日常15
目を覚ますと、揺れる薄暗い明かりが目に入る。
まるで、洞窟の壁に炎の光が踊っているようだった。
体を起こそうと身じろぎするが、痛みが走って勝手にうめき声が出た。
「起きたか。」
うまく動かない体をそのままに、首だけで声の方へ顔を向ける。
「どれくらい眠っていました?」
彼女は焚火の前に座り、火が消えないように番をしていたみたいだ。
「数時間くらいだ。体の方はどうだ。」
彼女に言われ、痛むが無理に体を起こし確認する。足や腕と腹に布が巻かれていた。
両腕の袖が破れており、布が足りない分を包帯代わりに使ったのだろう。
包帯は血が滲んでいるが、血は止まっているようだった。
体には匂いけしの粉が付いていた。彼女の白い毛にも同じものが使われていた。
「勝手に道具を使わしてもらった。」
彼女はそういって目くばせする。
視線の先を見ると背嚢から出したであろう応急手当の道具が置かれていた。
「いや、助かりました。」
「お互い様さ。」
彼女は控えめに笑う。
「朝になればギルドから捜索隊が出ると思うので、それまでここに隠れていましょう。外にはまだ『成り損ない』がうろついているかもしれません。それに、匂いけしの粉は多分これが最後でしょうし。」
炎に目を移しながら言う。
「・・・・いや、私は日が出たら奴を殺しに行く。」
彼女も炎を見ながら言った。
その顔は張りつめており、死を覚悟しているように見えた。
「そんな無茶な!その体では殺されに行くだけですよ。一度街に戻って万全の状態にしてから敵を討てばいいじゃないですか。」
彼女は首を振る。
「いや、街に戻ったら他の冒険者に先を越されてしまう。それに私のランクでは奴と戦う権利がない。」
『成り損ない』は中級の冒険者が対処する案件だ。
下級冒険者にはその権限がない。
彼女は下級中位で赤の森でオークを狩っていたそうだ。相手は四体で、こちらも四人でうまく対処していた。
あの時、聞いた音は彼女たちがオークと戦っていた時の音だった。
もうすぐランクが上位届きそうだったそうだ。その日はオークの前にも多くの魔物と戦っていたそうだ。
疲労もあって、その四匹を倒したら切り上げる予定だったらしい。最後の一匹を倒して一息ついたときに『成り損ない』が現れ仲間の一人の首を吹き飛ばしたそうだ。
後は、何とか戦い逃げようとしたが、疲れも重なりうまく逃げきれなかった。
隙を突かれてやられそうになった時にクリスに助けられたが、そのかわりクリスが重症を負い彼女がクリスに気を取られているうちにもう一人がやられたそうだ。
ある程度ダメージを与えていたので、そこからはなんとか逃げだせたが赤の森を出たところで魔力を使い切り動けなくなったそうだ。
クリスはパーティーのリーダーでもあり、同じ村で育った幼馴染でもあったそうだ。
「私があの時ヘマさえしなかったら、クリスは死なずに済んだんだ。」
彼女は両手を額に当てて嘆いた。
「それは仕方がないじゃ――。」
「それだけじゃない!私は斥候なんだ。常に周りを警戒して敵がいれば仲間に知らせるのが役目なんだ。それなのにオークを倒して気が緩み、奴の気配に気づかなかったんだ。そのせいで仲間が全員死んだのに私だけのうのうと生きてしまっている。」
彼女の声は震えていた。手で覆った顔から涙が溢れていた。
「だから、私がみんなの敵を討たなきゃならないんだ。」
僅かに漏れる嗚咽が洞窟の中に響いた。
しばらく泣いていた彼女に少しなるように言う。
彼女はおとなしくそれにしたがい横になった。横になった彼女からはすぐに寝息が聞こえた。
色々なものを吐き出して少しは気が晴れたのだろうか。薄闇の中で寝息と火花が散る音だけが響いていた。
考える。彼女はきっと止めても行ってしまうだろう。
ならば見捨ててここにとどまるか。いや、それはあり得ない。あんな姿を見てしまった。男としては助けてやりたい。
それに、ここまで生き延びたのだ一緒に生還したい。それならば『成り損ない』と戦うしかない。だが昨日、戦った感じ全く勝てる気配がなかった。いくら血を流してもなかなか死ななかった。
しかし、あれだけ痛手を負わせたのだ。うまくやれば倒せるかもしれない。
相手は両目が見えてない状態だ。二人でかかれば奇跡的に勝ててしまうのではと甘い考えを抱く。
でも、武器がない。今あるのはくたびれた手斧とナイフと針のない吹き筒だけだ。スリングショットは足をやられた時ポーチと一緒に壊されてしまった。――高かったのに。
麻痺毒袋玉は後二つ。麻痺毒の瓶はも少量しかない。刃につけて戦ったが、少し動きが遅くなるだけであまり意味がなかった。
それにお互いほぼ防具がない。彼女のは置いてきてしまったし、自分のは盾を壊され左腕と胴の皮鎧は裂かれていた。皮鎧での防御力ないに等しい。
魔力もまだ完全に回復していないし、体もうまく動くかどうか。だが、幸いこれには対処のしようがあるが。
とならばこの二つの武器でどうやって奴を倒すかが課題だ。
考えるが全くいい案が出なかった。
最終的に出た案は麻痺毒袋を投げつけて自分が牽制し、煙がなくなったところで彼女に加勢してもらうというどうしようもないものだ。相手は鼻と耳だけでこちらの気配を感知している。それならば鼻だけでも潰して音で撹乱するしかない。自分が間合いに詰めて戦っている間に彼女には音を立ててもらいながら魔法で戦ってらう。最後は二人で一気に仕留める。
微妙すぎる案しか浮かばなかった。
延々と無駄な案を考えていると彼女が目を覚ました。
「ありがとう。少し楽になったよ。」
起き抜けに彼女が言うと同時に腹の音が鳴る。
「いや、その、なんだ、こんな時でも腹はへるんだな。」
彼女は少し悲しそうに笑いなが言った。
「木の実があるんで一緒に食べながら『成り損ない』を倒す作戦でも考えませんか?」
昼間魔物を探しながら採取していた木の実を背嚢から取り出し二等分する。
「ちょっと待ってくれ。君はここに残って捜索隊を待つんだ。私に付き合う必要はない。」
彼女は困りながら断る。
自分のわがままに他人を巻き込みたくないのだろう。
「いや、一緒に戦いますよ。せっかく助けたんですから最後まで面倒みさせてくださいよ。」
わざと陽気に言う。
もちろん死ぬ可能性は高い。だが、彼女ひとりを戦わせるわけにはいかない。
なんといっても自分は冒険者だ。ここで命を張れない冒険者がこれから先やっていけるわけない。
「それに、せっかくの大物だ。奴を倒せば僕の名声が上がって女の子にモテモテですよ。下級冒険者の身でありながら『成り損ない』に立ち向かった勇敢な少年。街では英雄として称えられて御飯がタダになったりとかするかもしれませんよ。」
彼女は呆れたような顔をしたが、少し笑ってありがとうと言った。
あの後、考えた作戦を彼女と打ち合わせした。
彼女はあまり魔法は得意ではないそうだ。簡単な魔法はできるが強力なものは撃てないらしい。
それと怪我のせいでうまく魔力が回復してないそうだ。これはお互い様なので仕方がない。
長期戦に持ち込まれるとこっちに勝機はない。いかに迅速に相手の弱点を突き殺すかだ。
彼女も自分の案に賛成した。自分の中では、当たって砕ける多分駄目作戦と命名した。
結局は最後は運任せだ。
そしてもし駄目だと、勝てないと確信したら無理やり彼女を連れて逃げるつもりだ。
やったことはないが締め上げて気絶させるしかない。多分一生恨まれるが、いつかは理解してくれるだろう。
洞窟の外が少し明るくなり始めていた。
もう時間だ。お互いに顔見合い頷いた。
今日『成り損ない』を仕留める。