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カード

 逃げる、逃げる、ひたすら逃げる。

 足が悲鳴をあげ、骨が軋み、筋肉が攣りそうになりながらもひたすらに足を動かす。


 背後にはゴブリン。

 バタバタという激しい足音が僕の鼓膜を揺らす。


「まだ諦めないのかっ!」


 くそっ! と苛立ちを吐き捨て、更に速度を上げる。


 これ以上はもうダメだと軋む足をそんなものは関係ないとばかりに酷使する。


 もう既に体力も限界を超えている。

 息をするのも苦しく、視界が揺らぐ。


 しかし、幸運にも僕の前に光明が現れる。


「――っ扉!?」


 ここもやはり石で出来ていた。

 僕は一も二もなく扉を開き、体を滑り込ませてすぐに閉める。

 自身の体で扉が開かないように押さえつけ、大きく深呼吸。


 乱れた呼吸と身体中から溢れ出る汗が鬱陶しい。

 ガンガンと扉を叩く音が聞こえるが、無視して体力の回復に努める。


「それで、ここは一体なんなんだ?」


 落ち着くとまた思考が回り出す。


 構造としては単純なもので八畳ほどの小さな空間。

 そこに一つ、ポツンと木製の宝箱のようなものが置かれているのみ。


 気になる。

 非常に気になる。

 またもや好奇心が暴走しそうになるが、今は自制する。


 ここで扉を押さえる役目を果たしているこの体を移動させるとゴブリンたちがこの部屋に流れ込んでくることだろう。


 その時点で僕の人生はバットエンドを迎える。


 数分か、数十分かそれとも数時間か、体感では物凄く長く感じられるくらいの時間ゴブリンたちはこの扉を攻撃し続けていたが、しばらくするとそれもなくなった。


 諦めたか? と恐る恐る扉を開けるとそこにゴブリンの姿はなくなっていた。


「よかった……やっとどこかに行ってくれた」


 安堵、そして緊張から解放された反動か体が膝から地面に崩れ落ちる。

 力が入らない。


「あ、れ?」


 意識が朦朧として突如、視界が暗転。

 僕は強制的に夢の世界へと旅立った。


 ◆


「ん……ここ、は?」


 覚醒。

 意識が蘇り、寝ぼけ目を擦りながら現状の把握に努める。


「……ああ、そうだ……ゴブリンに追われてここまで来たんだった」


 思考が再び回り出す。


 今、もう一度考えるとだいぶ頭のおかしなことになっているな。

 ゴブリンなんて空想の生き物。

 そんなのがいるだなんて言ったって誰も信じてはくれないだろうな。


 そんなことを考えて、一つ嘆息。

 意識を切り替えようと部屋を見渡す。


 この部屋にあるのは僕という人間、そして木製の宝箱のようなものだけ。


「結局これはなんなんだろう?」


 疑問が浮かぶ。

 ゴブリンなんて生き物がいたくらいだ、もしかしたらこの宝箱にも何か凄い物が入っているのかもしれない。

 またもや好奇心疼く。


 反省しないな、と思いながらもその好奇心はやはり押さえつけることは出来なかった。


 未だ疲労の残る体に鞭打って中央に鎮座する宝箱の目の前まで歩み寄る。


「鍵は……かかってないみたいだな」


 宝箱に手が触れる。

 ザラザラとしたどこにでもあるような木の感覚。

 なぜだか気分が無駄に高揚する。


 早く開けろと僕の中にある少年の心が訴えかけてくる。


 宝箱にかけた手が蓋を開き、そして今、それは開かれた。


 しかしてその中身とは――


「……カード?」


 宝箱の中にただ一つポツンと入れられていたのは小型長方形の物質。


 手にとってみるとその材質が気になった。

 紙のような感じでも金属のような感じでもない不思議な手触り。

 硬く、薄く、軽く、ツルツルとしている。


 そして何よりも気になったのが、そのカードに記載されている文字。

 日本語でも英語でも中国語でも無い、見たことも聞いたこともない文字。

 しかし、何故だかその意味が手に取るように理解できた。


 ――【魔魂簒奪(まこんさんだつ)


 その一言を呟いた、次の瞬間。

 手に持ったカードが眩いまでの輝きを放ち始めた。

 すると、なんということだろう。

 発光したカードが粒子となって崩壊を始め、そして僕の体の中に吸い込まれていく。


 僕は突然の出来事に大いに慌てふためく。

 光の粒子が全て体内に吸い込まれると体の奥底がとてつもない熱を発し始めた。


「あ……あ、つい……」


 しかしそれはすぐに落ち着いた。

 何が起きたんだ、と困惑。

 額に浮かんだ大粒の汗を拭い取り、冷静に今の状況を確認する。


 宝箱を開けたらカードがあった。

 カードに書いてあったよくわからない文字をなんとなく読んでみたら光り始めて僕の体の中に入ってきた。

 ……うん、よくわからない。


 本当にファンタジーじゃないか。


「全くこの塔の中は一体どうなっているんだ」


 その声には呆れと、そして隠しきれない喜色が滲み出ていた。


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