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嗚呼、これが幸せな人生  作者: 杉岡昌明
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杉田庄助の人間性

 庄助は、授賞式会場へとやって来た。なんと、私服で。普通ならスーツの一着でも着るのだが、庄助はそんな常識的な考えはない。

「適当にやろうっと!」

 会場前でそう呟いた庄助は、中へと入った。編集者の小坂が手を振って庄助の名を呼んだ。

「お待ちしておりました」

「うーっす」

 どこまでもタメ口。

「では、まだ時間がありますので控室の方へ」

「かしこまり!」

 控室に入った庄助は、

「おいおい、他の奴らと一緒かよ」

 早々に愚痴を言う。

「申し訳ございません。大部屋しかないもので」

 優秀賞に佳作受賞の二名とその担当編集者が大部屋で授賞式を待っていた。

「なあ、お前、何賞?」

「あっ、優秀賞です」

「俺、大賞」

 庄助に言われたまだ若い女性は、むっとした表情をした。

 もう一人に近寄った庄助は、

「お前は、何賞? あっ、佳作か! ざーんねん」

 佳作受賞者は、人生経験を積んできたであろう年齢に見えた。その年上の男性に、庄助は無下な言葉を吐く。よし、みんなで庄助をぼっこぼこにしよう。

 庄助はイスにどかっと座った。

「おい、そこの姉ちゃん。俺に茶をわたせ」

「どうしてですか」

 女性はすでに怒っていた。当然だ、君が正しい。

「俺、大賞だから。大将なんだ。あっ、ここ笑うところ」

 庄助がそう言うと、女性はお茶が入ったペットボトルと手に取り、庄助に投げた。

 それをぱしっと音を立てて受け取る庄助。

「サンキュー」

 女性はゆっくりイスに座った。中年の男性は庄助を見ようともしない。

「自己紹介しよう。俺の名前は、杉田庄助。大作家になる男だ」

「なれねーよ」

 女性が言い放った。

「落ち着けよ、お嬢ちゃん。何、キレてんの?」

「お前、調子乗りすぎだし。私の方が年上だし。笹口さん、何とか言ってやってください」

 笹口と呼ばれた佳作受賞者の男性は、やっと庄助を見た。

「大賞を受賞したからと言って、そんな風ではやっていけないよ」

「いいんだよ、佳作笹口。俺はな、作家という職業で売れに売れて大作家になるんだよ。だから、こういう態度でいいんだよ」

 笹口はまた庄助から視線を外した。

「杉田、お前頭悪いのか。やっていけねえって言ってんだよ」

「お嬢ちゃん、俺なんかに負けて、ざーんねん」

 庄助はにんまりとした。

「くっそ! どうして、こんな奴が大賞なんだよ。マジで腹立つわ」

 女性は憤りながら再び座った。

「まっ、仲良くやろうや」

 庄助は、お茶をぐびぐびと飲んだ。

 小坂が控室に入ってきて、

「皆様、お待たせいたしました。お時間です」

 授賞式の開会だ。

 さて、笹口と優秀賞の女性の代わりに、ここで庄助の文句を言ってやろう。

 二人が負けた大賞受賞者の杉田庄助は、童貞である。笑うしかない。もう少しで三十歳だというのに。魔法使いになってしまうのだ。三十過ぎて童貞は、魔法使いの仲間入りだ。四十を越えて童貞なら、賢者だ。

 童貞の皆さんを馬鹿にしているわけではない。庄助があんなにも偉そうなのに、童貞だというのが笑ってしまうのだ。

 中学時代はいじめに遭い、高校時代にできた好きな女子に告白しようとしたら、キモがられて逃げられた。告白すらできなかったのだ。その庄助が、新人賞で大賞を受賞したからと言って、あんなにも傲慢な態度に出るのである。阿呆だ。身の程知らずだ。

 普通、いじめに遭って苦しんだ人間が、あのような態度に出るのであろうか。

 いや、常識を持った人間なら、そんな不遜なことはしないだろう。

 なら、庄助はどうして、ああいう人間になってしまったのか。

 答えはずばり、庄助は過去のことをきれいさっぱり忘れてしまうのだ。

 つまり、学ぶことができない。笑ってしまうだろう。

 都合のいいことだけ覚えている。

 逆に言えば、とても幸せな人間なのだが、一種の脳疾患を患っているのではないかと疑いたくなる。

 本当に、嫌なことや不快な出来事、不幸なことは忘れてしまうのだ。

 もう、どうしようもない人間である。

 馬鹿なのである。漫画のキャラクターばりに、ぶっ飛んでいるのである。

 皆さんも人生を生きてきて、苦しんだ経験をお持ちだろう。

 少しは庄助みたいに過去のことを忘れたいと思うだろう。

 でも、彼を見習ってはいけない。

 庄助みたいになってしまえば、誰からも見放される。

 だから、皆さんは、自分なりに過去の清算を行っていくのがいいと思う。

 庄助みたいに、三十歳手前で、あのような人間になってしまったら、後戻りはできない。

 さて、今回の新人賞の授賞式が始まる。

 おそらく、庄助はまた、馬鹿なことを言い放つだろう。

 

 



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