第3-2話 魔獣との戦い
周囲は開けた荒野。
木々もまばらで、昼であれば遠くの地形までも見渡せるほど見晴らしの良い地形であったが、今は月明かりすら薄く、視界は決して良好とは言えない。
目を凝らせば、乾いた大地を無数の蹄が踏みしめ、細かな砂を巻き上げているのが見える。夜闇に浮かぶその煙は、まるで不吉な狼煙のように、静かに天へと昇っていた。
やがて、魔獣の群れが一般人であるリアたちにも視認できる距離に迫った、その時──愁の背後から、二度、ハンドベルの音が響いた。
甲高く、透き通る音。まるで風そのものが鳴らしたかのような澄んだ音色は、通常のハンドベルでは到底届かぬはずの距離をも軽々と超え、周囲に響き渡る。
その音を合図に、リアと亜人たちがいる場所を中心として、上級魔法〈守護者の聖域〉が展開された。
結界の発動を確認した愁は、静かに歩みを進め、リアたちとの距離を取る。
慎重にいくつかの魔石を生成しながら群れを観察すると、先頭との距離はおよそ五百メートルほどだ。
闇の中から押し寄せる影の波──それは魔獣の群れ。
一体一体が三メートル近い巨体を誇り、漆黒の毛皮に覆われた姿は、狼にも似た異形の獣。その眼は灼けるような赤で、光を宿したようにぎらついている。夜を裂くかのように、不気味な光を放ちながら、地を這う影のように迫ってくる。
しかし、魔法の気配は感じられない。愁は冷静に判断する。
(遠距離からの攻撃手段は、持ち合わせていないようだな)
ならば先手必勝。少しでも数を削るべく、彼は手際よく〈爆裂〉の魔石を複数生成し、群れの中心へと投げ放つ。
次の瞬間、炸裂音とともに激しい爆炎が地を揺るがす。複数の魔獣が爆風に巻き込まれ、肉片と煙とが空へ舞う。
すぐさま愁は〈暴風〉の魔石を起動し、爆風で巻き起こる砂塵が視界を奪うのを防ぎつつ、逃げようとする群れの先頭を一掃するように風圧で吹き飛ばした。
そして、その隙を突いて再び〈気配探知〉を展開。現状を把握する。
「……今ので数は──七十八匹。悪くないけど、まだ多いな」
爆風と暴風の影響で、群れの進行速度は明らかに落ちていた。
愁は好機を逃さず、さらなる攻撃に転じる。
水属性の魔石を用いて前方の魔獣たちに大量の水を浴びせ、その直後、〈雷撃〉の魔石を次々と投じて雷の奔流を走らせると、水を伝い、魔力の雷は一瞬で広範囲に走った。
空気を焦がすような音と、獣たちの絶叫。そして鼻を突くのは、焼け焦げた肉の臭い──
(……くさいな)
現実を強く思わせる臭いに顔をしかめながらも、愁は次の行動を見据える。
水と雷による連携攻撃で、ほとんどの魔獣は行動不能に陥った。残るは六十匹程度。
しかし、その時──愁の〈気配探知〉が、異質な反応を捉える。
膨大な魔力。まるで空間そのものが揺らぐような圧。明らかに他の魔獣とは一線を画す存在──それは、まさしく『ボス』と呼ぶに相応しい強敵の予兆であった。
「……なんだ?魔力は感じるのに、姿が見えない……?」
視界を巡らせても、特異な存在の姿はどこにも見えない。だが、〈気配探知〉には確かに引っ掛かっている。
気配を誤魔化す何らかの手段を使っているのだろうか──とはいえ、この圧倒的な威圧感の正体を視認できないという事実は、極めて危険だった。
さらに、さっきまで我先にと突撃していたはずの魔獣たちが、まるで何かに怯えるように、その場で立ち止まり、一歩も動こうとしない。
(……おかしい。何かがおかしい)
愁はふと、空を見上げた。
するとそこには、いつの間にか立ち込めた黒雲があった。
先ほどまではなかったはずのそれが、まるで天からの使者のようにゆっくりと一点に収束し、雷鳴にも似た不穏な音を鳴らしながら、徐々に電気を帯び始めている。
「……これ、やばいな。来るぞ、何か──」
刹那——凝縮しきった黒雲が、天地を裂くかのように漆黒の雷を落とした。
咄嗟に懐から魔石を取り出し、〈守護者の聖域〉を展開。強烈な雷撃を真正面から受け止めるが──直撃と同時に、地鳴りのような爆発音が轟き、結界そのものが砕け散る。
「おい、嘘だろ……?〈守護者の聖域〉は、上級魔法による強固な結界のはずだ。それが相討ちだと……?」
結界の崩壊は、ただひとつの事実を突きつける。この戦場に現れた“何か”は並の魔獣などではない。
——黒き稲妻。それは『WORLD CREATOR』には存在しない、未知の魔法の証。見たことも聞いたこともない魔術体系による破壊の光。
つまり、これから姿を現す敵は、未知にして強大。警戒を怠れば命を落とす。いや、それどころか、周囲全体が一瞬で地獄と化す危険すら孕んでいる。
(力の正体が分からないというのが、何より厄介だ……威力も範囲も効果も不明なまま戦えば、判断の遅れが命取りになる)
愁は周囲に目を巡らせた。群れをなしていた魔獣たちは、何かに導かれるように徐々に一か所へと集結し、左右に列を成して並び始めている。
その様子は、まるで──
(……まさか、道を空けているのか?)
その先に現れたのは、他の魔獣の倍以上はあろうかという、威容を誇る漆黒の狼だった。
濃密な闇をまとったかのような黒毛は、光を吸い込むかのように艶やかで、眼光は凍てつくほど鋭い。そして、その瞳──エメラルドを砕いて散りばめたような深い煌めきが、愁を射抜くように見据える。
威圧と畏怖。言葉にし難い禍々しさが、大気ごと愁を押し潰さんばかりに圧し掛かる。
「よくもまあ……これほどまでに、我が眷族を屠ったものだな、人の子よ」
それは低く、地の底から響くような声だった。感情を孕んだその声音には、冷酷な知性と、鋭利な怒りが滲んでいた。
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