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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第四章 新たなる世界 【第二次王国 編】

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第2話 出発準備と反撃の反撃


 目を開けると、窓から差し込む朝の光が眩しく、思わず瞼を閉じた。普段よりも重い瞼、そしてまだ夢と現実の境をさまよう頭。ここに来て、もう何度目かの朝が来たことを理解する。


 ふかふかのベッドの上で、右にも左にも誰の姿も見当たらない。独り、ひとりぼっちだ。


「……ママ……アルマ……」


 小さく呟いた声は、もう決して二人には届かない。忘れたことなど一度もない。忘れられるはずもない。幻術によって歪められた最後の記憶。いつからか、大切な、たった二人の家族が死体と化し、それに気づかずに心の拠り所としていた──その事実が、今ではもう曖昧になっている。


 再びその時のことを思い出し、リルアの瞳からは涙がぽろぽろと溢れた。


 会いたい。頭を撫でてほしい。ぎゅっと抱きしめてほしい。寂しい、寂しい、寂しい。心の奥から押し寄せるこの感情に耐えきれず、リルアは枕に顔を埋めて嗚咽を漏らした。泣いて、泣いて、ただひたすらに泣き続ける。ひとしきり涙を流した後、ドアがコンコンとノックされた。


「リルア?起きてるかい?入るよ」


 その声は、よく知っている優しい声だった。絶望し、希望を失いかけていた時に手を差し伸べてくれた、リルアにとって希望となった人の声だ。


 リルアは返事をしない。けれど、彼はゆっくりと扉を開け、部屋へと入ってきた。泣いた後で真っ赤になった顔を見られるのが恥ずかしくて、リルアは更に深く枕に顔を埋める。


「あれ?何してるの?」


 枕にめり込んでいるリルアを見て、愁は困惑する。リルアはとっさに、思いついた理由を告げた。


「お、起きてるよっ!」


 言ってから気づく。そもそも返答になっていないことに。


「え?……あ、うん。おはよう?」


「お、おはようっ!どうしたの、おにーちゃん?」


 もごもごと枕に埋もれたままの声に、愁は思った。


(どうしたのはこちらのセリフだが……)


 しかし、そこは敢えて触れないでおくことにした。


「リルアの足を治すことはできないけど、普通に歩けるようにするための義足を作れるかもしれない人が見つかったんだ。だから今日、帝国に向かうんだけど、リルアも一緒に来てくれるかな?」


「え!?ほんとにっ!?……あっ!」


 驚きのあまり、リルアは勢いよく枕から顔を上げてしまった。隠したはずの顔が見られてしまい、リルアは急に頬を赤く染める。


「リルア?顔が真っ赤だよ。どうしたの?何だか目も赤いけど」


「え?あ、あの……なんでもないよっ!それより、その……歩けるようになるの?」


「……?うん。まだ約束はできないけど、可能性は高いよ。それを確認するためにも、今日帝国に行かないといけないんだ。一緒に来てくれるかい?」


「うん!わかった!……あ!そうだ!リアおねーちゃんか、メラリカおねーちゃんはいる?」


「ん?二人は今、外で授業の準備をしていると思うよ。どうして?」


「えっとね、お着替えを手伝ってもらいたかったの!」


 そこになぜスフィアの名前が出ないのかは、愁もなんとなく察しがついたが、あえてそこも触れないでおく。ちなみにスフィアも今は外出中だ。


「それなら、おにーちゃん、お着替え手伝って?」


「え?俺が?」


「うんっ!だめー?」


 片足を失ったリルアにとって、着替えはやりにくいことだろうが、決して一人でできないものでもない。けれど彼女はまだ幼い。そしてここに来る前の辛い経験もあって、甘えたい気持ちが強いのだろう。

それに断る理由もなかったので、愁は着替えを手伝うことにした。


「しょうがないな。いいよ、手伝ってあげる」


「やったっ!えっとね、そこの棚にお洋服入ってるの!」


「ん?あ、これか」


 棚の中には、以前リルアに選んでもらい作ったセーラー服風のシャツとスカート、そして黒のニーハイソックスが、綺麗に畳まれていた。


 白い半袖シャツの袖口には、ディープブルー色の小さなリボンがあしらわれている。襟元は同じくディープブルー色で、左右に二本の細い白いラインが走っている。スカートもディープブルー色で、丈は膝上ほど。上は胸元より少し下に収まるサスペンダー付きで、サスペンダー部分にもシャツの襟元と同じ白い二本のラインが通っている。シャツとの調和がよく取れたデザインだ。


 おそらく、毎日リルアの世話をしているメラリカが、丁寧に準備してくれているのだろう。愁はその洋服一式を手に取り、リルアの横に置いた。


「うん!それー!はいっ!」


 リルアは服を確認すると、にっこり笑って両手を勢いよく上げた。


「ん?どうしたの、万歳して?」


「脱がせてっ!」


「あー、はいはい。分かりましたよ、お姫様」


 万歳するリルアから寝間着を脱がせ、そのままズボンも脱がせる。下着姿になったリルアは、少し赤くなった頬を膨らませて「見ちゃいやっ!」と恥ずかしそうに言った。


「いや、見てない見てない……」


 お年頃のリルアは、少しばかり気難しいお姫様だ。恥じらうリルアに愁は急いでシャツを着せる。ボタンは飾りのようなもので、被せるだけでいい。


 少し勢いよく被せすぎたのか、リルアは「わぷっ」と小さな声を漏らす。続いてスカートを履かせた。サイズはぴったりだ。


 最後は黒のニーハイソックス。


「ちょっと足、上げてくれる?」


「ん。これでいー?」


 ベッドに座りながら片足をまっすぐ伸ばすリルア。愁は、そんなリルアの綺麗な足にソックスを丁寧に履かせた。もう片方の足が失われてしまったことが、ただただ残念でならない。


「ふふっ!くすぐったいよ、おにーちゃん!」


「ごめんごめん。ほら、着替え終わったよ」


「ありがとう、おにーちゃん!あとね、髪もやってー!」


「はいはい」


 愁はリルアを膝の上に座らせ、寝癖のほとんどない金色の髪を櫛で丁寧に整えた。そして、いつものように小さな尻尾のようなツインテールに結んであげると、リルアは嬉しそうに微笑み、ぎゅっと愁に抱きついた。


「おにーちゃん、ありがとーっ!」


「いいよ、いいよ。他にしてほしいことがあれば言ってね。出来ることは何でもしてあげるから」


「ほんとー?じゃあね……頭、撫でて!」


「頭?うん、いいよ」


 胸に顔を埋めるリルアの頭を優しく撫でてやると、嬉しいのか、抱きつく手が少し強く締まる。


「おにーちゃん?」


「ん?どうしたの?」


「おにーちゃん優しいから、好きっ!」


「おー、それは光栄だよ、お姫様」


 埋めていた顔を上げて、下から覗き込むように愁を見つめるリルア。その無邪気な瞳から「おにーちゃんはー?」と質問が飛び出した。


 その姿は、甘えん坊な幼き日の妹、愛音の姿と重なり、愁の胸に一瞬、痛みが走る。もう二度と会うことのできない妹の姿が──


「んー?俺もリルアのことが好きだよ」


 優しくあやすように返した言葉に満足したのか、リルアは「えへへ」と笑いながら再び顔を埋めた。愁はそんな彼女を見て、やれやれと微笑みつつも、ふと目の前の扉が少し開いていることに気づいた。


 そしてそこからは、スフィアが覗いていた。彼女の視線は驚くほど冷たく、どこか侮蔑のこもった眼差しを向けている。


「あれ?スフィアさん?戻ってたんだね……」


 愁が声をかけると、スフィアはすぐさま口を開き、彼の台詞をわざと復唱しながら部屋に入ってきた。


「んー?“俺もリルアのことが好きだよ~”」


 彼女の顔は、愁が何度も見たことのある顔──また新しいおもちゃを見つけたぞ、と言わんばかりにニヤリと笑う、あの恐ろしい顔だ。


「なんだ?主さま!我という女がいながら浮気か?んー?」


「はあ?浮気って……」


 始まってしまった、スフィアのからかい劇場。これが始まると、彼女の気が済むまで終わらないのはわかっている。しかし、愁もこのままやられっぱなしでは終われない。たまには反撃を──そう決心し、行動に移すことにした。


「リルア?少しだけ待っててくれるかな?」


「んー?わかったー」


 リルアを一旦ベッドに座らせ、愁はスフィアの方をじっと見つめる。できるだけクールに振る舞いながら。


「そうか、スフィアは俺の女なんだな。……分かったよ」


 そう言うや否や、愁は〈縮地〉を使って一瞬でスフィアの目の前に立ち、彼女の肩に手を置いた。そのまま強く押して、スフィアを廊下へと出す。


「な、なんだ?どうしたのだ、主さま?」


 愁は無言で後ろ手に扉を閉め、〈気配探知〉を使う。家の中にはスフィアとリルアしかいないことを確認し、反撃を開始した。愁はスフィアの両肩を掴んで、廊下の壁に強く押し付ける。ドンッ、とスフィアの背中が壁に当たる音が響く。


「ぬ、主さま?怒ったのか?」


 いつもの余裕に満ちた表情は消え、スフィアの瞳には不安が揺れている。愁が怒っていると思っているのだろう。しかし、愁は怒っているわけではない。これはあくまで反撃──いつもからかわれてばかりでは納得がいかないからだ。


「スフィアは俺の女なんだろう?なら、分かるよな?」


「えっ……そ、その、主さま?」


 愁はゆっくりと顔を近づける。スフィアは慌てて顔を背けようとするが、愁は彼女の顎を優しく持ち上げ、無理やりこちらを向かせた。さらに距離を詰め、今や二人の顔はほんの十センチほどしか離れていない。照れたスフィアの頬は赤く染まり、潤んだ瞳が愁を見つめる。彼女は弱々しく愁の胸あたりを押して抵抗していたが、すでにその手には力がない。ただ、愁の服をぎゅっと掴むだけになっている。


「おい、スフィア?逃げるなよ。スフィアが言ったんだろ?」


「そ、それは……でも主さま、我はそんなつもりで……」


 愁の顔がさらに近づく。あと五センチ──スフィアは、ふっと瞳を閉じた。ふわりと漂う香りが、愁の鼻腔をくすぐる。同じ石鹸やシャンプーを使っているはずなのに、どうしてこうも心を揺さぶる香りをまとっているのだろうか。


 「これは反撃の演技だ、そう、ただの演技なんだ」と自分に言い聞かせる愁だが、その胸の鼓動はどうしても抑えられない。鼓動は高まり、二人の吐息が肌で感じられるほどに距離が縮まっていく。そしてその瞬間──愁は、種明かしをしようとした。


 だが、その時。


 玄関の方から「ガチャッ」と扉が開く音が響いた。続いて、明るい声が勢いよく空気を切り裂いた。


「おっじゃまっしまーすっ!愁くーん?来たよー!」


 突然の来客に愁は反射的に体が動き、ほんの一瞬、スフィアの柔らかな唇に、自分の唇が軽く触れてしまった。


「……んっ」


 スフィアの少し色っぽい声が、まるで遠くから響くように愁の耳に届く。ほんのわずか、二秒ほどの触れ合い。しかし、その感触は驚くほど柔らかく、そして甘い。


 瞬時に唇を離し、焦りながら愁はスフィアに弁明を始めた。


「ス、スフィア!ご、ごめん!これは、その……ただ、いつもの反撃をしようと思ってだな……!」


 だが、スフィアは真っ赤になった顔で愁をじっと見つめ返してくる。その視線は、まるで心の奥底まで見透かしてしまうようで、愁は不意に胸が高鳴る。


「主さま……」


 その声が甘く響き、今までの余裕たっぷりの態度は消え去り、羞恥に染まったスフィアの表情がそこにはあった。


 その様子にドキッとする愁だが、次の瞬間、廊下を歩く足音が近づき、リリーニャが元気よく声をあげた。


「あー!いたー!いたなら返事してよー!」


「あ、ああ!璃理か!ごめんごめん!」


「ん?二人で何してるの?」


 すでにスフィアとの距離は離れていたが、廊下で二人きりというのは、さすがに怪しまれる状況だ。


「いや?何もしてないぞ?ただ話してただけだ。な?スフィア?」


 愁は必死にアイコンタクトでスフィアに『合わせてくれ』と送る。


「う、うん。そうだな……」


「な?璃理?何もしてないだろ?」


「なーんか怪しい……スフィアさん、本当?」


 リリーニャが疑わしそうにスフィアを見つめる。スフィアはその視線を受けながらも、一瞬、少し微笑み、次の瞬間、ぽつりと呟いた。


「……されちゃった」


 その言葉に、愁はバッと振り返りスフィアを見る。すると、彼女は先ほどまでの乙女の表情から打って変わり、例の意地悪な笑みを浮かべていた。


「リリーニャ、聞いてくれ。主さまに押し倒されてキスされたんだ」


「……へ?」


「おいっ!」


 スフィアの告白に、愁とリリーニャの二人が同時にその場で固まった。


「い、今、なんと?」


 リリーニャは信じられない様子でスフィアに聞き返す。


「だからな、主さまに押し倒されてキスされたんだ」


「おーい!スフィアさん?それは何の冗談でしょうか~?」


 震える声で愁はスフィアに問いかけながら、全力でアイコンタクトを送る。『止めろ!それ以上は本当にまずい!』と。


 しかし、リリーニャの肩は震え、彼女の表情は一瞬で無表情に変わり、その目には光が失われていた。


「あ、やばい……」


 リリーニャが無表情で目を光を失うとき、それは彼女が全力で怒っているときだ。愁は、そう記憶している。そして、次の瞬間──


「愁くん、最っ低っ!!」


 バシンッと、リリーニャの平手打ちが愁の頬を打った。その痛みは、戦いのダメージとはまったく違う種類の痛みだ。しかも、HPが微妙に減っているあたり、リリーニャは本気で叩いたのだろう。恐ろしい子だ。そして、それを確認したスフィアは満足げに微笑むと、ふわりと声を漏らす。


「まあ、事故なんだけどな」


「え?」


「事故だよ、事故。ほんのちょっと、触れただけだし」


 その一言で我に返ったリリーニャの瞳には光が戻り、今度は申し訳なさそうに愁を見つめた。


「そ、そうなんだ……ごめんね、愁くん……本気で叩いちゃったね……」


「あ、いや、大丈夫だよ!本当に……」


「ほんとうにごめんね?あ……じゃあ、私、先に客室に行ってるね……」


 そう言って、リリーニャは気まずそうに足早に去っていった。


「スフィアさん……」


「主さまが悪いんだぞ。あんな強引にするから……」


「いや、だから、それは……事故だって!」


「ふん、わかったわかった。事故な!」


 どこか不機嫌そうにスフィアは自室の方へ向かおうとした。これは流石にまずいと感じた愁は、呼び止めようと手を伸ばすが、スフィアの肩を掴むことができなかった。


 「あれ……?」


 驚いたことに、スフィアは目の前から消えていた。そして、次の瞬間、愁の後ろから腕が回され、スフィアが後ろから抱きついてきたのだ。


「主さまがしたいなら、我はいつでも歓迎するぞ?もっと凄いことでもな?」


 耳元で囁かれるその声に、愁の背筋はゾクッとした。


「は?それって……」


 最後にスフィアは愁の頬に軽くキスを残し、愁が振り向いた時には、彼女の姿はもう家を出て行ってしまっていた。


「はあ……やっぱりスフィアには敵わないな……」


 愁は、スフィアに対しては反撃しない方が良いと、心に深く刻み込んだのだった。

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