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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第一章 新たなる世界 【第一次王国 編】

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第4話 新しい仲間と復興の準備


 新たに加わった『元森の管理者』こと狼耳とふわふわの尻尾を持つ少女──スフィアと、彼女が救い出した十三人の亜人達を伴い、愁は仮の拠点として目をつけていた廃村へと帰還した。


 荒れ果てた外観は往時の姿をほとんど失っていたが、愁のクラフト能力による修繕の結果、内部はまるで新築の住居のように整えられていた。そのあまりに異様な光景に、スフィアを含む亜人たちは目を見開き、困惑混じりの驚きの声を漏らす。だが戸惑いながらも、愁の穏やかでどこか威厳を感じさせる声に導かれ、彼らは一人、また一人と屋内へと足を踏み入れていった。


「みんな、疲れてるだろう。今日はここで、ゆっくり身体を休めてほしい。リア、みんなに中を案内してあげてくれるかな?」


 その声に、傍らにいた少女──リアはぱっと顔を輝かせ、弾けるような笑顔で勢いよく頷いた。


「わかりました、愁さま!」


 案内をリアに任せると、愁は静かに屋外へと歩を進めた。


 廃村に散らばる朽ちた材木、崩れかけた石壁の破片など、見方を変えれば資源とも言えるものをひとつひとつ拾い集め、すべて無限収納可能なエンドレスボックスへと収納していく。


(人が増えるなら……それだけ、場所も、設備も必要になる)


 廃村が仮拠点から本拠地へと変貌を遂げるには、膨大な物資と労力が必要となる。そのため、端材ひとつとて無駄にはできない。スフィアに許可を得て、道中で山林から間隔を空けながら伐採した木材も、すでに材料のひとつとして加工済みだ。しかし、どうしても木材だけでは賄いきれない部分がある。


 本来であれば石材、鉄、粘土、さらには魔道具の材料となるレア鉱石──挙げ始めればきりがないが、肝心のエンドレスボックスには必要最低限の資材しか詰めていなかった。いくら無限に収納できるとはいえ、無闇に詰め込んでいては後の整理が煩雑になるため、貴重品や素材の多くは、かつての拠点にある宝物庫と素材倉庫へと保管していたのだ。


(……今思えば、もう少し持ってきておくべきだったな)


 過ぎた後悔を噛みしめつつも、愁は即座に気持ちを切り替える。今、為すべきことは、これから起こるかもしれない危機への備えだ。誰かがこの廃村の存在に気付き、敵意を抱いて接近してくる可能性は否定できない。だからこそ、〈幻術〉の魔法を込めた魔石を増設し、村全体を覆うように設置しておく必要がある。


 もっとも、これはあくまで『WORLD CREATOR』というゲームにおける簡易的な幻術であり、本格的な魔法使いには通用しないだろう。だが、ないよりははるかにましだ。気配を紛らわせ、足止めの一助になればそれで良い。


「主様ー。何をしているのだ?」


 突然背後からかけられた声に、愁は振り向く。振り返れば、そこには湯上がり姿のスフィアがいた。念のため〈気配探知〉を発動していた愁は、後ろから近づいてくるスフィアの気配には気付いていた。どうやら驚かせようとしていたようだが、そうはいかない。


 愁の普通な反応に少しだけ残念そうな様子のスフィアは、濡れた髪が肩にまとわりつき、頬は湯気の名残か、朱に染まっている。ふわりと香る石鹸の匂いが、微かに風に乗って愁の鼻腔をくすぐった。


(……これは、ちょっと、色っぽいかも)


 自覚なく視線が泳ぐのを、愁は小さく咳払いで誤魔化す。


「おー、スフィアか。お風呂、入ってきたんだな?どうだった?けっこう、気に入ったんじゃないか?」


「うむ!人族の貴族でもなければ、あれほど綺麗なお湯に入る機会など滅多にないからな!実に気持ち良かったぞ!」


 上機嫌な声に合わせて、スフィアのもふもふの尻尾が左右に勢いよく揺れる。その尻尾だけが見事に乾いているのが妙に気になったが、耳や尻尾がどのような扱いをされているのか、この世界の常識をまだ掴みきれていない愁にとって、それを話題に出すのは少々リスキーだった。


(……うっかりセクハラなんて言われたらシャレにならないし)


「で、何しておるのだ?」


「ああ、これはね。敵にこの村の存在を悟られないように、〈幻術〉の魔法を込めた魔石を設置しているんだよ」


「なるほど、なるほど。主様はそれで魔法を使っておるのだな?戦闘のときも、いろいろな色の魔石を使っていたしな」


 スフィアは興味津々といった様子で、手にした魔石をじっと見つめている。その目は好奇と憧れが混ざったように輝いており、魔石を使った魔法行使が、彼女にとって相当に珍しいものだということを物語っていた。


(……知識の共有も、そろそろしていかないとな)


 愁は内心で頷きつつ、言葉を続ける。


「魔石を使えば、MP……いや、魔力を消費せずに初級魔法を行使できるんだ。便利だけど、作るには特殊な素材が必要でね。……スフィア、魔力が込められた鉱石、どこかで見聞きしたことはないかい?」


「ふむ……ああ、そういえば。ここから東へ四日ほど歩いた先に、魔力鉱石が採れる洞窟があると聞いたことがあるぞ?」


「……それはありがたい情報だ。魔石の素材になるかどうかは分からないが、可能性があるなら行ってみる価値はあるかもな」


「うむうむ!その時は我も連れて行っておくれよ、主様!」


 再び勢いよく揺れ始めた尻尾に、スフィアの素直な喜びがにじみ出ている。その無邪気さに、愁の口元も自然とほころぶ。


(……ああ、もふりたい。すごくもふりたい……。もっと仲良くなったら、お願いしてみるか)


 そんな邪な願望を胸に隠しつつ、愁は何気ない口調で問いかけた。


「なあ、スフィア。一つ、聞いてもいいか?」


「どうしたのだ、主様?」


「いや、気になってたんだけどさ……最初に会ったとき、すごく低い声だったよね?今は、なんか普通に可愛い声になってるし」


「……あー、それな。最初は……雰囲気とか、大事かなって思ってな……」


 バツが悪そうに目を逸らし、スフィアの耳と尻尾がしゅんと垂れ下がる。その仕草がなんとも愛らしく、愁はつい笑ってしまった。


「いや、俺は今の声の方が可愛いし、全然いいと思うけどな」


 ぽつりと告げた愁の一言に、スフィアの頬がふたたび、湯気のようにほんのりと朱を差した。


「ほんとか?いくら可愛いからって発情するなよ、主様!」


「しねぇよ!人をなんだと思ってるんですか!?てか、自分で可愛いとか言うなっ!」


 軽口を交わしながら、二人は森の中で採れる素材を求めて歩き続けていた。スフィアの案内であちこちを巡っているうちに、空はすっかり群青に染まり、あたりには夜の静けさが忍び寄っていた。


「うわっ、結構時間経ってたんだな。そろそろ戻ろうか?」


「そうだな。我も……もう眠たい……」


 急ぎ足で家へ戻ると、建物の中は静まり返り、明かりもすっかり落とされていた。時刻からして、皆もう夢の中にいるのだろう。


 新たな住居の建設が終わるまでは、人数の多い亜人たちには一時的に食堂で布団を並べて休んでもらっている。多少窮屈ではあるが、今はそれしか方法がなかった。


 スフィアも、長時間の森歩きでさすがに疲れたのか、亜人たちと並んで敷かれた布団にそのまま潜り込み、すうすうと寝息を立て始めた。


 愁は一人風呂へ向かい、冷えた身体を温めてから自室へ戻る。すると、机に突っ伏したまま眠るリアの姿が目に入った。


「なんで机で寝てるんだ……おーい、リア?起きろー。こんなとこで寝たら風邪ひくぞ?」


 そっと肩に手を添え、優しく揺すって声をかける。リアはむにゃむにゃと口を動かし、ゆっくりと瞼を開いた。


「……あ、愁さま。おかえりなさい……すみません。こんなところで、寝てしまって……」


「いや、大丈夫だけど……ちゃんと布団で寝ないと、体によくないぞ?」


「は、はい……あの、愁さま……お願いがあるのですが」


「ん?どうしたの?」


 何か相談事かと思えば、リアはもじもじと指先を絡め、俯いたまま言葉を濁すばかりで要領を得ない。


「リア?言いたいことがあるなら、ちゃんと伝えなきゃ分からないよ?」


 そう促すと、リアは恥ずかしさを堪えるようにそっと上目遣いで愁を見つめ、意を決したように口を開いた。


「あ、えっと……き、今日……一緒に寝たいですっ。隣で……」


「え?何かあったのかい?」


「い、いえ!なんでもないですっ!あの……今の、忘れてくださいっ!」


 顔を真っ赤にして部屋を出ようとするリアの手を、愁はとっさに掴んだ。


「リア、待って!嫌とかじゃないんだ。ただ、いきなりだったから驚いただけで……ほら、おいで?」


「あ……ありがとうございます……」


 リアはおずおずとベッドに潜り込み、愁も後を追うようにして隣へ横たわる。その肩がすぐ隣に感じられるほど近く、彼女はそっと身を寄せてきた。寂しかったのだろうか。理由までは分からないが、リアが安心して眠れるなら、それでいい──とは思うものの、やはりどこか落ち着かない。


「……なんだか、ほっぺがぽわぽわします。あの、手……繋いでもいいですか?」


「いいよ。リアは甘えん坊さんなんだね」


「そうかもしれません……。今まで、わたしに優しくしてくれた人は、みんなすぐに……死んでしまいました。だから……怖いんです。また、わたしのせいで、愁さまに何かあったらって思うと……」


 そっと繋がれた小さな手から、リアの体温と、それ以上に『怯え』という名の震えが伝わってくる。その気持ちは、愁にも痛いほど分かる。


 自分もまた、失ってばかりの人生だった。ようやくこうして、仲間と呼べる存在に巡り会えたことが嬉しくて仕方ない反面、また何かを失うのではないかという恐怖が、心の奥に巣くって離れない。


 だからこそ、リアには、優しさを惜しまないと決めていた。


「大丈夫、大丈夫。俺はいなくならないし、死んだりもしないから安心して。いつでも呼べば、リアのもとに行くよ」


「……はい。ずっと一緒に居てください、愁さま……」


 安心したのか、リアはすぐに小さな寝息を立てはじめた。その吐息の温もりが、隣から絶え間なく届く。愁もまた、そっと瞼を閉じ、静かに夜の深みに身を委ねた。




◆◇◆◇◆◇




 そして、翌朝。


 目覚めとともに始まるのは、やはり朝食の準備である。十六人分もの食事となると、なかなかに骨が折れる作業だが、それでも空腹を抱えた皆のために手を動かさないわけにはいかない。


 愁はエンドレスボックスから食材を取り出し、ずらりと並んだそれらを前に、何を作るべきか思案していた。香ばしいパンの香り、瑞々しい果実の彩り、肉や野菜の新鮮さ──朝の静謐な空気の中に、ほんのりとした食欲が漂い始める。


 そんな中、調理場の扉が静かに開かれた。現れたのは、よく似た風貌を持つ亜人の女性が二人。ぴたりと揃った足取りと、柔らかな雰囲気を纏うその姿は、まるで風に揺れる双葉のようであった。


 その容姿にはどこか犬の面影がある。ぴくりと動く耳、ふわりと揺れる尻尾──おそらくは犬系の亜人なのだろう。人の感覚に照らすならば、年の頃は二十代前半ほどの若き姉妹といったところ。均整の取れた細身の体に、品のある顔立ちが印象的な美しい女性たちだった。


「ご主人様。私たちでよろしければ、お料理のお手伝いをさせてください」


 穏やかで清らかな声が調理場に響く。微笑むその表情には、どこか人懐こさがあり、愁の緊張を自然と解きほぐしてくれた。


「お、助かるよ!ありがとう。……そうだ、二人とも名前を聞いてもいいかな?あと、ご主人様呼びはやめてくれると助かる。なんだか背中が痒くなるんだよね……」


(偉くなりたくて皆を迎え入れたわけじゃないからな)


 愁が苦笑交じりにそう返すと、姉妹は少し困ったような顔をして、すぐに頭を下げた。


「失礼しました。では、愁様。私は双子の姉のエリサ、こちらが妹のエリスです」


「よ、よろしくお願い致します……」


 小さな声でそう告げたエリスは、姉とは対照的に引っ込み思案な様子だった。瞳に揺れるのは緊張か、それとも──怯え。もしかすれば、過去の辛い記憶が影を落としているのかもしれない。


「エリサにエリスだね。改めてよろしくね」


「よろしくお願い致します。私たち姉妹は、以前は仕事で料理をしておりましたので、お料理の用意であれば、少しはお役に立てるかと」


「本当に?それはありがたいな。……失礼かもしれないけど、亜人でも料理の仕事って任されるんだね。差別が酷いから、亜人の作った料理なんて食べたくないって人が多いのかと思ってた」


「ええ、だから私たちもバレないように作らされていました。報酬が不要な私たちには、身分を隠していろいろとやらせるのが常だったようです」


 エリサの口調は淡々としていたが、その奥にはどこか諦めを含んだ悲しみがあった。


 この世界においても、人件費削減というのは万国共通の課題らしい。だが、それを『恐怖による支配』で補っているのなら、それはただの搾取でしかない。生産性もやる気も無視され、ただ強制されるだけの働き──それは、どれほど人の尊厳を踏みにじるものか。


「……そういうことか。とにかく、うちではそんな扱いはしないよ。安心して。それじゃあ料理は任せてもいいかな?実は俺、煮るか焼くかしか出来なくてさ……」


 苦笑混じりにそう言う愁に、エリサとエリスは微笑みを返し、声を揃えて答えた。


「はい!お任せくださいませ」


 頼もしい言葉に、愁は胸をなで下ろした。彼にとって、料理の心得がある者がいることは『救い』でしかなかった。


 火と水の魔石の使い方を教えると、二人は驚くほどの早さで習得していった。リアもそうだったが、エリサとエリスもまた、飲み込みが早く、実に器用だった。


 一通りの説明を終えると、愁は調理場を後にする。時間を無駄にはできない。仲間が十四人も増えた以上、やるべきことは山のようにある。


 まずは、服の作成だ。昨日のうちに寝間着は全員分用意したが、それだけでは足りない。作業着に普段着──最低限それらは早めに準備してやりたい。


 エリサとエリスには家事全般を任せる予定だ。ならば、やはり『メイド服』が定番だろう。もちろん、名目上はそうだが──本音を言えば、愁が二人に着せてみたいという欲望も混ざっていた。もちろん、それは『秘密』である。


 五人の男性陣には、村の復興作業や食糧調達、素材集めなどを担当してもらう予定だ。そのため、彼らには汚れに強く、耐久性のある素材で仕立てる作業服が必要となる。


 残るは子供たちだが、年齢の幅が広い。最年少は六歳、最年長でも十一歳。サイズの見当もつかないため、子供服については後で希望を聞きながら作成することにした。


 無心に手を動かし、素材を消費しながらクラフトして服を作成していく──静寂の中に響くのは、布が擦れる音と魔力の微かなきらめきだけ。やがて、四着のメイド服と十着の作業用服が完成する頃には、空もすっかり明るくなっていた。


「よっし……とりあえず大人分の作業用は出来たな。……しかし、服用の素材もそろそろ尽きてきたか」


 そう呟いた刹那、背後から近付く気配にようやく気づいた愁は──不意に肩をガシッと掴まれ、心臓が跳ねるほど驚いた。


「うわっ!?……なんだ、スフィアか……」


「おはよう、主様!良い天気だな!」


 快活な声と共に、スフィアが笑顔を浮かべる。その頭上では、黒と白の狼耳が元気よくぴょこぴょこと動いていた。


「おはよう、スフィア。……よく眠れたかい?」


「もちろんだ!あんな柔らかい物の上で寝たのは初めてだよ。ところで──その服達はなんだ?主様が作ったのか?」


 山のように積まれた服の山を見つめながら、スフィアの耳はさらに嬉しそうに跳ねる。


「ちゃんとスフィアの分も作ってあげるから大丈夫だよ」


「え?い、いや、我は別に……催促するつもりではないぞっ!」


 慌てて目を逸らすスフィアの態度は、あまりにも分かりやすかった。欲しいに決まっているのだ。期待に満ちた瞳をしておいて、その言い訳は通用しない。


 何よりも──つい先ほどまでぴこぴこと嬉しげに動いていたスフィアの耳が、今はすっかりしょんぼりと垂れ下がっている。その変化が、彼女の胸中を誰よりも雄弁に物語っていた。


(……ほんと、かわいいやつだなあ)


 耳で感情がすぐにわかる、そんなスフィアの分かりやすさが愛おしくて、愁はついつい、ほんの少しだけ意地悪をしたくなってしまう。


「じゃあ、スフィアのは……後回しでいいかな」


 わざとそっけない口調で言い放つと、スフィアの表情がみるみる曇り、しゅん……と肩を落とした。そして愁がわざと視線を逸らした瞬間、彼女はちょんちょんと袖を引いてくる。


「ぬ、主様? 我も欲しいです! 今すぐに!……むぅ、無視しないでくれ、主様〜っ!」


 表情がころころと変わる様子はまるで小動物のようで、あまりに愛くるしい。あまり弄びすぎると可哀想だと思いながらも──また機会があれば少しいじってやろう、などと愁は心の中で悪戯っぽく笑った。いつも突然驚かされる、そのささやかな仕返しだ。


「冗談だよ。ちゃんと作ってあげる。スフィアは戦える子だから、普通の服じゃなくて特殊な服にしないとね。ちょっと時間がかかるだけなんだ。だから……もうちょっとだけ待ってて」


 そう言いながら彼女の頭を優しく撫でてやると──ふわふわとした黒いしっぽが、勢いよく左右にぶんぶんと揺れた。


(……喜んでるのはいいけど、これじゃまるで狼じゃなくて、ほんとに犬じゃないか)


 そんな内心の呟きに小さく苦笑しながら、愁はスフィアとじゃれ合いつつ、小物──靴下や袖飾りなどの制作を進めていた。


 ちょうどその頃、エリサが愁の部屋の扉をそっと叩き、朝食の準備が整ったことを伝えに来た。それを聞いた愁は手を止め、スフィアと連れ立って食堂へと向かう。


 食堂には、すでに起き出した他の亜人たちが集まっていた。皆、寝具をきちんと片付け、机や椅子を並べ終えている。どうやらしっかり者が多いようだ。


 最後にリアが姿を見せたところで、ようやく全員が揃った。愁はエンドレスボックスから先ほど完成した作業用服を取り出し、皆に向かって声を上げる。


「よし、みんなでご飯にしよう。でもその前に、みんなに作業用の服を用意したから受け取ってくれ。これからこの廃村を拠点として復興させるために、みんなに協力してほしいんだ」


 案の定、「こんな高価なものは……」という、すでにお馴染みとなった遠慮がちの反応が返ってくる。しかし愁はそれを軽く受け流し、気にするなと笑って衣服を手渡していく。


「女性陣には家事をお願いしたい。男性陣には村の修復や素材集めを頼む。子供たちは、できる範囲でみんなのお手伝いをしてくれたら嬉しいな。スフィアは、俺と一緒に村の防衛をお願いするよ。当面はこんな感じでやっていこう。みんなで力を合わせて、より良い生活を作っていこう!」


 それぞれが自身の役割に納得した様子を見届けると、愁はにっこりと笑って締めくくる。


「じゃあ、ご飯にしようか。いっぱい食べて、しっかり頑張ろう!」


 食卓には、エリサとエリスが心を込めて作った料理がずらりと並んでいた。魔石を使った火力や、見慣れぬ調味料にもかかわらず、どれも彩り豊かで食欲をそそる。香ばしい匂いが湯気と共に立ち昇り、空腹の胃を心地よく刺激する。


 その味もまた、期待以上だった。素朴ながらも丁寧に作られていて、まさに家庭のぬくもりを感じる味わい。これなら、今後の食事も安心して任せられそうだ。


 食後、愁は一人静かに自室へと戻る。


 村の皆には、今日一日をゆっくりと休んでもらうことにした。昨日の出来事を思えば、心身共に回復の時間が必要だと判断してのことだった。とはいえ、こちらにはやるべき準備や段取りが山ほどある。


 中でも優先すべきは、スフィアの服の作成だ。戦力強化という観点からも、早めに仕上げておく必要がある。聞けばスフィアは、人間の姿のままでも魔獣化に匹敵するほどの戦闘力を誇るらしい。であれば、服も人間形態に合わせて作るのが理に適っている。


 以前確認した彼女のステータスは、基礎的な魔力(MP)は低いものの、体力(HP)は極めて高く、攻撃力も高水準。加えて、驚異的な速度も兼ね備えていた。魔力の低さに関しては、彼女の固有スキル〈王の権威〉が補ってくれるため、大きな問題にはならない。


 このスキルを活かす前提で、物理攻撃系の魔術を習得すれば、まさに『魔法も使える物理特化アタッカー』という、厄介極まりない戦闘スタイルが完成するだろう。


 そこでまずは、スフィアの唯一とも言える弱点──防御力の底上げに注力することにした。


 服のイメージは、既に頭の中で明確に描かれていた。テーマは学校の制服──ただし、実在のものではなく、あくまで『愁の美学』に基づいたアレンジ制服だ。


 インナーはごく普通の白いシャツ。そこにワインレッドのネクタイを合わせ、膝丈ほどのややゆったりしたジャケットを羽織らせる。表地は深い紺、裏地にはネクタイと同じくワインレッドを採用した。袖口や襟をめくったときにちらりと覗くその紅が、無骨な制服に艶やかな彩りを添えるのだ。


 スカートはやや短めに仕立てられており、色はジャケットと揃えて紺で統一。その裾からは、白いフリルがところどころ覗く仕様で、控えめながらも可憐な印象を演出している。──これは、完全に愁の趣味である。


 靴は、編み上げ式のニーハイブーツをイメージした。デザイン性はもちろん、実用性も忘れていない。


 各部位には適切な効果を付与してある。ジャケットとスカートには高めの防御補正、インナーとネクタイには魔法耐性を。そしてブーツには素早さの向上効果を組み込んだ。


 さらに、装備は服だけにとどまらない。愁は続けて、エジプトのコピスを模した小型の片刃剣を二本、クラフトの限界ギリギリの難易度で仕上げた。今回は魔剣ではなく、あえて『耐久性重視』の方向性に振って、攻撃力と敏捷性に補正をかけた構成とした。魔剣にすれば華やかではあるが、能力解放の回数制限がネックとなり、効果の自由度も損なわれる。それを避けた判断だ。


 見た目の意匠にも妥協はない。柄の部分は黒の木目を活かした仕上げにし、その中央には小さくスフィアの名を刻んだ。そして、この双剣はスフィア以外の者が握っても、真の性能を発揮できないように制限をかけている──まさに、スフィア専用の装備。


 こうして、頭の先から足元、武器に至るまで、完全に愁の趣味と審美眼で仕立て上げた『スフィア専用装備一式』がついに完成した。これで終わりではなく、まだまだ構想はあるが、ひとまず今回はここまでにしておこう。やり始めれば際限がないのだから。


「ふう……我ながら良い出来だ。うん、これは絶対にスフィアに似合うな」


 自室を後にし、スフィアがいるはずの食堂へと向かう。扉を開けると、彼女は椅子に深く腰かけ、気怠げな様子でくつろいでいた。


「おーい、スフィア!服、できたぞ。俺の部屋に来てくれ」


「えっ!我の服、もうできたのか!?着る!早く着たいぞ!」


 声をかけた瞬間、スフィアの顔がぱっと明るくなり、跳ねるように立ち上がる。その様子にくすりと笑いながら、愁はスフィアを連れて部屋へ戻る。


 胸を張って披露した自信作──制服風の服と双剣──を、愁は両手で差し出した。


「ほら、これ。スフィアに似合うように、デザインしたんだ。……それと、武器も」


 スフィアは瞳を輝かせながら受け取り、無邪気な笑顔で愁に礼を述べる。


「ありがとう、主様!我、大切にするぞ!」


「うん。サイズは合ってると思うけど、着てみてくれないか?合わないところはすぐ直すからさ」


「了解だ、主様!我、今すぐ着替えるぞ!」


 その言葉と共に、スフィアは何の迷いもなく、今着ていた黒いワンピースに手をかけ──スルリと脱ぎ始めた。


「お、おい待て待てっ!?な、なんでここで脱ぐの!?隣の部屋で着替えてきてくれって!」


「……ん?なぜだ、主様?」


 素朴な疑問を向けてくるスフィアに、愁は僅かに顔を赤らめつつ必死に説得する。


「な、なぜって……スフィアも一応女の子なんだから!恥じらいとかそういう……」


(なんだよこの空気……真面目に言ってる俺が恥ずかしくなるやつでは……)


 年頃の男子として、目の前でスフィアの生着替えなど直視できるはずがない──いや、正直に言えば“見たい”気持ちもあるのだが。


「我は主様なら気にしないぞ?見たいならじっくり見ても構わん!」


 にっこりと笑みを浮かべ、靴下を脱ぎながら一歩一歩、距離を詰めてくるスフィア。その目は明らかに愁をからかっている──しかも、スカートの中から下着を先に脱いでいくという、露骨な焦らし方まで加えてきた。


(こ、こいつ絶対わかっててやってるッ!)


「ば、バカやめろっ!俺は……廊下にいるから!着替え終わったら呼んでね!」


 愁は顔を真っ赤にして、迫ってくるスフィアを押しのけるようにして部屋を飛び出す。わずかに名残惜しさが心に残ったが、そこは男の子なのでしかたがない。


「……ふふ、主様、つまらんな。お年頃か?」


 閉まった扉を眺めながら、スフィアは口元に笑みを浮かべた。愁の慌てふためく様子がどうやらかなり気に入ったらしく、(次は何をして困らせてやろうか)と、いたずら心を膨らませながら新しい服へと袖を通す。


 初めて見るデザインの服は、どこか新鮮で愛らしく、胸が弾むような気持ちになる。スフィアは内心で(可愛いな……)と、思わず笑みを漏らしそうになっていた。


「主様!着替え終わったぞ、入ってくるがよい!」


 扉の向こうから聞こえた声に促され、愁は一瞬の逡巡の後、おそるおそる取っ手に手をかけた。静かな音を立てて扉が開く。そこに立っていたのは、まるで舞台に上がる前の俳優のように凛とした佇まい──完璧に仕立てられた制服を身に纏い、腰に手を当てて誇らしげに胸を張るスフィアだった。


 その姿はまるで、陽光を受けて咲く花のように自信に満ちており、身体にぴったりと沿った制服の生地が、彼女の引き締まった肢体の輪郭を鮮やかに浮かび上がらせている。どこか得意げな微笑みを浮かべながら、彼女は問いかけた。


「どうだ? 主様。我、可愛いか?可愛いだろ?」


 その声音には確かな自負が込められていたが、その一方で、まるでご褒美を待つ子犬のように、期待に満ちた眼差しで愁の反応を探っている。翠の瞳がきらきらと輝いて、愁の胸の奥をほんの少しくすぐった。


 元より美しい容貌に加えて、活発な性格の彼女には、この制服風の装いが驚くほどよく似合っていた。特に短めのスカートから伸びるスラリとした脚は、まるで彫刻のように美しく、ニーハイブーツとの隙間から覗く素肌が、絶妙なバランスで視線を奪う。愁の趣味が色濃く反映された意匠であることは否めないが、それが完璧に彼女の魅力を引き立てていた。


(……これは、素直に褒めるべきだな。いや、むしろ誉め殺しにしてもいいくらいだ)


 心の中で頷いた愁は、正面からまっすぐに彼女を見つめ、言葉を紡いだ。


「ああ、すごく似合ってる。とても可愛いよ、スフィア。スタイルも抜群だし、肌も髪も艶やかで綺麗だ。脚も美しいから、スカートとの相性も抜群だね。本当に……一生懸命作ってよかった」


 その言葉を聞いた瞬間、スフィアの肩がわずかに揺れた。次の瞬間にはくるりと顔を背け、そっぽを向く。


「ん? なんでそっち向いてるんだ、スフィア?」


 問いかける愁に、彼女は耳まで赤らめながらも不自然なほど素っ気ない声で返す。


「な、なんでもないぞ!」


 実のところ、ストレートな賛辞を投げかけられたことに慣れておらず、動揺を隠しきれていないのだった。素直ではない彼女らしい態度だったが、そのわかりやすい挙動が、かえって初々しさを感じさせる。


「そう? ならいいけど。──っと、そろそろ新しい建物も作らないとな。人も増えたし、この家だけじゃ手狭だ。俺は外に行ってくるから、何かあったら呼んでね」


 軽やかな口調でそう言い残すと、愁は部屋を後にした。


 静かになった室内。残されたスフィアは、ふと鏡の前へと歩み寄り、そこに映る自分の姿をじっと見つめた。唇を小さく動かし、誰にも聞かれないような声で呟く。


「あんなにまっすぐに褒められると……さすがに恥ずかしいものだな。……それに、このスカート、ちょっと短すぎないか?でも主様はすごく褒めてくれたし、今はこのくらいが普通なのか?うー……わからん! わからんけど……」


 落ち着きのない口調が、彼女の戸惑いをそのまま物語っていた。普段は他人をからかうことに長けたスフィアだが、自分がからかわれる側、しかも真剣に褒められる立場になるのはどうにも苦手なようだった。


 ──人と接すること自体、彼女にとっては久方ぶりのことなのだ。そのため、感情の揺れ幅も自然と大きくなってしまう。


「……可愛いって言われるのは、悪くないかな」


 ぽつりと落ちたその声は、どこか温かく、柔らかな余韻を残す。しばらくの間、鏡越しに愁が褒めてくれた『自分』の姿を見つめ続けていたスフィアは、頬に残る仄かな熱を指先でそっと確かめると、軽く一度叩いてから、踵を返した。


 その背には、まだどこかくすぐったいような、甘やかな誇らしさが残っていた。


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