第3話
異世界もの書いていると地球の概念で書いても良いものか悩みますね。かといって独自設定を持ち出すとこれまた説明に時間を取られて話が進まない。両立している方は本当にすごいと書いていて思いました。
ミリア先生の後ろに付いて来て辿り着いたのは、学園長室のある本校舎から歩いて15分ほどの学園の北にある山へと続く森の中だった。
学生は校則で森(もちろん山も)への立ち入りを禁止されている。それを破る馬鹿もいるらしいが、もれなく謹慎、最悪退学まであるらしい。
その立ち入り禁止区域の、さらに校則違反者の学生に万が一見つからないように数種類もの結界を張っているのがシエルフィード王国唯一の管理されている魔力溜りだ。というのを森に入って改めて今回の試験の場所の説明をミリア先生がしてくれた。守秘義務を破ると国家反逆罪だとも。
「さて、着いたわ」
「ここ、ですか?」
そこは森の中なのに少し開けて地面が覗いていた。魔力溜りだというからてっきり周りよりも自然が濃いのかと思っていたが逆だったらしい。
「なんだかあまり特別な場所という感じがしませんね」
「それは意図的にそうしているのよ。もし億が一学生に発見されてもそう感じるようにね」
「なるほど、納得しました」
「そう。それじゃさっそく試験の準備を始めましょう。改めて、なにか手伝いはいる?」
「いえ、大丈夫です。あ!魔法液を頂けますか」
「わかったわ。えっと、はい!これが今回使ってもらう魔法液よ」
ミリア先生がスカートのポケットから瓶を取り出す。そんなところに入れておいて転んで瓶を割ったらどうするつもりだったんだろう?まあミリア先生に限ってそんなドジなことするわけないか。
俺は魔法液を受け取ると開けた場所の中央付近へと移動した。そして瓶の蓋を開け、ドロリとした魔法液を人差し指で掬うと地面に魔法陣を描いてゆく。最初は教科書とにらめっこしながら書いていたこの魔法陣も、今や目を瞑ってもさらりと描けるぐらいには体が覚えてしまった。円形の陣にさらに魔法陣を描く際に用いる魔法文字を書き連ねてどういった効果を及ぼす陣なのかを定義づけていく。
いつもより丁寧に、丹念に時間をかけて魔法陣を描ききる。どのくらい時間が経っただろうか?最低でも30分は掛かる魔法陣を体感で1・5倍から2倍くらいの時間をかけて書いたのだが、その間一言も喋らずに、ミリア先生は見守ってくれていた。ミリア先生が俺の担任で本当に良かったと思う。
後は俺の心の準備だけとなった。かつてないほど緊張しているためか、手が震えている。けど、臆してばかりいては余計出来ないだろう。こんな様で失敗してしまっては快く送り出してくれた村の皆にも顔向けできない。
よし!覚悟を決めるぞ!
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改めて今日のこの召喚に至るまでの経緯を思い出してみても、なぜこんな結果になってしまったのかわからない。召喚に失敗したのなら、今までどうりで残念な気持ちになるだろうけども理解の出来る事象だ。それは単に俺に魔力はあっても魔法の才能が全くなかったという現実に過ぎない。
しかしどうしてこの国の第一王女様が召喚されてしまったのか。その王女様にも話を聞こうとミリア先生と近づくと、突然召喚された衝撃から立ち直ったと思われる王女様がしきりに体を動かしている。体に違和感があるのだろうか?まさか召喚されたことへの副作用!?
「あの……、俺、いえ、私はシエルフィード学園魔法科1年のラルクと申します。平民のため姓はありません。先ほどからお体を気になされているようですが、どこか体の調子でも悪いのでしょうか?」
と軽く自己紹介をしつつ恐る恐る尋ねてみると
「いや、逆なのだ。ここ最近で一番調子がいい。……むしろ健康だったときよりも体が軽く感じる。これはいったいどういう……」
最後の方は小声になっていってよく聞こえなかったが体にどこか不具合が生じているといことではないらしい。その言葉にホッと胸を撫で下ろす。
「お初にお目にかかります、私はコートレイ男爵家長女、ミリア・コートレイと申します。今年よりシエルフィード学園の魔法科にて実技の担当をしております。大変ぶしつけなことをお聞きして申し訳ありません、アリスティア様は病気で臥せっていらっしゃる、という噂を耳にしたことがございますがあれは事実だったのでしょうか?」
隣でミリア先生も王女様に質問している。その問いに王女様は
「ああ、相違ない。余命一年を宣告されていたほどだ」
と、驚きの事実をさらっと仰った。
「あの、とてもそのようには見えませんが……」
「うむ、私も驚いている。召喚されたこともそうだが、自分の体を何不自由なく動かせるという事に」
「えっと、そんなに悪いご病気だったのですか?」
「魔力欠乏症という病気だ」
「ええ!?そんな難病を患っていたのですか、アリスティア様!?」
隣でミリア先生が驚愕した顔で声を張り上げていた。しかし次の瞬間には自分の行動に品がないと思ったのか顔を赤らめて咳払いをしている。
「魔法医からはそう診断を受けている。このあざがわかるだろうか?」
そういって夜着の胸元を指で下に少し広げて前かがみになる。扇情的な谷間が見えて胸がドキドキしてくるが今目を向ける場所はそこではない。というかもしそんなところを凝視しているなんてこと思われたら不敬罪で首が飛んでもおかしくない。
しかし王女様、いくら俺が平民で王族から見たら路傍の石ころ程度の存在なのかもしれないが、仮にも男である俺にそんな無防備な仕草をしてはいけないと思う。罷り間違って俺が襲い掛かったらどうするのだろうか?もちろんそんなことを起こす気はないし、仮に起こしたとしてもミリア先生に抑え込まれて断頭台行きが確定するだけだろうが。
そんな益体もないことを一瞬考えてしまったが、意識を切り替えて王女様が示唆した箇所に注目する。それは体の中心よりわずかに左の、鎖骨よりやや下にあるくらいの位置に幾何学模様にも見えるあざが浮かんでいるのが見て取れる。
「これは魔消紋というらしい。これが浮かび上がっているのが何よりの魔力欠乏症患者の特徴だそうだ。最初はうっすらと見える程度だが段々と濃くなり、それが濃くなるにつれて死に近づいているという。不治の病としては有名な病気だな」
王女様の紋はそれなりの濃さに見える。魔法医学の知識はほとんどないが余命が宣告されるほどには症状が進んでいたのだろう。
「私自身の魔力保有量は8000あり、普通の魔力保有量の人よりも魔力欠乏症に罹った時の寿命は長いと言われたのだが、それでも高価な魔力回復薬を飲む延命治療をしながらで1年半が限界だろうと言われていた」
この世界では魔力は自然回復が基本であり、寝ているときが一番その速度が速いと言われている。だが特殊な素材を使って調合された魔力回復薬を飲むと瞬間的に魔力を回復できる。と言ってもその回復量もそこまで多いわけではないらしいが。
「魔力欠乏症と診断されて半年が経った最近ではベッドから起き上がるのも億劫になるくらい体が怠く、立って体を動かす等到底できなかった。しかし今はその体のだるさも消え、すこぶる調子がよい」
「お体が快復したのであればとても喜ばしいことなのでしょうが魔消紋自体は消えてないのですよね?一先ずアリスティア様にどういったことが起こっているのか知るためにも学園の保険医に診ていただきましょう」
「シンクフォン殿だな。一度魔力欠乏症に罹ってから診てもらったこともある。学生時代にも何度か世話になった。彼女なら今の状態も何かわかるかもしれんな」
セラ・シンクフォン先生は長年シエルフィード学園の保険医を務める50代くらいの人である。シンクフォン侯爵家の現当主の2番目の妹に当たるらしいのだが結婚をすることなく魔法医学の道を邁進した結果が今のシエルフィード学園の保険医という立場らしい。俺自身他の学生が話しているのを偶々聞いた程度で詳しくはない。
「では、案内を頼む。私はここからの学園の方向がわからないからな」
「わかりました。学園はここから南の方角にあります」
そういってミリア先生は俺たちがこの場所に来た方向に向かって指を指した。それを聞いて王女様が少し考える様子を見せる。
「南……、という事はここは学園の北側……、なるほど、どこか見たことのある風景だと思ったらここは魔力溜りの場所であったか。しかしここは限られた者にしか知らされない場所なのだが二人は何故この場所にいるのだろうか?」
国家機密の場所に何故いるのか?もっともな質問なのだがそれには俺の情けない事情を説明しなければならない。見ればミリア先生がちらりと俺に視線を向けていた。もちろん誤魔化して話すなど論外なので恥を忍んで正直に話すしかない。
と、ここで一陣の風がサッと俺たちの体を撫ぜた。その際に腰まで届く王女様の濃紺の髪が宙に靡き、それが日の光をキラキラと反射してとても幻想的というか、神秘的というか、心を揺さぶられた。そのおかげかは分からないがあることに気づく。
この国では一年に三つの気候が存在する。より細かく分類すればもう少し分けることが出来るが大まかには温暖、熱暑、寒冷の三つだ。それが一年の初めから、温暖、熱暑、温暖、寒冷という順番で移り変わっていく。今は一年の終わりごろで丁度寒冷期から温暖期へと移り変わる過渡期で暖かい日とまだ肌寒い日が混在している時期である。そして今日はどちらかと言えば肌寒い日だ。
「王女様、その説明の前にこんな薄汚れたもので大変申し訳ないのですがこのマントを羽織っていただけませんか?その恰好では野外ですと肌寒いと思われます。お体の調子が戻ったと言っても何が切掛けで悪化するかもわかりませんし、少しでも冷やさぬようにした方が良いと思うのです」
そういって自分が羽織っていたマントを外し、地面につけぬようにしながら傅いて差し出す。もちろん定期的に洗ってあるのでそこまで汚いという事はないはず。それに暖かくして頂くというのもそうだが一民草相手にいつまでも夜着姿のままというのもよくないだろう。こちらとしては目の保養になるが相手が王族だけに不敬罪が脳裏をかすめてしまう。
「別に傅かなくともよいぞ。ここには我々しかいないようだしな。だが、その申し出はありがたく受け取ろう。確かに先ほど風が吹いたとき肌寒いと感じたところだった」
そう言って王女様はマントを受け取り羽織ると、身長もそこまで変わらないため地面に着くこともなく、また夜着姿もうまく隠れている。しかしこの王女様、王族という事を鼻にかけず、平民の俺相手に分け隔てなく接して下さっている。そりゃあ国民の間でも人気が出る訳だな。
「説明は学園に戻る最中でもよろしいでしょうか?まずはアリスティア様の御身を診て頂くことを優先にして頂きたく存じます」
ミリア先生が学園の帰還を促して短く詠唱すると魔法を王女様に掛けた。すると王女様の体が軽く宙に浮く。
「裸足で森の中を歩くのは危ないので浮遊魔法を掛けさして頂きました。私の方に掴まって頂けますか?王族の方にこのような移動方法を強いてしまうのは大変恐縮ではありますがなにとぞご了承頂きたくお願い申しあげます」
「うむ、構わぬぞ。急なことであるしこのような状況で我儘など言う気はない。それよりも案内を頼むぞ」
「ありがとうございます。それでは早速学園に戻りましょう。ラルク君、行くわよ」
ミリア先生は王女に頭を下げていたのを上げ王女に肩を掴んで頂くと、元来た道を歩き始めた。そしておれは再びミリア先生とミリア先生の肩を掴んでフワフワ浮かんで付いて行っている王女様の後ろに追従するのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。もう少し書くペースを上げられるようにガンバります。次回もよろしくお願いします<(_ _)>




