第23話 新しい仲間と共に
愁たちが旧ハレムント王国の城から帝都シュトンベルドへと戻ると、すぐさま皇帝陛下への謁見が命じられた。しかし、今回は荘厳な謁見の間ではなく、以前、愁が一人で招かれた私室で行われるとのことだった。ライトとともに部屋へと通され、そこで二人は皇帝ノヴァン二世へと今回の事態の顛末を報告することになる。
旧ハレムント王城での出来事、そしてリリーニャの希望──ライトとともに愁の村へ行きたいという願い。それを口にする瞬間、愁は少なからず緊張していた。いかに信頼の証となる申し出であれ、帝国の支配者に対し、越権と捉えられる可能性は否めない。だが、ノヴァン二世はその願いを驚くほど快く受け入れた。ただし、二つの条件がつけられる。
一つは、ライトとリリーニャが帝国に属する身であることを維持すること。もう一つは、ライトをラリアガルド帝国と愁との間を繋ぐ大使として派遣することであった。この条件により、両者の立場は調和を保ちながらも、その関係を確かなものにする策が講じられた。リリーニャについても、彼女がライトの家族であるという理由から同行が認められ、交渉は滞りなくまとまった。
だが、もう一つの問題が残っている。リルアの処遇だ。彼女はエルボスに操られていたとはいえ、陸傑死団とともに行動し、帝国に被害をもたらした加害者でもある。そのため、捕縛された陸傑死団の関係者と同様に処罰が下されるべき立場にあった。しかし、愁はこれに異を唱えた。
「彼女を引き取る代わりに、ラリアガルド帝国が有事の際は、私や私の仲間たちが必ず援護に駆けつけることをお約束します。それが条件では不足でしょうか?」
愁の真摯な提案にノヴァン二世は目を細め、やがて静かに頷いた。
「それならば納得しよう。リルアの身柄は君に委ねる。君が彼女を導き、共に暮らすことで、その行いを償わせるといい」
こうして、リルアの保護が正式に愁へと託された。全ての話がまとまり、愁が退室しようとしたその時だった。
「愁君、少しいいかな?」
ノヴァン二世の声が背中から届き、愁は足を止めた。
「はい、どうされましたか?」
ライトはそのまま退出し、部屋にはノヴァン二世と愁の二人だけが残された。
「君は、リリーニャ・スターライトの力をどう評価する?」
鋭い眼差しが愁に向けられる。リリーニャの語る『WORLD CREATOR』──リリーニャの話では愁が亡くなってから二年後に、人工知能AIとしてのリリーニャは『WORLD CREATOR』を始めた。それから約三年間をゲームの中で過ごして、ある日、愁が以前建国した国で催されていた愁を偲ぶパーティーに参加し、国に足を踏み入れた瞬間、こちらの世界に記憶を失った状態で転移した──ここまではリリーニャから聞いている話だ。
そして彼女の持つ杖の正体──あの杖は間違いなく最上位アイテムである『神の秘宝』の一つであることは明白だった。あの杖は力はあまりにも常軌を逸している。
それらの質問への答えは、いまだ曖昧な部分が多いため、どう答えるのが正解なのか愁は迷いながらも答えた。ただ一つ確かな事として──
「非常に強力な力であることは間違いありません。しかし、彼女はその力を悪用するような人間ではないと思います。ただ、他の勢力に知られれば……悪用される危険は極めて高いでしょう」
「ふむ、それは確かだな」
ノヴァン二世は深く頷きながら言葉を続けた。
「そう考えると、君の元で力を監視しつつ、活用できる形が望ましいだろう。何か新しい情報が分かれば報告を頼む」
「了解しました。必ずご報告いたします」
「それと近頃、アイラフグリス王国の動きも怪しい。愁君は特に王国から物理的に距離が近いからな。用心した方がいい」
「はい。ご忠告ありがとうございます」
愁は謁見の間から退室し、廊下を進みながら深く息をついた。長い緊張の連続が、肩に重くのしかかる。だが、彼の脳裏には今も別室で待つリルアの姿が浮かんでいた。その小さな体を縮め、罰を恐れて怯えているであろう彼女の姿が。
(……早く伝えないと。あの子を、安心させてあげないと)
愁は足を早めた。廊下を抜け、階段を下り、留置所のような部屋が並ぶ一角へと進む。その奥には、ひときわ頑丈そうな扉が立ちふさがっていた。扉の前には二人の兵士が見張りについており、愁はノヴァン二世から渡された羊皮紙を差し出す。そこには、リルアの身柄を愁が保護する旨が記されていた。皇帝直筆の署名と王家の紋章が刻まれたそれは、絶対の権威を持つ証明書だった。
兵士たちは一礼し、重い扉を開けた。鈍い音とともに現れたのは、質素な部屋。その中央には椅子が一つ置かれ、そこに小さくなって座るリルアの姿があった。彼女の右足は膝から下を失っており、包帯が巻かれた断端はポーションの力でかろうじて塞がれている。しかし、それ以上の治療ができないことを示すように、その姿はどこか痛々しかった。
リルアは、扉の開く音に反応して顔を上げた。その表情は暗く、目には不安が滲んでいた。自分の罪がどう裁かれるのかもわからず、幼い心は恐怖に押しつぶされそうだったのだろう。それでも泣くことなく、椅子に座り続けているその姿には、子供らしからぬ覚悟が垣間見えた。
「おにーちゃん……私はどうなるの?」
震える声が、部屋の静寂を切り裂く。愁はゆっくりと屈み、リルアと目線を合わせるように膝をついた。そして手に持っていた羊皮紙を広げ、彼女の目の前に差し出した。
「これを見てごらん。これはリルアの未来を決める大事な書類だよ」
だが、リルアはそれをじっと見つめた後、困惑した表情で首をかしげた。
「なんて書いてあるの?」
彼女がまだ文字を読めないことに気づき、愁は軽く息をつきながらも微笑んだ。そして優しい声で、羊皮紙に記された内容を噛み砕いて説明する。
「リルア、これは皇帝陛下からの許可書だよ。リルアは俺の保護者になる。そして、俺の村で一緒に暮らすことが許されたんだ。つまり、リルアはもう自由なんだ」
「……自由?」
リルアの大きな瞳が揺れる。その言葉の意味をゆっくりと理解した彼女の頬に、一筋の涙が伝った。そして、次の瞬間には抑えきれない感情が溢れ出したのか、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。片足でぎこちなく椅子から立ち上がると、彼女は愁の胸に飛び込んできた。
「おにーちゃん……!ありがとう……ありがとう……!」
愁はその小さな体を優しく受け止めた。彼女の嗚咽が彼の胸に震えるたびに、リルアがこれまでどれだけ不安と孤独に耐えてきたのかが伝わってくる。愁はそっと彼女の背を撫でながら、心の中で固く誓った。
(これから先、リルアにはもう二度とこんな思いをさせない)
「よしよし、辛かったね。でも、もう大丈夫だよ。これからは俺が絶対に君を守る。リルアには幸せになる権利があるんだから」
愁の言葉にリルアは涙を拭いながら小さく頷いた。彼女の瞳に浮かぶ感謝と希望の色を見て、愁の胸にも小さな温もりが灯る。
その後、リルアが落ち着くまでしばらく一緒に過ごした愁は、彼女を連れて部屋を後にした。そして今、馬車の中。スフィアとリルア、愁の三人が並んで座る。もう一台の馬車にはライトとリリーニャ、そして村への旅路で必要な荷物が積まれていた。
兵士から出発準備が整ったことを伝えられると、愁は前を見据え、小さく頷いた。
「それじゃあ、戻ろうか。俺たちの村に」
馬車はゴトゴトと音を立てて動き出す。振り返れば、長く過酷だった道のりがある。けれど、その果てに待つ村は、愁たちが作り上げた大切な居場所だ。新たな仲間とともに迎える日々を胸に描きながら、愁たちは未来への一歩を踏み出していくのだった。
 




