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冒険者の日常の日々  作者: りゅうけんたろう
第一章 下級下位
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日常16

 洞窟を出ると新鮮な朝の空気が鼻の中に広がり活力がわいた。

 武器のない彼女にはナイフを渡した。


『成り損ない』の居場所を探さないといけないのだが、彼女の力が役に立った。

 犬人族は嗅覚、聴覚が優れており、集中する事によって匂いを覚えた相手の位置ならばかなりの距離からでもわかるそうだ。普段は意識しないようにしているそうだ。そうでないと町中では色々な音や匂いに気が滅入るらしい。


「昨日離れた場所から移動してないみたいだ。相手もかなりの手負いだ。もしかして動けないのかもしれない。」


 彼女の鼻をひくひくさせながらある一定の方向を向いており、垂れた耳がわずかに持ち上がっていた。

 お互い痛む体に鞭を打ちゆっくりと歩き始める。

 ギリギリまで魔力を温存する方向だ。

 彼女は渡したナイフを腰のベルトに装備していた。後ろ腰にはもともと装備していた曲剣の鞘が二本刺さったままだった。それを置いていかないのかと聞くと、仲間との思いでがあるので持っていくそうだ。それにいざとなれば武器として使うそうだ。


 逃げてきた道を黙々と戻る。

 途中に木の実を採取し、朝食代わりにした。

 水は背嚢に入っている水筒でお互いに飲みまわした。

 朝のひんやりとした空気が、歩くたびに熱を持つ傷口を冷やした。




 日がだいぶ上がってきた。そろそろ捜索隊が派遣されただろうか。

 そんなことを考えていたら、先頭を歩いていた彼女が止まる。

 ここから幾ばくも歩くと『成り損ない』がいるそうだ。そろそろ準備をした方がいい。

 それを聞き背嚢を背中から降ろす。麻痺毒の入ったカバンを取り出す、中には麻痺毒の瓶がいくつか入っている。その中で今ではあまり使わないものを取り出した。この薬は元々野兎を吹き矢で狩るために買ったものだ。普段使う麻痺毒とは違い、毒の成分が体に影響を及ぼさないもだ。普段の麻痺毒が神経毒でこの薬は麻酔だ。この薬は量を多く使うのと、値段が高いのでかなり扱いにくいものだった。量が少ないと相手に針が刺さったまま逃げられてしまうこともしばしばあった。

 今回はこの薬を使って鎮痛剤の代わりにする。飲むわけにはいかないのでナイフの先につけて痛む部分に刺す。しばらくすると傷の痛みがなくなり、その部分の感覚がなくなった。かなり荒い使い方だが今はこれしか痛みを和らげるすべがなかった。

 お互いに動きを阻害する部分だけに処置をした。

 背嚢はこのまま置いていくことにした。戦うのにこの荷物はいらない。生きて帰れたら持って帰れるよう目印を付けた木の下に置いた。


「これなら、行けそうだ。」


 彼女は麻酔を浸したナイフを刺した後、体を動かし感覚を確かめていた。


「本当に来るのか、君はこんなことに付き合わなくていいだよ。」


 屈伸を終えた後、こちらに振り向きながら彼女が言う。


「いまさら何言ってるんですか、もう麻痺ナイフで自分を刺しちゃった後ですよ。覚悟は決めてきましたよ。大丈夫、何とかなりますよ。一緒に『成り損ない』を倒して笑顔で帰りましょう。」


 この敵討ちで彼女の悲しみや苦しみを和らげることができるか分からない。

 だが、気持ち蹴りをつけられるかもしれない。これからも冒険者を続けるならこういった出来事はよくある。友や仲間を失うたびに悲しみに暮れ、振り返ってばかりは居られないのだ。生きるためには冒険者を続けていくしかない。その区切りになればいい。


「―――ありがとう。」


 彼女は小さい声でそう囁いた。


 彼女の背中を軽く叩いて返事した。





 身を低くして気配を殺し、徐々に『成り損ない』に近づいている。

 空気が重くなり息苦しさを感じた。強敵が出すオーラという物だろうか、それとも体がただ単に恐れているのかは分からない。一歩一歩進むたびに足が鉛のように重くなり、心臓は早鐘のように鳴る。


 彼女が腕を伸ばし行く手を遮る。

 目標を視認したようだ。

 視線の先を確認する。『成り損ない』はうずくまりながら小刻みに揺れていた。

 遠目で何をしているのか伺い知ることができなかった。

 お互いに武器を抜き臨戦態勢に入る。ポーチから麻痺毒袋を取り出しゴーグルをはめようとした時、突然、隣から怒気を感じた。背中から一気に汗が噴き出すのを感じる。慌てて彼女の方を見ると体毛が怒髪天のごとくすべてが逆立っているように見えた。口からはウルフのような唸り声が重く低く響いていた。目は『成り損ない』を射殺すのではと思うほど睨みつけていた。何事かと思い『成り損ない』を凝視する。


『成り損ない』は揺れていた。

 それは何かを食べていた。彼女の発する気配に気づいたのかこちらに振り向く。

 奴の腕には人の足が握られていた。口は赤く黒く汚れており、端からは同じ色の腸がだらりと垂れ下がっていた。咀嚼は止まることがなかった。目線を下げた先には腹を裂かれた死体が転がっていた。辺りを血で染め上げたその死体の臓器は殆ど奴に食われたのだろう。四肢は食べやすいようにちぎられていた。死体は首をあらぬ方向に曲げられていた。腹をむさぼる時に力を入れすぎて捩じれたのだろう。



 それは彼女の仲間であり、幼馴染のクリスだった。





「ああああああああああ!」

 彼女は雄たけびを上げ、怒りに我を忘れ駆け出した。


 あまりの光景に呆然としてしまい彼女の行動を止めることができなかった。


 作戦とは違うがこのままいくしかない。

 彼女の後をついて走る。さすがは下級上位に足が掛かっているだけあり、とてつもなく速い。同じように強化しているのだが全く追いつく気配がない。


 彼女の方が先に『成り損ない』と対峙した。

『成り損ない』は足を投げ捨てて、彼女に体を向け腕を上げスタンスを広げる。見えていないがしっかり相手の位置を把握していることがわかる。その表情は怒っているように見えた。どうやら相手もこちらが何者か気づいたようだ。自分の目を潰した憎き敵であると。


「貴様ぁ!よくもクリスを、殺してやる!」


 彼女はそう怒鳴ると一気に懐に飛び込んでいった。

『成り損ない』が剛腕を振るう。昨日より速く鋭い。どうやら、このわずかな時間で回復したようだ。

 だが、彼女も速かった。その腕を搔い潜ると治りきっていない傷口を切りつける。

 その速さは目にも止まらなかった。追いかけながら見ていたが、一、二度、いやそれ以上の回数同じ場所に連続で切り付けていた。『成り損ない』は昨日手斧で切り付けた時より大幅に血を吹きだしていた。


 不意を突かれず、万全な状況なら彼女は『成り損ない』と対等に戦える実力を持っていたのだ。


 彼女の止まない攻撃に『成り損ない』はいいように切り付けられていた。

 しかし相手も馬鹿ではない。傷の大きな場所は腕で庇い深手を負わないように立ち回っていた。

 徐々にだが彼女の動きに慣れ始めているように思えた。


 自分も加勢したいのだが、何分力量に差がありすぎて参戦できずにいた。

 だが、徐々にだが目も慣れてきた。彼女は『成り損ない』の攻撃を躱しながら死角に回り込み攻撃を繰り出していた。そこに違和感を覚えた。なぜだがこの光景は昨日の自分を見ているようだった。『成り損ない』も馬鹿ではない昨日と同じ攻撃をされて黙っているのはおかしい。彼女に至っては怒りで我を忘れている。

 気づいた時には体が動いていた。



『成り損ない』は何かを狙っている。



 彼女が死角に周り切り付けていた時に急に『成り損ない』が吠えた。

 それは衝撃を与える咆哮だった。彼女はその咆哮が直撃して動きが止まる。彼女の眼は見開き驚愕する。

『成り損ない』の爪が彼女を襲う瞬間、奴と彼女の間に体をねじり込み、肩と手斧で爪を防ぐ。威力は少し弱まったが彼女と一緒に勢いよく吹き飛ばされた。そのまま大木に叩きつられた。

 彼女は木と自分に挟まれかなりのダメージを受けてしまい気を失う。ゆっくり体を起こし自分の状況を確認する。

 肩が切り裂かれ腕が折れたようだ。利き手が使えない。手斧も柄の部分が半分以上砕けてしまった。

 倒れたまま左手で地面に転がった手斧というには小さくなってしまったそれを拾う。

 肩からおびただしい量の血が出ている。衝撃であばら骨にヒビが入ったようだ。息をすると痛む。

 早く立たねば止めを刺されてしまう。彼女を守るようにして立ち上がる。息が苦しい。


『成り損ない』は余裕なのかゆっくりと歩いてきていた。

 昨日戦ったのだから自分の実力は知れてしまっている。


 片手斧になった手斧を腰に差し、脚に巻かれてあった包帯を無理やりほどき左腕を止血した

 これではもう逃げられない。彼女を担ぐことも無理だ。昨日と同じ状況に追い込まれてしまった。


 知らず知らずのうちに口角があがる。恐ろしすぎておかしくなってしまったのだろうか。それとも再戦できる喜びなのかはわからない。


「あぁ、二回戦開始だな。」


 相手を見据えながら、ため息と同時に震えながらも言葉がもれでていた。



 下級下位の決死の戦いが始まる。



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