その3
「遅かったのね」
「……うん」
部室の前までやって来ると彼女は壁に寄りかかったままこっちを見始めた。カギを開けて部室に入ると後ろからついてくる。
「ずいぶん減ったわね」
部室の机のことだとはすぐには分からなかった。
「2人しかいないから」
部室にある机はパソコン用と俺と部長で合わせて3つ。去年は3年生もいたから減ってもおかしくない。
「そうだったわね」
肯定なのか同意なのか分かりずらい返答をしてから部長の席に座る。この人も寂しいとか思うのだろうか。
「座らないの?」
またあの目だ。見透かされているような感じがしてどうも落ち着かない。
「座るよ」
言ってから座る。本当に俺に何の用があるんだ。
椅子に座ってから彼女を見ると携帯を取り出してそれを操作している。その姿も絵になっていて映画やドラマを見ているみたいだ。
「ちょっと待ってて」
言われた通り少し待つ。
「これ、貴方よね?」
1枚の画像を見せてきた。
これに何の意味があるのか、それは分からない。彼女が何をしたいのか。それは何となく分かる。でも何でそんなことをするのか分からない。
画像には見覚えがある。これは俺だ。正確には俺がある女子大生と一緒に撮ったものだ。画面に向かってピースしている。ネットをよくやる人だったからあの人がどこかに載せたのだろう。
「まだあるわよ」
憶えている。ゲームをしながらいろんな話をした。相手がオタクだったからアニメとかマンガとかゲームとか、大半はそんな話だった。
ああ、好きな動画の話なんかもしたな。言い辛い呪文とかの固有名詞を早口で何回も言い合うなんてのもやった。誘われてオフ回に行ったこともある。懐かしいな。今じゃみんな思い出だ。
「色んな人と仲良くしてたのね」
けど、それが何だって言うんだ。
「これを見せたくてわざわざ?」
こんなことのためにわざわざ2人きりになったの? そう言いたくなるのを抑えることはできたけど訳が分からない。どうしてこんなことを?
「人に知られたくないわよね。特にあの2人には」
確かに知られたくは無いけどどうしてもって訳じゃない。それよりどうしてこんなことをするのか。その理由を知りたい。
「黙っててくれる?」
出方を探る。
「条件付きでね」
ああ、そういうこと。
「悪いけどパス」
雰囲気のオーラみたいなのが変わった気がする。こんな人でも動揺なんてするのか。
「どうして?」
表情自体は相変わらず無表情なままだ。
「脅しみたいなやり方が嫌い」
「いいの? 人に知られても?」
「とぼけりゃいいだけ。昔バカやったで済む話だよ」
オフ回だって出たのは数回、それだって今でも連絡を取り合ってる人間はいない。どこかの店に迷惑をかけたことも大声で暴れ回ったこともない。やったことと言えば夜中に終電目指して全力で走ったこと位だ。
「大体斎藤さん話す相手いる? 舞さんは中学時代俺がバカやってたのは知ってるし部長だって斎藤さんがこんなことしてるなんて話聞いたら信じる信じない以前にショックを受けると思うよ」
少なくとも部長の話からはこういう人だとは思えなかった。このことを知ったらあの人はどう思うだろう?
少なくとも俺はショックだ。1人でいることが多い人だから他人の秘密を言いふらせるとは思わないけどそれとこれとは話は別だ。そもそもこういうことをやる人だとは思わなかった。
改めて見ても目の前の人物は相変わらず何を考えているのか分からない顔をしている。
「斎藤さんは人と話すの好き?」
「嫌いよ」
だろうね。
「人がたくさんいるところは?」
「嫌」
他人が嫌いだろうということはわかった。
「じゅあなんでここ入ったの?」
「ここ?」
「普通の高校ってことだよ。中学の時行ったオフ会じゃ定時制や通信の高校通ってる人だっていた。大検取れば大学だって受験できるしわざわざ普通の高校行く必要ないでしょ」
昔の画像をいきなり見せつけられて脅迫まがいのことをされたんだ。これぐらいはやっていいだろう。
「何も知らないくせに」
「話さないのが悪いと思う。部長と話してみたら? 今日こういうことがあったって。あの人斎藤さんと話したがってたよ」
別に俺の悪口だって構わない。その結果部長が謝れって言っても納得できたなら謝ったっていい。少なくともこんな回りくどいことをやるよりは健全だよ。
斎藤亜里沙が部室から出て行ったのはその後すぐのことだ。部室を出るときの表情は何かを言いかけていたようにも、ただ睨んでいるだけにも見えけど、最後まで何を考えているのか分からなかった。
姿が見えなくなったのを確認してから自分の机に突っ伏す。全身の力が抜けた感じがする。糸が切れたようなってこんな感じだろうな。今ならよーく分かる。
あの人何なんだ。何であんなことするんだ。意味も訳も分からない。少し話しただけなのにホントに疲れた。
「よっ」
「入るね」
2人がやってきた。タイミング的に近くで待っていたのだろう。もし俺が女だったら舞さんに抱きついていたかもしれない。結果報告をしなきゃいけないけどその前にここを出たい。
「……どうだった?」
部長が珍しく控えめな声を出している。
「出てからでいい?頭の中整理したい」
校門を出たところで2人に何があったかを話すことにした。
「昔の話を持ち出された」
「何それ?」
きょとんとした顔の部長と納得したような顔の舞さん。これで分かったのか。舞さんすごいな。
「話しても?」
「いいよ」
積極的に話すことじゃないけど隠すことでもない。もう昔の話だ。
「女遊び、でいいのかな?中学の時すごかったんだよね」
「そんな感じ」
「へー。ホントに?」
「うん」
そのへーはどういう意味なんだろう。
「何か意外」
そっちの意味ね。よかった。
「目が合うとその子と仲良くできるかどうか何となく分かるんだよ。それでおごらせたり1人暮らしの子の家に泊まったりしてた」
「女子大生の家に何日も泊まってたこともあったよね」
ありました。
「……割とクズだね」
「全く否定できません」
おっしゃる通りです。
「今はやってないよ」
「だよねー」
「分かるの?」
「久ちゃんのそういう噂聞いたことないし、もし今でもそうだったら藤崎さんも避けてるっしょ」
「そうね。昔の話を持ち出されてどうしたの?」
「この画像をばらされたくなきゃ言うこと聞け。で、言い返した。まずかったかな?」
部長は頭を抱えてうずくまっている。こんな部長初めて見たかも。
「そういうことする子じゃない……はずなんだけどなぁ」
自信なさげだ。ショックだろうな。
「失踪する前はそういうタイプじゃなかったってことだよね」
「そうね。元々他人に興味がないって感じの人で自分から他人に何かすること自体珍しかったそうよ」
そんな友人が今まで以上に他人と関わろうとしなくなって俺に脅迫まがいのことをするようになった。そりゃショックか。
ん?
「舞さん詳しいね」
「久君を待ってる間に斎藤さんの話をしてたの」
それでか。
「でもそんなことがあったなら光彩の方は聞けなかったよね」
「ごめん」
「気にしないで。何もないならそれが1番よ」
「よし!」
頭を抱えていた部長がいきなり立ち上げった。
「とりあえず帰って作戦会議。今日はどこにしよう?」
「家なら平気よ」
「じゃあ藤崎さん家……そうだ、久ちゃんって1人暮らしなんだよね?」
「そうだけど」
「見学していい?」
「へー、結構綺麗じゃん」
俺の部屋に入ったときの部長の第一声がこれ。舞さんはどんなだったっけ。
「ありがと」
「藤崎さんは来たことあるんだっけ?」
「あるよ」
部長に続いて舞さんが部屋に上がる。
「けど何で俺の部屋?」
嫌じゃないけど気になったんで聞いてみた。
「1人暮らしの部屋ってどんな感じか見てみたかったんだー」
キョロキョロ部屋を見ながら喋っている。実家暮らしだから興味があるのだろうか。
「自炊してんだー」
興味がキッチンに移ったようだ。
「親が料理する方じゃなかったから。あんまりいじらないでよ」
「聞いた聞いた。光彩の研究してる人だっけ?」
「熱中して部屋から出ないのが当たり前だったんだよね」
「そうなんだよ。俺が言わなきゃ半日水だけとか当たり前だった」
俺の自炊は死活問題だった訳だよ。
「親って言ったらさ、小学校のアルバムはどうなってんの?」
「今週中には送るって」
「ドライだねー」
「悪い人じゃないんだよ。物事の順位がずれてるだけで」
2人を座らせてから飲み物の用意をした。舞さんのお茶と同じものだ。
自分でも炭酸ばっかりなのは悪いとは思っていたからこれを俺も茶葉を買って飲み始めた。味はまだよく分からないけど少なくともエンゲル係数は下がった。飲み物代はバカにならない。
「けどアルバムって必要かな」
お茶の入ったコップを2人に渡す。部長が小柄だからだろうけど同い年にはちょっと見えない。
「もらうよー」
「ありがとう」
舞さんがコップに口を付けてから口を開いた。
「久君が忘れてる可能性もあるでしょ。小和田さんはそれを気にしてるのよ」
確かにあの斎藤亜里沙が俺に対して何か持っているのは分かった。けど小学校の時のことってそんなに重要かな。
「小学校の頃って憶えてないのが当たり前だと思うけどな」
2人が俺を見ている。さっきまでと雰囲気が違うことは何となく分かった。
「変なこと言った?」
言ってないと自分では思うのに聞いてしまう。そうしてしまうほど2人の視線が痛かった。
「何も憶えてないの?」
「……うん」
雰囲気に押されてしまった。何か変なこと言ったかな。
「それ変だよ。小学生のときのことなんて普通憶えてるもんじゃん」
「……そうかな」
「じゃあ6年のときの担任の名前は?ウチ片倉」
「京野」
……あれ。
「出てこない?」
「……これっておかしい?」
「じゃあ修学旅行の行き先は? 調理実習で何作ったかは? 運動会の参加種目は? どうよ?」
3つともまったく出てこない。
「……えーと……」
こんな言葉にもならない返事しかできなかった。
「それおかしいって。全然憶えてないのは変だよ」
舞さんは難しい顔をしている。こんな顔の舞さんを見るのはあの日以来だ。ということは相当マズイことなのか?
「中学の時は思い出せるんだよね?」
「……うん」
自分がいかにクズだったかはよく憶えている。
元々は自分への関心が薄そうな親がどう反応するか見てみたくて遅く帰るようになったのが始まりだ。遅くなるだけじゃ一言連絡しろと言われただけだったから無断外泊してみたけど、あまり変わらず注意されるだけだった。そんなことをしている内に夜遊びする生活が習慣になり女の子とも遊ぶようになり、段々とクズになった。
ひどい時は暇つぶしにそこら辺の子に声かけてカラオケと食事をおごらせたこともある。でもこれは中学時代の記憶だ。
小学校。どんな風だった? 学校に行って何をしていたんだ?
「光彩のせいとか?」
「そうかも。里緒さんに連絡してみる」
舞さんは自分の携帯を取り出している。そんな彼女に不安を紛らわせたくて1つ疑問をぶつけることにした。
「けど記憶がなくなるなんて聞いたことないって言ってなかった?」
「久君のケースは特別かもって言われたことはない?」
そうだった。問題がないのならわざわざ人口呼吸する必要なんてない。
「ってことはやっぱり亜里沙に何かあるってことだよね。状況証拠的に」
「……だよね」
改めて自分の学年と上級生を調べたけど俺と同じ中学の人間はいなかった。今は4月だから今年入った1年生の可能性は無い。
もしかしたら光彩抜きで何か因縁があったかもしれないけど、中学の頃から斎藤さんはこっちに住んでいた。俺がクズ化したのは中学からだし中学時代の記憶はあるけど彼女と知り合った記憶は無い。
「明日もう1度話してみるよ」
「その時はウチも呼んで」
「私も付き合うね」
今後の方針が決まったのでひとまず解散。ある程度とはいえ状況が見えてきた。このまま一気に解決できればいいのだけれど。
「何?久ちゃん」
家に着いた頃を見計らって部長に電話をかけた。親や大家さんと違ってすぐにつながる。
「今日のことでお礼を言おうと思って」
「ウチ何かした?」
「俺が中学のときどんな人間か知っても嫌な顔しなかったでしょ」
「あーそれ。別にいいよ。今の久ちゃんに嫌な感じはしないし、久ちゃんってあの時も言ったけど今でも嫌な奴なら藤崎さんも仲良くしないと思うんだよね」
「そうだね」
「気にすんなって、人間色々あるじゃん。それより明日だよ明日。光彩絡みならウチどうしようもないけど気を付けなよ」
「そうする」
「トラブル抱えた部員の面倒は大変だよ」
「お世話になってます」
「おう。それじゃね」
「また明日」
そのまま電話を切る。良い人だよな、部長も。
それからしばらくして大家さんから電話が来た。
「舞から聞いたわ。記憶を失くしたんですって?」
こういう風に言われると何か大事に思えてきた。
「そんなんじゃないですよ。小学生のときのことが思い出せないだけです」
「同じことよ。記憶に関しては初めてのケースのだからこっちからは断定できないわ。もし不安なら落ち着くまで学校を休むのもありね」
「そのときはそうします」
うん、今はまだ大丈夫。
「役に立てなくて悪いわね」
不安がない訳じゃないけど誰かに文句を言いたい訳じゃないから謝られてしまうとこっちが困ってしまう。
「気にしなくていいですよ。俺が誰かに襲われたのが最初ですから。このままなのも気持ち悪いですし舞さんに協力していこうと思います」
「嬉しいわ。正直な所光彩については研究中でわからないことの方が多いの。私も光彩を見ることができるだけで舞のように使うことはできないわ。これからのことについては舞の判断に任せたいと思う。今の状況じゃあの子が1番頼りになるわ」
真面目な口調だった。
「わかりました」
うまく返事ができたと思う。小学生の頃のことは思い出せないまま夕食を食べ風呂に入って眠った。
バレーボールほどの大きさの光彩が蛍光灯の明かりみたいについたり消えたりする。完全に姿を消すことはできないけど、自分で意識するだけである程度見えるレベルをいじれるようになってきた。光彩のせいで周りが見えなくなる状況は解消しつつある。
「久君?」
舞さんの声で光彩に意識が向き過ぎて歩くのが遅くなっていたことに気付いた。文芸部で2番目の女子高生に襲われた日から俺と舞さんは2人で登校している。今いるのは校舎まで後50メートルって所で、この辺から邪魔になりだすから助かるな。
「光彩に何かあったの?」
斜め上見ながら歩いてた訳だしそりゃ気付くか。
「自分でも見えるレベルを調整できるようになったみたいで、色々試してたんだ」
「今日から?」
「うん、今気付いた」
「どのくらい?」
「光彩が透けるくらいは」
舞さんが右手で光彩のカードを作り、自分の携帯にかぶせた上で俺に見せた。周りの人間の目をごまかすため携帯にかぶせたんだな。
「携帯見える?」
俺がどこまでできるか試したいんだ。自分でも気になるしちょうどいいや。
光彩が薄く見えるよう意識するとカードが透け舞さんの携帯が見え始めた。
「ちゃんとカードが透けて見える」
「ホントに?」
舞さんの声は確認と言うよりも喜びの感情が出ているように感じた。顔を見ると笑顔で自分の推測が正しかったんだと実感する。
「良かったね。これなら学校でも困らないよ」
他人事なのに本当に嬉しそうでどうコメントしていいか困ってしまった。
「……うん」
とりあえず辺りさわりのない返事をして校舎に入る。
「放課後は図書室ね」
「分かった」
教室に入った所で別れ、瀬島に挨拶する頃には舞さんは萩野さんと話をしていた。それから5分もたたずにホームルームが始まる。
「最近、頭痛で保健室に行く生徒が多いから体調管理には気を付けるように」
担任からそんな言葉が出た。これは良くないことだろう。
わざわざ言う位だから頭痛で保健室に行った生徒は大勢いるということになる。もちろんすべての頭痛の原因が光彩だとは思っていない。でも校内の光彩の影響が本格的に出始めたんじゃないかと想像するには充分な出来事だ。
けど俺1人の推測だけじゃ根拠として弱い。そう考え舞さんの意見を聞いてみようと1時間目終了後の休み時間に声を掛けた。
「舞さ……」
「いいよ」
早い。舞さんも俺に質問されるだろうと予想していたんだろうな。
「行くね」
「どーぞ」
舞さんが萩野さんに一言言うのを待ってから俺達は教室を出て文化系の部室が集まる廊下まで移動した。教室や廊下には相変わらず色々な形をした光彩が浮いていたけど特別おかしな様子はない。見慣れてしまった光景だ。
「頭痛の生徒が増えたから体調管理に気をつけろって言ってたことだよね」
「うん。舞さんはどう思う?」
「ひどい頭痛に悩まされる人もいるから光彩が原因でもおかしくないよ」
舞さんの意見を聞いた後に俺達は教室へ戻った。斎藤亜里沙に話しかけるのを怖がっていられなくなったことは分かる。問題はどう聞き出すかだ。
2時間目の授業中に萩野さんがチョークで黒板に文字を書く音を聞きながら、どう斎藤亜里沙に話しかけ光彩について聞き出そうか考えていると周りがざわめき始めた。
何かあったのだろうかと顔を上げると頭を押さえてうずくまった萩野さんに舞さんが駆け寄っている。しばらくすると舞さんは萩野さんを椅子に座らせ、教師と話をした後で教室から出て行った。きっと保健室に行ったんだ。
俺の予想は当たったけど予想外のことも起きた。教室に戻って来た舞さんは担架を抱えていた。萩野さんは自力で保健室まで歩けなくなっている。そう考えた俺は舞さんに話しかけた。
「手伝うよ」
「ありがとう」
「俺もやる」
俺が舞さんにどういう理由で話しかけたのか察したらしく瀬島も来てくれた。
「助かる」
「気にするな」
瀬島に礼を言い、舞さんが付き添いながら萩野さんを乗せた担架を瀬島と2人で運ぶ。その間に彼女に何があったのか舞さんに聞くことにした。
「萩野さんはどうしたの?」
「急に頭痛がして立てなくなってって」
やっぱり頭痛か。
萩野さんについて俺はクラスの女の子で1番背が高く、舞さんの友達でバイトをやっていて部活に入っていない位しか知らない。けどそれはあくまで俺の話で彼女は舞さんの友達だ。事実舞さんは浮かない顔をしている。ただの頭痛だとしても急に頭を押さえてうずくまり、自力で保健室まで行けなくなったとしたら心配なのは当然だよな。
「着いたぞ」
瀬島がいる以上光彩の話をする訳にはいかないこともあり、そんなことを考えている内に保健室に着いた。舞さんが扉を開けるとすぐに保険医がやって来て、萩野さんをベッドまで運んだ。
萩野さんを運び終え、落ち着くのを待ってから気になることを保険医に質問した。
「こういうことってよくあるんですか?」
「自力で歩けないなんて初めてよ。この子みたいな子が増えたら休校も考えなきゃいけなくなる」
その言葉を聞き逃すことはできない。
現時点で俺や舞さんができたことは光彩の女子高生を撃退しただけだ。何故俺が狙われたかもよく分からないままだし光彩の女子高生があの2人だけとも限らない。少しでも手がかりになるものが欲しかった。
「お前はもういいのか?」
保健室から教室に戻るため廊下を歩いていると瀬島にそんなことを聞かれた。
「……何が?」
瀬島は自分の頭に指を指している。
「頭痛だよ、頭痛」
ああ。
「俺はもう平気」
「なら、瀬島さんも直ぐに治るんじゃないか?」
「かもね」
瀬島は俺みたいに光彩を見ることはできないし存在も知らない。こんな風に曖昧な返事をするしかないよな。
昼休みに昼食をさっさと片付けて図書室のまでやって来た。俺の前には舞さん、後ろには部長がいる。
「開けるね」
舞さんがそう言ってから扉を開けた。彼女の後に続いて図書室へ入ると斎藤亜里沙はこの前と同じ机の椅子に座っている。
「昨日と同じ席にいるからね」
「頼んだよ久ちゃん」
「うん」
2人と別れて斎藤亜里沙の席に向かう。図書室には今俺達を含めて10人程いる。光彩の女子高生は2人とも人が大勢いる所では現れなかった。その点からここで襲われる可能性は低いと考えられる。
ビビる必要はないと改めて覚悟を決めていたら斎藤亜里沙と目が合ってしまった。こっちを見るだけで向こうから何かしてくる気配は無いし髪の毛の色が光の加減で変わるなんてことも無い。
「何か用かしら?」
やっぱり変な迫力があるな。
「……聞きたいことがあるんだ」
よし、言えた。
「そう」
ずっとこっちを見ている。何か言いたいのか?
「座らないの?」
移動する必要は無いということらしい。なら座った上でこっちから話を切り出すだけだ。
「昨日は悪かったわね」
そう思っていると向こうから口を開いてきた。
昨日。昨日? 部室でのこと?
「イライラしていたのよ」
これは会話を繋げるチャンスだ。少なくとも現在は話が通じる。昔のことを持ち出したのなら昔話には食いつくはず、記憶が無くなくても切っ掛け程度の会話ならごまかせる。
「昔の画像なんてよく見つけたね」
「私は貴方と同じ小学校にいたの。知ってたかしら?」
やっぱり来たな。
「うん」
「同じクラスだったことも?」
同じだったのか。全然思い出せない。それどころかクラスの人間の顔と名前が誰も思い出せない。本当に記憶が無くなってるのかもな。昔話はここまでにしよう。話す切っ掛け作りはもうできた。
「憶えてるよ」
ウソをつくことに悪い気はしたけど昔のことより目の前の現実だ。俺はこの人と昔話をしたい訳じゃない。
「それが画像を見つけた理由? 部長から聞いたんだけどこの辺には中学から住んでいるんだよね。その時懐かしくなったとか?」
「そんな所よ」
小学生の頃が懐かしくなって色々調べていたら俺が写った画像を見つけたとかそんな感じかな? なら納得だ。
「斎藤さんって学校で頭痛になったことある?」
「唐突ね。それが用?」
「うん」
見た感じ驚きや動揺している様子は無い。顔だけじゃ何を考えているか分からないタイプなんだな。
「貴方はなったみたいね」
先週、保健室へ行く途中で合った時のことだな。
「俺なんかまだいいよ。今日なんて担架で運ばれた人もいたんだから」
「貴方のクラスの人よね? 私のクラスでも話題になっていたわ」
なら話は早い。
「これも部長に聞いたんだけど教室で倒れたことがあるんだって? その時って頭痛とかあった?」
「それも聞いていたのね。私の時は頭痛なんて無かったわ」
俺と斎藤さんの間を舞さんのカードが飛ぶ。斎藤さんが本当に光彩が見えていないか調べるためにやったことであらかじめ決めていたことだ。
「ああ、自分もまた頭痛になって担架で運ばれるんじゃないかって不安になったの?」
反応は無い。
「そんなとこ。参考になったよ」
相変わらず彼女の声や顔からは感情が感じられない。顔に出ないタイプだとしても出な過ぎる。
その後も雑談をしたけれど光彩や頭痛について参考になりそうな話は出てこなかった。
「どうだった?」
校門を出た所で部長に聞かれる。どうだったとは斎藤さんのことだ。
「変わった人だとは思うけど、それだけかな。昨日のこともイライラしてたからだって謝られた」
「そっかー……昔の話とかした?」
「少しだけなら。でも斎藤さんだって憶えてない人間と思い出話はしたくないと思う。光彩については分からないままだけどね」
「久ちゃんとは話すってだけで充分だよ。あのでかい光彩が片付いてから出いいからまた話し相手になってくれると部長としては嬉しいんだけどね。約束通り今度ジュースおごるよ」
「楽しみにしてる」
校門で部長と別れ、舞さんと帰っているとこんなことを聞かれた。
「記憶が無いのって不安にならない?」
「日常生活は普通に送れるし平気だよ」
舞さんは心配性だなー。




