第8話 歓迎の宴
今日はメラリカを連れて村へ向かう日だ。
アークルトスの町から愁が現在拠点にしている村までは、徒歩で『四時間』ほどの道のり。馬車を使えばもっと早く着けるが、村の場所が広まるリスクを考えれば、それは避けるべき選択だった。だからこそ、ただひたすらに歩くしかない。
幸いにも天候は申し分なかった。高く澄み渡る空には雲ひとつなく、燦々と降り注ぐ陽光が、森の緑をより鮮やかに照らしていた。木々の間を通り抜ける風は優しく、葉擦れの音とともに小鳥のさえずりが響き、どこか心を穏やかにさせる。そんな自然の懐に抱かれながら、四人は歩いていた。
道中、リアがふと首をかしげながら問いかける。
「そういえば、愁さまが物を作る時に、たまに金色の光が見えることがありますけど……あの光って何なんでしょうか?」
愁は足を緩め、考える素振りを見せた後、ゆっくりと答えた。
「ああ、あれはね、クラフターの能力を持つ者ごとに、光の色が違うんだ。俺の場合は金色なだけで、特別な意味があるわけじゃないよ。簡単なものなら光る前に作り終えちゃうから、普段は気づかれにくいかもだけどね」
リアの瞳が好奇心に輝く。
「そうなんですね! すごく綺麗な光だったので、気になっていました!」
スフィアが腕を組み、懐かしむように呟いた。
「そういえば、昔『千剣の創者』と呼ばれた男がいたな。そいつも主様みたいに剣を次々と生み出していたらしいぞ」
メラリカも興味深そうに頷く。
「私の故郷、エルセリア大陸にも『妙薬師ナルハ』という薬師がいました。彼は、とてもよく効く薬を『無』から生み出すことができたそうです」
「へぇ、それはすごい。今もいるなら、ぜひ会ってみたいな」
そんな話に花を咲かせながら歩き続け、やがて村の入り口が見えてきた。
村へと足を踏み入れた瞬間、愁はある変化に気づく。以前に比べて、村がずいぶんと整理されていたのだ。荒れ果てた印象はまだ拭えないものの、それでも確実に整備が進んでいる。細かい瓦礫や落ち葉の撤去を頼んでいたが、想像以上に村人たちが力を尽くしてくれたらしい。
視線を巡らせ、一箇所にまとめられた石や木材を確認すると、愁はそれらを無駄にしないために、エンドレスボックスへと収納していく。その様子を見て、村の亜人たちが次々と集まってきた。
「みんな、ただいま。特に変わりはないか? 今日はお土産にいろいろと食料を買ってきたよ。それに、お客さんも連れてきたから、今夜は宴でもしようか」
歓声が上がる。村人たちの表情が、一気に明るくなった。
愁は手際よく指示を出し、宴の準備を進める。リアとスフィアにはメラリカを風呂へ案内させ、旅の疲れを癒やしてもらうことにした。エリサとエリスには料理を任せ、男性陣には食堂の机や椅子の準備を頼む。
一人残った愁は、洞窟探索で集めた素材を活用し、村の整備を再開する。人口が増えてきたため、住居の拡張が必要だった。今ある材料を使って、新たに『三棟』の平屋を建てるつもりだ。
村の発展は、確実に進んでいる。
さらに、村の地面を舗装するため、大量に手に入れた岩盤を利用することにした。岩盤には様々な色があり、それらを巧みに組み合わせ、クラフト能力を活用しつつ乱石貼りの技法で美しく敷き詰めていく。やがて完成した道は、陽光を浴びれば、『輝くモザイク模様』のように映える出来となり、村全体に洗練された雰囲気をもたらす。
完成した道を見渡し、愁は満足げに頷いた。
(うーん、これはかっこいいだろ)
しかし、次なる課題が待っている。それは水の確保だった。
(たしか、近くに湧水があるって言ってたな)
村から徒歩『五分』ほどの場所に、清らかな湧き水がこんこんと流れる泉があると聞いていた愁は足を踏み出し、森の中へと向かう。
樹々の間を抜けると、木漏れ日が淡く地面を照らし、遠くから水音が聞こえてきた。小鳥のさえずりと風に揺れる葉のざわめきが、静かな森に心地よい調和をもたらしている。
やがて視界が開け、緑に囲まれた小さな泉が現れた。陽の光を受けて、水面は宝石のように輝き、そこから溢れた水が細い小川となって森の奥へと続いている。愁はそっと水に手を浸し、その冷たさを感じながら思案した。
「この湧き水を村まで流れるようにするか……」
魔石を使えば水を生み出すことも可能だが、生活用水をすべて魔石に頼るのは非効率だ。魔石の材料確保はできるとはいえ、長期的な視点で考えれば、より持続可能な方法を選ぶべきだ。
湧き水が湧き出る場所は、村より標高の高い位置に『三ヵ所』ある。その利点を最大限に生かし、自然の力だけで水を供給する方法を模索する。
まず、湧き水の源が汚れぬよう、周囲を整地し、虫や落ち葉が混入しないように簡易的な小屋をクラフトして建設する。柱を立て、丈夫な木材を組み合わせ、雨風を防ぐ屋根もつけた。
次に、石材を用いて四方を囲み、水の流れを一定に保つための水路を築く。大小の岩を丁寧に組み合わせ、苔むした石も巧みに配置し、自然に溶け込むように仕上げた。
幸いなことに、標高差を利用すれば余計な労力をかけずとも水は村まで流れる。勾配を調整し、できる限り直線的に水を引くことで、滞りなく流れるよう工夫する。
そして、村の中心には、直径『二メートル』、深さ『六十センチ』ほどの貯水場を造った。湧き水がここへと流れ込むように設計し、常に新鮮な水が溜まるようにした。
さらに、村人たちが快適に水を汲めるよう、貯水場の周囲にも屋根付きの小屋を建てた。木製の桶や柄杓を置き、誰でも簡単に水を汲めるようにする。陽の光を受けると、貯水場の水面はきらめき、まるで村に新たな『命』が吹き込まれたかのようだった。
愁は完成した水路と貯水場を見渡し、満足げに頷いた。
(これで村の暮らしが、もう少し楽になるだろう)
冷たい湧き水を一口飲み、澄んだ味わいを噛み締めながら、愁は次なる課題へと意識を向けた。
残る問題は下水だ。
「どうしたものかな。さすがにWORLD CREATORにもトイレはあったけど、さすがに下水は実装されてなかったしな……」
地下に下水道を作るのは容易だが、浄化の手段が現状では確立されていない。この課題については、もう少し検討が必要だった。
一人、思案にふける愁。その背後から、突然弾んだ声が響いた。
「主様!なんか地面が石になってるぞ!主様がやったのか?町みたいに綺麗だなっ!」
スフィアがぴょんぴょんと跳ねながら、新しくなった地面を踏みしめる。
「だろ!この方が歩きやすいと思ってね。それに湧き水もここまで引いてきたよ」
愁が貯水場を指さすと、スフィアはじわじわと溜まっていく水を眺め、目を輝かせた。
「これがあれば、みんなだいぶ楽が出来るようになるな!さすが主様だな!」
お褒めの言葉をもらい、愁は満足げに頷いた。貯水場から溢れた水は、舗装された地面の下を通り、村の外に作った人工池へ流れるようにしてある。その池から農作物の水やりに活用する予定だ。抜かりはない。
「そうだ主様、エリサとエリスが探していたぞ。なんでも料理のメニューの相談をしたいとか言ってたな!」
「そうか。ありがとうスフィア!早速二人のところに行ってみるよ」
おそらく、以前見せた『WORLD CREATOR』の料理レシピ本についてだろう。日本語で書かれているため、この世界の住人には読めないが、愁が読み聞かせ、それを二人が熱心にメモを取っていた姿を思い出す。
勉強熱心な彼女たちのおかげで、村内の料理の質は向上している。奴隷時代に培った経験もあり、二人の料理の腕は日々磨かれていた。そんな彼女らのために、愁は時間を見つけていくつかのレシピをこちらの文字で書き直していた。
ゲーム時代の自動翻訳機能が幸いにもこの世界でも有効であり、それを活用して翻訳し、書き写すことができたのだ。
愁が食堂に向かうと、案の定、エリサとエリスは作業に没頭していたが、愁の姿に気づくと、二人は手を止め、すぐに駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ、愁様。ご挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」
「いや、そんなわざわざ挨拶なんて大丈夫だよ。それより、これを持ってきたんだ」
愁はポケットから数枚のレシピの写しを取り出す。
「これ、レシピね。一応翻訳して書いてみたんだけど、間違ってたらごめんね」
「愁様がお書きになったのですか?本当にありがとうございます。さすがは愁様です。文字も綺麗で、とても読みやすいです」
二人は感嘆しながら、愁の書いた文字をじっと見つめる。
「い、いや、初めて書いたし、そんなに上手くないから、あんまりまじまじと見ないで……」
そんなことはありません、と二人は否定するが、愁はむずむずして早くこの場を切り上げたかった。
「それじゃあ、あとはよろしく頼むよ。またレシピができたら持ってくるからね」
食堂を後にし、外の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。冬の冷気が肌を刺すように感じられるが、それがかえって村の静寂を引き立てていた。
ふと視線を巡らせると、メラリカの姿が目に入った。
彼女の周りには、幼い子供たちが何人もぴったりと寄り添うように歩いている。その様子は、まるで姉が弟妹の面倒を見ているかのようで、穏やかな笑顔を湛えた彼女の表情に、どこか温かな慈愛が滲んでいた。
「──あーっ!愁さまだ!」
無邪気な声が冬の澄んだ空に響き渡る。子供たちの小さな足が一斉に動き、弾むように愁へと駆け寄った。
気がつけば、彼はあっという間に子供たちに囲まれていた。みんな両手に小さなバケツを抱えており、中には冷たい水が揺れている。おそらく手伝いで水を汲みに行った帰りなのだろう。
ふと、彼らの手を見やると、ほんのりと赤くなっていた。
(十二月に入り、さらに冷え込んできたし、こんな小さな手で冷たい水を運ぶのは、さぞ辛かっただろうな)
そんな思いが胸をよぎると同時に、愁はそっと微笑んだ。
「おー、みんな元気にしてたか?ちゃんとお手伝いできて偉いね」
頭を優しく撫でながら言うと、子供たちは誇らしげに胸を張る。
「そんなみんなに、俺からプレゼントをあげよう」
そう言うと、彼は静かに両手を広げた。
──黄金色の光が、彼の周囲をふわりと包み込む。
ゆっくりとした動作で、あえて子供たちにもわかるようにクラフトを始める。まるで魔法のように、何もない空間から淡い黄金色の光が生まれ、それが徐々に形を成していく。
──白、青、水色、黄色、ピンク。
様々な色の手袋が、まるで花が開くようにその手の中で完成していく。目の前で生み出される不思議な光景に、子供たちは目を輝かせたまま言葉を失っていた。
「ほら、これをつければ手が寒くないよ?みんなにプレゼントね」
「わーい!ありがとうございます!」
小さな手が次々と手袋を受け取り、子供たちは歓声を上げながらそれをはめる。指先を曲げたり、手をこすり合わせたりしながら、あたたかさを確かめている。
そんな微笑ましい光景を見守っていたメラリカが、ふと愁に微笑みかける。
「愁さんは本当にお優しい方ですね。愁さんが作ろうとなさっている国は、きっとこのように笑顔の絶えない国なのでしょうね」
彼女の穏やかな声が、どこか誇らしげに響いた。
「そうですね……」
子供たちの無邪気な笑顔を見つめながら、愁は静かに呟く。
「みんなが仲良く暮らせる世界なんて、きっと難しいことなんでしょうけど……それでも、俺はそれを実現したいと思ってますよ」
愁の瞳には、揺るぎない決意の光が宿っていた。未来を見据えるように、夜空を仰ぐ。そこに広がる星々の輝きは、まるで彼の夢を照らしているかのようだった。
その後、メラリカと子供たちに別れを告げると、愁は静かに歩き出す。向かう先は、村の防衛を支える〈幻術〉の魔法を込めた魔石の配置場所だった。
前回、幻術と結界の範囲を広げたものの、それだけではまだ不十分だと愁は考えていた。この村を本当に守るためには、さらなる強化が必要だ。
そして、愁は〈真界〉の構築を決意する。
村の四方に石碑を配置し、それぞれに強固な守護の術式を刻む。村の中心である貯水場の屋根の上には、結界の核となる魔石塊を据えた。全ての準備が整ったその瞬間、愁は膨大な魔力を一気に流し込む。
──光が生まれた。
村の四方から眩い白光の柱が天へと伸びる。それらは見えない糸で繋がれるようにして空中で交わり、透明な結界が波紋のように広がっていく。
静寂の中に響くのは、魔力が震えるかすかな音だけ。澄んだ夜空に、結界の光が淡く揺れ、まるで村そのものが『聖域』となるかのように包み込まれる。
「ふぅ……これで、それなりの相手ならしばらくは村を守れるだろう」
額に汗を滲ませながら、愁は静かに息をついた。
本来なら、この次に村を囲む塀を作る予定だったが、度重なる魔力消費による消耗で、さすがの愁も疲れを感じ始めていた。
──ふと、広場のベンチへと腰を下ろす。
「愁さま、大丈夫ですか?」
心配そうな声が耳に届く。
振り向くと、そこにはリアが立っていた。彼女はそっと隣に座り、じっとこちらを見つめている。その瞳の奥に浮かぶ不安の色に、愁はふっと表情を和らげた。
「ああ、大丈夫だよ。でも……今日は少し疲れちゃったかな」
愁が答えると、リアはポケットから小さな包みを取り出した。
「あ、あの……愁さま、これ……よかったら食べてください!チョコレートです」
差し出された包みを受け取ると、リアの手がわずかに震えているのが分かった。愁はその不安げな表情を見つめ、少しだけ心が温かくなるのを感じた。
「ありがとう、リア!これ、どうしたの?」
「お祭りの時に買ってきました。……愁さまは甘いもの、お嫌いでしたか?」
不安げに瞳を揺らすリアに、愁は微笑んだ。
「そんなことないよ。ありがとう、いただくね」
包みを開け、チョコレートを口に運ぶ。ほろ苦さと優しい甘さが混ざり合い、舌の上でゆっくりと溶けていく。その味わいに、愁はしばし目を閉じた。
ふと、もう一つのチョコレートを手に取り、リアに差し出した。
「ほら、リアも一緒に食べよう。はい、あーん」
リアは一瞬、目を見開いて戸惑った。しかし、すぐに頬を赤く染め、恥ずかしそうに口を開いた。その仕草があまりにも愛らしく、愁の胸は少しだけ高鳴った。
夜風が静かに村を包み込む。月明かりが淡く広場を照らし、遠くでは祭りの準備に励む人々の楽しげな声が微かに響いてくる。
「あ、あーん……」
小さな手でチョコレートを口に運びながら、リアはもじもじと身を縮こまらせた。頬を染め、視線を逸らす仕草がどこか恥じらいを含んでいる。
「な、なんかちょっと恥ずかしいです……」
その愛らしい仕草に、愁は思わず微笑む。柔らかな夜風が二人の間を吹き抜け、ほんのりと甘い香りを運んでいった。
「チョコレート、ありがとうね、リア。すごく美味しかったよ」
「いえ、わたし……愁さまに何もお返しできていないので。これくらいはさせてください」
どこか遠慮がちなリアの声に、愁はふっと肩の力を抜いた。穏やかなひとときを過ごしながら、彼は心地よい安堵を感じていた。
その時、宴の準備が整ったらしく、エリサとエリスが呼びにやって来た。
「愁様、メラリカ様の歓迎の宴の用意が終わりました。いつでも始められますのでお知らせに参りました」
その言葉に、愁は少しだけ顔を上げた。だが、心はまだ少しだけ、リアの温もりとともにこの静かな時間に残っていた。
「そうか! じゃあ、村のみんなを集めて宴にしよう!」
それから間もなく、村の人々が次々と食堂へ集まってきた。活気に満ちた声が飛び交い、香ばしい料理の匂いが広がっていく。愁は町で買ってきた酒と果実水を配り、メラリカを前へと促した。
「みんな聞いてくれ! ここにいるメラリカさんは、しばらくの間この村で農作物の育て方や収穫の仕方を教えてくれることになった。しっかり学んでほしい」
その言葉とともに、温かな拍手が広場いっぱいに響き渡る。メラリカは一歩前に出て、柔らかな笑みを浮かべた。
「みなさん、短い間ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
彼女の挨拶が終わると、再び拍手が巻き起こる。村人たちの明るい笑顔に包まれ、穏やかな空気が広場を満たした。
「よし! それじゃあ今日は宴だ! みんな、たくさん食べて、たくさん飲んでくれ! 明日は一日仕事は休みにしていいから、今日は目いっぱい楽しもう! 乾杯!」
愁の声が響くと、村人たちは一斉に杯を掲げ、歓声をあげる。色とりどりの料理が並ぶ大皿が次々と運ばれ、湯気を立てるスープ、香ばしく焼き上げられた肉、果実たっぷりのデザートが食堂に活気を添える。
愁が一息ついて果実水を口にしていると、ひょっこりとスフィアが顔を出した。
「主様ー? ちゃんと食べてるか? ほら、料理持ってきたぞ!」
スフィアが皿を差し出しながら、小さく得意げに笑う。普段はふざけた態度が多い彼女だが、こうして気を配る姿を見ると、案外しっかり者なのかもしれないと、ふと愁は思う。
「ありがとう、スフィア。スフィアもちゃんと食べてるか?」
「うむ! いっぱい食べてるぞ! 宴は楽しいな!」
そんな些細なやり取りも、心地よく響く。今ここにいる人々が、少しでも楽しい時間を過ごせるなら、それだけで十分だった。
夜が更けるにつれ、酒に酔った者たちが次々と宴席で眠りにつき、子供たちは静かに寝室へと運ばれた。リアやスフィアもすでに眠りについている。最後に残ったメラリカと共に、愁は食堂を後にする。
「愁さん、今日は……本当に素敵な宴をありがとうございます。とても楽しかったです……」
ふと見ると、メラリカの足元がふらついている。どうやら少し飲みすぎてしまったようだ。普段は凛とした彼女の、こうした姿を見るのは新鮮だった。どこか大人びた色香が漂い、思わず愁の心臓が一瞬だけ跳ねた。
「いえいえ、楽しんでもらえたなら何よりです。ところで……メラリカさん、大丈夫ですか? だいぶ酔っているように見えますが」
「え? ……あ、はい、大丈夫です……」
そう言った矢先、メラリカはよろめき、バランスを崩す。とっさに愁は彼女の身体を受け止めた。だが、勢いのままに抱き寄せる形になってしまい、愁は固まる。
「あの、本当に大丈夫ですか? 部屋まで送りますよ」
「あ……す、すいません……少し飲みすぎてしまったみたいです。お願いします……」
メラリカの肩を支えながら部屋へと向かう。ベッドに座らせた瞬間、彼女はふと愁の肩に腕を回し、そのまま引き寄せるように倒れ込んだ。
「ちょっ、メラリカさん? これは一体……」
彼女の吐息が近い。甘く、微かなアルコールの香りが鼻をかすめる。さらに、胸元には何か柔らかいものが押し当てられており、愁は必死に意識を逸らそうとした。
「お兄様……」
かすかに囁かれた声とともに、メラリカは静かに眠りに落ちる。
愁はそっと彼女の腕をほどき、静かに立ち上がると、深呼吸をして部屋を後にした。
(……何か、酔った勢いで誤解していたのかもしれないな)
そう考えながら、自室へ戻る。どっと疲れが押し寄せる中、まぶたは次第に重くなっていく。
「どうせ明日は休みだ。久しぶりにゆっくり眠るのも悪くはないか」
微かに響く宴の余韻を感じながら、愁は静かに眠りについたのだった。




