第12-2話 非公式な謁見
案内された部屋の中に入った愁は、まず目の前の光景に圧倒された。
広々とした部屋は、余計な装飾を省きながらも、その一つ一つが『帝国の威厳』を示すものだ。壁には見事な金箔が施され、足元には豪奢な絨毯が敷かれている。上を見上げれば、煌びやかなシャンデリアが天井から吊るされて、その細工の一つ一つに心を奪われるほどの美しさが宿っている。
部屋の奥、巨大なテーブルの向こうに、帝国の皇帝──ノヴァン二世が静かに座していた。
かつては『帝国軍元帥』としてその名を轟かせ、『帝国の英雄』とも称される彼の姿は、噂以上に圧倒的だった。
四〇代後半と聞いていたが、実際には三〇代前半に見えるほど若々しい。その鋭い瞳と堂々とした体格は、見る者すべてに『王者の風格』を感じさせた。
愁は息を整えると、その場で跪き、頭を垂れた。
本来ならもっと正式な礼を取るべきなのかもしれないが、教わった知識は限られている。せめて謁見のときと同じ形式を取るしかなかった。
「失礼します。お呼びとのことでしたが、どういったご用件でしょうか?」
自分から話してしまったのは失敗だったのではないかと不安がよぎる。
しかし、ノヴァン二世は穏やかな声で答えた。
「君が八乙女 愁君か。今は二人だけだ、楽にしてくれていい。頭をあげてくれ」
「はい。では失礼します」
頭を上げ、立ち上がった愁は、目の前に立つ皇帝の存在感に圧倒されそうになりながらも、なんとか冷静さを保とうとする。
だが次にノヴァン二世が放った一言が、愁の心を大きく揺さぶった。
「さて、単刀直入に聞くが、君はこの世界の人間じゃないね?」
その鋭い眼光が愁を捉えたその瞬間、彼の背筋に冷たいものが這い上がるような感覚が走る。まるで冬の霜が心の奥底にまで忍び込んだような寒さだった。
ラリアガルド帝国皇帝──ノヴァン二世。この大国の支配者が、いかにしてこの情報を掴んだのか、愁にはわからない。しかし、相手が『大国の皇帝』である以上、情報を集める術などいくらでもあるはずだ。
慎重に言葉を選びながら、愁は心の中で覚悟を決める。
(嘘をつくのは得策じゃない……ここは正直に答えるべきだ。それでも、少し探りは入れておくべきだな)
愁は冷静さを保とうとするも、視線はノヴァン二世の一挙一動を逃すまいと注がれていた。
そして、意を決して言葉を口にする。
「どうしてそう思われたのかをお聞かせ頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
質問に質問で返すというのは、曖昧に見えて最も安全な手だ。たとえ答えが得られなくても問題はない。
だが、もしノヴァン二世が話に応じるのなら、状況をより理解できる糸口が掴めるかもしれない。
「そうだな。私は他にも異なる世界から来た者と会ったことがある。それに『WORLD CREATOR』という名前──これでは不満かな?」
その言葉を耳にした瞬間、愁の胸の奥に眠る何かが揺れ動いた。
──「WORLD CREATOR」。その聞き慣れた名に、身体が反応しそうになるのを必死に抑える。今、ここで感情をあらわにしてしまえば、ノヴァン二世の思う壺だ。
「いえ、十分です。陛下のおっしゃる通り、俺はこの世界の人間ではありません」
愁の声は冷静を装っていたが、その胸の内には不安と警戒心が渦巻いていた。ノヴァン二世がここまで詳しく知っているとは思わなかったからだ。他の転移者、あるいは転生者について情報を得ている可能性は予測していたが、自分の元の世界で使われていた名まで知っているとは思わなかった。
「やはりそうか。すまないが、君が神代魔法を使用したところは召喚獣を通して見させてもらった。正直、あの規模と威力には驚かされたがね」
まるで隠し事など無意味だと言わんばかりに手の内を明かしてくるノヴァン二世。彼の意図は測りがたいが、この場で取り乱せば、さらに不利になるのは明白だった。
「なるほど、召喚獣ですか。それに神代魔法までご存知とは……ところで、質問続きで申し訳ありませんが、陛下がお会いになった異世界から来た方は、今もご健在なのでしょうか?」
愁にとって最も知りたい情報だった。その者がまだ生きているのなら、自ら話を聞きたい。そして、その経験や知識をこの世界での歩みに役立てたい──だが、その願いは次の一言で無情にも潰えた。
「いや、もう亡くなってしまった。その人とはノヴァン一世、私の父なのだよ」
瞬間、空気が張り詰める。愁は言葉を失いながらも、目の前の事実を飲み込もうとした。
大国を築き上げた皇帝が、自分と同じく異世界から来た存在だった──その事実が、彼の胸に重く響く。
「まさか陛下のお父様が、俺と同郷の方だったとは……驚きました」
「私も父の代から長いこと探しているが、君が初めてだよ。私の父もそうであったが、異世界から来た者は強力な力を持っている。君はその規格外の力を持って何を成そうとしている?」
ノヴァン二世の瞳が愁をじっと見据える。薄く発光するその瞳は、何らかの魔眼が発動している証拠だ。それに気づきながらも、愁は平静を装い、自分の答えを心の中で練り直す。
愁は自らの言葉に確かな意志を込め、まっすぐノヴァン二世を見据えた。
空気が一瞬、張り詰める。だが彼は臆することなく、口を開いた。
「俺はこの力を、信じてついてきてくれる仲間たちと共に使います。そして、旧亜人大陸を全て取り戻し、そこに新たな国を作るつもりです。虐げられ続けた亜人たちが安心して暮らせる、種族のしがらみのない平和な国を」
その言葉は部屋の静寂を破り、重厚な空気に響き渡った。
ノヴァン二世の鋭い眼差しが、微かに揺れるのが愁にも分かった。その揺らぎは、わずかながらに驚きと共感を秘めたものに思えた。
そして、彼の表情は徐々に柔らかなものへと変わっていった。
「そうか……」
その声には、言葉では語り尽くせない『安堵』が滲んでいた。
しかし次の瞬間、ノヴァン二世の瞳は再び鋭く真剣な光を宿し、愁を射抜くように見つめた。
「その話を聞いて安心した。私も亜人たちの待遇改善を成そうとしている。しかし、アイラフグリス王国の影響が根強く、民の意識を変えるには至っていないのが現実だ」
深い嘆きがその言葉に潜んでいるのを、愁は感じ取った。皇帝としての責務と現実の板挟みに苦しむ姿が、垣間見える。
「アイラフグリス王国が最初に亜人たちを奴隷にしたのが始まりで、そこから人族全体に広がったという話は聞いています」
「そうだ。アイラフグリス王国が行った差別が広まり、今のような状況が作り出された。帝国は父と私の二代にわたり、少しずつ亜人たちの待遇を改善してきた。才能ある者には種族や出自に関係なく職を与え、適した報酬を与える制度もその一環だ。だが、それを民や貴族に認めさせるまでの道のりは険しかった」
ノヴァン二世の声に込められた重みが、帝国が歩んできた苦難の歴史を物語っている。
愁は、アイラフグリス王国で目の当たりにした亜人たちの現状と重ね合わせ、種族間の差別がいかに根深い問題であるかを思い知る。
「陛下はなぜ亜人たちを救おうとしているのですか?正直、不利益になることの方が多いのではないでしょうか?」
愁の問いには、疑念というよりも純粋な探求心があった。なぜ、皇帝であるこの男が、自らの国益を損ねてまで亜人のために動くのか。その答えを知りたかった。
「たしかに、不利益の方が多い。しかし、父はそれを良しとしなかった。父は、自らが見てきた平和な世界を語り、それを夢見て私を育てた。だから私はその意志を継ぎ、成し遂げたいのだ」
ノヴァン二世の瞳に灯る光。それは愁の目に、夢を追い求める少年のように映った。
その瞳に込められた『純粋な信念』を前に、愁はこの男を信じてみてもいいかもしれないと思った。それは確証のない希望的観測に過ぎない。だが、愁には分かる。この瞳の輝きは、幼い頃に父を慕い、その背中を追いかけていた自分自身の姿と重なって見えるのだ。
「話は分かりました。それでは、陛下は俺に何を望むのですか?」
愁は慎重に言葉を選びながらも、核心に迫る質問を投げかけた。
これが、彼にとって最も重要な判断材料となるはずだった。
だが、返ってきた答えは意外なものだった。
「何も望まぬよ。君は君の信じた道を行きなさい。目的が同じならば、どこかで交わることもあるだろう。そのとき、敵か味方かは分からないが、どちらであっても私は全力で臨むつもりだ」
その言葉に、愁の胸の奥が静かに震えた。この男は自らの信念を託すのではなく、あくまで相手の意志を尊重する。
その時、愁は思ったのだった。
(今の俺では、この人には到底敵わないな……)
見据える世界も、抱く未来も、この男には到底及ばない。
しかし、自分にはまだ成し遂げるべきものがある。そのために、信じてくれる仲間たちと共に戦う。それだけは負けるわけにはいかない。
「分かりました。俺も全力で成し遂げてみせます。陛下にも負けません」
少し生意気に響くかもしれない言葉。それでも愁は、意志の強さを伝えるためにあえて口にした。
ノヴァン二世はその挑戦的な言葉に微笑みを浮かべる。
「そうか!負けないか、実に面白い。皇帝になってから、そんなことを言われたのは初めてだ」
短いやり取りだったが、愁の中には確かな決意が芽生えていた。
最後にノヴァン二世からの誘いを受け、愁は静かに部屋を後にした。
背後から聞こえた「春になったらまた話そう」という言葉が、不思議と温かく彼の胸に響いていた。
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