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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第四章 王位継承戦争編
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第094話 決戦の刻・後編

「ユート君、見て下さい」


 ウェルズリー伯爵はそう言うと、指揮仗で中央を指す。


「ジャストの軍勢は我が方の最左翼を迂回して攻撃しつつ、ブルーノの軍勢と正面から組み合っています。一方でタウンシェンド侯爵勢は我が方の右翼と延翼運動を繰り返しています」

「中央が薄いってことですね」

「その通りです。二つの部隊の境目というのは陣が乱れやすいところです。が、本来ならば総指揮官が注意を払って両部隊の運動により穴が開きそうならば予備隊を投入するものです。しかし、その総指揮官が向こうにはいない。ジャストも目の前の戦いに追われて気付けていないのでしょう」

「西方混成兵団を率いてあそこを突破すればいいですか?」

「そうですね。突破した後、右に転回して下さい。そこに敵の法兵がいるはずです。法兵を叩ければこちらの法兵は味方の防御を考えることなく攻撃し続けられますし、その攻撃も妨害を受けることがなくなります。そして、背後に敵を受けた上に法兵の攻撃に晒されれば……」

「タウンシェンド侯爵では支えきれない、ということですね」

「その通り。ではよろしくお願いします」


 ユートはウェルズリー伯爵の言葉に頷くと、西方混成兵団の司令部へと移動した。



「ユート、右も左も戦ってるのにあたしたちは何すればいいのよ!?」


 帰ってくるなりエリアが吠えていた。

 別にバトルジャンキーというわけではないのだろうが、周囲が戦っている中自分たちだけが楽をしているという状況には耐えられないのだろう。


「今から敵の中央を突破することになった」

「ほう、それは豪気やな」


 ユートの言葉にゲルハルトが不敵に笑う。


「この程度の運動戦ならば我らも追従できます。どうか今回は一緒に」


 戦列歩兵中隊を含んでいる西方混成歩兵第三大隊の大隊長であるイアン・ブラックモアがそう主張する。

 これまでの大半の戦いではその機動力の無さから置いてきぼりを食らったりしていたが、是が非でも今回は帯同したいという意思がその両の眼に現れていた。


「わかった。先陣はゲルハルトの大隊、次にハルさんの大隊、本営が冒険者大隊とレオナの斥候中隊、あと驃騎兵中隊、後衛はブラックモアさんの大隊でお願いします」


 アーノルドもまた頷いていたので、ユートはブラックモアの西方混成歩兵第三大隊もまた参加させることにする。

 リーガンの西方驃騎兵第二大隊は偵察と伝令用の一個中隊を残して西方軍直属法兵の掩護に出ていて今回は間に合わない。

 西方驃騎兵第二大隊が帰ってくるのを待とうかとも思ったが、クリフォード侯爵がいつ気付くかわからない。

 もし手当てされてしまえばユートの手持ちだけで突破するのは困難であるので、急いで出撃しなければならなかった。


「戦列歩兵は戦列を組ませずに追従させる方がよろしいかと」

「わかっております。アーノルド殿」


 アーノルドがブラックモアにアドバイスを送り、ブラックモアも頷く。

 鈍重な戦列歩兵が戦場で戦列を組まないなど異例中の異例だが、餓狼族大隊の速度についていくならば戦列を組んだ運動は不可能ということはブラックモアにもわかっていたようだ。


「出撃!」


 ユートが怒鳴ると、ゲルハルトの餓狼族大隊が動き出す。


「あいつら、うずうずしてたわね」


 エリアが馬に乗りながら笑みを漏らす。

 今回はユートもエリアも馬上の人だ。

 戦場ゆえに馬上の方が危険も大きいのだが、周囲を驃騎兵が固めてくれれば大丈夫という判断と、敵味方が混淆する戦場に、徒歩のまま身を投じてしまえば周囲の把握が困難になるという問題があったからだ。

 馬上から見る戦場は少し自分が別世界にいるような錯覚に陥りそうになって、いやいやここは戦場だ、と慌てて頭を振った。


「エリアの言う通りだな」


 先頭を駆けている餓狼族大隊は今から戦いに赴くというのに獰猛ささえ感じさせ、怯えの色は一切見えなかった。

 それが決して強がりではないのは、そのまま吶喊せずに敵陣に斬り込んでいったのでよくわかる。


「あれは……強兵としかいいようがありませんな……」


 圧倒的に優勢な敵陣に斬り込む時、どんなベテランの下士官でも恐怖を覚えるという。

 だからこそ軍では突撃する際には吶喊の声を上げさせて心を励まし恐怖を紛らわせるのだ。

 だが、餓狼族大隊はそんな小細工なしに正面から無言で突撃していくのだ。


 敵陣からその恐怖心を紛らわせる蛮声が上がろうとして、だがその前に餓狼族の余りに異質な突撃の前に恐怖が先走ったらしく声の合わない恐怖混じりの蛮声が響き、そうしているうちに餓狼族大隊に陣を食い破られてしまう。


「よし、突き崩すで!」


 ゲルハルトの命令が飛び、逃げ腰になった敵勢を追い散らしていく。


「ゲルハルト! 追撃はいらないぞ!」

「わかっとる! それより法兵叩くねんやろ?」

「ああ!」


 ユートの声を聞いてゲルハルトが笑みを見せた。

 すぐに再集結させて、そのまま冒険者大隊と一体になって次の目標を探す。

 ようやく追いついてきた西方混成歩兵第三大隊も含めて、敵陣のあったあたりで西方混成兵団が再集結する。


「なんつうか、戦いやのに戦う前から勝っとるねんな」


 ユートの馬の横までやってきたゲルハルトがそんなことを言って笑う。

 ユートも全くの同感だった。

 敵の法兵を引きずり回して延翼運動をやらせた時点でユートたちの突撃は楽になることが予定付けられていたといってもいい。

 それはまさに戦う前から勝っているとしか言いようがなかった。


「ユート、あそこニャ!」

「いくわよ!」


 エリアが突出しそうになるのを慌てて止めながらユートは火球(ファイア・ボール)を放つ。

 それを合図にしたように、アドリアンが冒険者大隊の魔法使いたちに思い思い魔法を放たせる。

 だが、南方軍直属法兵中隊はすぐに水壁(ウォーター・ウォール)火球(ファイア・ボール)を防ぎ、土塀(アース・ウォール)土弾(アース・バレット)水球(ウォーター・ボール)風斬(ウィンド・カッター)を防ぐ。

 魔法使いの数はせいぜい五十人ほどしかいない南方軍直属法兵中隊だが、倍では利かない冒険者大隊の魔法使いたちの魔法を跳ね返したのは流石だった。


 だが、ユートは落胆しない。

 あくまで魔法を放ったのは南方軍直属法兵中隊がこちらに攻撃魔法を放てないようにするため――そう、魔法の応酬を行っている間にゲルハルトの餓狼族大隊が迫っていた。


「兵団長閣下! 後方に敵勢!」


 アーノルドが叫んでいた。


「南方驃騎兵です――南方驃騎兵第十三大隊!」


 南方軍直属法兵中隊の危機を察知したのか、陣を破られたところを補おうとしたのかまではわからないが、クリフォード侯爵が騎兵大隊を差し向けてきたらしい。


「兵団長閣下! 我が大隊が当たります!」

「任せた!」


 ブラックモアはすぐに戦列歩兵に戦列を築かせ、軽歩兵には矢を浴びせさせる。


「アドリアン! ちょっと魔法使いをこっちに回しなさい!」

「おう!」


 エリアの怒鳴り声にアドリアンが反応し、魔法使いを含む数パーティを西方混成歩兵第三大隊の方に差し向ける。

 さすがに矢の雨を、魔法の雨を浴びながら突撃を敢行するほど愚かではない。

 直接的な矢だけでも重装ではない驃騎兵にはそれなりに脅威であるし、なによりも魔法によって土塀(アース・ウォール)を作られたりすれば大惨事だからだ。


 ユートが後背の手当てをしているうちに、ゲルハルトの餓狼族大隊、そしてそれに続いていたサマセット伯爵領軍派遣大隊と冒険者大隊の一部は南方軍直属法兵中隊の隊伍に突っ込んでいた。


 かつて、ポロロッカの折にワンダ・ウォルターズが語ったこともあったが、王国軍の法兵は基本的に白兵戦の訓練を受けていない。

 人数的には一軍あたりで数十人から多くても二百人程度しかいないの法兵に白兵で戦わせたところで意味は無いし、養成に時間のかかる法兵を白兵戦で消耗するのは勿体ない、それに後方から魔法による支援を行う法兵が白兵戦を行うような事態になる前に速やかに撤退させるべき、というような理由からだった。

 そしてそのような法兵が今回のように退くに退けない場面で、歩兵に襲われたならばどうなるか、ということが自明のことだった。


 ゲルハルトの餓狼族大隊はほとんど一瞬で南方軍直属法兵中隊を鏖殺した。

 至近距離に迫られては魔法を放つ間もなく――もっとも放っていたとしても餓狼族もまた土魔法を中心に魔法を使えるのだから跳ね返されていたことは想像に難くないが――鏖殺された。

 後続の冒険者大隊、サマセット伯爵領派遣大隊はやることもなく、アドリアンとハルは苦笑いを浮かべるしかなかったほどだった。




「どういうことだ!?」


 タウンシェンド侯爵はその本営で激怒していた。


「法兵が壊滅、とは一体どういうことだ!?」

「はっ、我が右翼を突破した敵歩兵が後方へ殺到、南方軍直属法兵中隊を壊滅させた模様です」

「なんということは……あの左翼側への延翼運動は……」


 囮だった、とタウンシェンド侯爵は今さらながら悟ったが、如何ともしがたかった。

 どこで自分は間違えたのだろう、と自問自答し始める。

 もし延翼運動に付き合っていなければ左翼側から敵の右翼に包囲されていただろうし、先代カニンガム伯爵はいくさ上手で有名であるので恐らくそれで壊滅させられていただろう。

 だからといって右翼に兵を残していれば延翼運動についていけなくなった可能性は高い。

 ならば、延翼運動に応じなければ、とタウンシェンド侯爵はそんな自問自答を繰り返していた。


「内務卿閣下!」


 副官の声にようやくタウンシェンド侯爵は我に返る。


「このままでは包囲されます」

「後退、するしかあるまい……」


 戦機は去った――タウンシェンド侯爵はそう悟って肩を落とした。




「ユート君は上手くやってくれたようですね。これでタウンシェンド侯爵は後退を考えるでしょうが……」


 ウェルズリー伯爵は独り言ちながら、悪い笑みを顔に浮かべている。


「まず北方軍直属法兵中隊は全力攻撃の命令を。それとブルーノにはジャストに食いついて離すな、と」


 副官が頷いてウェルズリー伯爵の命令を各隊へと伝えるべく伝令を送る。


 シーランド侯爵にクリフォード侯爵勢を拘束させようというのは、もしクリフォード侯爵が上手く西方混成兵団とタウンシェンド侯爵勢の間に割って入った場合、数的劣勢の西方混成兵団はクリフォード侯爵のしんがりを突破できずに追撃し損なって画竜点睛を欠く恐れがあるからだ。


 ウェルズリー伯爵は決してクリフォード侯爵を甘く見てはいない。

 模擬戦ではいつも勝利を収めてきた相手であり、今回も苦難の川の会戦に続いてクリフォード侯爵を破れそうだったが、それは決してクリフォード侯爵が凡将、愚将であることを意味しているとは思っていない。

 確かに用兵は教科書通りであり読みやすいことは読みやすいが、それはウェルズリー伯爵が三十年来の付き合いがあるからであり、一般的には用兵の手堅さと優れた統率力を持ち合わせた将軍であると認識している。

 特に戦機を見誤らない戦術眼は王国でも屈指であり、数的劣勢のユートには分が悪いだろうから、十分にタウンシェンド侯爵勢が崩れるまではクリフォード侯爵勢を拘束しておく必要があった。





「包囲を嫌っているのか!?」


 クリフォード侯爵はタウンシェンド侯爵勢が後退しつつあるのを見て、そう判断していた。

 クリフォード侯爵の位置からは延翼運動の張り合いになっているのは見えていなかったため、中央が破られて後方に回られるのを嫌っている、と映ったのだ。


「予備隊を出してあの程度叩けばよいものを……」


 クリフォード侯爵は苛ついたようにタウンシェンド侯爵の采配を批判する。

 クリフォード侯爵が突破された中央に繰り出した南方驃騎兵第十三大隊は西方混成歩兵第三大隊に阻まれているが、それでもまだ予備隊は残っている。

 タウンシェンド侯爵が予備隊を出して支えてくれさえすれば西方混成歩兵第三大隊を破ってあの獣人や冒険者のいる部隊――苦難の川の会戦でクリフォード侯爵に致命的な一撃を与えた敵勢を打ち破ることが出来るのに、と思う。

 だが、タウンシェンド侯爵が後退しつつあるという現状はそうしたクリフォード侯爵の戦術構想を実現するのは不可能だった。


「軍務卿閣下、シーランド侯爵領軍が前に出ます!」

「くそ、ブルーノも無能ではないな!」


 下手に下がれば更に踏み込まれて、待っているのは総崩れであることはわかっている。

 そして、それが敵将シーランド侯爵の目論見であることも。

 王国軍は執行委員会事件のこともあり志半ばで退役したが、それでも王立士官学校首席卒業の俊英であり、戦場の何たるかは知っている男だ。

 内心ではタウンシェンド侯爵があのくらい戦場の機微を知っていてくれれば、と愚痴を吐きたくなったが、それを呑み込んで命令を下す。


「南方驃騎兵第三大隊を出せ。ああ、第七大隊もだ。騎兵で両翼を押し包んでしまえばブルーノも踏み込めんだろう」


 南方驃騎兵第三大隊はともかく、南方驃騎兵第七大隊はメンザレの前哨戦、苦難の川の会戦で多大な損害を被っており、まだ再編したところで増強二個中隊ほどにしかなっていない。

 それすら投入しなければならないところにクリフォード侯爵の苦しさがあった。




「敵が後退しているわ!」


 エリアが叫んだ。


「追撃するんだ!」

「当たり前や!」

「任せるニャ!」

「任せとけ!」


 ユートの命令に三人の頼もしい仲間が応じる。


「ユート殿、許可を頂ければ私は後方のブラックモア殿を支援したく思いますが……」

「もちろん! よろしくお願いします!」

「絶対に敵騎兵に背後は衝かせません」


 ハルはそう返事をした。


「あの戦旗はタウンシェンド侯爵ですぞ!」


 アーノルドが指差す先には豪奢な戦旗が翻っているのが見える。

 その戦旗の周囲の兵たちは、慌ただしく動き回っており、後退の準備をしているらしい。


「よし! あそこへ――」


 ユートが命令しようとした時、戦場の喧騒の中でもそれとわかるくらいの馬蹄の音が響く。

 咄嗟に後ろを振り向いて、ブラックモアが破れたのか、と確認するが、ブラックモアの西方混成歩兵第三大隊は冒険者の魔法の掩護を受けて、南方驃騎兵第十三大隊を完全に食い止めている。


「中央驃騎兵第三大隊ですな」


 戦旗を見たアーノルドが冷静にユートに報告した。


「本営驃騎兵中隊を指揮する許可を。西方混成兵団には近づけさせません」

「アーノルドさん、頼みます」


 ユートがそう言ったのを確認してアーノルドは周囲の騎兵たちに怒鳴る。


「本営驃騎兵、私に続け! 目標、敵騎兵!」


 もともとこの騎兵はアーノルドが率いていた騎兵だ。

 お互いに相手を知り尽くしていただけあって、違和感なくアーノルドの指示を受け容れ、転回して敵騎兵に当たる。


「ゲルハルト、本営に突っ込むぞ!」

「当たり前や!」


 ユートの言葉にゲルハルトが応じて、兵を率いてタウンシェンド侯爵の本営へ突進していく。

 そうはさせまいと本営を守る歩兵たちが立ちふさがったが、ゲルハルトの勢いは押しとどめられない。

 こうなれば数や技量ではなく、勢いこそが大事だった。

 ユートもまたゲルハルトに続く。


「貴様ら! どこの者だ!?」

「西方軍西方混成兵団!」

「サマセット伯爵の兵か!」


 タウンシェンド侯爵がそう呻くと、剣を抜き放つ。


「ユート、任せるで! 槍じゃ戦いづらいわ!」


 ゲルハルトはそう言いながらユートのために狼筅(ろうせん)を振り回して周囲の敵兵をあたるを幸いなぎ倒していく。


「貴様……エレル冒険者ギルド総裁、正騎士ユートだな」

「ああ、そうだ! タウンシェンド侯爵だな?」


 ユートも剣を抜き放ち、青眼に構えながらじっとタウンシェンド侯爵を見据える。

 初めて会うタウンシェンド侯爵だが、思えばベゴーニャの引き起こした西方冒険者ギルド事件以来、因縁しかない相手でもある。

 正直、あまりいい印象を抱いていない相手だけに、ぶくぶくと太った悪徳貴族のような存在かと思っていたが、年老いて痩せていながら眼光だけは鋭い老人だった。


「問答は、いらぬな」


 タウンシェンド侯爵はそれだけ言うと、剣を振りかざした。

 かきん、と鋭い音がして、タウンシェンド侯爵の剣がユートの剣とぶつかり合う。

 文官と聞いていたが、存外剣の腕は立つようだ。


 二合、三合と打ち合うが、疲れる素振りも見せずに剣を振るい続けるのはこの老人がずっと鍛えてきたことを意味している。

 だが、ユート――やあるいは冒険者、軍人――のように実戦で戦ってきたわけではないのだろう。

 魔物――例えば黄金獅子(ダーク・レオ)などのような――とは違って虚実織り交ぜた戦いを仕掛けてくるわけではなく、ただ基本に忠実な剣術だった。

 ユートはこれまで培った剣の腕を披露するように、遠慮なく攻める。


 それでもユートは魔法を使わなかった。

 恐らく魔法を使えばこの老人を討つのには数合もいらなかっただろう。

 だが、何か魔法を使ってはいけない気がした。

 だから、剣だけで打ち合った。


 十数合、いやもっと打ち合っただろうか。

 タウンシェンド侯爵の動きが鈍り始めた。

 それでも、意地を張るようにタウンシェンド侯爵は打ち合うことを止めなかった。

 既に周囲はゲルハルトやアドリアン、エリアが掃討しており、闘っているのはユートとタウンシェンド侯爵だけになっていた。

 ゲルハルトも、アドリアンも、エリアも手を出さなかった。

 彼らもまた、何糧を出してはいけない気がしていたのではないかとユートは思う。


 そして、さらに十数合打ち合ったところで、ユートの剣が、タウンシェンド侯爵の剣を跳ね飛ばした。


「終わり、です」

「ああ」


 タウンシェンド侯爵は跳ね飛ばされた剣を拾う素振りもなく、観念したように、しかし強い視線でユートを見る。


「ゴードン代王殿下を王にする夢は叶わなんだか……」


 タウンシェンド侯爵は言葉を絞り出した。


「逆賊として死すとしても、此度の戦い、何ら恥じることはない。ゴードン代王殿下こそ、王にふさわしき人と思うて、国を思うてやったこと。そしてその戦場に死ぬは誉れ。さあ、首を打たれよ」


 そう言うとタウンシェンド侯爵は首を差し出した。

 首を取れ、というのだろう。


 平静に、努めて平静にユートは無言で剣を振り下ろした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 敵も魅力が有る [一言] ゴードン王子については余り触れられていませんでしたが、こんな人柄だったのですね。 仁君の素質のある兄・ゴードン王子を蹴落としてまでアリス王女は何を為したかったのか…
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