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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第一章 新たなる世界 【第一次王国 編】

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第3話 森の管理者 


 愁が縛られた亜人たちの元へ辿り着くのに、さほど時間はかからなかった。町の南──リアと出会ったあの森と町との中間地点。そこにぽっかりと開けた草地があり、月光に照らされたその場所に、十三人の亜人たちが無残にも放置されていた。


 子どもが六人、大人が七人。そのすべてが縄で手足を縛られ、身動きもままならないまま、草の上に横たわっている。


 大人たちは必死だった。せめて子どもたちだけでもと、口を縛り縄に押し当て、歯で噛み切ろうとしている。だがその縄は親指ほどの太さがあり、簡単に切れるものではない。それでも彼らは諦めない。歯茎から血をにじませながら、顔を紅く染めて、呻き声を漏らしながら、それでもなお食らいついていた。子どもを守ろうとする本能が、痛みを超えて彼らの体を突き動かしている。


 その懸命な姿を、愁は〈遠見〉のスキルを通して見つめていた。胸を締め付けられるような痛みに眉をひそめると、すぐさま飛行の魔石の制御に意識を集中し、一気に現地へと飛翔する。


 ──そして、銀光を引くようにして空から舞い降りた。


 突如空から現れた愁を前にしても、大人たちは驚きや恐怖より先に、救いを求める選択をした。縋るような目で愁を見つめ、口を開く。


「お願いします!子どもたちだけでいい……子どもたちだけでいいから、見逃してください……俺たちは、どうなってもかまわない……!どうか、この子たちを……!」


 声は震えていた。だが、その想いは確かだった。何よりも子どもたちの命を、未来を守ってほしいと願う、その必死さに、愁は静かに微笑みかける。


「大丈夫。安心してください。俺は、ここにいる全員を助けに来ました。誰ひとり、犠牲にするつもりはありません」


 柔らかな言葉とともに、愁はナイフをクラフトにより生成し、それをリアに手渡す。


「リア。このナイフで、みんなの縄を解いてあげてくれる?」


「はい、愁さま!」


 リアは真剣な面持ちで頷くと、手際よく一人ひとりの縄を解いていく。やがて全員の拘束が外れ、ようやく自由を得た亜人たちは、深く息をついて地面に崩れ落ちるようにして座り込んだ。


 だが、まだ終わりではなかった。風に混じって、地鳴りのような咆哮が聞こえてくる。森の奥、その闇の狭間から、無数の瞳が赤くぎらついている。魔獣の群れが、すでに目視できる距離まで接近していたのだ。


 愁は黙ってエンドレスボックスに手を伸ばし、ひとつのハンドベルを取り出す。それは銀色の鈴で、月光を受けて淡く輝きながら、どこか神聖な気配を帯びていた。ただの鈴には見えない──それは、確かな力を宿す魔法具だった。


「この鈴には、『守護者の聖域』っていう結界魔法が込められている。みんなで一箇所に集まったら、この鈴を二回鳴らして。そうすれば、結界がリアたちを守ってくれるから。わかったかい?」


 リアは力強く頷き、両手でハンドベルを受け取る。


「わかりました……でも、愁さまは?」


「俺は──こちらに向かってくる魔獣たちと話すか、あるいは戦うよ」


 その瞬間、リアの小さな手が、愁の手をぎゅっと掴んだ。冷たいその指先は、わずかに震えていた。


 当然だった。いくら結界があるとはいえ、亜人たちを守る立場になった彼女にとって、この状況はあまりにも過酷だろう。


 愁は優しくその手を包み込む。言葉ではなく、手の温もりで、安心を伝えるように。


「大丈夫。結界の中にいれば安全だ。さあ、早くみんなと一緒に結界に入っていて」


 愁の声に、リアの目が潤む。だが、その手には次第に力が宿っていった。そして──


「わたしたちが大丈夫でも……愁さまは、おひとりで戦うつもりですよね?あの数の魔獣を相手に、一人で……!そんなの、いくら愁さまでも危険すぎます!わたし……愁さまが、傷つくのは嫌なんです!」


 震える声、必死な瞳。リアは泣き出しそうな表情で、心からの思いを訴えていた。出会ってまだ日が浅くとも、彼女がどれほど優しい子か、愁は知っている。本当なら、こんな顔をさせたくはなかった。


 だが、今は立ち止まってはいられない。人族の中には、亜人たちに酷い仕打ちをする者もいる。けれど、だからといって──彼らを見殺しにすることもまた、愁にはできなかった。


 リアの頭にそっと手を置き、愁は優しく撫でる。これは、慰めという名の誤魔化しだ。だが、今はそれしかできない。


「大丈夫。俺、こう見えても……それなりに強いんだ。何より、リアと約束したよね?俺はこの世界に国を作って、世界を変えるって。この程度で立ち止まってなんか、いられないよ。だから、俺のこと信じてくれないかな?」


 きっと、ずるい言い方だった。リアが『お願い』されたら断れないことを、愁は薄々わかっていた。だからこそ、その優しさに甘えてしまった。


 案の定、リアは悲しさを噛み殺すように、ぎこちない笑顔を見せた。彼女にはしてほしくない笑顔だったが、それでも、今はそれを受け入れるしかない。


 愁はそっと微笑みを返し、心の中で呟いた。


(ごめん……ありがとう)


「はい……わかりました。でも絶対に、絶対に戻ってきてください!約束ですよ!」


「うん。すぐに戻るよ。必ず……リアのところへ」


 最後に、リアの頭をぽんぽんと二度、優しく撫でる。そして愁は振り返ると、すでに間近に迫っていた魔獣の群れへと、静かに歩を進めていった。


 夜風が静かに吹き抜け、彼の黒いスーツを優雅に揺らし、その背に宿るのは、決意──揺るぎなき覚悟と、守るべき命への祈り。まるで彼の心情が風に溶け込み、闇の帳に染み渡ってゆくようだった。


 周囲は開けた荒野。木々もまばらで、昼であれば遠くの地形までも見渡せるほど見晴らしの良い地形であったが、今は月明かりすら薄く、視界は決して良好とは言えない。目を凝らせば、乾いた大地を無数の蹄が踏みしめ、細かな砂を巻き上げているのが見える。夜闇に浮かぶその煙は、まるで不吉な狼煙のように、静かに天へと昇っていた。


 やがて、魔獣の群れが一般人であるリアたちにも視認できる距離に迫った、その時──愁の背後から、二度、ハンドベルの音が響いた。


 甲高く、透き通る音。まるで風そのものが鳴らしたかのような澄んだ音色は、通常のハンドベルでは到底届かぬはずの距離をも軽々と超え、周囲に響き渡る。その音を合図に、リアと亜人たちがいる場所を中心として、上級魔法〈守護者の聖域〉が展開された。


 結界の発動を確認した愁は、静かに歩みを進め、リアたちとの距離を取る。慎重にいくつかの魔石を生成しながら群れを観察すると、先頭との距離はおよそ五百メートルほどだ。


 闇の中から押し寄せる影の波──それは魔獣の群れ。一体一体が三メートル近い巨体を誇り、漆黒の毛皮に覆われた姿は、狼にも似た異形の獣。その眼は灼けるような赤で、光を宿したようにぎらついている。夜を裂くかのように、不気味な光を放ちながら、地を這う影のように迫ってくる。


 しかし、魔法の気配は感じられない。愁は冷静に判断する。


(遠距離からの攻撃手段は、持ち合わせていないようだな)


 ならば先手必勝。少しでも数を削るべく、彼は手際よく〈爆裂〉の魔石を複数生成し、群れの中心へと投げ放つ。次の瞬間、炸裂音とともに激しい爆炎が地を揺るがす。複数の魔獣が爆風に巻き込まれ、肉片と煙とが空へ舞う。


 すぐさま愁は〈暴風〉の魔石を起動し、爆風で巻き起こる砂塵が視界を奪うのを防ぎつつ、逃げようとする群れの先頭を一掃するように風圧で吹き飛ばした。


 そして、その隙を突いて再び〈気配探知〉を展開。現状を把握する。


「……今ので数は──七十八匹。悪くないけど、まだ多いな」


 爆風と暴風の影響で、群れの進行速度は明らかに落ちていた。愁は好機を逃さず、さらなる攻撃に転じる。水属性の魔石を用いて前方の魔獣たちに大量の水を浴びせ、その直後、〈雷撃〉の魔石を次々と投じて雷の奔流を走らせる。水を伝い、魔力の雷は一瞬で広範囲に走った。


 空気を焦がすような音と、獣たちの絶叫。そして鼻を突くのは、焼け焦げた肉の臭い──


(……くさいな)


 顔をしかめながらも、愁は次の行動を見据える。


 水と雷による連携攻撃で、ほとんどの魔獣は行動不能に陥った。残るは六十匹程度。しかし、その時──愁の〈気配探知〉が、異質な反応を捉える。


 膨大な魔力。まるで空間そのものが揺らぐような圧。明らかに他の魔獣とは一線を画す存在──それは、まさしく『ボス』と呼ぶに相応しい強敵の予兆であった。


「……なんだ?魔力は感じるのに、姿が見えない……?」


 視界を巡らせても、特異な存在の姿はどこにも見えない。だが、〈気配探知〉には確かに引っ掛かっている。気配を誤魔化す何らかの手段を使っているのだろうか──とはいえ、この圧倒的な威圧感の正体を視認できないという事実は、極めて危険だった。


 さらに、さっきまで我先にと突撃していたはずの魔獣たちが、まるで何かに怯えるように、その場で立ち止まり、一歩も動こうとしない。


(……おかしい。何かがおかしい)


 愁はふと、空を見上げた。


 するとそこには、いつの間にか立ち込めた黒雲があった。先ほどまではなかったはずのそれが、まるで天からの使者のようにゆっくりと一点に収束し、雷鳴にも似た不穏な音を鳴らしながら、徐々に電気を帯び始めている。


「……これ、やばいな。来るぞ、何か──」


 刹那——凝縮しきった黒雲が、天地を裂くかのように漆黒の雷を落とした。咄嗟に懐から魔石を取り出し、〈守護者の聖域〉を展開。強烈な雷撃を真正面から受け止めるが──直撃と同時に、地鳴りのような爆発音が轟き、結界そのものが砕け散る。


「おい、嘘だろ……?〈守護者の聖域〉は、上級魔法による強固な結界のはずだ。それが……相討ちだと……?」


 結界の崩壊は、ただひとつの事実を突きつける。この戦場に現れた“何か”は並の魔獣などではない。


 ——黒き稲妻。それは『WORLD CREATOR』には存在しない、未知の魔法の証。見たことも聞いたこともない魔術体系による破壊の光。つまり、これから姿を現す敵は、未知にして強大。警戒を怠れば命を落とす。いや、それどころか、周囲全体が一瞬で地獄と化す危険すら孕んでいる。


(力の正体が分からないというのが、何より厄介だ……威力も範囲も効果も不明なまま戦えば、判断の遅れが命取りになる)


 愁は周囲に目を巡らせた。群れをなしていた魔獣たちは、何かに導かれるように徐々に一か所へと集結し、左右に列を成して並び始めている。その様子は、まるで──


(……まさか、道を空けている?)


 その先に現れたのは、他の魔獣の倍以上はあろうかという、威容を誇る漆黒の狼だった。濃密な闇をまとったかのような黒毛は、光を吸い込むかのように艶やかで、眼光は凍てつくほど鋭い。そして、その瞳──エメラルドを砕いて散りばめたような深い煌めきが、愁を射抜くように見据える。


 威圧と畏怖。言葉にし難い禍々しさが、大気ごと愁を押し潰さんばかりに圧し掛かる。


「よくもまあ……これほどまでに、我が眷族を屠ったものだな、人の子よ」


 それは低く、地の底から響くような声だった。感情を孕んだその声音には、冷酷な知性と、鋭利な怒りが滲んでいた。


「なんだ、話せるやつがいたのか。なら話は早い。一刻も早く侵攻を止めて、故郷に帰ってくれないか?」


 愁の静かな提案に、黒き魔獣は一瞬の沈黙を置いた後、嘲るように笑う。だがそこにあるのは愉快さではなく、烈火のごとき憎悪だった。


「おもしろいことを言うやつだ……森の管理者たるこの我が、裏切り者の人族ごときの命令に従うとでも思ったか?」


 その言葉は、まるで牙のように鋭く突き刺さる。話し合いで解決できるような雰囲気ではないことは、愁も痛いほど理解していた。


「いや……そうなるとは思ってたさ。でも、気になる。なぜ森の管理者が人族の町を襲おうとする?理由を聞かせてくれ」


「理由……だと?」


 その瞬間、空気が張り詰める。怒気と嘲りが混ざり合い、大気すら震えた。


「貴様ら人族が、古き盟約を破り、森の安寧を踏みにじったからだ。……最近の人族は愚かすぎる。森を切り開き、領土を広げ、己の欲望のままに森の命を狩る。生きるためであれば、まだ看過できる。だが、快楽のために無益な殺戮を重ねる輩どもを、我らが赦せると思うか?」


 吐き捨てるような声音には、積み重なった怒りと絶望が滲んでいた。


「我らが裁きを下さねば、この森は滅びる。だからこそ、我が身を賭してでも人族を止めねばならぬ。……この大森林は、人族の国に踏み込ませぬ不可侵の地だ」


(……正論だ。もし、この魔獣の言葉が真実であれば、至極真っ当な理由と言わざるを得ない)


 だが、それでも争いは負の連鎖を生むだけだ。魔獣が町を襲えば、人族は必ず反撃に出る。討伐隊を編成し、あるいは軍を動かし、戦争になる。対話も和解も、不可能になる。


 しかも、目の前の魔獣は高い知性を持つ存在。仮に捕らえられれば、生き延びることは難しい。処刑されるか、最悪の場合──実験台にされるだろう。そして彼を失えば、森の生き物たちは再び“管理者”を失い、人族により、容赦なく領土を削られていく。


 森の木々は減り、環境は崩壊する。この世界の文明がそれを問題視するには、あまりに未熟すぎた。やがて、ここにもまた村ができ、町ができ、森は“過去の存在”とされる。


「……待ってくれ、森の管理者。いきなりこんな話をしても信じてもらえないだろうけど……俺は、これから国を作るつもりだ。旧亜人大陸のすべてを取り戻して、どんな種族も対等に暮らせる国を。……この森は、旧亜人大陸の一部だ。俺は、君たちも住みやすいよう、環境を整えることを、ここに誓う。だから……もう少しだけ時間をもらえないか?」


 愁の声は、真摯だった。だが──魔獣は鼻で笑った。その音は、信頼を拒む拒絶の音。


「その言葉を、我に信じろと?かつて全く同じ言葉を口にした者がいた。だが……そいつは敗れた。人族の手によって、約束は潰された」


 魔獣のエメラルドの瞳に、焔のような怒りが揺らぐ。


「ならば見せてみろ、人の子よ。貴様に『やり遂げる力』があるのかを。この我を屈服させてみせろ……それが叶えば、話を聞いてやってもよいぞ?」


 咆哮が天地を揺るがす。魔獣はその巨体を震わせると、纏う莫大な魔力を誇示するように解き放った。空気が震え、電気のような魔力の波が空間を裂きながら肌に突き刺さる。その衝撃に愁は思わず息を飲んだ。殺気が、威圧が、ゲームでは味わえなかった『生の恐怖』として襲い来る──だが、不思議と恐怖はなかった。


 代わりに彼の内に沸き上がったのは、たぎるような昂揚感。今、自分は確かに生きている。そう実感させるほどの強敵の存在が、愁の胸を『喜び』で満たしていた。


「我が名はスフィア。かつて全大陸を統べし“フロストフィレス様”より授かりし力──人族風情がそう易々と打ち破れると思うな!」


 スフィアと名乗った魔獣の声は、天地を裂く雷鳴のように響き渡る。その魔力の奔流に応じるように、大地が低く唸り、草木は逆巻く風にちぎれんばかりに揺れた。鼓膜が震え、骨の髄まで熱が伝う。鳥肌が走り、鼓動は音を立てて胸を打つ。


 (これが──命を懸けた戦いか……)


 本能が警鐘を鳴らす中で、愁の瞳は冷静に輝いていた。恐怖ではなく、好奇心と闘志が彼の中にあった。未知への『期待』と、『強者との激突』を前にした武者震い。戦場でこそ得られる快感に、彼の血は滾っていた。


「おいおい……ずいぶんやる気だな。わかったよ。その代わり、俺が勝ったら……ちゃんと約束は守れよ?」


 その刹那、スフィアが再び咆哮する。今度は可視化された衝撃波となって放たれ、地を抉る。愁は〈縮地〉を用いて瞬時に回避するも、地面には熱で熔け落ちたような跡が残されていた。あれに直撃していれば、身体ごと蒸発していたかもしれない──そう思うと、背筋が冷える。


 連続して放たれる咆哮波を軽やかに躱しながら、愁は〈鑑定の魔眼〉を起動する。対象のステータスや固有スキルを『一度だけ』視ることのできる、極めて希少な能力だ。視線を通じて相手の情報が脳裏に直接流れ込んでくる。


**


ネーム:スフィア

レベル:92

種族:unknown

ジョブ:大森林の管理者

スキル: 王の権威 悪魔王の加護


**


 瞬間、愁の脳裏に映し出された数値群に目を見張る。並外れて高いHP、群を抜くスピード、そのすべてが常軌を逸していた。中でも注目すべきは──〈王の権威〉。


(『従える者の魔力を吸収し、自己の魔力として転用可能』……だと?)


 つまり、支配下にある魔獣や生物の数が多ければ多いほど、彼の魔力量は青天井に膨れ上がるということだ。この森は“大森林”と呼ばれている。どれだけの魔物を配下に置いているのか、想像すらできない。


 そして、もう一つのスキル〈悪魔王の加護〉──こちらは不明。まるで情報が『黒塗り』されたように読み取れない。これは『WORLD CREATOR』時代にはなかった現象であり、まさしく今、自分が異世界にいる証でもあった。


「MP使い放題なんて……チートにもほどがあるだろ。くそっ、魔石に込めた初級魔法じゃ火力が足りないか。なら……アレしかないな」


 愁の視線の先、やや離れた場所にはリアたちがいる。彼女たちを、絶対に巻き込むわけにはいかない──。咆哮の衝撃波、混じる黒い雷撃。その隙間を縫うように、愁は神経を指先に集中させる。


 脳内には素材が並ぶ。金属、魔鉱石、精霊核、魔素繊維——何千、何万という素材の中から必要な要素を抽出し、最適な配合で構成していく。構築速度は、常人には理解できぬ速さ。


 ──完成まで、わずか半秒。


 愁の周囲に淡い黄金の光が灯り、次の瞬間、赤く輝く刀身を持つサーベルが彼の右手に握られていた。それは名付き武器(ネームドウェポン)ではないものの、使用回数制限と引き換えに、上級魔法級の威力をMP消費なしで発揮できる『魔剣』だ。


 その時、スフィアが再び咆哮。混じり合う黒雷と咆哮の衝撃波が相乗効果を起こし、濁流のような一撃となって愁へと迫る。


「──させるかよッ!」


 避ければ背後の仲間が危ない。愁は一歩も退かず、赤きサーベルを振り抜くと同時に、その魔剣に宿る力を解放する。


 刹那、烈火が爆ぜる。魔剣から放たれた紅蓮の炎は、上級魔法〈インフェルノ〉に匹敵する熱量を以て黒雷を迎え撃つ。ふたつの力がぶつかり合い、天地を揺るがす轟音と共に爆発──烈風が吹き荒れ、周囲の樹々を根こそぎ薙ぎ払った。


「ほう……やるな、人族よ。国を作るなどとほざくだけはある。だが我は、まだその全てを見せてはいないぞ」


 スフィアの身体を中心に、巨大な魔方陣が出現した。周囲から濁流のように魔力が集い、まるで竜巻のように彼を包む。その膨大な魔力は、明らかに大技の前兆だった。


 だが──愁は、そこに違和感を覚える。魔力の収束と引き換えに、彼の動きに大きな隙が生まれていたのだ。


(……誘ってるな。もっと上の力を見せてみろってことか)


 口元が自然と綻ぶ。挑発か、それとも誇りの表れか──ならば、応えてやるまでだ。


「力比べか?おもしろい。じゃあ、こっちも『とっておき』をお見舞いしてやるよ。痛くても──泣くなよ?」


 愁の足元から黄金の光がふつふつと湧き上がり、それは熱を帯びた風となって周囲の空気を震わせる。新たな武器のクラフトが始まったのだ。眩い輝きの中で構成されていくのは、一本の槍。先程のサーベルよりも格上の名付き武器(ネームドウェポン)──その名も『魔槍ボルガ』。


 禍々しい装飾と異形の意匠をまとったその槍は、クラフト可能な武器の中でも上位に位置し、本来三度まで使用可能なところを、使用回数を一度に制限する代わりに威力を三倍へと引き上げた愁独自のアレンジが施されている。


 その魔槍を右手に握り締め、愁は詠唱を続けるスフィアを静かに見つめた。ここで投げれば、勝利は確実。だが──


(……それでは、つまらないよな)


 勝負は正々堂々と。それが愁の信条であり、スフィアの目にも、同じ想いが宿っているのを彼は感じ取っていた。


 詠唱の終わりを告げるかのように、空気がふと静まる。風の音すらも止まり、世界が息を呑んだその刹那──


「終わりだ、人族よ。我が力にひれ伏すがいい!」


 スフィアの背後に浮かんだ魔方陣が、一際強い白光を放つ。そこから放たれたのは、白と黒が綱のように絡み合った巨大な稲妻。その輝きは天空を裂き、大地を焦がしながら、一筋の光線となって愁を貫かんと襲いかかる。


 常人には到底視認すら不可能な速度。しかし、『WORLD CREATOR』での補正を受け継ぐ今の愁の視界には、明瞭にその軌跡が映っていた。


「こっちもこんなところで立ち止まってらんないんでね。電撃には──電撃で押し返させてもらうぞ」


 愁は魔槍を高く掲げ、叫ぶことなく力を解放する。その瞬間、魔槍は雷を呼び、紫電を纏って咆哮した。雷鳴にも似た轟音と共に、愁は全身の力を込めて、その槍を放つ。


 疾風を裂き、稲妻すら置き去りにして魔槍は飛翔する。雷を纏い、雷を貫く雷。魔槍はスフィアの放った稲妻と正面からぶつかり合い、激しい衝突音と閃光を撒き散らしながら、押し勝っていく。


 やがて稲妻を突き破った魔槍は、そのままスフィアの腹部を貫通し、遥か空の彼方へと消えていった。


「ぐあっ……!く、見事だ……まさか、これほどの力を隠していたとは……」


 腹部から夥しい鮮血を流しながら、スフィアの巨体が地を揺らして倒れ込む。常人ならば絶叫すら許されぬ激痛に悶絶するところだろう。しかし──彼はなおも堂々としていた。


 さすがは大森林の管理者。その威厳と誇りは、容易には崩れない。


「俺の勝ちだな。スフィア、約束通り──言うことを聞いてもらうぞ?」


「ふん、好きにするがよい……どのみち、この傷では我はここで果てるだろう。我が森を、お主に託す……」


 力なく呟き、スフィアの巨体はぐったりと沈黙する。呼吸は浅く、意識は遠のいているようだった。だが、愁の目に浮かんだのは落胆ではなく、ため息交じりの微笑だった。


(……死なせる気なんてないけどね)


 スフィアを〈状態鑑定〉で確認した限り、彼のステータスには『死亡』も『仮死』も表示されていない。HPはギリギリだが、まだ生きているのだ。


「なに死んだつもりになってんの。ほら、これでも飲んで」


 懐から取り出した最上級ポーションを、スフィアの口へと流し込む。すると瞬く間に傷口が癒え、血の気を失っていた彼の瞳にも生気が戻ってくる。


「なっ……!?何をしたのだ?あれほどの傷が、一瞬で癒えるなど……信じられん……」


 狼狽するスフィアを前に、愁は静かにその胸の内を明かした。


「スフィア。俺の国の民になってくれ。もちろん、お前に従う森の生物すべてだ。俺は王になる。そして、民を守る。見捨てたり、裏切ったりなんて絶対にしない。だから……俺を信じてついてきてくれないか?」


 しばしの沈黙。スフィアはポカンと口を開け、何か言いかけたまま止まり──


「……ははっ、ははははっ!」


 腹の底から湧き上がるような豪快な笑い声が、大地に響く。


「おもしろい!実におもしろいぞ、人族──いや、我が『新たなる王』よ。約束は約束だ。我はお主に従おう。そのかわり、素晴らしい国を見せてもらうことを約束してもらおうか?」


「任せとけって。信じて、ついてきてくれ」


 愁はスフィアの大きな頭を、くしゃりと撫でた。手のひらに伝わる体温と、分厚い毛並みの感触──それは確かに『生きている』という証だった。


(……なんだか、大きなペットができた気分だな)


 魔獣の件もひとまず落着し、愁はリアたちのもとへと歩を進める。草を踏む足音の合間に、背後からスフィアの呟きが風に紛れて届いた。


「このままの姿だと、主様と行動を共にするには少々不便だな。──よし」


「ん?このままの……?」


 首をかしげつつ振り返った愁の視界から、巨大な黒狼の姿は忽然と消え去っていた。代わりにそこに立っていたのは──漆黒の絹糸のような長い髪を腰まで垂らし、頭には愛らしい獣の耳を生やした、美しい少女だった。


 身長は百四十から百五十ほど。小柄ながら均整の取れた体躯に、整った目鼻立ちはまるで彫刻のよう。年の頃は十五、六といったところだろうか。どこかリアよりも大人びた印象を与える。黒曜石のように艶やかな尻尾がゆらゆらと揺れ、ぴょこぴょこと耳が小気味よく動いている。


「ふふふ、どうだ主様!この可憐な姿は!愛おしいだろう?」


 スフィアは胸元の緩やかな黒のワンピースの裾を摘み、優雅に頭を下げた。その所作はまるで王宮に仕える姫君のようで、けれど頭を垂れた拍子に露わになる胸元は、まさに目のやり場に困るほどの危うさだった。顔を上げたスフィアは、艶やかな笑みを浮かべたまま愁の腕へと絡みつき、ふわふわとした尻尾を嬉しげに揺らしている。


(……どこ行った、さっきの野性味全開の猛獣は)


 唖然としながらも、愁は絞り出すように口を開く。


「え?いや、確かに可愛いけど……スフィアって、メスだったの?それに、人の姿にもなれるって……いや、人というよりは亜人、かな?」


「ふむ、そもそも我は亜人だぞ?遥か古の時代、フロストフィレス様より力を分け与えられ、魔獣の姿も取れるようになっただけだ」


(そもそもフロストフィレス……誰だ?)


 疑問は尽きないが、それはひとまず後回しにすることにした。大きなペットができたと喜んでいた直後に、まさかこんな麗しき美少女へと変貌を遂げるとは。しかも、妙に人懐こい。リアとスフィア──どちらも目を引く美少女である今の状況は、国づくりどころか、まるで『後宮でも築いている』ような錯覚すら覚える。


「そ、そうなのか。うん……まあ、確かにその姿の方が色々と便利だし、いいか。改めてよろしくな、スフィア」


 愁が手を差し出すと、スフィアは満面の笑みでその手を握り返した。そしてふたりは並んで、リアたちの待つ結界の方へと戻っていく。


 愁の姿が見えるや否や、リアの表情がぱっと明るくなった。彼を案じていた心情が、そのまま瞳に映し出されているようだった。


「リア!戻ったよ。もう一度──二回ベルを鳴らしてごらん?結界が解けるから」


「はい、愁さま……!ご無事で、ほんとうに良かった……とても、心配していました……」


 リアが結界の中から姿を現すと、愁はそっと彼女の頭を撫でてやった。細く柔らかな銀髪が指の間をすり抜ける感触は、どこか懐かしい。妹にしていた癖が自然と出てしまったが、リアはむしろその手を心地よさげに受け入れていた。少しでも安心させてやれたなら、それでいい。


「ごめんね。でも、約束通りちゃんと戻ってきたでしょ?それに、新しく仲間が増えたんだ。森の管理者──スフィアがね。これで建国まで、一歩前進だよ」


 愁の背後から、スフィアが音もなく歩み寄り、リアに手を差し出した。


「はじめましてだ!我はスフィア、主様の忠実なる家臣として、これより仕えさせていただく。よろしくな!」


 少し唐突な挨拶だったが、リアはその手をしっかりと握り返し、にこやかに応じた。


「あ、はい!わたしはリアです。スフィアさん、こちらこそよろしくお願いします!」


 ひとまずの紹介を終えたところで、愁は顔を上げ、周囲に警戒の眼差しを巡らせる。心の奥に、わずかな焦燥が灯っていた。


 ──もう、あまり時間は残されていない。


 討伐隊の兵士や冒険者たちがそろそろ到着する頃合いだろう。今のこの状況を見られてはまずい。これ以上、注目を浴びるわけにはいかない。ましてや、亜人たちを助けたことが知れれば、『擁護派』などと騒ぎ立てられるのは目に見えている。


「とりあえず、あの廃村に向かおう。あそこなら目立たないし、ひとまずの拠点にもできる。亜人のみんなも一緒に来てくれるかい?」


 愁の言葉に、助け出した十三人の亜人たちは一斉に整列し、深く頭を垂れた。それぞれが感謝の言葉を述べ、そして最後に、一人の中年の男性が一歩前に出て跪く。


「このたびは我らをお救い下さり、誠にありがとうございます。この命は、貴方様によって救われたもの。我ら一同、貴方様に従い、忠誠を誓います。どうか、傍に仕えることをお許し下さい」


 その声に続いて、全員が膝をつく。静かな森の中で、それは荘厳とも言える光景だった。


 愁はわずかに息を呑む。が、目の前に並ぶ彼らの真剣な眼差しを見て、自然と胸の奥に灯った覚悟が言葉となってこぼれ落ちた。


「そんなに畏まらなくても大丈夫だよ。君たちを助けるのは当然のことだし……俺も、君たちが忠誠を誓いたくなるような王になれるよう、努力する。だから、まずは森の奥にある廃村へ向かおう。ここは、危険だからね」


 その手をそっと差し出したのはリアだった。愁はその小さな手を握り、亜人たちを引き連れて、静かに歩き出す。


 ──この日が、のちに語り継がれることとなる『偉大なる英雄譚の幕開け』であることを、愁も、そしてその場にいた誰一人としてまだ知る由もなかった。

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