その2
目を覚ますと自分の部屋のベッドの上にいた。時計は深夜0時を過ぎている。寝起きのせいか頭がうまく働かない。
えーと、外出したのは11時過ぎだったっけ。
「起きたみたいね」
女の声。目を向けるとそこには知っている顔があった。
「……舞さんか」
寝ぼけているのかすぐに名前が出てこない。そんな俺を心配したのか彼女はずっと俺を見ている。
「どうかした?」
「何でもない何でもない」
ようやく名前が出てきた。藤崎舞。俺と同じクラスの子で大家さんの家に住んでいる子だ。見慣れた制服じゃなくて上は赤いセーターで、下は黒のジーンズだから一瞬本当に舞さんなのか分からなかったよ。
でも何で舞さんが俺の部屋にいるんだ? そもそも俺はどうやって自分の部屋に戻ったんだ? 舞さんがここいることは何か関係があるのか?
「何で……」
続きが出てこない。聞きたいことははっきりしている。けどそれが上手く言葉にできない。
「とりあえず、何か飲む? 一息ついた方が落ち着くよ」
彼女の提案に俺は首を縦に振る。少しして舞さんがコップを載せたトレー持ってきた。
「どうぞ」
「うん」
受け取るため体を起こす。
あれ?
起こす。うん、できた。手を伸ばす。
ん? 手を伸ばす。
「どうしたの?」
舞さんがこっちを見ている。受け取ってから答えた。
「……変なんだよ。体がすぐに動かせないっていうか……」
そうだよ。自分の言葉で理解した。体がワンテンポ遅いんだ。手を動かそうとしたらすぐ動くはずなのに少しのだけ間がある。
舞さんは「そう」とだけ言って難しい顔をして考え込み始めた。そのまま数分、もしかしたら10秒程度かもしれないけど俺の実感ではそんな感じだ。
ひょっとして今の俺やばい? うわー聞きたくない。でも聞かないともっとやばい気しかしない。
話しかけようたってネタが思い浮かばないし、大体今話しかけていいのかも分からない。何をしていいか分からなかったのでとりあえず目の前のコップを口に運ぶ。お茶の味がした。飲んだこと無い味だけどいける。
俺の部屋の冷蔵庫にはないものだ。舞さんが用意したのかな?
そうだこれだ。これをネタにしよう。
「これ、舞さんの?」
舞さんがこっちを向く、それから少しだけ間があった。
「お茶のこと? そうよ」
そしてまた難しい顔を始めた。やっぱりまずかった?
「おいしい?」
間に耐えられずお茶を飲んでいると舞さんから話しかけてきた。
「うん、うまい」
「そうでしょ。ところで……」
声色が変わった。さっきまで難しい顔をしているのはこれから話すことが理由なのだろう。心の中で身構える。
「魔法って信じる?」
魔法? 唐突過ぎない? いやでも舞さん顔がガチだぞ。どうする? ボケるべきか真顔で答えるべきか。
そもそも魔法ってなんだ、何かの例えなのか。仮に何かの例えだとして何でそんなことを言い出すんだ?
確かに今、自分の体が変になっている自覚はある。これが魔法のせいだって言われたら信じるしかない。けど、魔法ってのちょっとな。呪いとか言われた方がまだ信じられる。
「ちょっと待ってて」
舞さんは立ち上がって部屋の電気を消した。
「何?」
「見てもらうのが1番かなって」
変な想像をする間もなく舞さんはもう1度俺の近くに座った。暗くなった部屋の中でも彼女の存在ははっきりと感じられる。
「見てて」
舞さんの手から青白い光が見えた。手のひらに四角い光、なのかどうかは分からないけどそれらしいものは見える。もちろん電気の光なんかじゃない。
「信じられそう?」
「……うん」
今やる意味がないからやってないだろうけどこれが手品やドッキリなら本気で尊敬する。それくらいはっきり手の平に光る何かが見えた。
「手品、じゃないよね?」
「うん」
「……俺の体もこれが原因?」
「正しくはこれを使う人間ね。この光、私達は光り彩るって書いて光彩って呼んでいるけど、私以外にもこれが使える人間がいるみたいなの」
これが原因、ということらしい。イマイチ実感がわかないが舞さんの顔は真剣だ。とりあえず1番気になることを聞いてみる。
「俺、元に戻るかな」
「しばらく違和感が続くだろうけど……」
チャイムとノックの音が舞さんの言葉を終わらせた。
「私もいいかなー?」
少しだけ部屋に響く声、あの人だ。
ドアを開けようと立ち上画廊としてけどできず、それどころかこけてしまった。
「私が出るよ」
「けど」
「あの人も光彩のこと知ってるから」
あ、そうなの。
舞さんは電気を付けてから玄関まで行った。
「邪魔するよー。大変だったねー、ほら差し入れ。朝食にでもしてよ。とりあえず冷蔵庫に入れておくね。体のことはどこまで聞いてる?」
すぐにくだけた言動をするショートカットの女性が舞さんと一緒に現れる。20は超えているように見える普段何をしているか分からない俺が住むアパートの大家さんだ。
「そのうち治るってことは」
大家さんはいつもの調子だから何だか安心してしまう。
「何かあったんですか?」
「今、何時かわかる?」
俺と舞さんは時計を見た。時間は1時を指している。
「続きは明日にしたら?保護者代理としてはちょーっとほっとけないなー」
「でも、全部話した方が……」
「1度に言われたって混乱するだけじゃない? 頭の中を整理する時間も必要だと思うの。久弥君は今聞きたいことある?」
「体が元に戻ることが分かれば十分ですよ」
大家さんについては後で聞けばいい。
「ほら、久弥君もこう言ってる。続きは明日ね」
「……はい」
舞さんもとりあえずは納得したらしい。
大家さんに引きづられるように舞さん帰った後、俺はベッドの上で大きく息を吸って吐いた。
すごいことになった、ということは何となく分かる。状況を整理してみよう。
俺の体が変になった理由は光彩というやつにあるらしい。その光彩とは舞さんが見せてくれた光のようなものらしい。ここまでは分かった。
疑問なのは光彩だ。光るだけなら幽霊だとか人魂だとか言われておしまい。人の体をどうこうすることはできない。
なら、どんな力があるんだ?
俺の体がおかしくなった原因ははっきりとは分からない。けど可能性としては校門で後ろから何かに貫かれた瞬間が1番高い。あの時何かの感触があったということは実体があるということになる。けど鏡で自分の体を見ても外傷は無いし触ってみても痛みも無い。問題はあっても手足両方指含めてちゃんと動く。
金縛りみたいなもんかな? でもそれだと舞さんが平気な理由が説明できない。舞さんは光彩が使える人間が自分以外にもいると言っていた。なら俺は彼女以外の誰かのせいでこんなことになったってことになる。
誰かに狙われた?
いや誰かって誰だよ。そもそも光彩を使える奴は何人いるんだ。それを舞さん達は把握しているのか?
あーでも、2人は帰っちゃったし明日聞けばいいか。2人を信用していいのかって思わないわけじゃないけど現状頼れるのは2人だけだし、仮にあの2人が犯人なら俺に光彩を話す理由もないし信じていいだいいよな。
あの2人を疑いたくないし。
チャイムとノックで目を覚ました。ベッドから起きて手足の感覚を調べてみたら違和感は減っている。それはいいけど眠い。ごちゃごちゃ考えすぎた。
てくてく歩いてドアを開けると濃い青のブレザーに赤いリボンをつけた制服姿の舞さんが立っていた。香水なのかシャンプーなのかいい匂いがする。
そういやアパートで舞さんの制服見るの久しぶりだな。高校入った頃は一緒に学校行ったこともあったけどいつの間にかなくなったもんなって違う違う。今重要なのは舞さんがココにいる理由だ。
「……おはよう。学校行けそう?」
うーん、何か引っかかるような言い方だ。色々言いたいことがあるけど俺の体調に遠慮して言えないとか。
「まだ体が変だし今日はやめとく」
何か言いたげな顔が俺の目に映る。ウソはついてないから大丈夫、のはず。
いやいや何が大丈夫なんだ、俺は今日体調が悪いから学校を休む。うん、おかしなことは何もない。
「そんな顔しなくてもいいんだよ。俺が夜出歩いてたのがまずかったんだよね? 舞さんが気にすることないって」
俺が狙われたのか偶然なのか理由があるのかは分からないけどこれは間違ってはいないはずだ。
「でも……」
よし効いてる。
「大家さん今家にいる?」
「……いるよ。どうして?」
「何かあったらあの人に聞こうと思ってて。だから舞さんは安心して学校行きなよ」
「本当に平気?」
今度は昨日のような難しい顔をして聞いてきた。
「昨日よりは」
「……じゃあ、何かあったら教えてね。先生には私から言っておくから」
「うん」
そのまま舞さんが見えなくなるまで見送る。
冷蔵庫のパンを食べながら俺は次にやることを決めていた。大家さんに光彩と舞さんの変な所を聞き出す。親の知り合いであるこの人には色々と助けられているけどそれとこれは話が別、家にいることも分かっているから後は行くだけだ。
「学校は休むことにしたのね」
「はい。パンありがとうございました」
「いいのよ、それくらい」
そして今は大家さんの家のリビングにいる。彼女は机を挟んで俺の前に座っていて、俺と身長が同じくらいだから舞さんや部長に比べて目線が合いやすい。
「あの子、どんな顔してた?」
「色々言いたそうな顔してました」
この人はおおらかというか適当というか、そんな感じの人だ。昨日も舞さんみたいに難しい顔をしていなかった。だから大家さんの方が詳しい話を聞き出しやすいのではというのがココに来た理由だ。
「だと思った」
深呼吸1つ。俺は世間話をしに来たんじゃない。
「聞いていいですか」
「どうぞ」
「舞さん、俺に隠してることありますよね?」
大家さんも、とは言えなかった。声が上ずってるのが自分でもわかる。
「どうして?」
「俺のこと気にしすぎだと思ったからです。今日だって学校行けるかって聞きに来ましたからね」
大家さんは黙ったまま俺の顔を見ている。このまま続けていいということだろう。話を続けることにした。
「ほっといてもいいレベルならそこまでしますか? それとも俺の顔をわざわざ見に来る理由があるんですか。舞さん昨日から変なんですよ。こっちの顔を見て何か言いたそうだったり難しい顔したり何かありますって言ってるようなもんじゃないですか」
「あの子のこと、信じられない?」
「信じたいから聞いてるんです。そういうのずるいですよ」
自分の言葉で気がついた。俺は彼女を信じ切れていない。
昨日から気になっていた、どうしてあんな顔ばかりしていたのだろうと。記憶の中の舞さんはもっとこう、たくさん表情を見せていた。
確かに性格も言動も明るく元気って感じじゃないしおしゃべりでもない。だからといって暗い顔ばかりの人でもなかった。俺がそうさせていたのだろうか。
舞さんを信じてないのが伝わってしまったからあんな顔をしていたのか。けど信じるったって何を根拠に信じればいい?
そもそも2年前大家さんに紹介されて仲良くしてねと言われたのが知り合うきっかけだった。それ以前の舞さんがどんな人なのかはよく知らない。あの人は昔のことをあまり話したがらないようだった。だから俺も深く聞いたことはない。
光彩については昨日知ったばかりでいつから光彩が使えるのか。光彩とは何なのか。何も知らない。昨日あったこともそう。話せない理由でもあったのだろうか?
だとしたらそれは何?
「実はね……」
「やっぱりいいです」
あ、何か言うつもりだった?
「いいの?」
それっぽいな。けど追及はやめとこう。話せない理由があるとしたらそれを聞かなきゃいけないのはまず舞さんからだ。
「はい、自分で聞きます」
「そっか。久弥君がそう決めたならそれでいいと思う。私も助かるわ」
「助かる、ですか?」
この反応は予想外だ。大家さんは笑顔になりながら話を続ける。
「あの子にね、自分が話すまで待ってほしいって言われてるの。久弥君は知らないだろうけどあの子怒ると怖いのよねー」
だとしたら舞さんの様子がおかしいことについてはここまでにしておこう。他にも聞きたいことはあるんだ。
「その代わり光彩のこと聞いていいですか?」
「もちろん」
光彩自体を隠してるわけじゃないってことか。なら隠したいのは昨日のことだけ?
「でもね、私もよく知らない」
お手上げのポーズをしている。スタートダッシュでこけた気分だ。
「分かってるのはあれが空気のように存在すること、人間の体内にもね。それとコントロールできる人間がいるってことかな。久弥君の体も体内の光彩がなくなったのが原因だと思ってるの」
コントロールできる。光彩がなくなったのが原因。
「誰かに狙われたってことですか?」
昨日からの疑問を口にしてみた。
「可能性はあるわ」
あるわのレベルか。
「光彩が奪われると立ちくらみやめまい、頭痛や吐き気のような症状が表れるけど、このくらいじゃ誰もおかしいなんて思わないよね?」
「ですね」
俺だってそのぐらいならわざわざ大家さんに聞きに来たりしない。
「光彩の資料とか記録ってないんですか?」
「見える人には見えるってだけでね、見えても大半の人は気のせいで済ますレベルなの。存在を映像や数字で証明することもできないのよ」
だとしたら俺は何なのだろう。昨日よりは軽くなっているけど体がワンテンポ遅いのは続いている。今朝もアパートの階段でもこけかけた。
「久弥君の場合は特別、体内の光彩には個人差があってね。光彩の量が多い人だと意識をなくすこともあるのよ」
俺はそっちのケースってことか。
「体についてはっきりとしたことは何も言えないの。ごめんなさい」
どうしよう。頭を下げられてしまった。
別に問い詰める気にはなかったのにそんな風になってしまっている。話題を変えないとってだめだ。まだ聞きたいことがある。けどどうやって聞けばいい?
そうだ、言い方を変えればいいんだ。
「俺やばいですか?」
これならおかしくないはず。
「1週間寝込んだのが最も重症なケース。そこから判断すれば大したことはないと思うわ。違和感は減ってるんでしょう?」
「分かりますか?」
「そんな顔してるわ」
納得は出来た。同時に疑問も浮かぶ。舞さんのあの顔の理由だ。
「じゃあ、舞さんは何を気にしていると思いますか?」
「責任を感じてるんじゃない? 昨日だってどうしようどうしようって大変だったのよ」
「あの舞さんが?」
「その舞さんが。あの子どんな子だと思ってるの?」
「落ち着いてる人だなぁって」
「そう見せてるだけよ。そうだ、こっちも聞いていい?」
「どうぞ」
「昨日の外出理由は?」
そっちかぁ。うーん。
「言わなきゃだめですか?」
「保護者代理としては聞いておきたいなー」
「笑いません?」
「笑わない」
「炭酸が飲みたくなったから……」
最後まで言えなかった。
確かに笑わなかったよ。笑わなかった。けどものすごくあきれたような顔をされた。訂正、ようなじゃなく完璧にあきれてた。だから言いたくなかったんだよ。
部屋に戻ってベッドに座ったはいいもののどうも落ち着かない。ゴロゴロと寝転がる気にもなれずゲームをやる気も起きない。
行くか、学校。今みたいな状態は嫌だ。舞さんとちゃんと話をしたい。内容?そんなのは後から考えればいい。




