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俺と舞さん変な光に振り回される日常  作者: 萩乃月
憶えていたい
11/12

その2

 声が聞こえる。知っている人の声だ。

「…………い」

 何かの重さを感じた。肩が揺さぶられていることも分かる。段々と頭の中がすっきりしていく。

「お客さーん、終点ですよー」

 部長だ。

「……何してんすか」

「こっちが聞きたいよ」

 俺の隣に指をさす。斎藤さんが俺に寄りかかって眠っていた。安らいでいる寝顔、穏やかな顔だ。こっちの姿でもこんな顔するんだなってそうじゃない。

「えっとー……」

「ウチも知らん。さっき来たばったか」

 やっぱり顔に出たらしい。とりあえず周りを見る。駅だ。駅のベンチに座っている。

「駅員さんも起こそうとしたらしいよ」

 視線を感じる。部長じゃない。離れた所からこっちを見る人間の視線だ。隣で眠っている子が原因なのは分かるけどこれは確かにキツイ。

「聞いてんの?」

「聞いてるよ。部長はどうしてここに?」

「久ちゃん探してほしいって藤崎さんに頼まれた」

 舞さん。名前を聞いて思わず立ち上がりそうになった。

「亜里沙起きちゃうよ」

 部長に止められ座り続けることにする。

「藤崎さんなら保健室で寝てる。疲れちゃったって」

 保健室で寝てるってことは終わったと考えていい。寝込むほど大変なことがあったのなら後で何か持って行こう。

 斎藤さんが起きるように少し肩を動かしてみたけど反応はない。熟睡してる。

「起きないねー」

 空腹だしいつまでもこの状況というわけにはいかない。

 空腹。そういえば今何時だ?時計を見ると短針は1を指している。もうそんな時間なのか。

「結局さあ、亜里沙の中にあった光彩が原因なんだよね?」

「そんなとこ」

「この子さ、小学生のときの思い出ってなると隣の男の子の話をよくしたんだよ」

 部長が斎藤さんとは逆の位置に座った。

「元々転校が多かったし体が弱くて学校も休みがちだったからクラスにうまく溶け込めなくて隣の子によくノートや教科書見せてもらったって」

 俺のこと、なのだろう。

「そのうちその子と仲良くなったのが切っ掛けでクラスにも馴染めたんだけど今度は周りから冷やかされるようになったって」

「からかってるだけでしょ」

「休みがちだったからそういうの分からなくていつも謝ってたって。相手は嫌だったろうなって言ってたよ。これ、久ちゃんだよね?」

「……だと思う」

「いい奴じゃん」

「……そうかな」

 できたのは曖昧な返事だけだった。本当にいい奴なら電話やメールで連絡を取り合うことぐらいやってたと思う。

「亜里沙もそう思うよねー?」

 隣の子を見る。感じる重さは変わらない。

「……起きてるの?」

「ウチの目はごまかせねーぞ。何なら中学時代の恥ずかしい話もっとしよーかー?」

 重さに変化がった。斎藤さんの頭が俺の体から離れて行く。

「ほらね」

「……タイミングが掴めなかっただけよ」

「……起きてたんだ」

 何か気まずい。

「……ええ」

「……いつから?」

「ウチが久ちゃんに声かけてるときだよ。目動いてんのに寝たふりしてんだもん」

「……悪かったわ」

 部長は立ち上がって斎藤さんの前へ歩き立ったまま向きあった。

「亜里沙だよね」

「ええ」

「もう、大丈夫なんだよね」

「迷惑をかけたわ」

 抱きついた。部長が斎藤さんに。

「恥ずかしいって……」

「いーじゃん、喜びを表してんだよ」

「目立つよ、それ」

「気にすんな」

「春香はこういう子よ。久弥」

 部長の視線がこっちに向く、同時に斎藤さんもこっちを見てる。

「何々? どーいうこと?」

 うん、間違いない。あの目は呼んでって言ってる。

「亜里沙と約束したんだよ。昔みたいに呼び合おうって」

「そーなの?」

「ええ」

「いつ? どこで?」

「あのでかい光彩の中」

「……どゆこと?」

 これだけ聞いてもわかるわけないか。

「飯食いながらでも話すよ。2人は腹減ってない?」

 話さなきゃいけないことはあるけど腹も減った。

「じゃあどっか食いに行こう」

「私も何か食べたいわ」

 

 近くのファミレスでの食事の後、俺達はデパートへ向かった。

「私の中にあった光彩が磁石のようなものだってことは話したわね。それは人の姿をした2つの分身に光彩の回収をさせていたの。2人を襲ったのもその分身、もちろんおとりの意味もあったわ。けど光彩がコントロールできなくなったから人の姿をした分身にコントロールできる分の光彩を移していた。あの人はそれを分身ごと消したのよ」

 何が起きてどうなったか、亜里沙によるとこういうことらしい。

「よく分かんない」

 そのときの部長の感想がこれ。俺もそう。夢を見てるみたいだった。

「何か買うんだよね?」

 部長が周りをキョロキョロ見ながら聞いてきた。多分こういう場所に来たことが無いんだろうな。

「差し入れ用のお菓子」

 俺達はデパートの土産物売場にいる。

「こういうとこの5個で1000円とかのやつがいいんだよ。高校生じゃこういうのもらわないしね」

「おー」

 部長に軽く拍手された。

「さすがね」

「亜里沙ー。うちらも何か買おうよー」

 はしゃいでいるのが俺でも分かる。お菓子を見て回るの好きなんだろうけどそれだけじゃないよな

「そうね。これなんてどうかしら?」

 ケーキを指している。よく分からない名前をしているけど女の子なら喜びそうだ。

「でもそれ結構高いよ」

 亜里沙は店の表示をじっと見ている。

「本当だわ」

「うちはこれいいと思う。2人で買お、久ちゃんはどうすんの?」

「あっち見てくるよ」

 あらかじめ決めていた5個で税込1080円のお菓子を買って2人と合流すると部長が携帯をいじっていた。隣では亜里沙が2人で買ったらしい袋を持っている。

「うちのクラスの子から連絡あった。藤崎さん家に帰ったって」

「じゃそっちに行こう。電話するからちょっと待ってて」

 大家さん家に発信する。

「久君?」

 舞さんの声。朝に比べて張りがない気がする。早く要件を伝えよう。

「うん。体調悪いとこゴメン。今日はありがと。差し入れ持って行こうかと思うんだけどいいかな?」

「いいの?」

「お礼だよ。部長と……」

 亜里沙を見ると目があった。あの目は言えと言っている。

「亜里沙も一緒にいいかな?」

「どうぞ、待ってるよ」

 携帯を切る。後は大家さん家に行くだけだ。

「春香は行ったことあるの?」

「うん」

 その前にこっちを済ませておこう。

「これ、2人に」

 舞さんに買ってといた物と別に2人に買ったお菓子を渡す。6個入りだから2人で食べ切ることができる。

「2人には世話になったしね」

「おー、ありがとー」

「悪いわね」

 喜びがはっきりと出る部長と控えめな亜里沙、こういうコンビだったのだろう。それから大家さんの家に向かった。

 

 大家さんの家の前でチャイムを鳴らす。ドアが開いて部屋着の舞さんが出た。

「いらっしゃい」

 予想はしていたが疲れてる風に見える。早く用件を済ませよう。

「これ、差し入れ」

「こっちはウチと亜里沙が買ったやつ。元気になったら食べてよ」

 俺と部長がそれぞれ渡す。

「ありがとう」

 舞さんが受け取る。

「ほら、亜里沙も何かコメント」

「……その、貴方には助けられたわ」

「こっちこそ」

 2人で笑い合っている。

 え?

「え?」

 部長の声と心の声が合ってしまった。どういうことだろう。2人はちゃんと話したことはなかったはず。

「光彩が使われないよう邪魔をしていたの。何かに光彩を使ってなかった?」

 1つある、花火だ。

「2人に言わなかったの?」

「私、元凶だから」

「でも亜里沙のおかげじゃん。でしょ?」

「久君だって感謝してるよね?」

「そりゃしてるよ」

 亜里沙は笑顔だった。その控えめの笑顔があの場で見た小さな亜里沙と重なる。そんなはずはないのにずっと前の出来事のように思えた。

 

 次の日になってやっと小学校の卒業アルバムが届いたのでそれを開く。ページをめくり全員の顔写真を確認すると同じクラスに斎藤亜里沙という名前があった。違いなくあのときの女の子だ。

「あれ?」

 でも1つだけ違うところがある。顔つきだ。光彩の中で見た子は今の亜里沙をそのまま小さくしたような子だった。それに比べて写真の子は気弱そうな顔つきをしている。

 そのままページをめくった。クラスの担任、修学旅行、運動会、こういうことがあったということは理解できる。だけど自分のことなのにまるで他人の記録を見ているようで何も実感がわかない。

「全然出てこない」

 地元に戻っても、昔の知り合いにあっても思い出すことはないのだろう。本当になくなってしまった。もう思い出せないのだ。

 別に亜里沙が憎いとか、そんな気持ちはない。光彩なんて訳のわからないものに振り回されただけなんだ。

 分かってる。そんなことは分かってる。

 携帯が鳴った。舞さんだ。

「どうかした?」

「私、そっちに行ってもいいかな?」

「いいけど、どうして?」

「ご飯、一緒に食べない?」

「……いいけど」

「じゃ、そっち行くね」

 しばらくしてチャイムが鳴る。ドアを開けると舞さんが両手で鍋を持っていた。

「お邪魔します」

「……どうぞ」

 時間は夜の6時半を過ぎている。

「今日ね、里緒さんいないんだ。帰れないって連絡が合った」

 舞さんは部屋のキッチンで持ってきた鍋を温めている。俺はそんな舞さんを何もせずただじっと見ている。俺のためにわざわざご苦労なことだ。

「2人分作っちゃったし、あの家、1人だと寂しくなるんだよね」

「そっか」

 確かにあの家は1人には広すぎる。

「……舞さんはこれからどうするか決めてる?」

「どうするって学校のこと? 卒業までいるよ。しばらく様子を見たいしね」

 そんなもんか。

 正直、あまり食欲はない。とはいえわざわざ用意してくれたのを断る気にもなれない。

「できたよ。野菜たくさん食べて栄養つけなきゃね」

「うん」

 気づくと舞さんがこっちを見ている。自分の分も用意済みのようだ。

「食べよ」

「うん」

「いただきます」

「……いただきます」

 1口、2口と口に運ぶ。上手い、と思う。あまり味は分からない。

 大方大家さんにアルバムの事を聞いて俺が落ち込んでたら励ましてほしいとか頼まれたんだろう。別にそれはいい、話し相手がいた方が気が紛れるし俺自身感謝してる。ただ、それが上手く言葉にできない。

「久君は自分が襲われた日のこと憶えてる?」

「……もちろん」

 何を話したいんだ?

「私ね、心のどこかで嬉しかったんだ。ああ、同じクラスに光彩のことを話せる人ができたって」

 大家さんがそんなこと言ってたな。黙っていればいいのにどうしてそんなこと話すんだろう。

「勝手だよね、そのせいで久君は大変な目に遭ったっていうのに」

「……別に、いいよ」

 俺だって地元から出たかったから舞さんを利用したんだ。

「私ね、本当は久君達の1つ上なの。今年で18、中3のときに光彩が見えるようになったんだ」

 舞さんは手元で光彩のカードを作るとすぐに消した。

「こういう風に光彩を戻すことができなかったから疲れちゃってね。受験どころか学校にも行けなかった」

 舞さんが光彩でできた女子高生を嫌っていた理由が分かった気がする。光彩で人の生活が壊されるのが嫌なんだ。

「久君がいてくれたこと、すごく感謝してる。もしいなかったら2人も助けらなかったって思うよ。学校のこともそう。知ってる人がいるって安心できたんだから」

 口が動かない。言葉が出てこない。できるのは目の前の料理を口に運ぶだけ。それだって味はよく分からない。

「……使う?」

 ハンカチ? ハンカチだ。舞さんのハンカチで目元を拭く。

「……ありがと」

 時間が必要だったけどお礼は言えた。

 勝手なやつだと思う。舞さんじゃない、俺のことだ。

 今まで気にもしなかった思い出が2度と思い出せなくなったというだけでこのザマだ。同じ高校に1年以上いたのに亜里沙に気づきもしなかった、そんな人間が自分のこととなるとこんなになってる。

 舞さんが用意してくれた料理もとっくに冷めてしまった。

「……光彩のこと」

「うん」

「……何かあったら言ってよ。俺にできることなら協力するから」

 上手く笑えたと思う。過去が無くても未来はあるなんてかっこいい心境にはなれないけど引きずっちゃいけないことは分かる。こんな風に思えるのは小学生時代の記憶だけを無くしたからかもしれない。

「それじゃさっそく1つ。ちゃんと食べよ」

 いい人だな。

「分かった、温めるよ」

 立ち上がろうとするとチャイムが鳴った。

「ちょっと待って」

 ドアを開けると知っている女の子が2人。

「チッース、差し入れー」

「お邪魔するわね」

 部長と亜里沙だ。2人とも手に何かの袋を持っている。

「……呼んだの?」

 舞さんに聞いた。

「……うん」

 図星らしい。いつの間に。

「だめ、だった?」

「いや、いいけど……」

 うわー。俺今どんな顔してんだ?

「久ちゃん落ち込んでるって聞いてさー、差し入れ持って来たんだけど大丈夫っぽいね」

 テンション高いな。亜里沙が元に戻ったのがそれだけ嬉しかったってことか。空気が重いままなのよりずっといいけど

「ちゃんとしてるのね」

 亜里沙は亜里沙でキョロキョロ部屋見てるし。

「ん? もしかして久ちゃん泣いてんの?」

「泣いてないって」

「そうなん? あ……」

 部長があるものに気付いたようだ。彼女の視線の先にはこの前来たときはなかったものがある。小学校のアルバムだ。

「アルバム来たんだ」

 その目は見せてと言っている。

「あー……」

「ダメ!」

 やっぱりだ。亜里沙がはっきりと拒絶している。

「……それ、久弥のよね?」

 3人の視線が同時に集まったせいかしどろもどろな話し方だ。

「……見た?」

「……うん」

 気持ちは分かる。あのアルバムには彼女の書いたメッセージがあるんだ。

「……そう、よね……」

「何か書いたの?」

 舞さん鋭いなー。

「……ええ。今度にしない?」

「えー。小学生の時書いたやつでしょ。気にしなくていーじゃん」

「春香は見たいだけじゃない。心の準備があるのよ」

「ますます見たい。ダメ?」

「ダメ」

「えー……」

 2人の話し合いは決着がつきそうになかったので温め直した料理を口に入れた。

「どう?」

「美味しい」

 こういうのを幸せって言うのだろうか?

 それはそれとして亜里沙が部長に見せたくないのはよく分かる。いくら小学生のときでもあれはね。

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