その2
光彩のカードが1つ、舞さんの手から飛んでいく。それは空中で固定されそのまま動かなくなった。
「おー」
もう1つカードが飛ぶ。それは固定されたカードとぶつかりそのまま消えてしまう。
「おおー」
部長は拍手をしながら素直な感想を口に出している。俺達3人は放課後になってから大家さんの家に集まっていた。
「すごいなー。これが光彩かー」
光彩とは何なのか、光彩を使って何ができるのか。
光彩が見えるなら直接見せた方が早いということで舞さんが部長の前で光彩のデモンストレーションを始めた。これが部長に受けてさっきから遊園地のイベントを見ている観客のようなリアクションをしている。
「藤崎さんすごいじゃん」
「ありがと」
舞さんは少しだけ得意気に見える。素直に評価されたのが嬉しかったのだろうか。
俺みたいに直接襲われたわけでもない部長には手品の延長みたいなものに見えるのかもしれない。
「久ちゃんも大変だねぇ」
その後光彩のこと、舞さんのこと、先週俺に起こったこと、部長に全部説明した後の第一声がこれ。
「で、何かやらかしたの?」
そうだよね。そう思うよね。
「心当たりが何もないから困ってるんだよ」
色々考えてみたけどさっぱりわからなかった。
「そりゃ人の恨みを買わずに生きてきたとは言わないけど高校に入学した時は舞さんしか知り合いはいなかったし……」
「卒アルは?調べてみた?もしかしたら同じ中学の人がいるかもよ?」
「調べたけどいなかった」
「学校の光彩の量が増えたのは去年からだから1年生の可能性は低いと思う」
「そっかー」
今4月だもんな。
そもそも俺のいた中学校は1番近い駅から電車で1時間近くかかる。
今住んでいる地域はこの辺で1番発展しているから周りから引っ越ししたり逆に引っ越しするのは珍しくない。
俺達が通っている高校は進学校として有名なわけでも部活に力を入れているわけでもない。そんな学校を進学先に選ぶ理由は限られるだろうけど個人のプライベートまで把握するのは無理だ。そもそも先輩や後輩に俺と同じ学校に通っていた人間がいるのかも分からない。つまり手詰まりだ。こういう時は話題を変えよう。
「あの繭みたいな光彩はいつから見えるようになったの?」
舞さんも同じ考えなのだろう。俺より先に口を開いた。
「去年の年末かな」
「どんな感じだった?」
俺だってあそこに何カ月もいたんだから気になる。
「どうって……ずっとあんな感じ」
「久君はいつからいたの?」
「俺は今年の1月から」
あの頃にはもうあんなのがあった訳か。
「ウチも最初は怖かったけど他の人は見えないって言うし大きくなるだけで何も起きなかったから気にしなくなったんだけどねー」
今、聞き逃してはいけないことを言った気がする。
「大きくなった?」
「うん、昔はもっと小さかったんだよ。こんな感じ」
部長は両手でバスケやバレーのボールほどの小さな丸を作る。俺が見た光彩は人が1人入れるほどの大きさをしていた。
「何とも思ってなかったけどね」
「何もなけれなそうよね」
舞さんに同意。
「中から人が出てくるもんな」
手に持ったカップを口に付けた。舞さんが用意したお茶だ。
「でさ、もしかしたら関係あるかもしれないってのが1つあるけどいい?」
「あるんだ」
「あるよ。前にウチが部活やめた人がいるって話したの憶えてる?」
やめた人。うん、憶えてる
「ああ、確か同じ学年の子が1人いたけどやめたって」
「その子も見えるの?」
舞さんも会話に加わり始めた。聞かれた部長は手を振っている。
「見えるんじゃなくて、いなくなった」
いなくなった?
「去年さ、インフルエンザ流行ったじゃん。そのときだよ。家に帰ってこない、何か知らないかってうちに連絡来たんだ」
舞さんは話に意識を集中するため少しだけ身を乗り出している。
「失踪でいいのかな。携帯出ない学校にもいない。親とケンカしたわけじゃないし友達の家に泊まってもいない。2日たって警察に相談しようかってときに学校で見つかったけど何があったか全然おぼえてないって」
「変な話」
正直な感想を言った。
「だよね。一応病院に行ったらしいけど2日間の記憶がない以外はどこも悪くなかったから学校的にはインフルで休んだってことになってる」
部長は舞さんから受け取っていたお茶を1口飲んだ。
「その子さ、元々人と話す方じゃなかったんだけどいなくなってからそれがひどくなって、部活もやめちゃったんだ。もちろんそれだけじゃないよ。部室の光彩が大きくなったのも同じくらいの時期なんだ」
学校でいなくなって学校で見つかった。病院で検査しても何も分からない。同じ時期に部室の光彩も大きくなった。性格まで変わってしまっている。
「あるかも」
舞さんがそう思うのなら疑った方がいいだろう。いくら見えると言っても光彩について俺は素人同然だ。
「その子の名前は?」
「斎藤亜里沙。知ってるよね」
知っている。けど彼女は苦手だ。
確かに彼女については詳しいことは何も知らない。だけど無表情で何を考えてるのか分からない顔とどこを見ているか分からない目をしている彼女は近寄りがたい人だ。
「斎藤さんかぁ」
「光彩のオーラみたいなの出たりするかな?」
「どうだろう?」
舞さんに顔と意識を向ける。
頭痛やらなんやらで死にそうな気分だった時に軽く話したことはあるけど彼女自身をちゃんと見てはいなかった。違うクラスだし話したこともろくにない。確か部長と同じクラスだった。
「光彩の気配はなかったよ。でも、今の久君なら分かるかもしれない」
「久ちゃんなら?」
何で部長が食いつくんだよ。
「そこ食いつく?」
「だって気になるじゃん。光彩でできた子に忘れられないって言われてるんだよ」
ニシシというあの笑顔をしている。
「俺じゃなくて俺の中の光彩」
「久ちゃんの一部なら久ちゃんじゃん。どうして久ちゃんなら分かると思ったの?」
「今の久君は光彩の流れに敏感なの」
「へー」
「一時的なものらしいけどね」
「じゃ、話してみる?」
へ?
「話すって……斎藤さんに?」
「そ。見ただけじゃわかんないかもしんないじゃん。記憶がないのもウチみたいに隠してるだけってこともあるよね」
確かに光彩が見えるのを隠してる可能性はあるけど……。
「藤崎さんもそう思わない?」
「ウソの可能性はあると思う。光彩で記憶を失くしたなんて聞いたことないよ」
そりゃそうだけど……。
「無視されそう」
「応援するね」
舞さんが苦笑いを浮かべている。応援してくれるのは嬉しいんだけどねぇ。
「亜里沙、久ちゃんとは話すよ。多分」
意外な言葉が部長から出てきた。
「俺話したことないよ」
「そうなん? あっちは久ちゃんのこと意識してるっぽかったんだ。聞いてもトボケるだけたっけどありゃ知ってるよ。だから久ちゃん部活に誘ったんだ」
ああ、だから俺を誘ったのか。
「久君が入部すれば部活に戻ると思ったのね」
納得したよ。
「そこまでいかなくても何か反応あると思ったんだけどねー」
「上手くいかなかったと」
「ごめんね」
「いいよ」
「でも失敗したとは思ってない。久ちゃんがいなかったら光彩のことも知らないままだったし、藤崎さんとも知り合えたし」
「俺はおまけ?」
「心がせまいよー」
「最近いろいろあったもんで」
「じゃもう1つ経験してみよう。明日は頼んだ」
へ?
「斎藤さんと話すの確定?」
「うち的には。イヤなん?」
うーん。
「そこまで顔に出さなくたっていいじゃん。みんな亜里沙のこと何考えてるかわからないとか不気味とか言うけどさ、ちゃんと話せばちゃんと返す子だったんだよ」
部長は付き合いが長いみたいだから彼女の言うことが正しいのだろう。けど俺は斎藤亜里沙について何も知らない。
「1回亜里沙って読んでみたら? 何か反応あるかもよ」
「キレると思う」
「キレないって」
「だったらいいけど……」
「斎藤さんは苦手?」
舞さんの質問だ。さすがにはいそうですとは即答できない。
「……あの人の視線って何か緊張するんだよ。見透かされてるみたいで……」
部長は本能を見ながら喋ったけどやっぱり不満そうだ。
「斎藤さんのこと、本当に知らないの?」
「うん」
あの外見だ。よっぽどのことがない限り忘れなようがないと思う。
「狙われてんだから好き嫌い言うな。そんな子に育てたおぼえはありません」
「育てられた憶えもありません」
「私も付き添うよ」
「ウチもー。3人一緒なら怖くなーい」
いつまでも舞さんに守ってもらうってわけにはいかないのは分かるけどなー。実際手詰まりだった昨日に比べたら進展してるのは事実っちゃ事実か。
「わかった、やってみる。けど期待しないでよ」
「ダメで元々」
やることが決まったとこで問題がまず1つ。
「けど何話せばいいんだろ?」
「人魂の話振ってみれば?ウチと同じで見えるなら食いつくでしょ」
「それだ」
話題も決まった。後重要なのはどういう人間か知ることだ。
「部長は斎藤さんといつから知り合ったの?」
「中学に入った時、ウチも亜里沙も転校組だったから」
「斎藤さんも転校してきたのね」
ココまでは俺も舞さんもへーそうなんだーって感じで相槌を打つだけ何も問題はなかった。話題が斎藤さんがどこから引っ越してきたのかに移った時のことだ。
「それ、久君と同じ学校じゃない?」
舞さんの言葉だ。同時に部長の目つきも変わる。舞さんの言葉通り部長から出た町の名前は俺が中学まで住んでいた地域だ。場所的には俺と同じ学校にいたはずだ。けど俺は全く憶えていない。
「そうだけど……」
「小学校の時でしょ。憶えてなくても仕方ないよ」
舞さんは俺の顔を見て察したのだろう。本当に顔に出やすいらしい。
「違うクラスってこともあるじゃん」
かもしれない。
「小学校のアルバムないの?」
「あったら調べられるね」
「親が持ってる」
後で連絡しておこう。早くつながるといいけど。
斎藤亜里沙に話しかけてみることは決まった。
とはいえ良く知らない女の子に話しかけることには抵抗はある。そんな訳で斎藤亜里沙と同じ中学だった人間に聞くことにした。瀬島だ。
「斎藤亜里沙って知ってる?」
メガネをかけた見知った顔が驚いてるのはよく分かる。俺もこんな風なのかは気になるけどそれは今考えることじゃない。
「……あの斎藤亜里沙か?」
「多分お前の頭の中の斎藤亜里沙で当たってる」
こいつは地元の人間で部長や斎藤亜里沙と同じ中学なことはすでに部長に確認済みだ。
「斎藤か……」
部長のいとこで彼女が俺を部活に誘った時の橋渡し役で、部長から光彩が見えないことも聞いている。斎藤亜里沙が部活に来なくなったことを瀬島に話していたことも確認済みだからこいつに聞くのは光彩抜きでもおかしなことじゃない。
「俺はよく知らないが有名な女子だったな。斎藤伝説とか言われていた」
伝説ときたか。
「ファミレスでバイトしたら客に声をかけられ過ぎて仕事にならないから厨房に回されたとか、モデルとかアイドルのスカウト受けたことがあるとか、そんな感じだ。本当かは知らないけどな」
「そんな人間なんだ」
話に聞いた斎藤亜里沙とはどうも結びつかない。
「本人じゃなくて姉の方だ」
そっちかよ。
「引っ越しの多い家庭で転校は多かったがどこに転校してもすぐクラスになじむ人だったらしい。俺の学年でも有名だった。そんな人の妹だから注目される人だったな」
「本人はどんな感じだった?」
「静かな人だったな。よく言えばクールで大人びてる。悪く言えば冷めててノリが悪い。春香と一緒じゃなきゃ悪い方が目立ってた」
部長と同じような意見だ。瀬島から見てもそうなら正しいんだろうな。
「春香に聞かなかったのは正解だ。斎藤さんが特別扱いされるのを嫌ってたからな」
「……やっぱり?」
部長からそういうのは伝わってきたからなぁ。
「上手くいくといいな」
「うん」
ここまで聞いたら理由も想像つくか。
放課後になるのを待ってから覚悟を決めて2人と一緒に図書室に入った。舞さんが昼休みに邪魔になりそうな光彩を片づけてくれたから視界を遮るほどの光彩は無い。部長の情報で斎藤亜里沙は放課後を主にここで過ごすことは知っている。
失踪して以来1人でここにいることが増え何か目的があるわけでもなく適当に本を読んだり携帯をいじったりしているらしい。
実際に今彼女は本読んでいる。読んでいると言っても流し読みという感じで熟読している風には見えない。
その外見と合わせて絵になっていて話しかけづらい。遠くからだと映画やドラマを見ているみたいだ。
話しかけづらいのはそれだけじゃない。図書室にいる他人の存在を認識していないというか無視しているみたいだ。
部長は遠くから見る人間はたくさんいるけど話しかけてくる人間はまずいないと言っていたけどその理由がよく分かる。
「ガンバッテ。骨は拾う」
どう頑張れと。
部長はなぜか握り拳で俺にエールを送っている。あえてふざけているのか真剣なのか良く分からない。緊張で頭がうまく回っていない可能性はある。
「何かあったら任せて」
舞さんに至ってはこんなことまで言い出す。図書室には俺達を合わせて10人程いる。
保健室の時は部屋に俺しかいなかった。文芸部の部室の時は俺と舞さんと光彩が見えていた部長しかいなかった。それを考えたらあの女子高生の姿をした光彩は現れないとは思う。けどもし騒ぎになったら面倒だ。何も起こらないことを祈ろう。
「こじれたら頼むよ」
「そこまでいけたらジュースおごっちゃう」
2人は斎藤亜里沙から図書室の扉から最も遠いテーブルの椅子に座っている。俺は彼女へ向かって歩き始めた。視界の中で斎藤亜里沙の存在が大きくなる。
ショートボブって言うんだっけ? 髪は肩にかかるくらいで大家さんより少し長く、くせ毛で横にボリュームがある。色素が薄いのか茶色っぽく見えるけど地毛の範囲内だ。光の加減で髪の色が変わらなんてこともない。
向こうもこっちに気付いたらしく本を読むのをやめた。目が合ってしまう。やっぱり苦手だ。
「何かしら?」
向こうから話しかけてきた。顔は無表情のまま。どうしよう。向こうから話しかけてくるシチュエーションなんて考えてなかった。
「私に何か用?」
「あー、うん」
とはいえ会話できたのだからこれはチャンスだ。活かさなければ。
「それ……面白い?」
「別に」
そうですか。困った。次は何の話題を振るか思いつかない。彼女の雰囲気に飲まれている。これはよくない。
当の本人は相変わらず無表情のままこっちを見ている。何だか品定めされてるみたいだ。とりあえず向かいの椅子に座る。向こうからの反応はない。少なくとも席を外されるほどは拒絶されていないようだ。
いきなりでも人魂の話を振るべきだろうか。
「あの子に何か言われた?」
「あの子?」
誰だろう。
「春香よ。何か吹き込まれたのかしら?」
春香。ああ、部長の名前だ。呼び捨てってことは今でも友達と思ってるってこと? それとももう過去の話?
「それもあるけど……幽霊って信じる?」
「信じるわ。貴方も見えるの?」
貴方も?
「見えるの?」
「春香が見えるって言ってたわ」
そっちか。元文芸部らしいし話をしていてもおかしくないか。
「……じゃあ、斎藤さんは?」
じっと俺を見ている。
彼女の視線が原因で俺には見透かされているような感覚がずっと続いている。目に力のある子なのだろうとは思う。彼女が不気味と言われる理由が分かってきた。
まず外見、良くも悪くも目立つ。そしてこの目、見られると緊張するというか何というかとにかく落ち着かない。整った外見と合わせて人形というより人間味のない人という言葉がしっくりくる。何の感情も見せない顔と外見の組み合わせは本人と部長には悪いけど動く人形みたいに見えた。
これじゃ話しかけても会話になる前に終わってしまう。部長はどうやってこの子と仲良くなったのだろう。失踪する前からこんな感じだったのか?
「貴方はどうなの? 見える?」
「……見える」
部長から聞いているならとぼける必要はない。
「なら話をしましょう。でも条件があるわ」
条件?
「私達意外誰もいない場所よ。そこで話をしましょう。嫌?」
「……2人だけでってこと?」
「そうよ。部室なんかいいわね」
斎藤さんは立ち上がって2人のいるテーブルに向かった。あわてて追いかける。
話が見えない。正確には状況が見えない。俺と話をすることはいいらしいけど2人だけでってのが分からない。話ならここでもできる、大きな声を出さなければ誰も聞いちゃいない。
「……よっ」
部長にさっきまでの元気がない。こんな部長は初めて見た。声に戸惑いがある。彼女から話しかけるのは久しぶりなのだろうか。
「カギ、貸してもらえないかしら?」
舞さんを見ようともしない。まるで視界に入っていないようにさえ見える。
「……何すんだよ」
「彼と2人で話がしたいの」
直球すぎる。ますます分からない。彼女は何がしたいんだ?
「……あそこじゃなくたってできるじゃん」
昨日の今日だ。部室にろくな印象があるはずない。
「昔はよく使ってたじゃない。彼も文芸部なんでしょう? なら問題はないわね」
「けどさ……」
「ここじゃダメなの?」
舞さんの発言だ。これには少しだけ間があった。
「そうね。文芸部だったからもう1度行きたいわ。それとも使えない理由でもあるのかしら?」
「……あそこ、幽霊いるかもよ」
「私は平気よ、霊感ないもの。貴方はどう?怖いなんて言わないわよね?」
「俺は別に……」
何か上手い言い方を考えてみたけど全然ダメ。思いつかない。結局これがダメ押しになって俺はこの人と部室で話すことになった。
「部室の前で待ってるわ」
斎藤亜里沙は部室に行くことが決まると俺達が3人で話したがっているのを察したのかそれだけ言って図書室から出て行った。
「こじれちゃった?」
どうだろう。
「こじれてはないと思う」
先に2人にどんな会話があったかを伝えてはみた。
「どう思う?」
「分かんない」
舞さんが部長に聞いても訳が分からないという感想だった。俺だってそうだよ。
「何かあったら連絡してね。着信だけでいいから」
「うん」
カギを受け取ると部長が斎藤亜里沙の印象を聞いてきた。
「亜里沙のことどう思った?」
「よく分からない子だとは思う。光彩については何も」
「じゃー光彩関係ない?」
「と思うよ」
まだ断定はできないけどその方がいいと思う。思春期をこじらせただけなら時間が解決してくれる。




