その3
ぼやけた光が見える。あれが光彩なんだろう。その光が現在進行形で俺の目に映っている。
「大丈夫?」
「……あんまり」
1時間目と2時間目の間の休み時間に教室でへたれこんでる俺には舞さんのあの顔が見える。
そんな顔をさせるために学校に来たんじゃないと後悔してももう遅い。光彩についてもっとちゃんと聞いておけばよかった。
自分の目の異変に気づいた学校に着いた頃だ。俺の目は光彩が見えるようになっていた。それはいい。だけど同時に頭痛がするようになった。最初は大したことなかったけど段々痛み出して今はかなりきつい。
「見えるの?」
「あれが光彩ってやつらしいね」
「……あの人に聞いたの?」
少し間があった。大家さんに聞きに行ったことを気にしてるんだろうか。それとも自分に聞かなかったことを怒ってるのか。ああもう頭が痛い、考えるのはやめよう。気持ち悪いしめまいもする。
「うん。あのでっかいのっていつからあるの?」
指を上に指しているから何のことか分かるだろう。校舎の屋上に軽くめり込んでいる光彩のことだ。直径は校舎ほどの大きさでそこら辺の光彩とは全然違う。あんなものがあるなんて知らなかった。
「……入学する前から」
うわ、そんな前から。
「よくそんな高校入ったね」
「調べたかったから」
「あれを?」
上を指した指を少しだけ動かす。
「うん」
だからわざわざこの街に引っ越したのか。
光彩ってのは不思議なもんで丸かったり紐みたいだったりいろんな形がある。教室、廊下、体育館、グラウンド、そこら中に存在している。触れないし、携帯にも写らない。なのにそこにある。舞さんには悪いけど正直気味が悪い。
「帰った方がいいよ」
クラスには顔の半分が人間の頭くらいの大きさの光彩にめり込んでいる人もいる。頭痛が治まる気配もない。確かに寝てた方がいいな。けど今アパートまで歩くのはつらい。
「保健室で寝てる」
「私も行くよ」
「チャイム鳴るって」
色々考えなきゃいけないことは分かるけど今はこの体調をどうにかしたかった。
教室を出て廊下を歩く。素通りできる光彩を避けながら進んでいると目の前の丸い光彩の中から人がでてきた。
「うわっ!」
驚いて後ずさるつもりだったけど力が入らずそのまま座り込んでしまう。見上げると女の子がいた。
そうか、光彩から人が出たんじゃなくてこの子も光彩を素通りしたのか。びっくりしたー。目の前に人がいても光彩があると見えないわけか。不便だな。これも治るといいけど。後で舞さんか大家さんに聞いておこう。
「……立てる?」
その子に意識が吸い込まれた。目の前の女の子はあの斎藤亜里沙だ。こっちを見下ろしている視線には迫力があるからやっぱり苦手だな。正直怖い。
「まあ、ね」
「……そう」
立ち上がるとそのまま自分の教室へ入って向かって行ったので俺も保健室に行くことにした。
今の俺は死にそうな顔をしているのだろう。保健室に入るとすぐにベッドに案内された。寝不足なのもあって眠るまで時間はかからなかった。
目を覚ますと放課後になっていた。部活動の音が夕暮れを映す窓からから聞こえてくる。
体のチェックをすると相変わらず光彩が見えるけど体の違和感はなくなっていて頭痛も楽になった。治ったとまではいかなくても治りつつあるということだ。
「あ」
保健室のベッドから立ち上がってカーテンを開けるとここの高校の制服を着たショートカット女の子がいた。知らない女の子だ。
「先生知らない?」
目が合ってしまったので声をかける。保健委員の子だろうか。
「ジャージ着てる子に呼ばれてた」
ケガ人かあ。今の時間だと部活だろうか。勝手に帰ったらまずいかな。連絡だけでも頼んどこうか。
「高瀬久弥君だよね」
「……同じクラスだっけ?」
改めて顔を見る。知らない子だ。クラスにもいなかった。同じ中学でもなさそうだ。小学校はさすがに憶えていない。そもそもこの高校学年でデザインが変わらないから見た目じゃ何年生か分からないんだよな。
「違うよ」
じゃあ、誰かから俺のことを聞いたのだろうか? だとしたら変だな。好意的すぎる。
「どっかで会ったっけ?」
これは何だろう。光彩の影響で目がおかしくなったとか? それとも光の加減?
目の前にいる女の子の髪が時々金髪に見える。でも光の加減で金髪に見える黒髪なんて変な話だ。
「昨日」
昨日? いつだ?
「憶えてないの?」
こっちに近づいてくる。
「光彩って言うんだっけ?」
右手の指先に散々見た光彩と同じ光が見え、それが俺に触れようとしている。
まずいと思った時には既に鎖骨に触れられてしまい、俺の足は力をなくして座り込んだ。鎖骨の辺りを服越しに触られたのは分かる。昨日に似た何かに貫かれるような感触もあった。立ち上がろうにも力が入らない。昨日と似た状況になっている。
「ダメダメ」
頭上にはあの光が見える。正確には女の子の指先で光が煌めいていた。
そうか、昨日俺に何かしたのはお前なんだな。
「ふーん」
舐めた。指についた光彩を舐めた。何なんだこいつ。
「おかしいな」
「何がだ」
両手を使って後ずさりしながら時間稼ぎに聞いてみた。
「君の体。昨日と違う味がする」
味? いや重要なのはそっちじゃない。
「その光彩が?」
「うん、何も知らないの?」
ああそうだよ。本当なら文句の1つでも言いたいけどこいつ相手じゃやるだけ無駄か。ちゃんと聞いておけばよかった。体については後で舞さん達を問い詰めるとして今はこいつだ。うまそうに舐めやがって。
「昨日より好き」
そーかよ。大声出して助けてくれって叫ぶか?
でもちょっと待った。その前に客観的に今の状況を考えなければならない。保健室、俺が座り込んでいて女子高生が俺の光彩をぺろぺろ舐めている。光彩は基本的に人に見えない。他の人からは手を舐めているだけに見えるだろう。
何だろうこの状況。
仮に誰か来たとしてどう説明すればいい? こいつがトボケたらどうする? ならこのままこんな奴と2人きりでいるか?
それこそ最悪だ。大家さんの言う通りなら死ぬことはないだろうけど、このままでいいってことにはならない。
「おかわりー」
残った光彩らしきものを全部舐め終わったらしくこっちを見下ろしている。時間切れだ。こうなりゃしゃーない、大声出してやる。多少変な噂されてもやられっぱなしよりはマシだ。どこの誰だか知らないけど他人が来てもその余裕保てるか?
今の体で吸えるだけ息を吸った。
「ああぁ!?」
変な声が出てしまった。原因はドアだ。ドアが開いて舞さんがいた。光って見える。
違う。見えるんじゃない、光彩だ。右手に四角形の光彩が見える。それをどうするんだ?
「食べちゃった」
女子高生は笑っている。こいつは挑発してるんだ。舞さんは……うわ睨んでる。
女子高生は体全部を舞さんに向けると同時に両手の指先から1つずつ光彩を出し、その1つを地面に勢いよく叩きつけた。一瞬視界が光で覆われる。
「舞さん!」
視界が戻ってから首を左右に動かしても舞さんは見えず、首を上げた。理解できない。天井に貼りついている。
スカートを左手で押さえ右手と両足が磁石のように天井に貼りついて体を支えている。よく見ると天井と手足の接地面が光っていた。これが光彩の力だっていうのか。
「へー」
女子高生も同じ対象を見ている。その両手がまた光り出した。舞さんを攻撃する気だ。
舞さんは水泳の飛び込みのようにこっちへ跳ぶと回転し俺の目の前、ちょうど女子高生との間に入るように着地した。その瞬間に舞さんが張り付いていた天井に女子高生の撃った光彩が当たり消える。
「大丈夫?」
着地した舞さんの声だ。俺は首を縦に振ることしかできない。声だけはいつもの舞さんだけどこんな舞さんは初めて見た。
「怖くないからね」
まるで幽霊を怖がる子供を落ち着かせるような言い方でちょっと複雑だけど精神的に助かった。感謝の言葉でも言いたい所だけど当の舞さんは女子高生を見据えている。そんな状況じゃない。
「何のつもり?」
「餌のつもりー」
女子高生は今にも走り出しそうな姿勢をしている。両足周辺が少しだけ光り出した。そこから一気に距離をつめようと跳ぶ。
舞さんは片手で四角形の光彩で畳みたいな壁を出している。カードや下敷きをそのまま大きくしたようなやつだ。
ぶつかる。俺がそう思った瞬間、女子高生は舞さんが用意した壁の直前で大きくジャンプして俺達の後ろに移動した。
「釣れた釣れた」
笑いながら同時に光彩の弾丸を放つけど舞さんが壁を動かして防ぐ。今度は舞さんが空いた手でカードのような光彩を投げる。
空に投げただけに見えたけどそのカードは何もない空間でターゲットを捉え直進し、逃げようとしていた女子高生を貫いて倒れこんた。起き上がる様子は無い。
「いいの、あれ」
思わず聞いてしまった。昨日の俺もあんな感じだったのだろうか。
「平気よ。今は久君のほうが……」
最後まで言わない内に舞さんは行動に移った。隣に屈み俺の手を両手で握ると両手が光りだした。
「私の光彩を分けてるの」
その光は温かかった。これも光彩なのかここまで走ってきたからかは分からない。それを知りたくて舞さんの顔を見るとあの女子高生の方を見ていた。あいつはすでに立ち上がっている。
「やるじゃん」
やり返そうとしているのは俺にも分かるし実際にこいつの手は光り出している。舞さんも片手でカード形の光彩を放ったがすべて弾丸に撃ち落とされてしまった。
「立てそう?」
言われて気づいた。足に力が入るようになっている。立ち上がろうとした。
立てるか? だめだ、足がもたれる。転ぶ、思った瞬間、舞さんが肩を貸してくれた。
足がガクガクいってる。情けない。今の俺は生まれたての動物みたいなものだ。正直足手まといでしかないだろう。
相変わらず目の前では光彩の弾丸が飛んでいる。舞さんが防いでいるけどその中には変則的な軌道を描くものがあった。それらは急角度でカーブし壁の範囲外から俺達に向かっている。
舞さんはカードで防いでいるけど手を使う以上限界はあるだろう。俺は自分から舞さんの肩を外して座り込んだ。手足にうまく力が入らなかったせいで床にぶつかった尻が痛いけど気にしてられない。
「どうして……」
舞さんが驚いた顔をしている。
「今はあっち」
冷たかったかもしれない。けどこんな風に余裕を持てるのは舞さんのおかげだ。後で何かおごって機嫌を直してもらえばいい。後のことより目の前の現実だ。こんな時俺に何ができる?
「信じてる」
咄嗟に言葉が出た。俺は舞さんについて何も知らないというのに何を信じてると言うのだろう。自分でも不思議だけど考える暇は無かった。
舞さんの意識がこっちに向いてしまったのが原因だろう。光弾は俺達の周りを囲んでいた。舞さんだけだったらこうなる前に撃ち落せていた。結局俺は足手まといでしかない。
不思議な気分だ。舞さん、女子高生、光彩、何もかもがスローに見える。
俺はまた気を失うのだろうか。昨日は舞さんがいた。今は隣に舞さんがいる。舞さんまで俺みたいになったらどうすればいいのだろう。
急造のカードで対抗してはいるけど舞さんも限界だ。撃ちもらしの1つが俺へ向かっている。それを防いでも直後に別方向から弾が飛んでくる。カードで打ち落としてもまた別の方向から飛ぶ。
光るカードと弾が周りでぶつかっては弾ける。同じ光彩同士がぶつかり合うせいか花火みたいに見え、綺麗だなと他人事のように思っている自分がいた。大家さんは俺のことを始めてのケースだと言っていけどこの場合はどうなるだろう。
舞さんの両手をすり抜け弾丸が飛ぶ。今度は間に合わない。俺と自分の2人を守ろうとしていればこうなるのは当然だ。
俺は光彩については何も知らないけど舞さんはがんばったと思う。目をつぶろうかと思う反面そこまでのことかとも思う。どっちだろうと俺に出来ることは何もない。
「ごめん」
そんな声が聞こえた気がした。なぜ謝るのだろうとまるで人事のように考えている自分がいる。肩に舞さんの手の感触がした瞬間スローモーションが終わった。
体が重い。持久走を本気で走った後みたいだ。
「大丈夫?」
舞さんの声だ。彼女が今まだよりも早くカードを使って光弾を弾いたことは分かる。だから俺の意識はこうして回るんだ。でも声が出ない。しゃべろうとしているのに何も話せなくなっている。俺の口や俺の体はどうなったんだ?
「久君の中にある私の光彩を戻したの」
また舞さんの声だ。小声で俺にだけ話すような言い方だ。無事なのはいいけどどうなってるんだ?
「後で説明するね」
「だから味が違うんだー」
女子高生の声も聞こえる、
「電池ってとこかな」
電池? 俺が? 舞さんの?
「その言い方、やめて」
「器用なことするねー」
音がした。あいつ以外いない。誰もいなかった。視線を動かす。右側が移動し光彩を放とうとしている。
舞さんが片手でカードを投げ、光弾に当たり小さな花火が生まれた直後に視界が光で覆われる。前に使った目くらましに使える光彩の弾丸を使ったんだ。
視界が戻ると光の張本人は廊下に駆け出していた。逃げる気だ。動く首を保健室のドアに向ける。
舞さんは保健室を出ようとしているが女子高生はこちらを見定め光弾を用意していた。
「おいでー」
保健室から5メートルは離れた場所から女子高生は弾丸を撃つ。数は数十、一瞬では数えられない。廊下に出る瞬間を狙っていたんだ。光の集まりが舞さんめがけて飛ぶ。俺は目をちょっとだけつむっちゃったけど舞さんは違った。
目を開くと廊下を、壁を、天井を利用して光弾を避けている。それだけじゃない。避けつつ女子高生に向かって突き進んでいる。3次元のジグザグ走行だ。
保健室でやった天井への貼りつきの応用だろうか。天井に一瞬だけ貼りつき壁へ跳ぶ、壁に貼りついたら今度は廊下、廊下の次はこの前とは逆の壁、まるで丸を描くように跳んでいる。
「うわっ」
女子高生が驚いているのがここからでもわかる。新しく弾丸を作り始めるけどもう遅い。すでに舞さんは彼女の後ろに着地している。後ろを振り向く前に舞さんは右手でカードを作り、それをそのまま彼女にぶつけた。
倒れる女子高生を舞さんが支える。何が起きているかは分からないが気を失っているようだ。何とかベッドに近づいて腰かける。舞さんは女子高生を保健室へ運び床に寝かせた。当の女子高生からは何の反応も無い。
「こいつ、大丈夫かな」
ベッドの側にある椅子に座った舞さんに聞いてみた。
「平気よ。見てれば分かるから」
突き放した感じに聞こえたのは気のせいだろうか。助けてくれたのは舞さんなのに舞さんより先にこの女子高生の心配をしているような言い方をしてしまった。それがまずかったのかもしれない。
不思議なもんだ。さっきまで襲われていたのに今はこいつの心配をしてしまっている。見た目に騙された。そもそもこんなことになったのは俺が襲われたのが原因だ。
こいつは何だ。どうして俺を襲ったんだ。舞さんは何か知っているのか。
「こいつは……」
「あれー」
女の子、見たことがあるなんてレベルじゃない。
「2人で何してんの?」
こっちが聞きたいよ。何してんの部長。
カバンを肩にかけた帰る格好の部長が保健室に入ってきた。
この状況どうしよう? 光彩って見えないか見えても気のせいで済むんだっけ? ならごまかせばいいのか? えーと、どう話そう?
「任せて」
舞さんは俺に小声でつぶやくと部長の方を向いた。
「久君の様子を見に来たの。もし帰れそうになかったら車呼ぼうかなって」
部長は舞さんの足元に倒れている女子高生には目もくれずこっちへやって来た。部長には見えてないのか。
「そっかー。久ちゃん生きてる?」
「生きてるよ」
立ち上がるには時間がかかりそうだけどね。
「起きたばかりでまだ調子が悪いみたい」
「先生いないの?」
「体育館に行った。部長はどうしたの?」
「うち? 保健室いるって聞いたから一応見とこうと思って」
「悪いね」
「いーよ。けど今度は連絡してよ。あの部屋1人じゃ寂しーんだから」
「了解」
「うん、じゃーね」
「さよなら」
舞さんに続いて俺も別れの言葉を口にした。
「また明日」
部長が変な目で俺を見る。あれ? 俺変なこと言ったかな?
「明日休みだよ」
ああ、そういうことか。そうだったそうだった。
「まだ寝ぼけてんの?」
「かもしんない」
「無理して学校来るからだよ」
「……だね」
その通りとしか言えない。
「じゃね」
部長が帰って見えなくなったのを確認してから大きく息を吐いた。よく平然な態度を保てたと思う。部長と話している時、あの女子高生が光ったんだ。カードや弾丸の光彩みたいに光って何か起こるのかと思ったらそのまま消えてしまった。
「帰ったみたいね。ちょっと緊張しちゃった」
うなずくしかできなかった。
保健室には今椅子に座った舞さんと俺しかいない。あの女子高生は初めからどこにもいなかったように消えてしまった。部活の音も聞こえない。
周りを見る。本当に舞さん意外誰もいない。
「これ、現実だよね」
「そうだよ」
「あいつがどうなったのかって分かる?」
「あれは光彩のカタマリ。人の姿になっていただけのね。体内の光彩が減って自分の姿を維持できなくなったの」
「死んだってこと?」
「生きてもいないよ」
そんなものなのか。正直良く分からない。そうだ。わからないと言えば……。
「昨日何があったかも聞いていい?」
間があった。やっぱり俺に話せないことでもあるのだろうか。
「里緒さんに聞いたの?」
「聞いたのは光彩が何かってことだけ。昨日何があったかは知らない」
「そう」
安心したように聞こえたのは俺の気のせいじゃないはず。
「……やっぱり、知りたい?」
少しの沈黙からの一言目がこれだった。あまり言いたくはないということだろう。聞かないままでいる気はないけど、さっきまでのマンガみたいな光景が頭の大半を占めていて上手く頭が回らない。
「話せるようになってからでいいよ」
今聞いても頭の中で整理できる自信が無いし体の調子は戻っているから落ち着いてからでいいか。
「ごめんね」
この場合、何を指して謝ってるんだろう? 大家さんも本当に昨日のことについては何も知らないのか聞いておいた方がいいかな?
「いいよ」
でも今はさっさと帰ることを優先しよう。ずっと寝ていたのに何かすごい疲れた。




