂化 命贄の聖剣
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そのどのスキルも、『WORLD CREATOR』には存在しない。〈千影の創〉は分身系のスキル、〈命贄の聖剣〉は他者の魂を生け贄とし、莫大な力を得るというものだ。特に後者は、一般的な勇者が持つ力とは到底思えぬ凶悪なものである。油断は禁物だ。愁はそう判断し、リアの救出に向けて慎重に距離を詰めた。
相手は一人だが、高レベルであり、詳細なステータスもクラフターである愁をはるかに凌駕している。一歩間違えば、こちらが返り討ちにされかねない。愁はそのリスクを考慮しつつ、最大限の警戒を払いながら、森を駆け抜けて騎士――ハルア・アルニトスの目の前に立ち塞がった。
「おや?随分と早かったですね」
愁に進む道を阻まれたハルアは、動きを止め、落ち着いた様子で髪にかかった赤茶の髪をかき上げながら、冷静に口を開いた。その余裕を感じさせる声が、森の静寂に響く。
「誰だか知らないが、リアを返してもらうぞ」
愁の声は怒りに震えていたが、それを無理やり抑え込み、冷静さを保とうと必死だった。目の前の敵に飛びかかりたい衝動を押し殺し、鋭く言い放つ。
「追跡、ご苦労様ですね。しかし、これは王命です。僕個人としては、こんな幼い少女を攫うなど本意ではありませんが……仕方のないことです。邪魔をするというのであれば、貴方には今すぐこの世から退場してもらいますよ?八乙女 愁くん?」
ハルアからは、何の感情も感じられなかった。殺意さえも、怒りや焦りの類も、まるで人形のように無機質だ。その無感情な態度が、かえって不気味さと不吉さを漂わせていた。
「なんでリアを狙う?理由はなんだ!」
愁が問いかけても、ハルアは冷ややかな微笑みを浮かべたまま、一言だけ答えた。
「王命ですので」
その言葉は冷たく、鉄壁のごとき無感情。話し合いが無意味だと悟った愁は、静かに宵闇を抜刀し、ハルアに向けて鋭く突きつける。
「もういい!力ずくで返してもらう!」
愁は怒りを爆発させ、〈縮地〉を使って一瞬でハルアとの距離を詰めようとした。しかし、その瞬間、別の方向から鋭い気配を感じ取り、咄嗟に宵闇で防御態勢を取る。次の瞬間、甲高い金属音が森の中に響き渡り、愁の腕には強烈な衝撃が伝わってきた。斬撃を放ったのは、ハルアの分身体であった。
「ほう、今の防ぐんですね?素晴らしい反応速度です。しかし、これならどうでしょうか?」
ハルアが不敵に微笑むと、その言葉に呼応するかのように、周囲に次々と新たな分身が出現した。瞬く間にその数は四体に増え、本体を含めて五人に増えた分身が、愁を取り囲んだ。
愁の気配探知スキルは、分身一体一体の力が本体よりもやや劣ることを察知する。だが、それでもなお、レベル80から90の反応を示しており、圧倒的な力を誇る敵であることには変わりなかった。
「厄介な能力だな!」
愁は瞬時に跳躍することで距離を取り、空中でクラフト難度中位の魔剣を作り出す。彼の左手に現れたのは、刀身の外周部が朱色で中心部が銀色に輝くロングソード。その名は〈ダーインスレイヴ〉――多人数を相手にする際に有用な魔剣だ。
分身体たちはすぐに距離を詰め、襲いかかろうとしていたが、愁は一瞬の隙を突いて魔剣に魔力を流し込み、スキルの解放を試みる。
「生き血を啜れ〈ダーインスレイヴ〉!」
その言葉と共に、魔剣からは赤黒い液体が噴き出した。びしゃびしゃと地面に降り注ぐ液体は、ダーインスレイヴが過去に啜った数多の生き血――その成れの果てである。飢えに狂い、血を求める魔剣は、笑うかのように獲物を求めて渦巻いた。刀身に宿った飢えた欲望が、その場に緊張感と不吉な予感を漂わせる。
ダーインスレイヴの発する赤黒い光が、戦場を包み込むかのように広がり、分身体たちを睨みつけた。凶悪なまでに輝くその光は、まるで次の瞬間に全てを焼き尽くそうとするかのようだ。重く、息が詰まるような緊迫した空気が辺りを覆い、森の静寂が凍りつく。愁の手には、その狂暴な剣が握られているが、彼自身の心は冷静そのものだ。目指すものはただ一つ――リアを取り戻す。それだけを胸に刻み、襲いかかる分身たちに対して全神経を集中させていた。
それは剣技ではなく、まさに呪いそのものの具現化だった。ダーインスレイヴは使用者の意思などお構いなしに、まるで血を求める悪霊のように振るわれ、その呪いは周囲の空気すら歪ませるほどの重さで周囲を蝕んでいく。赤黒い刃は、敵を斬り裂くたびに、まるで過去に飲み干した無数の生き血を思い起こすかのように、怨嗟を含んだ光を放つ。
「これでとどめだ」
愁が呟くと同時に、分身体の一つが斬撃を受け、静かに崩れ去った。呪いの刃が深く刻まれた身体は、血を流すことなくその輪郭を溶かし、闇の中へと消えていく。ダーインスレイヴのスキルは四体までしか対象にできないが、それで十分だ。すべての分身を一刀のもとに消し去ると、魔剣は役目を終えたかのように薄暗い光を放ちながら消失した。その瞬間、まるで血を吸えなかったことに対する怒りでもあるかのように、魔剣の怨念が残り香として愁の背中を掠めた気がした。
「お見事!まさか、一度に四体を消滅させるとは……実に素晴らしい反応速度だね」
ハルアはどこか楽しそうに、しかし冷徹な表情を浮かべたまま言葉を放つ。その瞳には一片の動揺も見られない。四体もの分身を失ったというのに、まるで感情がないかのようだ。ハルアの賞賛は薄っぺらく、ただ愁を試すかのような挑発に過ぎない。
そんなハルアに、「次はお前だ」と、愁は剣を構え直し、鋭い目でハルアを睨みつけた。
「リアを離して立ち去れ。そうすれば命だけは助けてやる」
「何度も言いましたが、これは王命です。王国の厳命を破ることはできません。それに、四体の分身を消したくらいで僕に勝てると思っているのですか?」
「何体でもいいさ、すべて消し去ってやる。そして、お前からリアを取り戻す!俺は絶対に諦めないっ!」
愁の声は、怒りと決意に満ちていた。だが、ハルアは薄く笑みを浮かべ、静かに指を動かしただけだった。すると、分身体は再び現れた――今度は八体。それぞれが迷いのない動きで愁に迫り、襲いかかる。
「今度は八体かよ!」
驚愕を隠せない愁に向かって、「虚言だと思いましたか?考えが甘いですね」と、ハルアの声が冷たく響く。
八体の分身たちは連携し、まるで一つの生き物のように動き始めた。精密に攻撃を繰り出し、愁は次々と防御に回る。いくら斬り捨てても、新たな攻撃が絶え間なく繰り出され、その動きは止まらない。まるで愁を疲弊させるための執拗な戦術だ。
愁はなんとか一体を消滅させたが、すぐに次の分身が代わりに襲いかかってくる。その数は七体、愁の動きが次第に鈍り始める中、攻撃の圧力はますます強まっていく。額から汗が滴り、腕は斬撃の痛みで痺れていた。
そしてその時、不意に愁の耳に響いたのは、リアの叫び声だった――
「愁さまっ!……愁さまっ!!」
その声は愁の胸を貫いた。リアが意識を取り戻し、彼の名前を呼んでいるのだ。喜びと恐怖が交錯する声――最初は嬉しさを含んでいたその声も、すぐに愁の状態を見て悲痛に染まる。リアは、優しくて強い彼が血を流し、傷だらけになって苦しむ姿に心を打ちのめされた。彼女の視線の先には、いくつもの分身体に囲まれ追い詰められる愁の姿があったからだ。
「愁さまに酷いことしないでください!!」
リアはハルアに抗議しながらも、縛られた体を必死に動かして抵抗する。彼女の叫びを聞いたハルアは、冷めた表情のままリアを地面に降ろし、その手を強く掴んでリアの体を愁の方に向けた。
「目が覚めたようですね。ご主人様が来てくれましたよ。もっとも、これが最後になるでしょうけど……どうか、最後の瞬間を見守ってあげてください」
「いやっ!やめて!お願いです、愁さまに手を出さないで……っ!」
リアは涙を流しながら必死に訴えるが、ハルアは無情に首を振った。
「すみません。それはできません。僕が死んでしまいますから」
「そんな……どうして……」
リアの絶望に満ちた声が、静かに夜の森に響き渡った。それはまるで、闇の中で消えゆく最後の灯火のように脆く、けれど切実な響きで、愁の心に重く突き刺さる。
愁は深い傷を負った体で何とか踏みとどまりつつも、その声だけは決して見失わなかった。彼女のために、彼女を守るためだけに、愁の心は折れそうになりながらも必死に戦い続けていた。
(リア……ちゃんと聞こえているよ。よかった、まだ無事だ……絶対に、今すぐ助けに行くから……)
愁は、リアが自力で言葉を発し、必死に抗う姿を目にして、ひどく安堵していた。彼女はまだ生きている。まだ助けることができる――その希望が彼の胸をわずかに温めた。しかし、その思いとは裏腹に、現状を打破する策が見つからない。打開策は一つだけあったが、それを実行するには時間が足りなかった。一瞬の隙も見せることのできないこの状況では、その策を試す余裕すら与えられない。
目の前の分身体たちが、さらに数を増して襲いかかる。その数は倍の十六体に達し、まるで森の暗闇が敵の群れとして形を成したかのようだ。息をつく間もなく攻め立てられ、愁は深い傷を負い続けた。防御はほぼ限界に達し、もはや剣を振るう手すら重く感じられる。
(こいつ……っ!いったい何体まで出せるんだ!)
十六体の分身体に囲まれ、愁は次々に受ける斬撃で体中を傷つけられていた。回復用のポーションを飲む隙すらなく、徐々に血が地面に滴り落ちる。愁の体はついに耐えきれず、片膝を地に着いてしまった。呼吸は荒れ、胸の中で心臓が激しく跳ねる。まるで爆発しそうな鼓動が愁の耳に響き渡る。
しかし、その瞬間、不意に周囲の分身体たちの攻撃が止んだ。十六体の動きは、まるで命令を待つ兵士のようにピタリと止まり、愁を取り囲んだまま静寂に包まれる。
「……何のつもりだ?」
愁は荒い息を整えながら、ハルアを睨みつけた。なぜ止めを刺さないのか、なぜここで攻撃が中断されたのか。疑念が心を支配する中、ハルアは冷たい笑みを浮かべ、愁に向かって静かに人差し指を立てた。その仕草は、何かを聞けと促す合図のようだった。
「聞こえませんか?貴方も気付いているでしょう?あちらで起こっていることに」
「……何だと?」
愁は息を飲み、耳を澄ました。静寂が森に広がる中、遠くから微かに地響きと爆発音が聞こえてきた。それは愁たちの拠点がある方向からだ。ここからは村は遥か遠いはずだが、爆音は確かにこの場所まで届いていた。振動すらも感じ取れるほどの激しい破壊の音だった。
(まさか、村で……?)
愁はすぐさま気配探知を広げ、村の周囲を探る。すると、六十名近い反応が感じ取られた。その反応は明らかに敵のものだった。村の周囲には何重にも幻術や認識阻害が張られているし、物理的な守りは〈真界〉とゴーレムがある。十分とは言えないが、ある一定の者であれば、侵入を許すことのない守りだ。にもかかわらず、敵はその中にまで侵入し、暴れているのだ。しかも、敵の数は多く、彼らが愁たちを襲うために送り込まれた勇者たちであることは明白だった。
「顔色が悪いですね?もしかして、予想外の展開でしたか?」
ハルアの声は皮肉と冷笑に満ちていた。
「黙れっ!」
愁は叫びながら、必死に考えを巡らせた。村にはスフィアとリリーニャがいる。二人とも強力な仲間だが、敵は多すぎる。勇者が相手となれば、勝ち目はないかもしれない。それに、自分がこの場を離れれば、リアを助けることもできなくなる。どちらを優先すべきか――どちらも選べない。愁は焦燥感に苛まれながらも、冷静に打開策を探し続けた。
(どうすればいい!村もリアも、このままじゃ……くそっ!打開策が見つからない……)
愁が苦悩している間も、ハルアは楽しげに煽るように言葉を放ち続ける。
「いいんですか?このままでは拠点は全滅ですよ。僕の仲間が、村で暴れている勇者たちですからね。早く戻らないと、間に合わなくなりますよ?」
「……そうだな。リアを取り戻して、すぐに向かうさ」
愁は虚勢を張り、そう告げた。しかし、心の奥底では自分の限界を知っていた。リアも村も、今の自分では両方を救うことはできない。それでも、愁は絶対に諦めなかった。諦めれば、全てを失う。それだけは何としても避けたかった。
「へぇ、本当に僕を倒せると思っているんですか?今の貴方のこの状況で?」
ハルアは興味深げに愁を見下ろし、その冷たく嘲るような声が夜の闇に響いた。
「強がりはやめましょう。立つのもやっとでしょう?」
愁は歯を食いしばり、再び立ち上がろうとした。だが、傷ついた体は痛みに震え、膝は不安定に揺れていた。それでも彼の瞳に宿る決意の炎は、絶対に消えることはなかった。
円を描くように愁を取り囲んだハルアの十六体の分身体が、無数の剣を愁に向けた。わずかにでも動けば、その冷たく光る刃が愁の体を貫き、命を奪うだろう。ハルアは完璧にその状況を作り上げていた。
身体中に無数の斬り傷を負い、血が止まることなく流れ出す愁の姿を前に、なぜハルアはすぐに止めを刺さなかったのか。なぜ今、この状況で愁に命を与え続けるのか。愁の頭には、混乱と疑念が渦巻いていた。まともな思考はすでに失われ、判断力も鈍っている。視界はぼやけ、疲弊しきった体に重くのしかかる痛みと焦燥感が、すべての考えを鈍らせた。
そんな愁に、ハルアは相変わらずの無表情で、涼しげな声で告げた。
「取引をしませんか?」
「……取引だと?」
「はい。僕が提案するのは簡単なことです。僕を見逃しなさい。そうすれば僕は貴方を追わないし、追撃もしません。貴方は拠点に戻って、そこにいる大切な人たちを救えばいい。ただし……この子は諦めてもらいますけどね」
ハルアは冷たく微笑み、分身体に囲まれた愁に、掴んでいるリアの体を見せつけた。リアは今にも泣き出しそうな表情で、震える瞳を真っ直ぐに愁へと向けていた。その瞳は絶望に覆われながらも、何かを信じたいというかすかな希望を宿していた。
「そんなこと、容認できるわけがないだろ!」
愁は震える声で叫んだ。
「俺はどちらも諦めない、リアも村も、必ず救ってみせる!」
「はぁ……やはり、理解できていないようですね。仕方がありません。もっと分かりやすく言いましょう。今ここで僕に殺されて、この子も拠点も、そして貴方が守ろうとしている全てを失うか。この子を諦めて、僅かな可能性にかけて拠点に戻るか。その二つです。第三の選択肢はありません。わかりましたか?」
ハルアの言葉は冷酷だった。彼はまるで感情を持たないように淡々と状況を整理し、愁に二つの選択肢しかないことを告げている。森の静寂が重くのしかかり、愁は息を詰まらせた。
「何度も言わせるな!」
愁は怒りに震えながら、拳を握りしめた。
「俺はリアを諦めたりしない……!」
その瞬間、リアの声が響いた。
「愁さまっ!!」
それは普段のリアからは想像もつかないほどの叫びだった。いつも穏やかで優しい彼女が、今は声を張り上げ、愁に向かって必死に訴えている。愁はその声に驚き、言葉を失った。
「もう……いいんです。わたしのことは、もういいですから……村のみんなを、助けてください!」
「駄目だ!俺にはそんなことできない。リアを見捨てるなんて、そんなこと……できるわけがない!」
愁は叫びながらも、リアの表情が変わったことに気付いた。先ほどまで泣きそうな顔をしていた彼女が、今は微笑んでいたのだ。涙が滲んだ瞳で、それでも強く愁を見つめ、震える声で必死に言葉を紡ぎ出した。
「違うんです、愁さま……村に戻ってみんなを助けて、その後に、わたしを助けに来てください。わたしは、大丈夫です。恐くないです……愁さまが、すぐに来てくれるって、わかってますから。だから、お願いします……村に戻って、みんなを助けてください……!」
リアの言葉が、森の闇を裂くように響いた。その強い意志に満ちた声が、愁の心に深く突き刺さった。ハルアも、愁も、その場の誰もが一瞬沈黙に包まれた。唯一響いていたのは、遠く村から聞こえる爆発音だけだった。
そして、最初に静寂を破ったのはハルアだ。彼は愁に冷たく迫るように言った。
「さあ、この子の願いは聞きましたね?どちらを選びますか?決断しなさい」
「……愁さま……お願いします……」
リアは目を閉じ、祈るように唇を震わせていた。
愁は強く拳を握りしめた。血が流れ出し、指先まで痛みが伝わってきた。それでも、今ここで決断しなければならない。それが現実だった。愁は自分の甘さを痛感した。どちらも救うなどという考えは、結局のところ現実から逃げるための言い訳でしかなかったことに。
(これが……選ぶということか……)
愁は深く息を吸い、重い決断を下した。
「……わかった、リア……すぐに、すぐに助けに戻るから。みんなを救って、リアも必ず助けて、またみんなで笑える日々を取り戻す。だから、少しだけ……待っててくれ」
リアは涙をこらえながら、力強く頷いた。
「はい……わたし、待ってますね。みんなを、お願いします」
「取引成立ですね」
ハルアは冷静にそう言うと、分身体たちは円陣を崩し、愁に道を開けた。
愁は一度も振り返らず、全力で駆け出した。振り返れば、決意が揺らぐ。リアのあの笑顔をもう一度見てしまえば、きっと現実から逃げ出してしまうだろう。
痛む体も、流れ続ける血も、今は気にならなかった。愁が感じていた痛みは、身体の傷ではなく、自分自身に対する激しい悔しさと、情けなさから来るものだった。愁はそれでも、ただひたすらに村へと向かって走り続けた。




