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第1階層フロアボス

 黒ゴブリンの能力の一つである“黒鬼化”の発動。それによって僕の肌が黒く変色、そして額から一本の立派な角が生えてくる。


 僕の身体能力は超上昇。体の奥から溢れ出る力の奔流を制御。脚に膨大なまでの力を込めて、地面を蹴る。


 僕と白月さんの距離は二十メートルほど。そして幸いにもまだ彼女もボスゴブリンも僕の存在には気づいていない様子。


 そのおかげでボスゴブリンはゆっくりとした足取り。


 この距離なら、まだ間に合う。


 一歩、地を蹴るごとに体は加速していく。今なら陸上競技でトップを取れる自信がある。


 体が気持ちいいくらいに風を切り、いつのまにかその距離はあと数メートルにまで迫っていた。


 だが、白月さんは恐怖による思考停止、ボスゴブリンは獲物が自分に恐怖しているということに対して愉悦に浸っているせいか、ここまでの距離に近づいているにも関わらず未だに気づいてはいない。


 僕はこれ幸いにと走る勢いを殺すことなく手に持った槍を大きく振りかぶる。


 そして……


「――フッ!」


 軽く息を吐き、有り余る膂力を持って槍を振るう。もちろんその攻撃対象はボスゴブリン。この時になって漸く僕の存在を知覚したボスゴブリンは慌てふためく。その瞳には混乱の色が色濃く映し出されていた。


 狼狽する彼にしかし僕は一切の容赦なく槍を胴に袈裟懸けで一閃。ボスゴブリンは突然の出来事に対処することができずにその攻撃をまともに受け、血の噴水が出来上がる。


 ベチャベチャッと石畳の床に血飛沫が飛び散り、僕の体を紅に染める。同様に、その近くでへたり込んでいた白月さんも血のシャワーを浴びることになった。


「な、なんで……」


 呆然と僕を見上げる彼女。その顔にはもう恐怖はなく、間一髪命が助かったという安堵とそして何故僕がここにいるのかという困惑がない交ぜになった複雑な表情を浮かべていた。


 彼女の疑問にしかし僕は答えない。それは僕が彼女のことが嫌いだ、とかそういうことじゃない。


 まだ、あのゴブリンは死んでいないんだ。ひどい傷跡を抑えながらも、気丈に僕を睨みつけて剣を手から離してはいなかった。


 重低音の腹に響くような唸り声をあげ、ゴブリンは強く剣の柄を握りしめる。


 攻撃の予兆。肌を刺すような殺気が僕を襲う。けれど、それはあの黒ゴブリンと比べると少しばかり劣ると言わざるを得ない。そしてそれは僕がこのゴブリンよりも格上であるという証明でもあった。


 僕は瞳を紅に輝かせると、この“恐慌の紅瞳”の効果はすぐに現れることになる。


 目をゴブリンへと向け、視線が交差する。すると、その直後のこと。ボスゴブリンはより濃い怯えに体を支配されて身動きを封じられる。


 これでもう、僕の勝利が確定した。怯えで足が震え上がり、もう何もできやしないボスゴブリンはせめてもの抵抗とばかりに剣を投げつけてくる。だが、体に力の入らない状態で投擲されたそれは威力もスピードもなく、槍を軽く振るっただけで容易に防ぐことができた。


 今度こそ、僕へ抵抗する手段は完全になくなった。これ以上余計な恐怖を煽らせて無残に殺す……なんて残酷なことをするつもりはない。


 僕は体の力が完全に抜けきり、地面に尻餅をついたボスゴブリンへと歩み寄り――首を刎ねた。


 そこに躊躇はなく、思い切りよく槍を横に一閃した。人外じみたその腕力を惜しみなく使った攻撃は見事なまでに綺麗に首筋を両断した。


 今度は血の噴水などでは表現できないまでの鮮血が飛び散る。まさに雨、紅の通り雨だ。それはこの部屋中全てを赤に染め上げた。


 血の雨が止むと同時に死体は黒い靄となって消え去り、僕の体に熱がこもる。レベルが上昇したみたいだ。


 黒い靄が完全に消えて無くなるとそこにはキラリと光る小さな石――魔石とドロップアイテムの金の王冠、それにボスゴブリンの額にあった一本の角が落ちていた。


 換金額としては相当なものを期待できるだろう。とくに金の王冠が純金であったなら小金持ちになれるかもしれない。


 ワクワク気分でドロップアイテムを拾い上げていると背後から声をかけられた。声の主はすぐに分かった。白月さんだ。


「あ、あの……」


 しかしその声はあの強気で他を寄せ付けない我の強い印象だった白月さんのものとは思えないほど弱々しい声だった。



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