プロローグ
ありがとうございます。よろしくお願いします。
もう後がない。
これで失敗したら試験に落ち、退学させられる。それではあまりにも情けなさ過ぎて、快く送り出してくれた村の皆に顔向けできない。
そう自分に発破をかけて意識を集中する。目の前の床には試験の課題である使い魔を召喚するための魔法陣。最早何度挑戦したかわからないがこの魔法陣なら目を閉じていても描ける自信がある。それと召喚が成功するか全く関係ないのだが。
本来、ラルクこと俺が在籍しているシエルフィード王立学園には進級試験は存在しない。もちろん定期試験はあるのだが、それはその都度の己の実力の確認でしかない。
ならばなぜ今俺が進級試験を受けているのか。それは偏に俺の在籍する魔法科の生徒の誰もが入学から最初の月で終えているはずの使い魔の召喚を一年近く経った今でも終えていないからだ。
「いつでも始めてくださって構いませんよ」
「……はい」
万が一の暴発に備えて待機してくれているミリア先生から声がかかる。ミリア・コートレイ先生は2クラスある魔法科1年の俺が所属するクラスの担任だ。使い魔どころか魔法全般が出来ない落ちこぼれの俺に親身になってくれるとても良い先生である。
しかしいつでもいいとは仰るが失敗出来ないという状況が必要以上の緊張を生んで中々詠唱に入る踏ん切りがつかない。かといっていつまでも躊躇ってばかりもいられない。
ええい、ままよ!と、無理やり臆病を奥底に追いやって呪文を詠唱するとともに魔法陣に手を付き、魔力を流し込む。
『我、ラルクの願いに応えし者よ、我が魔力を糧に汝が力を貸し与える契約をここに』
すると、いつもは詠唱を終えても何の変化も見られない魔法陣が今日は激しく煌めく光を立ち上らせた。
「お、おおぉ!?やった!成功した!先生、俺やったよ!!」
「ええ、おめでとうラルク。これであなたも胸を張ってシエルフィード学園の魔法科生を名乗ってくださいね」
「はい!さて、いったいどんな使い魔が俺に応えてくれたんだろう?」
この世界、グランチュールにおいて、魔法使いの使役する使い魔とは精霊界と呼ばれるこの世界とは隔する世界から喚び出した精霊のことを指す。もちろんこの世界にも精霊は存在するが基本的には目に見えない。唯一精霊術師の才能があるものだけがその存在をその人の才能の大きさに比例して規模が変わってくるが知覚できる。しかしそれはとても姿形のあやふやな名状し難いものらしい。対して精霊界に存在する精霊は姿形がはっきりしており、と言ってもその姿は千差万別ではあるが、5段階の位階に分かれている。最上位の中にはグランチュールにおいても最強と名高いドラゴンの姿をした精霊龍と呼ばれる存在までいるとか。
ここまで失敗続きでほとんど挫折しかかっていた俺としてはもう俺に応えてくれたというだけで感無量だ。なので例え位階が一番低い精霊であったとしても喜んで受け入れられる。
そんなことを考えているうちに段々光が薄れて精霊のシルエットが浮かび上がってきた。のだが、それはなんだか座っている人、のような形に見える。人型の精霊ってもしかしてかなり位階の高い精霊ではないだろうか!そう期待を膨らませながら徐々に光が引いていった魔法陣の上にいる精霊に視線をさらに注ぐ。
そして露わになったその姿に目を奪われた。
座っているため、地面に少しついてしまっている夜空を想起させるような癖のない濃紺の髪。今まで生きてきて見たことのない、整った凛々しさを感じさせる顔立ち。そして女性の誰しもが羨むようなほとんどの男を虜にするであろう豊満な胸元にくびれた腰つき。手足はすらっと長く、徐々に開かれていった瞼の奥から見えた瞳は氷を思わせるような銀色だった。
精霊界にはこんなにも美しい精霊がいるのかと人生で一番驚いていると近くで同様に驚いているミリア先生が目に入った。けどなんだか驚きと同時に何故か狼狽しているようにも見える。
すると召喚陣の上に座っていた精霊が徐に立ち上がり周囲を見渡しながら見た目にあたわぬ美しい声でこう口にした。
「ここは……、どこだろうか?どこか、見覚えがあるような……。きみは?」
「え、えっと……、俺は……」
こんな途轍もない美人に耐性の俺は自分の名を応えるだけでも緊張して返事を窮してしまう。そうしてまごついている間に、何故だか冷や汗を垂らしながら驚きの硬直が解けたミリア先生が大声を上げた。
「ア、ア、アリスティア姫殿下!?そんな……?まさか……!?」
え!?アリスティア様だって?
その名は田舎者の俺でも知っている。この国、シエルフィードの第一王女様だ。でもそれだとおかしいじゃないか?召喚されるのは精霊界にいる俺の使い魔になってくれる精霊のはずだろ?もしかして偶然にも姿形が酷似している精霊がいたとかじゃ……。
「ああ、いかにも私はアリスティア・シエルフィードで間違いない」
その言葉で俺の淡い現実逃避は打ち砕かれた。何がどう間違ったのかわからないが精霊界から精霊を召喚したのではなく、グランチュールに存在する、しかも王女様なんてとんでもない方を召喚してしまったのだ。裏を返せば、俺はまた使い魔を召喚できなかったわけで……。
「これ、俺の試験、どうなるの……?」
これって王族の誘拐になるんじゃないの?ていう自らの進退が窮まっている未来から目を背けるように、そう呟いた。
お読みいただき、ありがとうございました!