第4-2話 食事当番の二人
そして、翌朝。
目覚めとともに始まるのは、やはり朝食の準備である。
十六人分もの食事となると、なかなかに骨が折れる作業だが、それでも空腹を抱えた皆のために手を動かさないわけにはいかない。
愁はエンドレスボックスから食材を取り出し、ずらりと並んだそれらを前に、何を作るべきか思案していた。
香ばしいパンの香り、瑞々しい果実の彩り、肉や野菜の新鮮さ──朝の静謐な空気の中に、ほんのりとした食欲が漂い始める。
そんな中、調理場の扉が静かに開かれた。
現れたのは、よく似た風貌を持つ亜人の女性が二人。ぴたりと揃った足取りと、柔らかな雰囲気を纏うその姿は、まるで風に揺れる双葉のようであった。
その容姿にはどこか犬の面影がある。ぴくりと動く耳、ふわりと揺れる尻尾──おそらくは犬系の亜人なのだろう。
人の感覚に照らすならば、年の頃は二十代前半ほどの若き姉妹といったところ。均整の取れた細身の体に、品のある顔立ちが印象的な美しい女性たちだった。
「ご主人様。私たちでよろしければ、お料理のお手伝いをさせてください」
穏やかで清らかな声が調理場に響く。微笑むその表情には、どこか人懐こさがあり、愁の緊張を自然と解きほぐしてくれた。
「お、助かるよ!ありがとう。……そうだ、二人とも名前を聞いてもいいかな?あと、ご主人様呼びはやめてくれると助かる。なんだか背中が痒くなるんだよね……」
(偉くなりたくて皆を迎え入れたわけじゃないからな)
愁が苦笑交じりにそう返すと、姉妹は少し困ったような顔をして、すぐに頭を下げた。
「失礼しました。では、愁様。私は双子の姉のエリサ、こちらが妹のエリスです」
「よ、よろしくお願い致します……」
小さな声でそう告げたエリスは、姉とは対照的に引っ込み思案な様子だった。
その瞳に揺れるのは緊張か、それとも──怯え。もしかすれば、過去の辛い記憶が影を落としているのかもしれない。
「エリサにエリスだね。改めてよろしくね」
「よろしくお願い致します。私たち姉妹は、以前は仕事で料理をしておりましたので、お料理の用意であれば、少しはお役に立てるかと」
「本当に?それはありがたいな。……失礼かもしれないけど、亜人でも料理の仕事って任されるんだね。差別が酷いから、亜人の作った料理なんて食べたくないって人が多いのかと思ってた」
「ええ、だから私たちもバレないように作らされていました。報酬が不要な私たちには、身分を隠していろいろとやらせるのが常だったようです」
エリサの口調は淡々としていたが、その奥にはどこか諦めを含んだ悲しみがあった。
この世界においても、人件費削減というのは万国共通の課題らしい。
だが、それを『恐怖による支配』で補っているのなら、それはただの搾取でしかない。生産性もやる気も無視され、ただ強制されるだけの働き──それは、どれほど人の尊厳を踏みにじるものか。
「……そういうことか。とにかく、うちではそんな扱いはしないよ。安心して。それじゃあ料理は任せてもいいかな?実は俺、煮るか焼くかしか出来なくてさ……」
苦笑混じりにそう言う愁に、エリサとエリスは微笑みを返し、声を揃えて答えた。
「はい!お任せくださいませ」
頼もしい言葉に、愁は胸をなで下ろした。彼にとって、料理の心得がある者がいることは『救い』でしかなかった。
火と水の魔石の使い方を教えると、二人は驚くほどの早さで習得していった。リアもそうだったが、エリサとエリスもまた、飲み込みが早く、実に器用だった。
一通りの説明を終えると、愁は調理場を後にする。
時間を無駄にはできない。仲間が十四人も増えた以上、やるべきことは山のようにあるのだから。
まず愁が取り掛かったのは、服の作成だった。
昨日のうちに寝間着は全員分用意したが、それだけでは足りない。作業着に普段着──最低限それらは早めに準備してあげたいという思いがあった。
(エリサとエリスには家事全般を任せる予定だから、やはり『メイド服』が定番だろうな)
もちろん、名目上はそうだが──本音を言えば、愁が二人に着せてみたいという欲望も混ざっていたが、それは『秘密』である。
五人の男性陣には、村の復興作業や食糧調達、素材集めなどを担当してもらう予定のため、彼らには汚れに強く、耐久性のある素材で仕立てる作業服が必要となる。
残るは子供たちだが、年齢の幅が広い。最年少は六歳、最年長でも十一歳。サイズの見当もつかないため、子供服については後で希望を聞きながら作成することにした。
無心に手を動かし、素材を消費しながらクラフトして服を作成していく──静寂の中に響くのは、布が擦れる音と魔力の微かなきらめきだけ。
やがて、四着のメイド服と十着の作業用服が完成する頃には、空もすっかり明るくなっていた。
「よっし。とりあえず大人分の作業用は出来たな。しかし、服用の素材もそろそろ尽きてきたか」
そう呟いた刹那、背後から近付く気配にようやく気づいた愁は──不意に肩をガシッと掴まれ、心臓が跳ねるほど驚いた。
「うわっ!?……なんだ、スフィアか……」
「おはよう、主様!良い天気だな!」
快活な声と共に、スフィアが笑顔を浮かべる。その頭上では、黒と白の狼耳が元気よくぴょこぴょこと動いていた。
「おはよう、スフィア。……よく眠れたかい?」
「もちろんだ!あんな柔らかい物の上で寝たのは初めてだ。ところで──その服達はなんだ?主様が作ったのか?」
山のように積まれた服の山を見つめながら、スフィアの耳はさらに嬉しそうに跳ねる。
「ちゃんとスフィアの分も作ってあげるから大丈夫だよ」
「え?い、いや、我は別に……催促するつもりではないぞっ!」
慌てて目を逸らすスフィアの態度は、あまりにも分かりやすかった。欲しいに決まっているのだ。期待に満ちた瞳をしておいて、その言い訳は通用しない。
何よりも──つい先ほどまでぴこぴこと嬉しげに動いていたスフィアの耳が、今はすっかりしょんぼりと垂れ下がっている。その変化が、彼女の胸中を誰よりも雄弁に物語っていた。
(……ほんと、かわいいやつだなあ)
耳で感情がすぐにわかる、そんなスフィアの分かりやすさが愛おしくて、愁はついつい、ほんの少しだけ意地悪をしたくなってしまう。
「じゃあ、スフィアのは……後回しでいいかな」
わざとそっけない口調で言い放つと、スフィアの表情がみるみる曇り、しゅん……と肩を落とした。
そして愁がわざと視線を逸らした瞬間、彼女はちょんちょんと袖を引いてくる。
「ぬ、主様?我も欲しいです!今すぐに!……むぅ、無視しないでくれ、主様〜っ!」
表情がころころと変わる様子はまるで小動物のようで、あまりに愛くるしい。
あまり弄びすぎると可哀想だと思いながらも──また機会があれば少しいじってやろう、などと愁は心の中で悪戯っぽく笑った。いつも突然驚かされる、そのささやかな仕返しだ。
「冗談だよ。ちゃんと作ってあげる。スフィアは戦える子だから、普通の服じゃなくて特殊な服にしないとね。ちょっと時間がかかるだけなんだ。だからもうちょっとだけ待ってて」
そう言いながら彼女の頭を優しく撫でてやると──ふわふわとした黒いしっぽが、勢いよく左右にぶんぶんと揺れた。
(……喜んでるのはいいけど、これじゃまるで狼じゃなくて、ほんとに犬じゃないか)
そんな内心の呟きに小さく苦笑しながら、愁はスフィアとじゃれ合いつつ、小物──靴下や袖飾りなどの制作を進めていた。
ちょうどその頃、エリサが愁の部屋の扉をそっと叩き、朝食の準備が整ったことを伝えに来た。
「愁様、お食事のご用意が出来ました。どうぞお越しください」
「あ、うん。ありがとう。今行くね」
それを聞いた愁は手を止め、スフィアと連れ立って食堂へと向かうのだった。
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