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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第一章 新たなる世界 【第一次王国 編】

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第7話 はじめてのお祭り


 アークルトスの町に到着した一行は、まずギルドに立ち寄り、依頼達成の証である素材の引き渡しと報酬の受け取りを済ませた。


 今回メラリカが持ち込んだ魔力鉱石は、比較的深い階層で採取されたものだったこともあり、ギルドの鑑定で過去最高の品質と評価された。聞くところによれば、通常の相場の『二倍』という破格の買取価格が提示されたらしく──その成果に、彼女は頬をほんのりと紅潮させながら、上機嫌で愁たちの待つテーブルへと歩み寄ってくる。


「愁さん、お待たせしました。おかげさまで……いつもの倍以上の値がつきました。本当に、報酬はいらないのですか?私としては、きちんとお支払いしたいのですが」


 微笑を湛えたまま、礼儀正しく頭を下げるメラリカ。その笑顔には媚びた色など一切なく、成功をともに喜ぶ仲間としての誠実さが滲んでいた。


 彼女が持ち帰った魔力鉱石は、最下層で地底龍の許可を得て採取したものではなく──落下しかけた穴の縁で、命がけで拾い上げたものだった。それでも数量は申し分なく、彼女にはその場で多くを助けられた恩がある。そして愁自身も別のルートで大量の素材を得ていたため、報酬をさらに受け取る必要はないと判断していた。


「いえいえ、今回はこちらこそお世話になりましたから。報酬は結構です。それよりひとつ、お願いがあるのですが……よろしいでしょうか?」


「お願い、ですか?」


 小首を傾げるメラリカ。艶やかな金髪がさらりと肩に流れ、その所作は小動物のような可憐さを帯びている。愁は内心、少しばかり緊張しながらも──あらかじめ考えていた提案を切り出した。


「メラリカさんは、農作物に関してもかなりの知識をお持ちだと聞きました。もしよければ、俺が今暮らしている村に来て、その知識を村の皆に教えていただけないでしょうか?」


「……そういうことでしたら、お力になれますよ。それに、森の方面へ向かうのなら、私にとっても帰り道になりますから」


 あまりにもあっさりと、しかも自然な笑顔で頷かれたため、愁は少し肩の力が抜けたような気がした。心の奥に張り詰めていた糸が、ふっと緩む。


(……これでまた一歩、前に進めるな)


 だが同時に、愁の脳裏には別の考えも浮かんでいた。せっかく来てもらうのだから、最大限の『もてなし』をせねばならない。可能であれば──今回だけでなく、『また来たい』と思ってもらえるように。


「助かります。うちの村は、住人のほとんどが亜人族なんです。だから町の人たちには頼みづらくて……」


 その声には、わずかに迷いと遠慮が滲んでいた。人族の中には、今もなお根深い偏見を持つ者が多い。無闇に外部の人間を招けば、村の安全や信頼関係に亀裂が生まれる可能性すらある。しかし──共に旅をして、信頼を築いてきたメラリカならば、そうした不安はほとんどなかった。


 農作に関する知識が村に根付けば、多少なりとも自給自足の基盤が整い、長期的には安定した生活が可能となる。今のうちに教育を始めておかなければ、人口が増えた後では手間も時間も倍増してしまう。今こそ、未来のために種を蒔くときなのだ。


「えっと、愁さんの村に行くとして……出発は明日ですよね?今日はお祭りですし」


「そうですね。夕方には少し用事があるので──その間、ふたりのことをお願いしたいのですが、大丈夫でしょうか?」


「もちろん!大丈夫ですよ。それまでには準備を済ませて戻ってきますので……では、少しだけ外しますね」


「はい、分かりました。部屋にいると思うので、準備が整ったら来てください」


 話がまとまり、互いに軽く会釈を交わすと──メラリカはギルドを後にした。扉が閉まると、ほんの少し残された空気に、彼女の淡い香りと前向きな余韻が静かに漂った。




◆◇◆◇◆◇




 そして夕刻。西の空が橙に染まりはじめた頃、愁とリア、スフィアの三人は市場での買い出しを終え、静かに賑わいを取り戻しつつある宿へと戻ってきた。


 今回も以前利用した宿を選び、受付の顔馴染みからは快く広めの部屋を用意してもらえた。三人で使うには十分な広さがあり、木の温もりが感じられる室内は、旅の疲れを癒すには申し分ない快適さだった。外の喧騒を忘れさせるその空間には、仄かに香る薬草の香りが漂い、心を静めてくれるようだった。


 しばらくして、控えめに扉がノックされる音が響き──それに続くように、澄んだ声が扉越しに届いた。


「メラリカです。愁さんのお部屋はこちらでよろしいでしょうか?」


 用事を済ませたメラリカが戻ってきたのだろう。愁は軽やかな足取りで扉へと向かい、すぐさま鍵を外す。


「はい、合ってますよ。今、開けますね」


 扉を開けると、そこにはいつものように微笑みをたたえたメラリカの姿があった。薄桃色の頬と整えられた金糸のような髪が、夕陽に照らされて柔らかに輝いている。


「すみません。わざわざ来てもらっちゃって。俺はまだ少しだけ片付けたい用事があって……メラリカさんしか頼れる方がいなかったので、本当に助かります」


 愁が頭を下げると、メラリカは笑顔を崩さず軽く首を振った。


「いえいえ、私もお祭りには興味がありましたし……それに、女性同士ですので気を使わずに済みますから。愁さんが戻られるまでの間は、私にお任せください」


 頼もしく言い切るその姿に、愁は心から安堵の息をつく。何事にも柔和で、芯の通ったメラリカの存在は、それだけで周囲に安心感をもたらすものだった。


 この時期、夕方ともなれば外気はかなり冷え込む。空気は肌を刺すように鋭く、吐く息が白くなるほどだ。そんな中、愁は少し前から彼女たちのために、ささやかな礼としてコートを製作していた。三人分、それぞれに寸法を合わせた特注品だ。


 今回仕立てたのは、裏地に柔らかなボア加工を施し、防寒性能を高めたハーフ丈のミリタリーコート。色は清らかな白で、ふわりと羽織るだけで気品が漂うエレガントな仕上がりとなっていた。さらに隠し味として、火の魔石を細かく砕き、生地の中に紡ぎ込むことで、着る者の体温に反応して『じんわりと温かくなる』発熱効果も施してある。


 愁はエンドレスボックスを開き、慎重に取り出したコートを一着ずつ手渡していく。


「メラリカさんも、よろしければ着てみてください。寒くなってきたので、三人お揃いで作ってみたんです。……とても暖かいですよ」


 差し出されたコートを受け取り、メラリカはその裏地にそっと指を滑らせる。毛足の長いボアの感触に驚いたのか、何度もその場所を撫で直していた。さらに生地の中に隠された魔石の粉が反応し、じわりと伝わる熱に、目を丸くして小さく声を漏らす。


「これを……愁さんが?本当に、なんでも作ってしまわれるのですね……素敵なコートをありがとうございます。早速、着させていただきますね」


 その言葉には、ただの礼以上の『心からの感嘆』が込められていた。


 リアとスフィアもすぐに自分のコートを羽織り、嬉しそうに身をひねっては感触を確かめていた。その笑顔を見て、愁は胸の内にほのかな満足感を覚える。自らの手で作り上げた物が、誰かの喜びに繋がるというのは、何よりも誇らしく心地よいものだ。


「それじゃあ、二時間後にギルドで合流しましょう。俺はその間に用事を片付けておきますので。リア、スフィア、メラリカさんにご迷惑をかけないようにね」


 愁の視線に応え、リアは頷きながらもきちんと口を揃える。


「わかりました。愁さまもお気をつけて」


「大丈夫だぞ主様!我、迷惑かけない!」


 リアの控えめながらもしっかりとした返事、スフィアの明るく元気な声。その対比に思わず愁の口元が綻んだ。少々の不安はあるにせよ、彼女たちは信頼に足る仲間だ──そう胸を張って言える。


(……さて、俺も急がないとな)


 三人を見送りながら、愁はそっと息を吐き、内に秘めていた情熱を燃やし始める。いよいよ、待ちに待ったクラフトの時間だ。


 今回の「用事」とは名ばかりで、その実、地底龍から手に入れた希少な素材を使って、リアとスフィアに特別な装備を作るための時間を確保したかったのだ。地底龍は古の魔物──その身体に宿る力は、どれも桁違いの価値を持つ。中でも今回入手した素材は、彼の職人魂を深く刺激するものだった。


「……最初は、これだな」


 愁は静かに呟きながら、エンドレスボックスの中から、地底龍の瞳──透き通る琥珀色の宝珠を取り出した。まるで生命が脈打つかのように微かに明滅するその瞳を、丁寧に宝石へと研磨し、磨き上げる。ここはあえて手作業で行う。そして、宝石のような瞳の周囲には純銀で繊細な装飾を施し、チェーンには耐久性向上を狙って地底龍の鱗を編み込んだ。薄く削り、幾重にも重ねて鍛え上げることで、まるで細い鋼線のような耐久性を持つ装飾品へと仕上げる。


 二人分のアクセサリーが完成する頃には、部屋の中に仄かに鉱石の甘い匂いと、金属を研磨する音の余韻が残っていた。


 そのアクセサリーには『始祖の祝福』という効果が付与された。『一分間に三十五パーセントの自動回復』という驚異的な再生能力に加え、『呪詛の完全無効化』と、いかなる精神侵食や状態異常をも跳ね返す防御力を持ち主にもたらす。しかもその見た目は気品に満ち、たとえ魔力が込められていなくとも、王族の正装にすら相応しい逸品だった。


 続いて、愁は地底龍の角に手をかける。厳寒の金属にも似た重厚感のあるその素材を圧縮し、慎重に形を整えていく。仕上がったのは、淡い漆黒に輝く一本の指輪。その中央には、大変希少な素材である『改変の聖石』を嵌め込んだ。


 『改変の聖石』により、この指輪に宿るのは『死を一度だけ拒む力』。命の淵に立たされた瞬間、たった一度だけ、運命そのものを捻じ曲げる力だ。さらに、地底龍の角の性質により、『防御力三割上昇』『体力五割増強』という補助効果まで付与されている。


 もっとも、素材の希少さゆえに、これは一つしか作ることができなかった。


(……誰に持たせるか、悩みどころだな)


 だが、その選択は後に回すことにした。今はまだ、やるべきことがある。


 最後に愁が手を伸ばしたのは、スフィア用に以前作成した二本の剣──双剣『コピス』。すでに高品質の武器だが、さらなる強化を試みる。刀身に地底龍の血を塗布し、クラフト能力による加工で浸透させると、刃がまるで紅蓮に染まったかのような深紅に変わった。血の力が剣に流れる魔力の通り道を拡張し、魔力浸透率を飛躍的に高めてくれたのだ。


 続いて、地底龍の骨を粉砕、精製し、刀身内部へと練り込んでいく。その工程には繊細なクラフト能力の他に魔術的加工が必要だったが、もちろん会得済みのスキルだ。愁の手に迷いはない。結果、刃はまるで氷のように鋭く、なおかつ強靭なものへと生まれ変わった。


 地底龍の血によって付与された効果は『魔力付与上限の拡張』。剣に注ぎ込める魔力の量が飛躍的に向上し、魔法剣士であるスフィアの戦い方に新たな可能性をもたらす。


 さらに地底龍の骨に宿る『不壊の性質』が奇跡的に反応し、コピスは『ユニーク等級』の武器にしか宿らぬはずの特性『不壊属性』を獲得したのだ。


(……これは……俺自身が一番驚いてるかもな)


 あまりに順調すぎる仕上がりに、愁は思わず目を細め、完成した武器を手にしばし見惚れてしまう。


 だが、それで終わるはずがなかった。心に灯った創作の火は、もう止まらない。地底龍の素材がもたらす想像以上の可能性。思考は次なる加工へと自然に移行し、愁の指は再び躍り始める。


 この後に訪れる出来事など、彼の思考からは完全に抜け落ちていた。今の彼にとって、この部屋こそが世界のすべて。夢中で、ただひたすらに、自らの手で『奇跡』を生み出し続けるのだった。




◆◇◆◇◆◇




 一方その頃、町に出た三人はお揃いの新しいコートを羽織り、鮮やかな喧騒に包まれた通りを歩いていた。町はいつもの穏やかな表情とは打って変わり、人波が川のように流れ、通りの両脇には色とりどりの屋台が軒を連ねていた。香ばしい煙と活気ある掛け声が風に乗り、祭りの空気を一層濃くする。


 今日という日は、年に一度の収穫祭。通りは華やぎ、人々の笑顔と興奮が渦巻いていた。


「リアさん、スフィアさん。何か食べたいものはありますか?愁さんからお二人にって、お金を預かってきたので、好きなものを選んでくださいね」


 柔らかく微笑みながらそう言ったメラリカは、どこか誇らしげだった。それは愁があらかじめ渡してくれたお金を、こうして信頼されて任されたことが嬉しかったからだろう。


「えっ……そうなのですか。後でちゃんとお礼を言わないとですね」


 リアは驚いたように目を瞬かせ、胸に温かいものが広がるのを感じた。


「さすが主様だなっ!我は串焼きが食べたい!お肉がいいのだっ!」


 スフィアは鼻をひくつかせながら、屋台の煙を追いかけるように勢いよく言った。


 肉の焼ける匂いに誘われて串焼きを三本買い、それぞれに手渡す。香ばしく焼かれた肉にかぶりつくスフィアの目が輝いた。その隣で、メラリカは湯気を立てる蒸し芋にとろりとバターをのせたものを頬張る。


 口に含めば、ほくほくと甘く、寒さにかじかんだ体にじんわりと染み込むようだった。


「メラリカ!我、あれやりたい!あの棒に輪を入れるやつ!」


 そう言ってスフィアが興奮気味に指差したのは、輪投げの屋台だった。色とりどりの景品が並ぶ中、彼女の目はまるで子供のように輝いている。


「ええ、三回投げて、輪が入った場所の得点で景品がもらえるみたいですよ」


 メラリカは微笑み、屋台の主に銅貨を渡した。スフィアは身を乗り出し、真剣な表情で輪を構えると──シュッ。軽やかな音とともに放たれた輪は、見事に最大得点の『九』に入った。続く二投もすべて『九』。合計得点は二十七点、最高記録である。


「あちゃー……お嬢ちゃん、こりゃ驚いた!はい、これが景品の果物の盛り合わせだよ」


 愛想の良い屋台の親父が、豪華な果物の籠を手渡す。ニット帽を深く被ったスフィアは、その獣耳をうまく隠せていたのか、亜人族とは気づかれていない様子だった。


「ありがとなっ、おっちゃん!」


 スフィアはご機嫌で籠を抱え、二人のもとへ戻っていく。その横を歩くリアは、そっと帽子を深く被るが、それだけでは亜人族であることを示す銀色の髪を隠しきれず、人目を少し気にしているようだった。


「リアさんは、何かやってみたいことありませんか?私も一緒に行きますので、遠慮しないで」


 その気遣うような声に、リアは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。すると、すぐ近くの屋台から、声が飛んできた。


「エルフのお姉さん、どうだい?硬貨落とし、やっていかないかい?」


 呼びかけたのは、にこやかな中年の男。屋台には水を張った樽が置かれ、その底には大小さまざまなコップが沈んでいた。上から銅貨を落とし、うまく中に入れば倍になったり、銀貨になったりするという。


「少しギャンブルめいていて、面白そうですね。リアさん、一緒にやってみませんか?」


「でも、わたしは……」


 俯き加減にそう呟いたリアを見て、屋台の男がそっと声を潜めた。


「亜人族のお嬢ちゃん、そんなの気にしなくていいさ。俺はそういう差別が大嫌いなんだ。……まあ、大声では言えないけどな」


 その言葉に、リアの表情がふと柔らかくなる。しばし考えた後、彼女は静かに頷いた。


 メラリカの提案で、銅貨を三枚ずつ落とし、より多く増やした方が勝ちというルールで始めることに。


 一投目──リアの銅貨は音を立てて水面に落ち、見事に大きなコップへ。銅貨一枚が三枚へと増えた。続いてメラリカ。彼女の銅貨は惜しくも弾かれ、外れてしまう。


 二投目──リアは先程と同じように慎重に落とし、再び成功。六枚へと倍増。しかしメラリカの二投目は小さなコップに吸い込まれ、なんと一枚が六枚へ。


 最後は同時投下。水音と共に沈んだ銅貨は、無情にもどちらも外れてしまった。


「ざんねんっ!でも結果的には、二人とも銅貨六枚。引き分け、ってとこだな」


 銅貨を受け取り、二人は顔を見合わせて微笑み合う。


「引き分けでしたね、リアさん」


「はい……でも楽しかったです。わたし、お祭りって初めてで……素敵な思い出になりました」


 そのやりとりを見ていたスフィアが、そわそわと落ち着かない様子で声を上げた。


「終わったのか?次はあれ食べたいっ!」


 指差した先には、チーズのベーコン巻きを焼く屋台が煙を上げていた。


「おいしそうですね。行ってみましょうか」


 三人は賑わう人混みをかき分け、屋台へと向かって歩き出す。


 ──その瞬間だった。


 リアの手が、不意に背後から引かれる。振り返ろうとしたその刹那、意識がふっと遠のいた。世界が闇に沈み、彼女の細い体が崩れるように倒れた。


 屋台の前に着いたメラリカが後ろを振り返ると、そこにあるはずのリアの姿は、影も形も見当たらなかった。


「スフィアさん!リアさんがいません!今の今まで、隣にいたはずなのに……!」


「ん……?我もさっきまで、すぐそこにいたと思ったのだが……」


 迷子──というには、あまりに不自然だった。目的地は、リア自身が言い出した屋台だ。にもかかわらず、気づけば彼女の姿は、まるで朝靄の中へと溶けるように掻き消えていた。


 これは、ただの道草ではない。スフィアとメラリカは、言葉を交わすまでもなく目を見合わせた。ふたりの瞳には、静かだが鋭い緊張の色が宿っていた。最悪の事態──それが、足音も立てず、彼女たちの背後に忍び寄っている。


「誰かに連れ去られた可能性があります!この町では、亜人族を狙った誘拐事件が起きていると聞いたことが……急いで探しましょう!」


 焦りのこもったスフィアの声に、メラリカは鋭く頷いた。


「わかった!なら、手分けして探そう。我はあっちを!メラリカは向こうを頼む!」


 喧噪に包まれた祭りの広場。歓声と足音が渦巻く中、誰かが人ごみに紛れ、一人の少女をさらうことなど造作もない。人波をかき分け、ふたりは光の速度で駆け出した。




◆◇◆◇◆◇




 ──そのころ。


「………………?」


 意識が覚醒すると同時に、リアの身体を包むのは不快な圧迫感だった。口には分厚い布が詰められ、両腕は背中できつく縛られている。視界の端で揺れるのは、彼女を肩に担いで走る見知らぬ男の背。


「んーっ!んっ、んーっ!」


 必死に声を上げようとするも、喉の奥から漏れるのはくぐもった呻き声だけ。周囲には人影ひとつなく、どうやら町の外れ、薄暗い路地裏を進んでいるようだった。


「チッ、目ぇ覚ましやがった……おい、お前の魔法、効き目薄いんじゃねぇのかよ!」


 体格のいい男が、後方を走る細身の男に苛立ちをぶつける。


「文句言うなっての!まだ習いたてなんだから仕方ねーだろ!」


 息を切らしながらも、ふたりは無遠慮な足音を響かせて駆け続ける。その背に背負われたリアの心には、じわじわと恐怖が染み込んでいった。


「ま、今日は五人目だしな。当分は金に困らねぇだろ。だが……こいつを売るのはちょっと惜しいかもな」


「だよな。身なりはいいし、顔も可愛いし……それになんか、いい匂いがするんだよな、他の亜人族と違って」


 悪意のこもった言葉が、耳を刺すように突き刺さる。ぞわりと背筋を走る悪寒。恐怖が胸の奥をきゅっと締め上げ、リアは歯を噛み締めて目を閉じた。


(どうか、誰か……気づいて)


 やがて彼らは、とある廃屋の前で足を止める。木製の扉は朽ち、窓はすべて打ち付けられていた。


「……なあ。ちょっとだけ、楽しんでいかねぇか?」


 その一言に、細身の男が目を見開く。


「ば、バカ言えよ……バレたらどうすんだよ」


「周りにゃ誰もいねぇ。少しくらいなら大丈夫だろ?どうせすぐ売り飛ばすんだ、誰も確かめたりしねぇって」


 言葉の先にある意図を察し、リアの胸は恐怖で張り裂けそうだった。力の入らない指先。震える足。視界が、にじむ。


(──たすけて……)


 そして、男たちはリアを連れたまま廃屋の中へと消えた。


「んーっ!んーっ!」


 床に投げ出されたリアは、身をよじって必死に抵抗する。だが手足は縛られたまま、どうにもならない。体格のいい男が無遠慮にスカートに手を伸ばし、布地をめくり上げる。


 リアの頬を、熱い涙が伝う。何をされるのかわからない──だからこそ恐ろしい。無力な自分。誰にも届かない助けの声。


 そのときだった。


 ――ドンッ!!


 雷鳴のような音が室内を揺らし、背後の扉が派手に吹き飛んだ。


 割れた木片が空を舞う中、そこに現れたのは白の騎士服をまとった青年だった。金色の髪が静かに揺れ、蒼く澄んだ双眸がふたりの男を鋭く射抜く。


「貴様ら……何をしている。その子を、今すぐ放せ」


 剣の柄に添えられたその手からは、斬るよりも先に威圧が放たれていた。まるで冬の刃のような声に、男たちは咄嗟に身を引く。


「お師匠さまーっ!待ってくださいよぉ~っ!」


 続いて駆け込んできたのは、栗色のボブカットを揺らす小柄な少女。彼女の手には、なぜか蒸した芋が握られていた。


「はぁ……ユア、お前はほんとに……」


 肩をすくめながらも、ユアの登場により、場の空気が一瞬だけ和らぐ。だがすぐに、アルバートの視線がふたりの男へと鋭く戻った。


「遊びは終わりだ。今すぐその子から手を離せ。さもなくば命をもって償ってもらう」


 その声は、静かに、しかし凍てつくような怒気を含んで響いた。空気が一瞬にして張り詰め、息を呑んだような沈黙が場を支配する。


「お前たちが、エルフの女性と行動を共にしていたこの子を魔法で眠らせ、さらったことはすでに分かっている。下らない言い訳など無用だ。今すぐ……解放しろ」


 男たち二人は顔を見合わせ、気まずそうにうなずいた。


「そっか、見られてたか……じゃあ、しょうがねえな。確かにこいつは誘拐してきた。でもな、これはこの町の貴族、エブハン伯爵の命令なんだよ。俺たちは言われた通りにしただけだ。だから、見逃してくれよ。こいつは……解放するからさ」


 片方の男がリアを抱えたまま、ゆっくりとアルバートに歩み寄る。だが、その瞳は油断の色を帯びていた。そして──その瞬間、男の右手が閃光のように動いた。懐から鋭く光るナイフを引き抜き、アルバートめがけて突き出す。


 だが、その刹那。空を裂くような音が響き、男の右腕が宙を舞った。


「へ?」


 間抜けな声と共に、男の表情が凍りつく。己の腕が肩から消え去っていることに気付いた次の瞬間、絶叫が爆ぜた。


「うぎゃあぁぁぁっ!う、腕が……俺の、腕がぁっ!」


 床に崩れ落ちた男は、苦悶に身をよじりながらのたうち回る。その血の臭いが、鉄錆にも似た鋭い刺激となって鼻腔を突いた。もう一人の男は、その光景に顔面を蒼白にし、裏口から転がるように逃げ出す。遅れて、腕を斬られた男もふらつきながらその後を追った。


 その背を目で追っていたユアが、静かに口を開く。


「お師匠さま、追いましょうか?」


「いや、必要ない。貴族の方から直接話を聞いた方が早い」


 アルバートは抱えていたリアをそっと地面に下ろし、口を覆っていた布と手足の拘束具を一つ一つ、丁寧に外していく。その手つきには、荒事の直後とは思えぬほどの優しさがあった。


 自由を取り戻したリアは、張り詰めていた心が一気に緩んだのか、その場に崩れ落ちるようにして泣き出した。大きく揺れる肩、頬を伝う涙──その震えには、恐怖と安堵の入り混じった感情が見え隠れしていた。


 そんなリアに寄り添うようにユアがひざをつき、そっと抱きしめる。


「もう、大丈夫ですよ?悪い人たちは、お師匠さまがぜんぶ追い払ってくれましたから。だから、安心してくださいね」


 柔らかな声色とともに、背中をぽんぽんと優しく撫でるユア。その仕草は、壊れそうなガラス細工を扱うような繊細さだった。


 やがて涙が落ち着き、リアは静かに顔を上げて二人に向き直る。そして、深く頭を下げた。


「あの……助けていただいて、ありがとうございました」


 その礼に、アルバートは軽くうなずくと、ポケットから包み紙に包まれた何かを取り出して手渡した。


「礼には及ばない。民を守るのが、騎士の務めだからな。……これはチョコレートだ。食べると、少しは気が楽になる」


 リアは包みを受け取り、そっと紙を解く。そして、一口かじる。甘くて、ほんのりとほろ苦いその味が、口の中にじんわりと広がる。温かな何かが心に灯ったように、不思議と気持ちが軽くなっていく。


「……美味しいです。ありがとうございます。あの……わたし、亜人族なのに……どうして助けてくれたんですか?」


 その問いに、アルバートは間を置くことなく、はっきりと答える。


「私は王の剣。王が望めば、どんな者であろうと斬る。それが役目だ。しかしそれ以外のときは、この剣を困っている者のために振るいたいと思っている。たとえそれが亜人族であっても、関係ない。この国で共に生きる限り、誰もが……国の民だ」


 その言葉に、ユアは茶目っ気たっぷりに手を叩き、わざとらしく感嘆の声を上げた。


「おーっ!さっすがお師匠さま!」


 だがアルバートはそれを完全に無視し、真顔のまま指示を出す。


「ユア、その子をギルドに連れて行ってくれるか?私はエブハン伯爵の元へ向かい、真偽を確かめてくる。……万が一の事態には、ステージ三までの使用を許可する。無事に送り届けたら、伯爵の屋敷まで来てくれ」


 言い終えるや否や、アルバートは踵を返し、迷いなく歩き去っていった。その背中を見送ったユアは、そっとリアの手を握りしめる。


「それじゃあ、ギルドに行こうか。安心して、私もけっこう強いんだから!」


「あ、あの……よろしくお願いします、ユアさん」


「もー、ユアでいいってば!敬語もいらないよ。……ねえ、あなたの名前、教えて?」


「あ、はい!わたしは、リアです」


 繋いだ手をぶんぶんと揺らしながら、ユアは満面の笑みを浮かべる。


「よーし、じゃあ『リア』って呼ぶね!よろしく、リア!」


「あ、うん……よ、よろしく、ユアちゃん」


 まるで嵐のように明るく、異常なまでに元気なユアに引っ張られながら──リアは一歩ずつ、希望へと続く道を歩み出した。




◆◇◆◇◆◇




 その頃、リアを探していたメラリカは、ふと空を仰いでから懐中時計に目を落とした。探索を始めてから、すでに一時間近くが経過していた。


(……これはまずいですね)


 額に浮かぶ汗をそっと指で拭い、彼女は焦燥に満ちた吐息をひとつ漏らす。待ち合わせの時間も迫っており、しかし一向にリアの姿は見つからない。次第に胸の奥に冷たい不安が巣を作り始めていた。


 そんなとき、人混みの先、にぎやかな露店の陰に見慣れた黒髪が揺れるのを捉えた。


「あっ、スフィアさん!こっちです!」


 声に反応してこちらを振り向いたスフィアの顔には、やはり安堵ではなく険しさが滲んでいた。


「メラリカ!リア、見つかったか?」


「いえ……残念ながらまだです。そろそろ待ち合わせの時間なので、まずはギルドに戻って愁さんにも状況を伝えましょう。一緒に探してもらえば、心強いです」


「そのほうがいいな!」


 二人は頷き合い、早足でギルドへと向かう。石畳を踏む足音が焦燥と共に鳴り響いた。


 ギルドの扉を押し開けて中に入ると、まだ約束の時刻には少し早かったのか、愁の姿は見当たらなかった。


 しかし、周囲を見渡したそのとき──


「スフィアさん!メラリカさん!」


 耳に飛び込んできたのは、まさに探していた少女の声。二人が驚いて振り向くと、ギルド奥の席に小さなリアの姿があった。


「リア!」


 椅子から立ち上がったリアの傍へ、メラリカとスフィアは駆け寄った。


「よかった……リアさん、ご無事で……」


「リア!本当に心配したんだぞ!一体どこにいたんだ!?」


 感情が込み上げ、二人は思わず矢継ぎ早に問いかける。


 リアは少しおずおずとしながらも、はっきりと答えた。


「あの……急に変な人に魔法で眠らされて、誘拐されそうになったんです。でも、危ないところをこのユアさんと、そのお師匠さまの騎士様に助けていただいて……それで、さっきまで送ってもらってました」


 その隣に座っていた栗色の髪の少女──ユアがすっと立ち上がり、二人に向かってぺこりと頭を下げる。


「はじめまして。私はユアといいます。リアの保護者の方ですよね?無事に会えてよかったです」


「……いえ、本当に危ないところを助けていただいたようで。ありがとうございます。ぜひ何かお礼をさせてください」


 深々と頭を下げるメラリカの申し出に、ユアは両手をぶんぶんと振って首を横に振った。


「いえいえ、お礼なんて全然いりませんよ!お師匠さまは困っている人を助けるのが趣味みたいな人ですから!それに私は、リアとお友達になれたから、それだけで満足です!ね?リア!」


「うんっ!わたしもユアとお友達になれてすっごく嬉しい!」


 リアは無邪気にユアの手を握り、まっすぐにその瞳を見つめた。


「本当にありがとう、ユア。騎士様にもお礼を言っておいてね。また今度、ゆっくり一緒に遊ぼう」


「うん!絶対また遊ぼうね、リア!じゃあ私は、お師匠さまのところに戻らなきゃだから、またね!バイバイ!」


 ぱたぱたとスカートを揺らしながら、出口で最後にぺこりと頭を下げ、ユアは駆け足で去っていった。


 ──ちょうどその時だった。


「お、いたいた。おーい」


 聞き慣れた声と共に、愁がギルドの扉から姿を現した。


 リアはその姿を見た瞬間、堪えていたものが決壊する。目に涙がにじみ、そのまま愁へと駆け寄って抱きついた。


「うわっ、ど、どうしたんだリア!?」


 突然の抱擁に面食らいながらも、愁は戸惑いがちにリアの頭を優しく撫でる。困惑の表情でメラリカとスフィアに視線を向けた。


「で……何があったの?」


 二人が順を追って事の顛末を語ると、愁は真剣な顔で頷いた。


「……そんなことがあったのか。……ごめんね、俺、一緒に居てやれなくて」


「すみません、愁さん。私が付いていながら、こんなことに……」


「我もいたのに、本当に申し訳ない……」


 メラリカとスフィアの顔には、深い後悔と自責の色が滲んでいた。せっかくのお祭りの最中だというのに、リアを危険に晒してしまったことが、二人の心を締め付けていた。


 だが、愁はそんな空気を吹き飛ばすように明るく言ったのだった。


「二人とも、もう気にしないで。せっかくのお祭りなんだから、今からでも四人で楽しもう!今度は俺がちゃんと気配探知で見張るから、もう大丈夫。ね、リアも、それでいいかい?」


 リアは、泣き腫らした目元を袖で拭いながら、ゆっくりと顔を上げて頷いた。


「……はい。わたしも、嫌なこと忘れたいです。みんなで楽しいこと、たくさんしたいです……」


 その顔に、涙の跡を残しながらも確かな笑顔が浮かぶ。


「よし、決まり!お祭りはこれからが本番だからね。今度は四人で、目一杯楽しもう!」


 リアの明るい声に背を押されるように、二人も「ならば仕方ない」とばかりに頷いた。こうして四人は再び祭りの喧騒の中へと足を踏み入れることになった。


 ギルドの扉を開けると、夜の広場には魔法使いたちが集い、まるで夜空に咲かせる花のような光の魔法を披露していた。蒼、紅、金──空を彩る光の粒が弧を描いては弾け、闇にきらめく星屑のように降り注ぐ。


「おお……これはなかなか綺麗だな。花火みたいだ」


 愁が感嘆交じりにそう呟くと、隣にいたリアが不思議そうに首をかしげた。


「はなび?ってなんですか?」


「んー、そうだな。俺の国では、空に咲く大きな火の花のことをそう呼んでた。夜空に咲いて、すぐに散るんだ。でも、それがすっごく綺麗なんだよ。今度、機会があれば作ってみせるよ。一緒に見ようか」


 不安と緊張に支配されていた時間が、嘘のように和らいでいく。リアは自分でもその理由が分からなかった。ただ、愁が隣にいる。それだけで、不思議なほど心が穏やかになる。彼と繋いだ手の温もりが、胸の奥に染み込んでくるようだった。


「はい!はなび、見てみたいです!」


 屈託のない笑顔とともに、リアは元気よく答えた。


 すると、それまで黙っていたスフィアが、愁の空いていた右手をそっと掴む。


「なんの話だ、主様?」


「ん?花火の話だよ。今度スフィアにも見せてあげるよ。きっと気に入ると思う」


 そんな仲睦まじい三人の様子を見て、後ろからメラリカがクスクスと笑いを漏らす。


「ふふ……愁さん、まるで両手に花ですね」


「ちょ、メラリカさん、からかわないでくださいよ……!」


 そうして四人は夜の屋台通りを巡り、焼きたての串焼きに舌鼓を打ち、甘い蜜飴を頬張り、光と音と香りの中で笑い合いながら、祭りを存分に楽しんだ。


 リアにとっては波乱の一日ではあったが、それでも最後に笑顔で終えることができた。それだけで、すべてが報われた気がした。


 夜も更け、宿へ戻った四人は、翌朝の村への出発に備えて早めに休むことにした。別室を取っているメラリカを送り届けた後、愁たち三人は自分たちの部屋に戻る。


「二人とも、今日は疲れただろう?明日も早いから、もう休もう」


 リアもスフィアも、布団に入るとまるで糸が切れたように深い眠りへと落ちていった。その寝息を耳にしながら、愁は静かに目を閉じる——わけにはいかなかった。


 彼はそっと目を開け、〈気配探知〉を展開する。集中力を高めれば高めるほど、ただの気配ではなく、個々の『輪郭』まで探知することができる。それはまるで霧の中に浮かぶ輪郭を凝視するような感覚だった。


 ──右腕のない男。


 意識を澄ませて探っていくと、町の外れ、暗がりに沈んだ古びた廃墟の辺りで、男の姿を捕捉することに成功する。その傍らには、もう一人の男。そして、さらに少し離れた馬車の中には、縛られたままの四つの気配がある。


「見つけた……」


 愁は静かに呟くと、寝ている二人に〈守護者の聖域〉を展開して安全を確保し、窓から外へと出る。腰に下げた魔石に〈飛行〉の魔法を発動させ、夜空へと舞い上がった。


 風が頬をかすめ、宵の帳に溶けるように彼の黒衣が翻る。やがて目標の廃墟へと降り立つと、馬車の中に捕らわれた亜人族たちの気配を再確認し、そのまま廃墟の扉を開け放った。


 突然の訪問に男たちは驚き、警戒心むき出しの目を向ける。片腕のない男が不機嫌そうに言った。


「な、なんだよ……いきなり入ってきて」


「いやなに。今日はうちのリアが世話になったようだからな。礼を言いに来たんだよ」


「は?リア?誰だそりゃ?」


 互いに顔を見合わせ、曖昧な表情を浮かべる男たち。その無責任な態度に、愁の中の何かが切れた。


 次の瞬間、彼の手に鋼の剣が生成され──そのまま迷いなく、男たちの両腕を斬り落とす。


「へ……?」


 間抜けな声とともに、二人の男は自らの異変に気づいた瞬間、蒼白な顔で泡を吹き、その場に崩れ落ちた。


 愁は冷静に彼らの止血だけを施し、命は奪わずに罰だけを与える。出血多量で死なれては『罰にならない』からだ。


「……手癖の悪い腕には、お仕置きが必要だからな」


 そう一言だけ呟くと、男たちを縄で縛り、外へと放り出した。そして馬車の扉を開き、捕らわれていた亜人族たちを解放する。


「あ、ありがとうございます!」


「助かりました……!」


 怯えと安堵が入り混じった目で深々と頭を下げる彼らに、愁は優しく声をかけた。


「大丈夫です。頭を上げてください」


 心が少し落ち着いたところで、彼は森の奥にある自分の村の話をした。すると全員が「行きたい」と口を揃えたため、魔石を使って町の外に送り出す。行き先を伝えたので、無事に辿り着ければ、彼らももう二度と鎖につながれることはないだろう。


「……よし、戻るか」


 月明かりの下、愁は静かに夜道を駆ける。


 宿に戻り、部屋の扉をそっと開けると、リアとスフィアが変わらぬ寝息を立てていた。その無防備な寝顔に、ようやく自分も安堵を覚える。


「……明日はメラリカさんを村に招待する日、か。忙しくなりそうだな」


 そう呟きながら、愁もまた静かに床に就いた。けれどその胸には、確かな満足と、小さな達成感が灯っていた。


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