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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第一章 新たなる世界 【第一次王国 編】

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第1-2話 歪んだ価値観


 その少女の姿は、目を背けたくなるほど痛ましかった。


 身体中が擦り傷と腫れで覆われ、ボロ布のような服は土と血にまみれ、元の色さえわからない。


 痛みと恐怖に震えながら、声ひとつ上げることなく男たちに引きずられていた。


(……なんだ、これは)


 嫌な予感が胸を刺す。愁は音を立てぬよう静かに距離を詰め、男たちの会話に耳を傾けた。


「薄汚い亜人め、のうのうと町に入り込みやがって!」


(亜人……?)


 愁が聞き耳を立てながら様子を伺う中、銀髪の少女は怒鳴り声と共に乱暴に放り投げられ、地面に叩きつけられる。


 乾いた音が響き、少女は小さく体を丸めた。その姿は、ただの子供そのものだった──弱く、儚く、誰かに守られるべき存在にすぎない。


「ちょうどいいストレス発散だ。団長に説教されてムカついてたしな。ここなら誰にも見られねぇし、野良の亜人が一人死んだって、誰も困らねぇだろ?」


 笑いながらそう言った男たちは、まるで『処分』でもするかのようにゆっくりと子供を囲む。


 その目には、同情も哀れみもない。あるのはただ、暴力に対する悦楽と嗤いだけだった。


「や、やめてください……お願いします……なんでもしますから……」


 懇願の声は、震えて細い少女の声で、地面に溶けるようだった。しかしその悲鳴に応じる者はなく、むしろその哀れな姿が彼らの嘲笑をさらに深くさせていく。


「喋るな、汚らわしい亜人が!」


 次の瞬間、響いたのは鈍い打撃音。


 男の蹴りが少女の腹を抉り、彼女は口から血を吐いた。蹴りは一発では終わらず、次々と振るわれる。


 少女はただ、耐えることしかできなかった。丸まった背中に、容赦のない蹴撃が浴びせられる。


 まるで玩具を壊すかのような無慈悲な暴力。その光景は、人間がどれほど残酷になれるかを如実に物語っていた。


(……やめろ)


 怒りが、愁の胸に静かに広がる。沸騰するような激情ではない。冷たい水面に一滴の毒が落ち、じわじわと全体に染み渡っていくような、静かなる怒りだった。


 愁は〈縮地〉を発動。風が唸り、一瞬でその場へと駆け込む。


「おい」


 静かだが鋭い声が響く。愁は子供の前に立ちはだかり、男たちを睨み据えた。


「おい!あんたら、何してんだよ。そんな小さな子を痛めつけて……恥ずかしくないのか?それとも、よっぽどのことをこの子がしたって言うのか?」


 突如として現れた愁に、男たちは驚き、動きを止めた。


 だが、現れたのがひとりの少年だと知るや、すぐに薄笑いを浮かべる。


「はん、なんだてめぇ?寝ぼけてんのか?これは亜人だぞ?誰の所有物でもない野良亜人なんて、生きてようが死んでようがどうでもいいんだよ。常識だろうが」


 その“常識”とやらがいかに歪んでいるかを、彼らは理解していない。あるいは、理解した上で嘲るように押し通しているだけなのかもしれない。


 愁の表情が険しくなるのも構わず、男たちは再び少女に足を振り上げた。


「……その子は、本当に何もしていないんだな?」


 愁の声が低く響いた。だが、男たちは苛立ちを隠そうともせず振り返る。


「何度言わせんだよ!存在が罪だって言ってんだろ、てめえこそ邪魔すんな!さっさとどっか行け!」


 その瞬間、愁は再び〈縮地〉を行使。風が唸り、次の瞬間には少女を抱き上げ、男たちから数メートル離れた場所へと移動していた。


「……!」


 突如として目の前から獲物が消えたことに驚き、男たちは愁を睨みつける。


「何をした……!?誰だか知らねぇが、これ以上邪魔するなら……てめぇもただじゃ済まねえぞ!」


「“亜人擁護派”として、この場で処刑してやる!」


 亜人擁護派──聞き慣れぬその言葉の響きに、愁はこの世界での“亜人”の扱いを理解し始めていた。


 奴隷、蔑まれ、殺しても咎められない存在。それがここでの『常識』だというのなら──


(……ふざけんな)


 愁の瞳に宿る光が、静かに温度を失っていく。


 それは怒りという感情が冷たく結晶化し、静かに研ぎ澄まされていく刃のような輝きだった。


 腕に抱いた小さな身体は微かに震えており、その震えが愁の胸奥に深く突き刺さる。


 三人の男たちは、緊張の気配を纏いながら腰の剣に手をかけ、一斉に抜刀した。抜き放たれたのは、長さ一メートルほどのロングソード。


 だが、その刀身はくすみ、刃こぼれも目立つ。鍛錬の跡も、戦いの気迫も感じられぬ──ただの鉄の塊だった。


(……剣の手入れもまともにできないみたいだな)


 愁は内心で軽く息を吐いた。


 今この瞬間、確かに彼は見知らぬ世界にいる。ならば、この世界の住人がどれほどの戦闘能力を持つのか、それは未知数だった。


 しかし──たとえ相手が誰であろうと、目の前で無抵抗の子供が蹂躙される光景を、黙って見過ごす理由など、どこにもない。


 愁は右手を軽く掲げる。


 すると、彼の指輪には小さな魔石がはめ込まれた。それは〈振動〉の魔法を込めた魔石──ただの初級魔法だが、粗雑な鉄製の剣を砕くには十分すぎる威力を持つ。


 男たちがこちらへ向かって一歩踏み出した、その瞬間。


 愁の指輪が微かに煌めき、視認すら困難な振動が空気を裂いた。


 次の刹那、三本のロングソードがまるでガラス細工のように砕け散る。乾いた破裂音と共に、刃の欠片が地に落ち、男たちの表情が凍りついた。


「な、なんだ今のは……?」


「お前、魔術師なのか……っ!?」


(初級魔法の理すら理解できず、相手の職すら見抜けないとは。その程度の奴らか……)


 愁は静かに魔石を切り替える。


 今度は〈空撃〉を込めた魔石──風を刃に変える、これもまた基礎の魔法である。


 手加減はする。だが、力の差を“理解”させるには十分だ。


 横薙ぎに振るわれた右手の一撃。それは風を帯びて空を切り裂き、周囲の樹木をまとめて薙ぎ払った。


 轟音とともに幹が裂け、木々が次々と倒れ伏す。断面は鋭く切断され、まるで刃物で刻んだかのような美しさを湛えていた。


 その威力と精度に、男たちは見る間に蒼白になっていく。もともと血の気の薄い顔色がさらに白く染まり、後ずさりを始めた。


 ひとりは恐怖に膝を折り、もう一人は両手を上げて叫んだ。


「わ、わかった!悪かった!亜人は解放する、もう何もしねぇ!命だけは……命だけは助けてくれ!」


 さきほどまでの傲慢さは跡形もない。恐怖に怯え、命乞いをするその様は、かつて自分たちが痛めつけていた少女と同じ姿だった。


 愁は無言のまま、右手をもう一度掲げた。それを見た男たちは一斉に悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げていった。


「……ろくでもない連中だ」


 愁はそっと視線を腕の中の少女に落とす。


 小さな身体は力なく項垂れ、目を閉じていた。


 どうやら意識を失っているらしい。それも無理はない。あれだけの暴力を受け、もはや限界だったのだろう。


 すぐに〈状態鑑定〉のスキルを使用する。


 しかし、愁の視界に、見慣れぬ詳細な情報が浮かび上がった。


 ──栄養失調、肋骨骨折、複数箇所の打撲、内臓損傷。


(……こんなに細かく表示されるのか。ゲーム内ではせいぜい“負傷”や“状態異常”の表示だけだったのに。スキルの仕様そのものが違う……?)


 目の前の現実感が、ますますこの世界の異質さを物語っている。


「……今は考えるな。まずは、この子の命が最優先だ」


 愁はエンドレスボックスから、最上級ポーションを一瓶取り出した。


 澄んだ琥珀色の液体は瓶の中で静かに揺れ、かすかな光を帯びている。


「毒ではない、よな。……頼む、効いてくれ」


 慎重に、しかし迅速に少女の唇にポーションを注ぐ。


 するとどうだろう、わずか数秒のうちに、少女の呼吸は苦しげな喘ぎから静かな安らぎへと変わり、腫れた肌も、出血した傷も、みるみるうちに癒えていく。


 まるで時間が巻き戻されたかのような回復だった。


 再度〈状態鑑定〉を使用すると、すべての外傷が完全に消えていた。唯一残った“栄養失調”の項目を除いては──だが、それすらも生き延びるには致命ではない。


「……良かった。これで、とりあえず一命は取り留めた」


 だが、癒えたからといって、このまま森に放置するわけにはいかない。


 愁は周囲を見渡す。そこには、どこまでも木々が連なるだけの、静寂な森が広がっていた。


 彼が〈遠見〉のスキルを使い、視界を遠くへ伸ばすと──丘を登った先、木々に隠れるようにして、崩れかけた建物がいくつか並ぶ光景が見えた。


 人の気配のない廃村が、直線距離にして三キロほどの地点にある。


(あそこなら、ひとまずの避難にはなるか……)


 今はただ、少女が目を覚ました時、話を聞ける場所さえあればいい。この世界の情報も、その口から得られるかもしれない。


 愁は少女を優しく抱き直し、森の奥──その廃村へと足を進め始めた。木々の隙間から漏れる陽光が、彼の歩みに静かに道を照らしていた。


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