不吉な予感
室内の温度が急激に低下した。
それは、冬華の放った【氷魔術】“凍結”の効果であった。
これにより、ジュエルタートルは完全に氷の中へと閉じ込められ、凍死を待つのみとなった。
もともと、宝石を射出する、というのが主な攻撃手段だったこともあって、ジュエルタートル自体の筋力はそう強いものではない。
もちろん、二十階層のフロアボスというだけあって、そこそこ程度のものではあるのだろうが、しかし、冬華の氷の檻を抜け出すことは叶わず、待つこと一時間。
ジュエルタートルは氷の中で黒い靄となって消え失せた。
それと同時に、冬華は“氷結”を解除。
中からは、ジュエルタートルの魔石と甲羅、握り拳大の宝石が現れた。
「これで、依頼完了……ですね」
あっさりと彼女は言い放ち、地面に転がる宝石を手に取った。
翡翠色の美しい宝石。
ダンジョンの放つ淡い光に照らされて、宝石は燦爛に輝く。
「そうだな、依頼主に宝石を届けて、そしたら一億か……」
割りのいい仕事だ。
僕は魔石を拾い上げながら呟いた。
甲羅は大きい上にやたらと重い。
“転移門”を使える僕のような人間や、収納系のスキル持ちでなかったら持って帰るのは困難だっただろう。
まあ、今回は宝石一つで一億も入るのだから、この甲羅を売って手に入る金額なんてのはたかが知れているのだが、やはり貧乏性はなかなか抜けないもので、価値があるものはどうしても拾ってしまう。
大きさは僕の身長の二倍近く。
重さは百キロを超えるかというレベル。
発動したままの“黒鬼化”による、強化膂力でもってジュエルタートルの甲羅を背中に担ぎ、冬華へと向き直る。
「依頼達成の報告とかもあるし、今日はここら辺で帰ろう」
時間的にはまだ大丈夫なのだが、この甲羅を担ぎながら戦うのは正直厳しい。
「分かりました」
冬華もそれがわかっているからか、すぐさま了承の声が届いた。
これから入る一億に期待が膨らんでいるのだろう。その声にはいつも以上の喜色が浮かんでいた。
◆
“転移門”を用いて、ギルドへと帰還。
“黒鬼化”を使っていてもまだ重いジュエルタートルの甲羅を担いで、僕たちは扉を開いた。
途端、視線が集まる。
ギルド会館に訪れていた数十人の探索者の目が僕たちに向いたのだ。
とはいえ、僕たちも注目されるだろうことをは分かっていた。
なにせ、こんなにもバカでかい甲羅を背負っているんだ。
目立たないわけがない。
そんなわけで、僕たちは集まった視線の数々を無視して、いつも通りにカウンターへと向かう。
「柊木さん、おかえりなさい」
カウンターに座る受付嬢の一人、立花さんが僕を呼びかけた。
「え、あ、はい。ただいまです」
僕は思わず吃った声を上げ、立花さんはからかい混じりにクスクスと上品に笑った。
「白月さんも、おかえりなさい」
「はい、ただいまです」
こちらは普通の挨拶だ。
そして、何がしたかったんだ、という間も無く彼女は僕の背負う大きな甲羅へと視線を移した。
「それ、ジュエルタートルのドロップですか?」
「あ、はいそうです。あと、これも」
僕はカウンターに魔石を置き、更に地面へと甲羅を下ろした。
もちろん、宝石はまだ出さない。
「この二つを換金して貰ってもいいですか?」
「わかりました。少々お待ちください」
先ほどまで僕をからかっていた立花さんは、打って変わって真剣な仕事モードへと突入した。
僕らはその間、いつものようにギルド内に設置されたソファで疲れた体を休めておく。
すると、それから数分。
立花さんは早々に鑑定を終えたようであった。
トレーに乗せられた札束と明細書を手渡され、さて、ギルドマスターに依頼達成の報告にでも行こうか、と思ったその時。
肩で息をしたギルマスが、充血した眼で僕たちへと迫ってくるのが視界に入った。
ギョッとする僕たちをよそに、ギルマスは僕の肩をガシッと掴んだ。
「ひ、柊木くん、それに白月さんも……戻ってきていたんだね! 良かった。ちょ、ちょっと面倒なことになってね」
ついて来てくれ。
そう言って、ギルマスは僕らの手を引き、歩き始めた。
方向的にギルマスの執務室あたりだろうが、一体何があったのか。
嫌に焦っているようだが、彼が言うように本当に厄介な予感がしてならない。
受付の隣の扉を通り、その奥。
以前僕たちが訪れたギルマスの執務室。その隣の部屋へ、僕たちは通された。
ガチャリ、と音がしてギルマスが扉を開き、僕らへと入室を促す。
それに逆らう、という雰囲気でもなく、僕たちは抵抗もなくそのまま足を踏み入れた。
しかし、それは間違いであった。
扉の向こう。
部屋の中にいた男を視界のうちに収めたとき、僕はそう思わずにはいられなかった。
執筆にとれる時間がなくなってきたので、今後、投稿ペースが落ちてしまいます。
申し訳ないです。
来年の春終わりにはひと段落して更新ペースも戻ると思われます。




