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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第一章 新たなる世界 【第一次王国 編】

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第1-3話 簡易拠点を造る

 

 しばらく森を歩き、愁は目的地としていた廃村へとたどり着いた。


 そこは時間に打ち捨てられたかのような静寂に包まれていた。


 木々の隙間から差し込む日差しが、崩れかけた建物の影を斑に落とし、まるで朽ちた遺跡を照らす探検家の灯りのようにも見える。


 残っていたのは七、八棟──どれも半壊といってよく、屋根は抜け落ち、壁は風化し、草と苔に侵食されながら、ただそこに『存在している』だけだった。


 〈気配探知〉を使っても、人の反応は皆無。生命の痕跡すら薄く、遠い昔に人々が去ってしまった場所なのだと、冷たい風が教えてくれる。


 愁はクラフト能力を使い、即席のシーツを作成し、腕の中の少女をそっと寝かせた。


 長い銀の髪が頬にかかって表情は見えないが、規則正しい寝息が聞こえる。苦しげな様子はもうなく、今はただ、静かに眠っているようだった。


「さて……とりあえず、簡易拠点でもクラフトするか」


 つぶやきとともに、愁は木々に囲まれた静寂の中で立ち上がる。


 『WORLD CREATOR』において、旅先で拠点を築くのはクラフターの常套手段だ。


 現地の素材を活用して、その場に合わせた施設を築き上げる。それこそが、愁が何百時間もかけて身につけたクラフトマスターとしての誇りであり技でもある。


 先ほど〈空撃〉の魔石でなぎ倒した木材はすでに回収済みだ。


 そのすべてを収納してあるのが、愁が誇る至宝──『神の秘宝』等級のアイテム『エンドレスボックス』である。


 あらゆる物を無限に収納できるこのボックスは、素材に飢えるクラフターにとってはまさに夢のような存在であり、愁がかつて血眼で手に入れた逸品である。


 彼はしばし郷愁を覚えながらも、視線を周囲に走らせた。


 そして、崩れかけの家々の中でも比較的原形を保っている一棟を見つけると、その建物を拠点の“核”とすることに決めた。


 クラフトの極意は、単なる組み立てではない。


 パネル式で作るような簡略化されたものもあるが、上級者になれば、素材の性質を理解し、建物の構造を知り、創造のイメージを緻密に描けるかどうかが成否を分ける。


 そして愁は、それを極めた存在──ただひとりのクラフト系最上位職、“クラフトマスター”だった。


「この広さなら……食堂、キッチン、風呂にトイレ、寝室は二部屋か。よし、素材も足りてる」


 外装を新しくしすぎると廃村の中で異彩を放ちすぎる。だからこそ、外観はわざと風化したままにしておき、内部だけを刷新する。


 ふんだんに使われた木材は温もりを醸し、空間全体を柔らかな雰囲気で包み込むログハウス風の設計に決めた。


 両手を掲げると、愁の周囲に金色の光が舞いはじめる。それはクラフターが個々に持つ“創造の色”──愁の場合は、まばゆいほどの黄金色だった。


 木材が空間に浮かび上がり、浮かぶたびに削られ、磨かれ、形を成してゆく。


 太く滑らかな丸太が柱となり、壁となり、床へと変貌していく様子は、まるで神がこの地に“新たな秩序”を与えているかのようだった。


 触れればさらさらと木の温もりが感じられるその仕上がりは、単なる建築ではない。“技巧と意志が結晶した芸術”である。


 水回りはやや難易度が高いが、水道設備の代わりに〈水〉の魔石を利用して供給系を補う。


 風呂とトイレもそれに合わせて作成。中でも風呂は愁がとくに力を入れた部分だった。


「風呂がないとか……あり得ないだろ。日本人を舐めちゃだめだぜ」


 完全に趣味と快適性を最優先に設計された風呂場には、木の香る浴槽と魔石によって再現された温水循環装置が備えられている。


 湯気すらも想像できるほどの臨場感がそこに生まれていた。


 電力関連の設備は作成できないため、照明は〈光〉や〈炎〉の魔石を応用して明かりを灯す。


 光の強さや色合いも自在に調整でき、幻想的な灯火が拠点の内部を柔らかく照らすことが可能だ。


 必要最低限の食器や家具、小物類もすべてクラフトで補い、整理された棚に美しく収まっていった。


 やがて──


「よーし……結構、仕上がったな。……なかなか快適そうじゃん」


 愁は腰に手を当て、小さく頷きながら完成した拠点を見渡す。その表情には確かな達成感が滲んでいた。


 朽ち果てた廃村の只中にぽつんと生まれた一棟の仮拠点。それは、荒廃の中に灯る『小さな希望』──まるで、闇に咲いた一輪の光の花のようだった。


 作業を始めてからおおよそ二時間半。仮とはいえ、生活に必要な機能はすべて整った。


 満足げに息を吐いた愁は、ふと意識を戻し、少女──亜人の子供を寝かせておいた場所へと足を運ぶ。


 そこでは、銀色の長い髪を揺らしながら、少女が身を起こして周囲を見渡していた。覚醒したばかりのその双眸には、まだ混乱と不安の色が濃く残っている。


 やがて愁の足音に気づいたのか、少女の身体がぴくりと震える。怯えたように目を見開き、愁を見つめるその瞳には、深く刻み込まれた『恐怖』が宿っていた。


 ──おそらくは、先ほどの騎士達の仕打ちが影を落としているのだろう。


「やあ。こんにちは……具合は、どうだい?」


 できる限り穏やかな声音と笑みを湛えて声をかける。敵意がないことを伝えるには、それが何よりも効果的だ──と、愁はゲーム時代に学んでいた。


 その試みに、少女は一瞬たじろぎながらも、小さな声で恐る恐る口を開く。


「あの……あなたは?」


「俺は、八乙女 愁。君の名前は?」


「……リア……です。リアといいます。あの……愁、さまは、わたしに、ひどいこと……しないんですか?わたし、亜人だから……」


 震える声が、胸の奥を痛く突いた。彼女が、どれほどの仕打ちを受けてきたのか。その問いかけが、その過去のすべてを語っていた。


 愁がわずかに手を伸ばしただけで、リアの身体がビクリと震える。防御のように肩をすくめ、視線を逸らす──まるで、手を伸ばされることすら、傷になるかのように。


(……よほど、酷い目に遭ってきたんだな)


「大丈夫、そんなことしないよ。……こっちに、ちゃんと休める場所を用意したんだ。一緒に行こう?」


 そう言って差し出した愁の手を、リアはしばらく見つめていた。


 疑念と恐怖、そして一縷の希望がその小さな瞳の奥でせめぎあい──やがて、そっとその手を取った。


 かすかに震える手のひら。愁はその手を包み込むように握り返し、そっと立ち上がる。


 そうして辿り着いた建物は、外観こそ荒れ果てていたが──その内部は、まったくの別世界だった。


「……えっ?」


 リアが玄関をまたいだ瞬間、驚きに目を見張る。


 あちこち苔むした外壁とは裏腹に、内装はまるで高級な山小屋のような温もりを帯びていた。木材の香りがほのかに漂い、柔らかな灯りが壁に揺れる。


「こんな廃村に、こんな……立派なお家があったんですか?そ、外はボロボロなのに……ふ、不思議……」


 髪の隙間から覗いた、左右異なる『碧と紅』の瞳が好奇心に揺れている。その表情はまだ硬いものの、先ほどよりも幾分和らいでいた。


「ふっふっふ、すごいだろう?俺が今、作ったのだ」


「……すごいです。でも、わたし、汚れてるから……こんな綺麗なところに入っても、いいんですか……?」


 足を止めて、俯くリア。玄関の敷居をまたげない理由は、己の“汚れ”にあった。


 確かに彼女の衣服は、泥や血にまみれてボロボロだ。けれど──


「気にしなくていいよ。リアが亜人だろうと、汚れていようと……そんなの、俺には関係ないからさ。さあ、中へ」


「愁さまは……お優しい方なんですね。わたし……こんなふうに、人族の方に優しくされたの、初めてです……」


 ぽつりと漏れた言葉に、愁は心の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。


 ようやく警戒が解けたのか、リアはおずおずと室内へ踏み込み、あちこちを興味深げに見回しはじめる。


 その様子はどこか無邪気で、かつての“子供らしさ”を少しだけ取り戻したようでもあった。


 愁はそんな彼女の背を見つめながら、ふと思い出したように声をかけた。


「そうだ。……まずは、お風呂に入ろうか。汚れたままだと落ち着かないでしょ?」


「えっ……お、お風呂?」


「うん。ちゃんと用意してあるんだ。これ、タオルと石鹸ね。こっちは髪を洗う石鹸みたいなもので、シャンプーとリンス。特製のやつだよ」


 リアの手に、愁はクラフト製のアメニティセットを手渡した。ふわりと香るラベンダーの匂いが、彼女の鼻先をくすぐる。


 案内された風呂場は広々としており、まるで天然温泉のような趣だ。船には火の魔石で温められた湯が満ちており、湯気がふんわりと立ち上っている。


 さらに清潔な脱衣所に、鏡付きの洗面台──生活感を感じさせる細やかな作りが、ここが“ただの拠点”ではないことを示していた。


「お風呂……ですか?お湯のお風呂なんて、お貴族さましか入れないのに……それに、こんなに上質なタオルまで……」


 リアは、期待と戸惑いの入り混じった表情でアメニティを抱きしめる。指先がタオルを確かめるように撫でたあと、こちらを振り返る瞳は、どこか潤んでいた。


「いいんだよ。ゆっくり入ってきな。着替えも、ちゃんと用意しておくから」


「お着替えまで……!ほ、本当に、ありがとうございます!」


 ぺこりと頭を下げるその姿は、まるで小動物のようで──愁は少しだけ、口元を綻ばせた。


 リアはそのまま、風呂場へと駆けていく。その背に、やっと微笑みが芽吹きはじめていた。


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