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Iam…

作者: mayu

やらなきゃいけない事とやりたい事。

どちらかを優先しなくてはいけないとなると、それはやらなきゃいけない事であり、その中にはやりたくない事も含まれてる。

やりたい事もやるとなると、1日24時間では時間が足りない。

少なからず1度は思った事があるだろう。

『もう1人、自分がいれば』と。

大学受験に追い詰められてたぼくのそんな呟きに、父が地下にある書斎から大事そうに抱えてきたのは、今では重要文化財に指定されている紙で出来た本だった。

曽祖父が残したコレクションである昭和から平成にかけてのありとあらゆる本は、今では父の書斎の半分以上を占めていた。

ぼくは幼い頃から父の書斎に入り浸り一日中、本を読み漁っていた。

手から伝わる重さや紙の匂い。ページを捲る時の音。電子化された本では味わえない、本を読んだという充実感と達成感。

しかし地球は資源が乏しくなり、紙を作る事が禁止されているのが現状であり、今や手に入るのは電子書籍のみ。

紙の本は闇市など裏の世界で取引される代物であるため、父は決して書斎から持ち出すことはただの1度も無かった。

そんな父が書斎から持ち出したのは1冊の漫画本。その本を片手で持ち上げると、少し高めの声で。

「コ、………コピーロボット!」

と叫んだ。

「……え?……な、に??」

「…………いや、何でもない」

父はゴホン、と咳払いをして黒縁メガネのつるをくいっと上げた。

「実は父さんも昔、もう1人自分がいればと思った事がある」

「へぇ…そうなんだ」

「あれは父さんが大学院生だった頃。教授の手伝いで研究に打ち込んでいた時だ」

「…人手不足だった、とか?」

「いや。人は足りてた」

「学校が忙しかった、とか?」

「いや…あのな…ええと、なんだったかな??」

ごにょごにょとはっきりしない口調の父は、結局どうでもいいだろ、と話を打ち切った。

「と、とにかくだ!父さんはコピーロボットの研究に人生を掛けることに決めた」

「………そ、そう?……頑張って?」

「何言ってる!お前も手伝うんだ!!」

「は?」

「明日から忙しくなるぞ!」

「ちょっ、待って。ぼく、受験で忙しく…」

「実は試作品はある!」

「え?」

「明日、大学に来い。実験に付き合え!」

父はそう言うとバタバタと書斎に戻り、服が少しはみ出た旅行カバンを持って戻ってくると、すぐさま家を出ていった。

「……ああなっちゃうとダメなのよね」

夕飯の支度をしていた母がキッチンから顔を出してため息混じりに呟く。

「…だね」

ぼくの口からも漏れるのはため息のみ。だが、コピーロボットが現実に存在する。それが本当ならば、これ程わくわくする事はないと感じているのは事実でもある。

無事に大学生になったぼくを待っていたのは、更に忙しい日々。

大学へ行き、勉学に励み、人間関係を構築し、父の研究を手伝う。全てやるには時間が足りなくて、ぼくは父の実験台に志願した。

それまでも何回か実験台にはなっていたので抵抗は無かった。

今まではあくまで、短時間のみ。長くても24時間のみ、と決められていた実験の長期データーを取る為のモルモット。

漫画みたいな小さな人形が人間サイズに大きくなる、という技術は再現出来なかったが、ベットに横たわるそれは、のっべらぼうのただの人形。ぼくはその人形に命を吹き込んだ。

そして、ぼくは2人になった。

容姿、スタイル、性格、言葉遣い、細胞一つ一つが完全にコピーされたもう1人のぼく。

ぼくだけどぼくではない。もう1人のぼくが生まれた。

「何回も言うが、記憶交換は1日1回必ず行う事。じゃなきゃ色々面倒な事が起きる可能性大だ。あと、同時に同じ場所には存在しない事。家以外は別行動だ。この事は内密にする事。分かったな?」

ぼく達は顔を見合わせて頷いた。

「それと…」

父はスマホをぼく達にそれぞれ手渡す。

「その日の出来事を記録に残す事。それぞれ思った事でもなんでもいい。それを父さんに送ってくれ」

「分かった」

ぼく達は再び同時に頷いた。

「母さんには父さんから連絡入れておくからお前達は家に帰るんだ」

研究室から同時に出ようとしたぼく達を父さんが慌てて引き止める。

「お前達、別々に帰らないでどうする!」

「…そうだね」

お互いお先にどうぞ、どうぞと譲り合いが始まり、痺れを切らした父がぼくの腕を掴んで、研究室から追い出した。

「お前は先に帰れ。こいつは1時間後だ」

目の前で研究室の扉は冷たく閉まる。父さんは本物とコピーの見分けがついてるのか?そんな漠然な不安が込み上げてきたが、考えるのはやめた。

とりあえず、先に家に帰り、コピーの帰りを待つ。母には先にぼくが本物だと伝えておかないとな、など考えながら家路を急いだ。

母は能天気な方だと思う。

ま、何とかなるんじゃない?が口癖の人だ。

だから先に父から連絡がいってるにせよ、家に2人のぼくがいる事がまるで、ずっとそうだったように違和感なく受け止めていた。

ただ、どっちがどっちか分からなくないと困っちゃうからと、勝手にぼくの事を『ぼく君』。もう1人のぼくを『おれ君』と命名した。

だからこれからは、オリジナルのぼくは『ぼく』でコピーのぼくは『おれ』と区別して下さい。

コピーのおれは大学へ通い、将来の為に主に経済学を勉強し、友人を作り人脈を拡げていた。

ほとんど父の研究室へと通うぼくは、おれと代わって久々に大学へ行くと、たくさんの学生や先生に声を掛けられる事に、いつ頃からか少し違和感を感じていた。友達作りは苦手ではないが、これ程の知り合いを作れる自信は無く。男だけでなく女子に声を掛けられるなんて!と少し舞い上がってみたりもした。

少しずつ、ぼくとおれに違う部分ができ始めている。そう考えてもおかしくないだろう。

「人間が自我に目覚めるのは、だいたい2歳頃だと言う。早い子だと1歳半頃には嫌な事は嫌と意思表示を始めるからな」

ぼくとおれの違和感を話すと父はそう返答した。

「…この生活もかなり経ってるかな…」

「1年半以上は経ってるね。おれに自我が芽生え始めてもおかしくはないか…」

「……そうだな。そろそろ潮時かもしれないな」

父はそう言うと、少しぼくから距離を取り、どこかに電話を掛けた。『明日…ええ。…伺います』そんな言葉だけが辛うじて聞こえた。

通話の終わりに父は深い息を吐いた。

「…明日、どこか行くの?」

「ああ。…さ、もう家に帰るんだ」

「父さんは?」

「そうだな。片付けたらすぐ帰る」

「手伝うよ」

「いや、大丈夫だ。夕飯は…母さんに何か好きな物作って貰いなさい」

「……分かった」

目の前でパタンと閉まる研究室の扉。また感じるあの不安感。ぼくがぼくだけじゃなくなったあの日。父さんはぼくがオリジナルだと分かっているのだろうか?

孤独にも似た感情が蠢く。

潮時かもしれないな、と告げた父の顔は安堵したようにも見えた。

何に対してホッとした?

自我が目覚め始めたおれをリセット出来る事?

実験結果でデーターが取れ、コピーロボット計画を進めていける事?

それとも…

「ねぇ、何かしたいことある?」

夕飯はぼくのリクエストでゴロゴロカレーになった。ゴロゴロカレーとは具材の全てがとりあえず大きくて、肉も野菜もゴロゴロ入ってる甘口なカレー。

まだ小さかった頃、母の日に父とカレーを作る事にしたが、野菜を切るのが怖くて切れなくて、ほぼ原型のまま鍋に投入。父はゲラゲラと笑いながら、肉も大きなまま鍋に放り込んだ。

そんな思い出のカレーだ。

「…何が?」

おれが珍しくその日は家で夕飯を食べていた。最近じゃ帰ってくるのは夜中で。アルバイトを始めたとか言ってたが、本当の事は分からない。ここ何日はまともに顔を合わせて無かったような気もする。だから記憶交換も何日もしていない。

「……えっと、なんて言うか。やりたい事ってある?最後に」

『最後に』その言葉でおれの片方の眉がピクリと動いた。

「ぼく君。最後ってどういう事?」

おれより先に母がぼくに詰め寄ってきた。

「…えっと!なんて言うか。いずれはさ、こんな生活も終わるじゃん。いつまでも続ける訳にもいかないし…」

「そんな事ないわ!いつまでも2人でいればいいじゃない」

「その意見におれも賛成だな」

「だよね!」

母はおれの手を取り、ねぇーと同意を求めた。

「2対1で私たちの勝ちね」

「待って、待って。そういう訳にもいかないよ!考えてみてよ。ぼくとおれ、明らかに別人になってるよね?このまま続けてても、ぼくの代わりにはなれないよ!」

「だから?……元々別人じゃん、おれ達」

「いやいやいやいや…。ぼくはぼくだけだ!おれはぼくのコピーであって。ぼくじゃなきゃダメなんだ!なのに最近自分勝手に…」

「……ふぅん、で?」

「で、って。…だから今日で最後にしよう」

「リセット、するって事?」

「えー!母さんは反対よ!」

「ちょっと母さんは黙ってて」

「別におれいいけど…。ぼく、お前は覚悟出来るのか?」

「ぼくはぼくに戻るだけだ!」

「………ま、本人がいいって言うならいいけど」

おれは持っていたスプーンをテーブルの上に置くと両手を合わせ、小さく『ごちそうさま』と呟いた。

「さてと、最後の日を楽しんできますか」

「……どこか行くの?」

母がおれの後を追って玄関へと掛けて行く。くたびれたスニーカーを履いたおれは困った様に首を傾げた。

ぼくは2人の姿を遠くから見る事しか出来なかった。

「…泣かないで、母さん」

「………今日だけは…3人で…」

「うん。ごめんね。そうしたいけど、ね。……会いたい人がいるんだ」

「……好きな子がいるの?」

おれは照れくさそうに笑った。

「変だよね?おれはコピーなのに…。人間じゃないのに…」

「変じゃないわよ!」

母はおれの身体をぎゅっと抱きしめる。そして、耳元で告げた。『ぼく君の気持ちを変えてみせるわ』と。ぼくからは見えない位置で力こぶを握った。

「いってらっしゃい」

「ありがとう。行ってきます」

玄関のドアが閉まると同時に母は僕の方を振り返る。その顔は初めて見る、怒った顔。頬を赤く染め、唇を尖らせ、両手は腰に。怒りが足音でも分かる。ダイニングキッチンに戻ってきた母は仁王立ちしてぼくを睨んだ。が、怖さは全くない。

「ぼく君!どうしてリセットするの!」

「………おれはもうぼくじゃない」

「そんなことはどうでもいいわ!ぼく君はぼく君。おれ君はおれ君。それでいいじゃない。みんな私の家族なの」

「おれはぼくのコピーだ。……同じじゃなきゃ意味がない」

母と目を合わせている事が出来なくなり、ぼくは視線を残ったカレーへと移動させた。

「……実験は終わり。この先、世の中に出るコピーは強制終了する機能をつける」

「…………どうしても駄目なの?」

涙声の母の声が部屋に響く。その声はぼくの胸を締め付けた。

分かってる。

分かってるんだ。

大学にいる友人達は確実におれの友人達で。ぼくの友人ではない事。

あの人達はおれがいなくなって気付くだろうか?

外見だけ一緒のぼくを友人として受け入れてくれるだろうか?

おれとは違うぼくから離れてしまうのではないだろうか?

そう。ぼくは…

「………怖いんだ」

「え?」

「ぼくをリセットして、おれがぼくとして生きた方がいいって思ってしまう…」

必要とされてるのはぼくでは無く、おれの方だと認めてしまうのが怖い。

「………ぼくは…」

身体がブルブル震え出し、両目からは涙が溢れ出す。その場に蹲り、両手で身体を抱きしめるが震えは止まることない。息が上手く出来なくなり、ぼくは母へと手を伸ばした。母は慌てて、ぼくの身体をきつく抱きしめた。

「………かあ、さん」

「大丈夫、大丈夫」

子供をあやす様に、母はぼくの背中をリズミカルにトントンと叩く。

「ゆっくり、呼吸をして?」

「…………」

荒くなった呼吸は少しずつ平常に戻り、震えも止まっていった。ぼくは母の身体を抱きしめ返し、その胸に顔を埋めた。

母に優しく髪を透かれ、その温もりを確かめるようにぼくは目を閉じた。

「………ずっと、疑問に思ってた事があった」

「何?」

「ぼくは、誰?」





ボクハダレ?





そこは都会の喧騒もなく、世界中当たり前に建っている高いビル群もなく、人口密度も少ない。

波の音だけが絶え間なく聴こえる。

多くの人間が忘れてしまった、帰りたいと思うような、どこか懐かしく感じる。

そんな場所にその建物はひっそりと建っていた。

抜けるような青空と太陽の光で輝く海が窓から一望できるその部屋には、1人の青年がベッドをリクライニングさせ、ただ、外を見つめていた。

いや、顔を向けている、といった状態が相応しいだろう。

青年の目には何も映ってはいない。

魂のない抜け殻の身体だけがもう何年も生きて続けている。

ぼくはベッド脇に付けられたプレートを見て青年の名前を知るも驚きは全く無かった。

ああ、やっぱりそうなのか、と確信するだけのものだった。

『こいしかわひろと』

それは紛れもなくぼくの名前。

ぼくの名前だと思っていたものだ。

「5年前、広翔は記憶交換の途中で意識を失った」

父は閉ざされた窓を開け放った。風に乗って潮の匂いが部屋を通り過ぎていく。

「そのまま、生きる屍のような状態になってしまった」

「…………その記憶交換したコピーがぼくなんだね?」

「ああ、そうだ」

「……どうして、ぼくをリセットしなかったの?」

「私が頼んだのよ」

母は広翔のベッドの傍らで、誰からかのお見舞いのリンゴを丁寧に剥いていた。

「ぼく君は本当に広翔そっくりだったの。それなのに、リセットするなんて出来なかったわ」

「2年たった頃、自我が芽生え初め、いつしか自分をオリジナルと思うようになってきた。そして、広翔と同じ事を言った」


『もう1人、自分がいれば』と。


「父さんは広翔が本当に戻ってきたと思ったんだ。ぼく君の中で広翔は生きている、と。頓挫していたコピーロボットの研究をまた出来る事に舞い上がってたのかも知れない」

父は深々と頭を下げた。

ぼくとおれと。そして広翔に向かって。

「本当にすまなかった」

「……もう、いいよ。父さん」

「結構…いや、かなりおれは楽しかったよ」

「それで…ぼく達はどうなるの?やっぱりリセット?」

「……出来ればそれはしたくないんだ。な、母さん」

「絶対、しません」

母は剥き終わったリンゴに爪楊枝を刺し、一人一人の口の中に放り込む。

「みんな、私の息子です!ぜったぁぁぁい、リセットはしません!」

「母さんって………結構頑固だね?」

おれが呆れたように呟く。

「昔からだ」

父がため息を付いた。

「……さてさて。リセットしないと決まったら、早速ぼく君とおれ君には新しい名前を決めなきゃね」

「え?」

「だって、これからは広翔のコピーではなく、1人の人として生きていかなくちゃ。それには名前って大切よね?」

母は広翔のベッドサイドに腰掛けると広翔の手を握りしめた。

「広翔、どんな名前がいいかしら?」

問いかけに答える事はない。広翔はどこか遠くを見つめたまま。ぼくもベッドに腰掛け、空いている方の広翔の手を握った。

握られた手を握り返す事もない。

それでも、その身体は温かく、生きている。

「名前は、いいよ。このままでも」

「ぼく君?」

「それよりさ、広翔も一緒に。……5人で一緒に居られないかな?もしかしたら、心だって魂だって取り戻せるような気がするんだ」

「いいな、それ。おれも賛成。……もう、広翔の事、隠す必要もないし」

「…………っ!」

「か、母さん!何泣いてるんだよ!」

「う……嬉し泣きくらいさせなさいよぉぉぉ!」

「だからって号泣しすぎ」

「案外泣き虫なんだよな、母さん」

部屋の中に笑い声が響き渡る。この部屋では1度も無かったであろう光景である。部屋の前を通り過ぎた看護士が驚いた顔で再び部屋を覗いた。

「………広翔君、笑ってる?」

看護士の言葉に全員が広翔に視線を向ける。

どこか遠くを見ている。その姿には変化は見られないが、広翔の口元は微かに綻んでいるかのように見えた。



海が見える一軒家でぼく達家族5人は暮らしていた。コピーに潮風は大丈夫なのか?の問いに父さんはコピーの材質とかコーティングとか得意げに話していたが、それを遮るように母は話に割り込んできた。

「ねぇ、なんでお父さんがコピーロボット作りたかったか知ってる?」

「え?母さん知ってるの?」

「……っ、ちょっと母さん!その話はっ!」

母はうふふ、と嬉しそうに笑った。

「お父さん大学やら研究で忙しかったけど、カフェで働く私に会いたくて……ですって♡♡」



最後まで読んで下さってありがとうございます



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