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クラフトマスター建国記  作者: ウィースキィ
第一部 第一章 新たなる世界 【第一次王国 編】

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第6.5話 勇者アルバート


 アイラフグリス王国。


 王都オルグリオの中心にそびえ立つ、白銀の尖塔を戴いた壮麗なる王城。その最奥、重厚な装飾が施された『謁見の間』にて、一人の男が静かに呼び出されていた。


 重々しく軋む音を立てて扉が開かれると、光の中から現れたのは──雪のように純白な騎士服を身に纏った青年。勇者の証として王国より与えられるその装束は、厳かな威光をまとい、金糸で縁取られた意匠が彼の格を物語っていた。


 その男──アルバートは、陽光のように輝く金髪を肩口で揺らしながら、赤絨毯の上を音もなく歩み進み、玉座に辿り着くと片膝をつき、深々と頭を垂れた。


「第二階位勇者アルバート、御前に参上仕りました」


 王座に鎮座するのは、王国第十四代の治世を司るセルシオ・アイラフグリス。


 威厳に満ちた佇まいと、かつて『勇者』として名を馳せた壮麗なる風貌。銀白の髪を持ち、その双眸は鋼のごとく冷徹に、だがどこか慈悲深さを湛えながらアルバートを見据えていた。


「……ふむ、頭を上げよ、アルバート。そなたに頼みがあって呼んだ」


 その声音は、厳しさの中に確かな信頼を感じさせる低音。謁見の間に漂う空気が、まるで一瞬凍りついたかのように引き締まる。


「先日の報告だが、アークルトスの町にて異変があった。あの地の近郊に広がる大森林──旧亜人大陸最大とされるその森の主であり、『三獣神騎』のひとり……かつて大悪魔に仕えた『森の管理者』が動きを見せたとのことだ」


 その名が語られた瞬間、謁見の間の空気が僅かに震えた。


 森の管理者──それは神話の残滓のような存在。数百年もの時を森と共に生き、外の世界に姿を現すことなど決してないとされていた『古の魔獣の王』。それが今、沈黙を破って動いた。


「報告によれば、魔獣二百五十体を率いてアークルトスに侵攻を開始したという。だが、町の兵士と冒険者による討伐隊が現地に到着した時、そこには魔獣の影もなく、ただ“激しい戦闘の痕跡”のみが残されていたそうだ。そして同日、町の兵が“奇妙な服装をした謎の男”の目撃証言を挙げている。偶然の一致とは思えまい」


 アルバートの眉が僅かに動いた。


(魔獣の王と拮抗する者が……?しかも王国の情報網に引っかからずに……)


 それは明らかに、王国の秩序を揺るがしかねない“異分子”の存在を示していた。


 表情を引き締めたまま、彼は静かに口を開いた。


「……なるほど。もしその男が、魔獣との戦闘に関与していたとすれば──詳細な調査が必要でしょう」


 その的確な進言に、セルシオは満足げに頷いた。


「さすがだな、アルバート。話が早くて助かる。では命じよう──その男を探し出し、正体と能力を明らかにせよ。王国に害ある存在であれば討て。逆に、利用価値があると見れば……連れ帰れ」


 空気がぴんと張り詰めた。まるで王命そのものが剣のように鋭く、使命の重みを肌で感じさせる。


 アルバートは、再び頭を深く垂れた。


「御心のままに──必ずや、果たしてみせましょう」


 凜とした声が謁見の間に響いた。それは、揺るぎなき意志と覚悟を秘めた響き。その声音に、一片の迷いもなかった。


 王の信頼という重みを背に受けながら、勇者は静かに立ち上がる。


 深紅の絨毯に染み込むような靴音が、静謐な空間に響き、やがて振り返った彼の瞳には、まだ見ぬ“脅威”への覚悟と、使命に燃える『揺るがぬ光』が宿っていた。


 重厚な扉が閉じる音が背後で響く。


 謁見の間を後にしたアルバートが石造りの廊下を進むと、そこには彼と同じ白銀の騎士服を身に纏った小柄な少女が一人、無邪気な様子で立っていた。まるで退屈の象徴のように、壁にもたれかかっていた彼女は、アルバートの姿を見つけるなりぱっと顔を輝かせて駆け寄る。


「ユア、新しい任務だ。一緒にアークルトスの町へ向かうぞ」


 声をかけた途端、少女──ユアは短く整えられた栗色の髪を揺らし、弾むような足取りでアルバートのもとへ駆け寄る。


「お師匠さま、お疲れ様です! もう、本当に暇でしたよ! それで、それで、今度の任務ってなんですか?」


 きらきらと目を輝かせながら問いかけてくるユアに、アルバートは苦笑しつつ、周囲を一瞥した。


「ここでは話せん。道中の馬車で説明する。すぐに出発だ」


 そう言って、彼はユアを伴い、王城の厳かな石階段を下りていく。外の空気はひんやりと澄んでおり、冬の訪れを感じさせる。街路にはまだ雪はないが、空を流れる雲の色は鈍く、遠くの風の匂いが微かに雪の気配を含んでいた。


 城門前に待機していた黒馬が曳く馬車へと乗り込み、アルバートは御者に軽く合図を送る。車輪がきしみをあげてゆっくりと動き出し、やがて王都の石畳を離れて郊外の街道へと入った。


 車内には柔らかな揺れと、馬蹄の音が心地よく響く。アルバートは少し間を置いてから、静かに口を開いた。


「今回の任務はある“男”を探すことだ。魔獣の群れ二百五十と、森を統べる“管理者”を相手取り、ひとりで対処した可能性がある」


 ユアの表情が少しだけ真剣味を帯びる。


「……そんな人、本当にいるんですか?」


「目撃証言がある。だが、すべてが不可解だ。森の管理者がなぜ動いたのか、そして戦闘の痕跡はあるが、魔獣もその男も跡形もなく姿を消している。調べるべきことは多い」


 アルバートの声には慎重さが滲む。もし、その男が本当に実在するのなら、国家にとって『大きな脅威』にも、『計り知れぬ力』にもなり得る──だが、そんな緊張感に水を差すように、ユアはぱっと表情を明るくして身を乗り出した。


「あっ、それよりお師匠さま! アークルトスの町って、もうすぐお祭りじゃないですか? 越冬と来年の豊作を願う大きなお祭り……ちょっとくらい見られる時間、ありますよね?」


 任務そっちのけで祭りの話に夢中な様子に、アルバートは思わず眉をひそめる——が、すぐに肩の力を抜き、軽くため息をついた。


(まったく……どこまで本気で、どこまで甘えてるのか、わかりづらい)


 だが、彼は知っていた。この少女は、任務になれば『誰よりも真剣に』取り組むということを。


「……少しくらいなら、な。任務に支障が出ない範囲で、だ」


 その言葉を聞いた途端、ユアは両手を大きく上げて喜びの声をあげた。


「わーい! やったっ! 私、任務がんばりますから!」


 まるで子供のように無邪気なその笑顔に、アルバートもわずかに口元を緩める。甘え上手で、肝が据わっていて、時に予想を超えてくる弟子。それが、ユアだった。


 しかしこの時、まだ彼らは知らなかった。この任務が、ふたりの未来を大きく揺さぶる『運命の扉』であることを。


 こうして、王国の勇者とその弟子を乗せた馬車は進む。寒風を裂き、アークルトスの町へと。その地に待ち受ける、数奇なる邂逅と嵐を知らぬまま──


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