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俺と舞さん変な光に振り回される日常  作者: 萩乃月
憶えていたい
10/12

その1

 携帯の着信音で目を覚ます。時間は朝7時で目覚ましが鳴るまでまだ時間がある。寝ぼけたまま携帯を取ると聞き覚えのある声が聞こえた。

「ごめん、起こしたよね」

 舞さんだ。急いで頭の中のスイッチを入れる。こんな朝から電話をするってことは何かあったってことだ。

「何かあったんだよね?」

「そうなの、今学校の前にいるんだけど……」

 そのまま切れてしまった。

「舞さん? 聞こえる?」

 呼びかけてもダメだ。こっちから電話してもつながらない。この状況はかなりまずい。場合によっては後で謝ることも考えたうえで部長に電話することにした。

「出てよ……」

 コールの音が数回鳴り、俺も思わず声が出る。

「何? 久ちゃん」

 出てくれた。

「朝からごめん。部長って学校近いよね」

「そうだけど」

「舞さんと連絡がとれないんだ」

「どゆこと?」

「さっき舞さんから今学校の前にいるって電話があったけど途中で切れて今もつながらなくなった」

「分かった。学校見てくる。久ちゃんはそこで待ってて」

「けど……」

「狙われたのは久ちゃん」

 それを言われると何も言い返せない。

「……分かった」

「よろしい。着替えぐらいしろよ」

 電話を切ってすぐに顔を洗い着替えを済ませた。電話をしてから10分経とうとする所で着信音がした。部長だ。

「どうだった?」

「……学校の上にさ、でっかい光彩あるよね。あれが学校包めそうな位大きくなってる。後、学校の周りから光彩が見えなくなった」

 そうだ。屋上にはでかい光彩があった。

「学校の光彩が全部そこに集まってるとか?」

「だね」

「学校サボれそう?」

「2、3日なら」

「じゃあ、休んだ方がいいよ」

「久ちゃんは?」

「舞さん待ち。学校には行かない」

「何か分かったら教えて」

「了解」

 電話を切る。問題はこれからだ。

 ただ待つだけってのはすごくもどかしい。何もできないなら何かできることを探せばいい。それは分かるけど具体的なことは何も思いつかない。

 何が起きるかわからないんだからとりあえず朝食を食べる。できることはそれしか思いつかなかった。

 ノック音とチャイムがした。大家さんの可能性は低い。

「私。久君起きてる?」

 インターホンから舞さんの声がしたのでドアを開けた。

「どうしたの?」

「携帯壊れちゃって」

 そのまま舞さんを部屋に上げた。軽く息を切らせている。ここまで走ってきたのだろうか。

「飲む?」

 舞さんを座らせてからお茶を用意して差し出した。

「もらうね」

 一気飲みをしてから大きく息を吐いている。

「ありがとう」

 飲み干したカップを受け取った。

「やっぱり斎藤さんだった。学校に行ったらあの人に会ってね、話を聞いてくれなくて文芸部の部室の時みたいな光彩を使ってきたの」

 こんな朝から学校を見に行ってたのか。

「彼女も私みたいに光彩を使えるみたい」

「そっか」

 俺みたいに襲われたんだろうな。やっぱり斎藤亜里沙か。部長になんて言おう。

「部長から学校の上に大きな光彩が見えるって聞いたけど何か知ってる?」

「学校中の光彩を1つに集めてるのよ。小和田さんは?」

「サボるの勧めといた。これからどうなると思う?」

「分からないな。あんなに大きな光彩を見たのは初めてなの。けど私達が狙われていることだけは確実よ」

 エサと邪魔者か。そんな2人が一緒に行動してたらそりゃ邪魔だろうな。

「あの光彩が自然に存在しない大きさならそれを操っている何かがある。それを調べて用と思う」

「じゃあ学校に?」

「そうね。小和田さんの番号教えてくれる? もう1度部室を調べておこうと思って」

 部長に電話をかけるとすぐにつながった。

「何かあった?」

「舞さんが今俺の部屋にいて部長に話したいことあるって」

「そこにいるの?」

「うん、じゃ変わる」

 舞さんに携帯を渡すと舞さんは部室のカギについて話し始める。どこかで借りる約束でもしてるのだろう。舞さんに渡したコップを片づけると舞さんが携帯を差し出してきた。

「ごめんね」

「いいよ。俺に出来ることってある?」

「久君が狙われているのには何か理由があるはず。だからここから離れてほしいの」

 逃げるだけか。分かってはいたけど悔しいな。

「終わったら連絡するから」

 そう言って舞さんは出て行った。

 終わる、とはどういうことを指すのだろう。 大きな光彩が消えること? 学校の光彩の無くなること? それとも、斎藤亜里沙がいなくなること?

 違う。彼女は人間だ。あの女子高生達とは違う。

 そう否定をしても新しい疑問が浮かぶ。

 本当の斎藤亜里沙はもういなくて今いるのは光彩でできた偽物なのでは? もし彼女が舞さんと戦って、女子高生のように負けたらどうなる?

 楽観的な考えは持てそうになかった。俺は今の状況に対して何か知恵や知識がある訳でも具体的な対策がある訳でもない。舞さんを見送ってただ逃げるだけしかできない。

 なら逃げよう。どこへ行くかは電車の中でも考えられる。

 

 駅に着いた俺の視界には斎藤亜里沙が映っていた。

「遅かったわね」

 考えが甘かったかもしれない。

 何も考えなかったわけじゃない。今自分にできること、舞さんのこと、部長のこと、そんなことばかり考えていた。どう逃げるか。向こうはどう考えるか。そこまで意識が回らなかった。

 電車が着いたばかりなのだろう。電車組の生徒が歩いている。見慣れた制服も見慣れない制服も見たことがある顔も知らない顔もある。大勢の人間の中でも彼女の存在だけははっきりと分かった。

 人だかりの中にいても斎藤亜里沙は違う世界の人間みたいに浮いて見える。光彩の影響なのか元々こういう人間だったのかは分からない。どちらにせよ今の彼女には強烈な存在感があった。

 頭痛がする。アイスを一気食いしたときの何倍もキツイやつだ。この感覚は憶えている。あの日以来の感覚だ。忘れる訳がない。

 自分を見透かされているような感覚がする。逃げようとしても足が動かない。まるで金縛りだ。少しずつ彼女が近づいてくる。頭が痛い。思考がうまく回らない。

 それなのに目だけはしっかりと動いているのが理解できる。俺の目は彼女に引き寄せられたままだ。

 すごく痛い。近づけば近づくほど頭痛がひどくなる。あの時よりもひどくなってきた。

 まだ頭は動く。おかげで体が動かない理由が分かってきた。光彩だ。2人目の女子高生が使っていたベルトみたいなやつ。あんなのが俺の足を縛っていた。

「あ……あ……」 

 俺は、何がしたいんだ? ダメだ。頭が痛くてもう何も考えられそうにない。

「亜里沙……」

 声が出た。何だ。何なんだ。何でこんなことするんだ。そうだ、光彩だ。光彩、原因、斎藤、亜里沙。

 女の子が立っていた。目の前に立っていた。手を伸ばして立っていた。

 手? 保健室、危ない。掴む? 掴めた。できた。どうする? ここは、危ない。どこかに、移動。歩く? できる。足が動く。どこに? 座れる、場所。ココは、ダメだ。人が多い。歩く。引っ張る。後ろ、いるのは、斎藤、亜里沙。襲うなら、早くしろ。襲われる、準備は、できている。

 座れる場所。あった。座る。座らせる。 危ない? どうでもいい。今は、休みたい。何か、眩しいな。

 

 その教室には長袖のTシャツにジーンズを履いた男の子が1人だけいた。昼休みの時間なのか校庭から遊んでいる子供達の声が聞こえるけど、その子はそのグループには入らず1人でゲームをしている。

 女の子が1人教室へ入って来た。長袖のTシャツと足に届くほどの長いスカートを履いている。ゲームをしている男の子は彼女に気付いていない。女の子はゲームをしている男の子に近づくと声をかけた。

「みんなと遊ばないの?」

 女の子を見て男の子は答えた。

「俺ヘタだから。同じチームに入るとみんな微妙な顔すんだよ」

「いつもゲームしてるの?」

「しないよ。みんながドッジとかサッカーやってるときだけ。縄跳びなら一緒にやってる」

 それから少しだけ時間がたった。

「すごいね。仲間外れにならないなんて」

 女の子は男の子の隣の椅子に座った。

「何で? 仲良くすりゃいいじゃん」

「どうせすぐに転校するから」

「みなさん仲良くしてくださいって言ってた」

「先生にそう言えって言われたの」

 人の声が廊下からも聞こえてくる。そろそろ授業が始まる時間だ。

「久弥ー!先生来るぞー!」

 廊下から別の男の子の声が響いてきた。

「わかったー!」

 返事をすると男の子はゲーム機をカバンに隠す。生徒が集まり、先生がやって来て、チャイムが鳴り授業が始まる。誰も俺の存在に気付かないままだ。

 ここはどこだ。どうして俺はここにいる?

 斎藤亜里沙が近づいて来たことまでは憶えている。強い光に目をつぶって目を開けたらココにいた。

 生徒の外見からここが小学校なのはわかる。けど場所が分からない。

 学校以外建物は何もない。校舎の外は真っ白な空間だけがある。学校の外に出ようとしても見えない壁にぶつかってしまう。行くあてもなく学校の中を歩き回るしかなかった。

「……いつまで見ているのかしら?」

 自分に向けて言われたことに気付くのに時間がかかった。声の方向を向くと女の子が1人立っている。あのとき男の子に声をかけていた子だ。

「……俺が、見える?」

「見えるわ」

 この子は何者だ? 授業が始まった頃に教室を出たからあの後どうなったかは知らない。けど女の子が1人授業中自由に歩き回れるのか? そもそもどうしてこの子だけ俺が見えるんだ?

「付いてきて」

 俺が見える人間がいることは嬉しい。だけど判断できる情報が何もないこの状況、素直に付いていっていいのか迷う。

 この子はずっと俺を見ている。俺の返事を待っているのだろうけど小学生のくせにやけに貫禄がある子だ。

「私は斎藤亜里沙よ」

 頭の中にスイッチが入った。彼女から少しだけ距離を取る。俺をここに連れ込んだと思われる張本人が何をしている?

 いや落ち着こう。斎藤亜里沙は高校生だ。こんな小学生じゃないってことはこれは夢か? 可能性はある。

 さっきゲームをやっていた男の子は久弥と呼ばれていた。顔も見覚えがある。つまり俺のことだ。だとするとこの状況を強引になら説明できる。

 今頃俺はどこかのベッドの上で眠っていて、意識が夢の中にいるんだ。おかしなことになってるのは光彩の影響がどうたらで説明できる。

 記憶が戻っているのもアレだ。きっと舞さんがどうにかしたんだよ。詳しいこと目を覚ましてから聞けばいい。

「夢じゃないわ」

 あ、そう。

「貴方は顔に出過ぎよ」

 やっぱり出やすいのか。

「話がずれたわね」

 斎藤亜里沙だという小学生は俺に頭を下げた。

「ごめんなさい。私、貴方に謝らなくてはいけない」

 謝る? 俺に?

「……今の状況のこと?」

 どうなってるんだ?

「今までのことよ。貴方達が光彩と呼ぶものが原因とはいえ、私自身の意思もあったのだから」

 あー。うん? ああ。

「斎藤さんにも光彩が?」

 ってことだよね。

「あったわ」

 あった?

「そう。学校の真上に大きな光彩があるのは知っているかしら?私達は今その中にいるのよ」

 

 上下はともかく左右の感覚がなくなりそうになりながらも真っ白な空間を歩き続ける。自分はどこにいるのか、自分はどこへ行けばいいのか。目印になるのは学校と目の前を歩く女の子だけ。

「場所を変えましょう。もしかしたら記憶を思い出せるかもしれないわ」

 そんなことを言われたら付いていくしかない。彼女だって俺を襲う気ならとっくにやってる。どうせこっちは何もできないんだ。

 斎藤さんの足が一軒家の前で止まる。学校はもう見えない。

「ここは?」

「私の家。貴方も来たことがあるわ」

 全く憶えていない。

「……ダメかしら」

「うん」

「中に入りましょう。その方が落ち着くわ」

 案内されるまま目の前の家に入り、彼女の部屋に着いた。斎藤さんはベッドに座り、俺はクッションに座る。立っている時よりも目線は近く、あの人を見透かすような視線はない。

「この部屋に来たことも?」

「……あるわ」

 そうなのか。

「小学生時代の記憶をすべて奪ってしまったようね。本当にごめんなさい」

 また頭を下げられた。

 最近謝られてばっかだなと思っていると斎藤さんは一気に喋りだした。

「去年からよ。自分以外の誰かの声が聞こえるようになったのは。正確には声じゃないのかもしれない。とにかく私の中に私以外の何かいる様になったわ。それが私の中にあった光彩よ。それは段々と私の意識と混ざり合って貴方を最初に襲った頃にはもう自分が誰なのかも分からなくなっていたわ」

 襲うってことはあの夜のことはやっぱりこの人か。

「ここは学校の屋上に浮いている光彩の中。私の体はもう必要ないって訳ね。私は斎藤亜里沙本人よ」

「根拠ってあるのかな?」

「貴方のことなら。それでいいかしら?」

 うなずいた。

「さっきまで学校であったのは私が転校してきた日のことよ。昼休みに貴方は教室で1人ゲームをしていたわ。あの時だけじゃない。貴方はグループから外れて1人でいることもあったのにクラスの輪から外れず周りもそれを受け入れていた。私にはそれが不思議だった。だから話しかけたの。今なら分かるわ。あれは貴方の光彩の力だったのよ。自分を直接見た人間を無条件に惹き付ける光彩。身に憶えはないかしら?」

 耳が痛い。

「その顔はあるようね。私が光彩を奪った後、あの人の光彩で補ったでしょう。そのせいで光彩が混ざってしまったからもう使えないわよ」

 斎藤さんの中にいた何かが彼女の意識と混ざり合ったように俺の光彩と舞さんの光彩も混ざり合ったということか?

 いや、今は舞さんだ。

「舞さんは今何してるかわかる?」

「磁石を壊そうとしているわ」

「磁石?」

「ええ。屋上の大きな光彩は磁石に引き寄せられたようなものよ。ならその磁石がなくなれば元のようにバラけるわ」

「それが学校にある?」

「正確には私の中にいたものね。今は貴方を襲った存在のどちらかと一体化してると思うわ」

 そういうことか。

「舞さん、手伝えないかな」

「できるわ。ただ……」

 急に黙ってしまった。

「できる限りのことはやるって」

 彼女はベッドから降りて俺の前に座った。

「……握手してもいい?」

「いいよ」

 右手を差し出す。意図は大体分かる。俺の光彩で役に立つなら好きなだけどうぞ。

「ありがとう」

 彼女の手が触れる。小さな手だった。力が抜けるとか、そういう感覚は無い。

「何するか聞いてもいい?」

「こっちで光彩の無駄使いをするのよ。向こうが使える分が減ればあの人の助けになるわ」

「できるの?」

「できるわ。ただ、光彩を使おうとすると体の感覚がなくなるのよ。自分が立っているのか座っているかさえ分からなくなるわ。それが怖かった」

 斎藤さんは俺の手を強く握った。

「今はこの感覚があるから平気よ」


 斎藤さんも舞さんも俺の分からないところで戦っているのだろう。なら、俺もできることをやろう。

「話、しない? 俺と話しをすれば感覚がなくなるってやつも紛れると思う」

「……そうね」

「じゃあ、舞さんの話なんてどう?」

「いいわね。あの人の存在を知ったときは驚いたわ。まるでマンガの世界だって」

「俺もそんな感じ」

「けど、今は羨ましいと思う。あんな風にできたら私ももっと違ったんじゃないかって」

「……考えすぎじゃないかな。舞さんも光彩で記憶を失くすケースは聞いたことがないって言ってた」

「そうかしら」

「誰だって人にはない何かを持ってるもんでしょ?それが光彩だってだけだよ」

 大家さんだって大人ぶってるだけだって言ってた。

「少なくとも、俺にはそう見えた」

「……変なこと言ったわね。けどどうやって知り合ったの?」

「俺の親が光彩の研究しててね。それが切っ掛け」

「ああ、あの人達ね」

 ん?

「知ってるの?」

「遊びに行ったことも調理実習の練習をしようって班のみんなで行ったこともあるわ。個性的なご両親よね」

 斎藤さんは軽く笑っていた。

「恥ずかしいけどね」

 こんな風に笑うのは初めて見た。高校生の姿でもこんな表情をするときがあるのだろうか。

「昔のことと言えば写真のことだけど、あれは偶然よ。ネットであの街を調べてたら見つけたの。不思議な気分だったわ」

「あー……」

 苦笑いしかできない。

「ここは私が光彩で作った世界であると同時に巨大な光彩の一部でもあるわ。だから無駄使いしようと思えばできる」

 なるほど。

「でも変な世界でしょう。私の記憶だけじゃ足りなかった。だから貴方の記憶が欲しかったの。でも失敗。他人の光彩を操るなんて無茶な話だったわ」

 そうまでしてこの世界にこだわる理由は何だろう。

「斎藤さんはここが好き?」

「今の生活よりはね」

「他人は嫌い?」

「他人の視線が。ただ歩いているだけなのにジロジロとこっちを見て、嫌になるわ」

 あの外見じゃしょうがない、とはいえそれが納得できるかは別の問題か。

「この頃は楽しかったわ。転校生の私でもクラスに馴染めたしジロジロと見られることも少なかった」

「だからこの世界を?」

「私の中にいた何か、それは私が自分にとって不都合な行動を取ろうとすると私の動きを止めようとするの。信じられる? 自分の体なのに動かせなくなるのよ。一昨日がいい例ね。貴方に2人で話をしたいと言ったのは憶えているかしら? あの時私の中にいた光彩は貴方を襲うつもりだったのよ」

 だから2人だけで話をしたいって言った訳か。

「それを止めることはできなかったわ。けど昔話をすることで貴方を襲うのを防ぐことはできた」

「何をやったの?」

「私の中にあった光彩は貴方を襲おうとしていたわ。私はそれを止めることはできなかったけど襲うという行為を別のものに変えることはできた」

「それが昔話?」

「ええ。私のことを完全に操ることはできなかったの。それに集まった光彩が大きくなりすぎて完全なコントロールができなくなっていたわ。だからこの世界を作ることもできた」

「そいつ、何考えてんだろうね」

「簡単よ。光彩を集めて大きくなりたいだけ。そういうのはあの人の方が詳しいと思うわ」

 そういう話は聞いてなかった。後で大家さんに聞いておこう。何にせよ。ここから出られなければどうしようもない。

「俺ができることってないかな?舞さんを待つしかないってのももどかしいしやできることがあるならやってみたい」

「……あるけど……」

 うーん、この言いたくないって感じの言い方。

「話してみて、それから決める」

「私を通して貴方の意思を乗せた光彩を学校に送るの。同じ光彩できた存在なら手足を掴んで何もさせない位ならできるわ。やられてもここに戻って来るだけ。どうする?」

「やってみる」

「……驚いたわ」

 あれ?意外って顔してるぞ。

「少しぐらい考えると思ったのに」

 あ、そういうことか。

「何もしないってのも何かね」

 あんな舞さん見ちゃったからな。

「じゃあ、手を出して」

 右手を差し出すと斎藤さんの右手に握られた。小学生だから当然だけど舞さんより小さな手だ。

「学校の廊下に送るわ。多分驚くからちゃんと説明した方がいいわよ」

 俺の目から部屋と斎藤さんが見えなくなって真っ白な光景だけになったかと思うと次の瞬間には廊下にいた。何でもできちゃうかもしれないマジカルライトなのは分かるけどすごいな。

 目は見えるし耳も聞こえる。手も足もある。よし。

「舞さんは……」

 まずは部室だ。階段を登ればすぐ部室があるところに立っているから目標地点を目指すと文芸部の部室から1人目の女子高生が飛び出してきた。その指先には光の弾らしきものがある。視線は部室を向いていて俺には気づいていない。

 やるなら今だ。

「えっ」

 一気に走って腕を引っ張ると弾はどこかへ飛んで行った。

「あれ?」

 目が合うと驚いているような顔をしている。

「やってくれますね」

 部室から2人目の声がした。視線を向けると消えかかった2人目と顔を見ただけで驚いてるって分かる舞さんがいる。

「久君?」

「本物だよ」

 何となく状況が分かってきた。2人目は自分を囮にして1人目に舞さんを狙わせようとしたけど俺に邪魔されて失敗したんだ。俺、出しゃばっただけだったりして」

「話せー」

「嫌だよ」

 1人目は俺の手をほどこうとジタバタするけど非力すぎて全然ダメ。弾を出してもすぐに腕を引っ張って弾と指の距離が30センチも開くと弾は消滅してしまう。こいつにも弱点はあったんたんだな。

「斎藤さんが協力してくれたんだ。でも必要なかったかな?」

 あれ? お世辞くらい言ってくれると思ったけど舞さんの反応がないぞ。ひよっとしてピンチにギリギリ現れた的な感じだったりして。でもリアクションが無いのは変だよな。いやでもちょっと待った。舞さんこっちをじっと見てるぞ。

「変?」

 自分に空いた方の手で指を指して聞いてみた。今の俺は意識以外は光彩らしいから変に映るとか?

「うん、透けてる」

 え? あ、本当だ。手が透けてる。

「斎藤さんが久君を連れてきてくれたんだよね? ここにあった光彩の塊はさっき消えたのと久君が掴んでるの2つの中に入ってたけど1つが消えちゃったからそれが原因だと思う。後は、任せて」

「ばらすなー」

 分かるような分からないような。

「舞さんはどうする?」

「片付けたら保健室かな、疲れちゃった」

 軽く息を吐いてた。吐き方から体調が悪いのは分かる。

「来てくれて……」

 そこで目も耳もダメになった。もしかしたら本当にピンチだったのかもしれない。そんなことを考えていると遠くから音が聞こえ始めた。


「お疲れ」

 小学生の姿をした斎藤さんだ。いつのまにか斎藤さんの部屋に戻っている。窓から音の方向を見ると花火が上がっていた。大きな音を立てて花のように広がっていく。花火の色は黒い。真っ白な世界にはこの方が合うのだろう。

 白と黒のコントラストが広がっていく。

「アレは?」

「無駄使いを兼ねたお祝いよ。あの人やってくれたわ。私達、もうすぐ戻ることができる」

 よし。

「嬉しそうね」

「そりゃね」

 斎藤さんは嬉しくなさそうだ。だけどそれを口にすることはできなかった。俺に何ができる?

「……もしよかったら勝手なお願いをしてもいいかしら?」

 彼女も同じ窓から花火を見ている。

「要件次第」

 光彩関連だったら何もできない。

「大したことじゃないわ。もうすぐこの世界も消える。そうすれば私達は元いた場所に戻れる」

 彼女は息を1度だけ飲み込んだ。

「戻れたら昔みたいに呼び合いたい」

「昔って、小学生の時みたいに?」

「ダメかしら?」

「……何て呼んでた?」

 全く思い出せない。本当に失くしてしまった。

「呼び捨てよ。私は久弥。貴方が亜里沙」

「今じゃなくて?」

「この姿じゃなくて、今の姿で聞きたいの」

 そんなことなら。

「いいよ」

「……本当にいいの?」

「大げさだなー」

「ありがとう。楽しみができたわ」

「部長も喜ぶよ」

「そうね」

 目の前の女の子は好きなお菓子を食べているような笑顔をしている。

「……でも、今の姿の方が良かったなんて言わないわよね?」

「言わないって」

「そうよね」

 冗談なのかはっきりとした意図があるのか。それを聞く前に斎藤さんが立ちあがった。

「こっちへ」

 ベッドのそばまで俺を引っ張る。

「どうしたの?」

 今度はベッドの上に膝立ちになって首のあたりを見ている。

「跡はないようね。良かったわ」

 あのときのことか。

「舞さんと部長がいたからね」

「2人には助けられるわ。これ、喉仏よね。触ってもいいかしら?」

「どうぞ」

 指でなでたりなぞったり、くすぐったい。こういう一面を部長以外に見せたことがあるのだろうか。

「知ってる?喉仏って西洋ではアダムのリンゴって呼ぶらしいわよ」

「へー。聞いてもいい?」

「いいわ」

 これは元の世界に戻る前に聞いておかなきゃいけないことだ。

「戻りたくない?」

 指が首から離れる。

「……分からない。少なくとも名残惜しいって気持ちはあるわね」

 本当は戻りたくないのかもしれない。

 彼女の問題は彼女個人の問題だ。周囲の目なんて気にするな、無視してしまえ。それで済むならこんなことにはなっていない。他人には大したこと無くても本人には重要なことは誰にだってある。

「あー……何て言うか、好きとか恋愛感情抜きにしても自分が良いなって思う相手には自分のことも良いなって思ってほしいのが人間だと思うんだ。斎藤さんにもそういう人はいる?」

 彼女は黙ってうなずいた。

「ならそれでいいと思う。俺だって高校に入学したとき舞さんしか話せる人いなかったけど今はそれなりに楽しんでるし」

「……そうかしら?」

「人間関係をゼロからスタートするって言葉あるけどあれウソだよ。周りは友人や恋人がいるのに自分だけゼロってことは実質マイナス」

「貴方にもそんなときがあったの?」

「1年目は舞さんとクラス別だったから。別に難しく考える必要はないって。部長と誰かが話してるときに何の話してるか聞いてみるとかそんな感じ」

「上手くいくかしら?」

「俺だって合わない人はいるし最初から上手くいく方が珍しいって。何なら俺や舞さんで練習したっていい。俺なんて昔の記憶ないし、色々教えてよ」

 自然と笑顔が出た。つられてくれたのか斎藤さんも笑っている。

「あっちでそんな風に笑ったことってある?」

「最近はないわね」

「できるようになればあっちでの生活も少しは楽しめると思う」

「やってみるわ。私からも聞いていいかしら?」

「どうぞ」

「どうして引っ越したの?1人暮らしだけじゃ理由として弱い気がするわ」

 鋭いなー。まーでも隠すことじゃないか。

「中三のとき高校生の集団に囲まれたことがあって、やばいって思ったら知ってる子がやって来たんだ。その子は何回か遊んだことがある子でその集団の中に兄妹がいたみたいなんだよ」

「まるで修羅場ね。どうなったの?」

「泣くわ叫ぶわの大ゲンカ。その子は友達連れだったからもうすごかった。それ見てたら自分は何やってたんだろうって考えちゃって。それから女の子に声かけたりするのやめたんだよ。けど今までやりたい放題やってた人間がこれからはまともになりますって言ったって周りは簡単に信用しないでしょ? だから親に引っ越しの話を聞いたときはチャンスだって思ったんだ」

「そうだったの」

 特に否定するような感じも無い自然な言い方だった。何か落ち着く。

「俺にも色々あるってことだよ、後悔はしてないけどね」

 斎藤さんが俺を見ている。あの威圧感のようなものはもうない。だけど何かを話したいってわけではなさそうだ。

「……何?」

「もうすぐこの世界は消えるわ。それまで見ておきたいの。私の心の中に入って来た人間のことを」

 あの人を見透かすような目とは違う、それでも力のある目に俺は何も言えなくなった。花火の音はもう聞こえない。

 テーブルもクッションもベッドも2人目の女子高生のように消えていく。まるで浮かんでいるように体の感覚も無くなって部屋も家もなくなった。

「怖くなってきた」

 言葉は話せる。

「あの人が信じられない?」

 声だって聞こえる。

「そういうわけじゃないけど……」

「怖がらないで。すぐに目を覚ますわ」

 怖いという気持ちが他人事のように感じるられる。この世界を作っていた光彩が消えていく。舞さんは勝ったのだ。それだけは確実だ。

 なら怖がることなんてない、はず。

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