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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第四章 王位継承戦争編
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第092話 決戦の刻・前編

 翌朝、全軍がメンザレの庁舎前にある広場に集められていた。

 もちろん、アリス王女の演説を聴くためだ。

 ユートは事実上の西方軍司令官代理という立場であることから高官として、演説するアリス王女のすぐ後ろ、アナの隣に立っており、ウェルズリー伯爵もまた同じように立っている。

 また、西方混成兵団は次席指揮官であるロビン・リーガンの指揮の下、整列していたが、ゲルハルトとレオナは王国軍の指揮下にあるわけではない、という微妙な立場から客人としてユートの横に立っていた。



 兵たちが集まって十分な時間が経った頃合いを見計らい、アリス王女はメンザレの庁舎のバルコニーに立つ。


「皆の者、よく集まった。ノーザンブリア王国第一王女アリス・ノーザンブリアである」


 重々しく、威厳に溢れる声でアリス王女が演説を始めた。


「ここ数年、国王陛下は病を得られ、床に伏せられていた。この有事にわらわら王族、そして陛下の股肱シュルーズベリ侯爵ハーマン以下、七卿、王国の諸官陛下の大御心を安んじ奉らんと欲し、その全力を尽くさんとした。そして、その諸氏の不断の努力ありて王国は静謐を保ち、民みな平穏なる生活を送ることができたものである」


 ここでアリス王女は言葉を切り、そして兵士たちを見回す。


「然るに」


 アリス王女は口調を一段と厳しく、ボルテージを上げて、強く言葉を続ける。


「忠臣ハーマンまた病に冒されるや、ノーザンブリア王国第一王子ゴードン・ノーザンブリアは王国を我が物とせんと欲し、その獣心赴くまま、代王を僭称、偽勅を発し国政を壟断す。父王陛下の大権を侵すは不孝にして不忠なり。忠臣こぞりて諫言すれども、彼の僭王、そのような言を容れずただただ武によりて弾劾する陛下の忠臣を討たんとする蛮勇を振るう。ことここに至り第一王女たるわらわが歩むべき道はただ一つと信ず。即ち、僭王ゴードンを討ち、陛下の宸襟を安んじ奉るべきであると」


 アリス王女は獅子吼する。


「皆の者、悪逆無道の僭王ゴードンを討つべし! 王国諸氏の忠義を示すべし! わらわがその先頭に立つ! わらわに続くべし!」


 アリス王女の言葉を受けて、兵たちは一瞬沈黙し、そして歓声が上がる。

 満足げにアリス王女は頷くと、きびすを返してバルコニーから退場していった。

 それにかわってウェルズリー伯爵がバルコニー上に立つ。


「皆の者、ウェルズリー伯爵レイモンドです」


 アリス王女とは対照的な落ち着いた声色――いつものウェルズリー伯爵らしい丁寧な物言いだった。


「王女陛下のお言葉を賜り、我らはこれより進まねばなりません。我らは小勢と言えども、恐れることはありません。先頭に立つのは北方一の勇士雷神(トール)ゲルハルトであり、ポロロッカの英雄ユートであり、そして私、雷光のウェルズリーです」


 そう言うと、ウェルズリー伯爵は剣を抜き放つ。


「この剣に賭けて約束しましょう。我らに燦然と輝く勝利をもたらすことを」


 抜き放った剣が朝日を反射してきらりと光る。


「総員、軍司令官閣下に、敬礼っ!」


 北方軍の誰かが叫び、北方軍と西方混成兵団の総員が、息を合わせたように敬礼した。




「まあ、上手く行ったと見るべきですね」


 今日の行軍はアラドまでと決めているので、出発は昼過ぎで十分間に合うということもあり、ユートやウェルズリー伯爵には少しばかりの余裕があった。

 もっとも兵士たちは今から出発の準備を整えているので、そう余裕があるわけでもないだろうが。


「ユート君、申し訳ないですが、先陣で頼みますよ」

「え? 僕がですか?」

「ええ、獣人部隊の強さは先の戦いで証明されていますからそれが先頭に立つことで兵の士気を高められますし、君自身も兵士にとっては英雄なのです。よくわからない南方戦争で勝った私よりも、ポロロッカを終結させ多くの西方領民を救った英雄なのです」


 ウェルズリー伯爵の言葉に照れくさくなったが、ウェルズリー伯爵は全く笑っていない。

 少しでも兵たちの士気を高める策を打とうというのだろう。


「わかりました。西方混成兵団全体でいいですか?」

「そうですね。ああ、セオドア君の戦列歩兵と西方軍直属法兵は王女殿下の直属で残してもらいますよ」

「構いません」


 法兵は少し惜しいが冒険者で代用できるし、足の遅い戦列歩兵は冒険者や餓狼族大隊とは相性が悪すぎる。


「それと、貴族たちに書簡を送りました。途中で合流を申し出る貴族もいると思いますが、サイラスに一任して構いません」

「いいんですか?」

「ジャストは少し前までアラド近くで兵を再編していたようですが、被害の多さとアラドの守りが固められたことから退却しました。恐らく態勢を立て直すためにメンザレと王都の中間点であり、東部の物流の中心地であるグラッシントンまで兵を引いているでしょう。そのグラッシントンを早急に攻めて欲しいのです」


 クリフォード侯爵が立てこもるグラッシントンを攻めて欲しい、ということはあれだけの数の僭王軍とまたぶちあたることになる。

 ユートはさすがに率いているわずか四千ほどの軍勢でどうしろというのだ、と思わないでもない。


「出来ますかね?」

「大丈夫です。グラッシントンは物流の拠点ということもあって開けた土地である上に、発展に対応するために先頃に市域の拡大をやった結果、まだ市壁は未完成の部分があり、堀もない都市です。守りに適さない都市なので、いくら重要でもジャストならば捨てます」


 クリフォード侯爵の思考を読み切ったウェルズリー伯爵の言葉。

 ユートは半信半疑だったが、それを否定する根拠もないので頷いておく。


「わかりました。ただ、抗戦するようだったら落とせないかもしれませんよ?」

「その時は私が後巻きしますよ」


 ウェルズリー伯爵は軽く請け負ってくれた。



 昼過ぎ、ユートは西方混成兵団を率いて出陣した。


「今回は兵団の輜重段列を分離しないのですな」


 西方驃騎兵第二大隊長ロビン・リーガンの質問にユートは頷く。

 西方驃騎兵第二大隊は先陣をゲルハルトの餓狼族大隊に譲ったのでユートのすぐに近くにいたのだ。


「二週間近い行軍だから無理でしょう」

「徴発に頼る、というのもありますが……」

「多分、冒険者大隊が激怒しますよ。冒険者はずっとそういう時には徴発される側でしたから」


 もちろん激怒するのは主にアドリアンだが、他の冒険者連中にしてもいい顔をするわけがないのはユートにもわかっている。


「ままならんもんですな」

「だいたい国内の戦いですからね。アリス王女殿下が義戦と言っているのに徴発したら民心離れそうですし」

「馬車から駄載に変更していますから、前よりは速度も出るかと。戦列歩兵も鎧を駄載させております」


 副官のアーノルドが補足をいれるとリーガンも頷いた。

 元々は王立士官学校における教官と生徒の関係であったこの二人の関係はなかなかに微妙な関係らしかったが、少なくともアーノルドの行動にリーガンが否やは言えないようだ。



 ユートは命令通り、アラドを経由して東部深くに侵入していった。

 東部は西方とは違い、魔の森はなく手入れされた共有林があるだけであり、その共有林も農村の近くにしかなかった。

 都市の近くは一面麦畑が広がっていたり、小川から水をくみ上げる水車がからからと回っていたり、はたまた馬やら牛やら放牧するための牧場になっていたり、というような風景だった。

 そのような牧歌的な風景の中を、無粋にもユートたちは武装して押し通っていく。

 農夫や牧夫たちはそんな様子に驚いて遠巻きにこちらを伺っていたが、何もしないと知ると再び麦畑を耕し、馬や牛を追う作業に戻っていった。


 また、東部深くに入ると時折アリス王女に加勢したいという貴族が兵を率いて現れたが、アーノルドに丸投げしてユートは挨拶するに留めている。


「いいのかな?」

「構いません。アリス王女殿下の命令を受けてグラッシントンを狙うことを優先しているのですから、貴族には対応できない、で済みます。王国軍の命令に基づく行動を阻害した場合、利敵行為として重大な貴族法違反ですから」


 貴族を放置して大丈夫か、と言うユートにアーノルドは事も無げに言った。


 そんな行軍を続けながら、反撃らしい反撃を受けぬまま、三月二十四日、ユートたちはグラッシントンに到着した。




「クリフォード侯爵の軍は逃げてるみたいニャ」


 レオナが斥候中隊の情報を総合してそう報告してきた。

 どうやらユートたち西方混成兵団が近づくのを見て撤退を決めたらしく、東門から続々とグラッシントンを脱出しているらしい。

 西方混成兵団はたかが四千人しかいないのに随分とあっさり退却するのだな、と思わないでもないが、先の苦難の川の会戦で数的優勢を持ちながら敗北を喫したので兵の士気が落ちているのかもしれないとユートは思う。

 そうでなければグラッシントンの市壁が頼りにならなくとも数が多いのだから堂々と会戦で決すればいいのだ。


「輜重段列も出たみたいだから、まず間違いないニャ」

「じゃあ後はすんなり開門してくれるか、だな」


 グラッシントンの代官は果たしてゴードン王子派なのか、それともアリス王女派なのか、はたまた中立派なのかわからないので開門するかどうかはわからない。


「普通に考えれば開門するニャ」


 レオナは楽観的だったが、ユートもクリフォード侯爵がグラッシントンを捨てている状況で徹底抗戦するとは思っていない。

 だいたい市にいる警備兵を動員したところで満足に戦えないだろう。


 だが、そのユートの予想は市門を見た時に違っていた、と思った。


「戦旗が翻ってるじゃない」


 エリアが言う通り、市壁の上には戦旗がはためいていた。

 ユートは紋章には詳しくないが、市門は閉ざされており、白旗が見えないという点から考えると敵対する意思があるようにしか見えない。


「攻城兵器はないんだよなぁ……」


 当然そんなものを持っていけば行軍速度が落ちるので、西方混成兵団には帯同させておらず、北方軍の輜重段列にしか存在していない。

 そして、北方軍はそれがあるのでユートたちよりだいぶ遅れて行軍しており、それらが到着するまではグラッシントンを囲んでおく以外に取る行動はなかった。

 ユートは頭を悩ませたが、ふと思いつきでゲルハルトに近寄ってみる。


「ゲルハルト!」

「なんや?」

「餓狼族ならあの市壁をよじ登れないか?」


 余り高くはなく、場所によっては人の頭より少し高いくらいしかない部分もある市壁を見てそんなことを聞いてみる。


「出来るか出来んかで言えば出来るやろけどな……どっちかといえば妖虎族向きの仕事やで?」

「そうか?」

「あちきらの方がそういう行動は得意だニャ。ちょっと飛び越えて門の鍵を開けてこようかニャ?」


 さすが猫、と思ったが口には出さない。


「よし、一度だけ試してみよう。夜になったら実行でいいか?」

「あちきらは夜目も利くから大丈夫ニャ」

「オレらは妖虎族(山猫)どもが門開けてくれたらなだれ込むわ!」


 ようやく攻略作戦も決まったところで、また貴族の対処に追われていたアーノルドがどうにか追いついてきた。


「あ、アーノルドさん、攻城兵器ないけど攻めようと思うんですが……」


 ユートの言葉にアーノルドが頭を抱える。

 攻城兵器無しの力攻など、どれだけ被害が出るかわからず、専門家からすれば絶対に行うべきではない作戦の一つなのだろう。


「兵団長閣下、さすがにそれは……」


 そう言いながら市壁に翻る戦旗を見て、アーノルドは首を傾げた。


「妙ですな。あの戦旗はシーランド侯爵家の戦旗……東部貴族の大貴族ですが、僭王派という話は聞いておりません」

「でも、実際に門を閉ざしているんですけど……」

「シーランド侯爵ならば知り合いです。少し声を掛けてみてもよいですか?」

「いいけど、気をつけて下さい」


 ユートの許可を得て、アーノルドは市壁に少し近づいていく。


「ブルーノ殿! シーランド侯爵ブルーノ殿はおりませんかな!?」


 アーノルドが大声で呼びかけると、市門の上の方で慌ただしい動きが起きた。

 そして、しばらくして長身の男が市門の上に立つ。


「私がシーランド侯爵ブルーノだ。貴公は……サイラスか!」


 シーランド侯爵は旧知のアーノルドを見て相好を崩したのが遠くユートの位置からでもわかった。

 同時に市門の上に立つ兵たちの雰囲気が和らいだのを感じる。


「サイラスがいるということは西方軍か!? 獣人にしか見えんが……」

「ブルーノ殿、間違いなく西方軍ですぞ! ところで私一人だけでもよいので入れてもらえませんかな?」

「いやいや、サイラスが西方軍というならば西方軍なのだろう。我らは別にアリス王女殿下にたてつこうというわけではないのだ。今開門する!」


 そう言って市門はすぐに開門された。



「知らぬこととはいえ非礼であった。申し訳ない」


 シーランド侯爵はユートを見つけるとすぐにそう詫びてきた。

 どうやら見慣れない兵たちが現れたので、警戒を厳にしていただけでユートたちと戦う気はなかったらしい。


「いえいえ、それにしてもなんでグラッシントンを占領していたんですか?」

「シーランド侯爵領軍はアリス王女殿下の檄に応じて合流するために軽兵中心でグラッシントンにやってきたのだがな、ちょうどジャストの奴が逃げていくところだったので王国の物流の要衝であるグラッシントンを占領しておけば有利になると思ったのだ」


 シーランド侯爵はそう言って笑った。

 長身で細身だが、貴族というよりは軍人が似合いそうな五十前後の男だった。


「兵団長閣下、このブルーノ殿は私の王立士官学校の一つ先輩でして、共に学んだ仲なのです」

「まあ雷光とまで呼ばれたレイや、騎兵大隊長として有名になったサイラスとは違い、私は色々あって早くに軍を除隊したがな」


 シーランド侯爵はそう言うと少し遠い目をした。

 王立士官学校を卒業してからでも三十年以上、その間に本当に色々あったのだとユートですら思うほどに、その顔には深い皺が刻まれていた。


「ともかく、我が部隊は軽歩兵と驃騎兵中心ではあるが五千ほどもいる。ジャストのところのような鍛え抜かれた兵ではないが、それでも普通に戦えると思う。出来ればユート殿と同じく先陣の誉に預かりたいのだが……」


 ユートはちらりとアーノルドを見る。


「ブルーノ殿の采配は私も知っておりますし、いい戦力となってくれると思います。ただ、ブルーノ殿が兵団長閣下の指揮下に入ることを承知するならば、ですが」

「それはもちろんだ」

「ならば構わないでしょう」


 アーノルドの言葉を受けて、ユートは笑顔で頷いた。




 グラッシントンを陥落させ、シーランド侯爵領軍を加えたユートたちは、グラッシントンで数日を過ごしてウェルズリー伯爵、そしてアリス王女が追いついてくるのを待って、更に軍を東へと進めた。

 その間、いくつかの貴族が王女派に加わった反面、クリフォード侯爵たち王子派の根回しも進んでいるらしく、何度か貴族領軍による襲撃を受けることもあった。

 その都度、ゲルハルトが狼筅(ろうせん)を振るって突撃を繰り返し、リーガンもまた機動力を生かして相手を包囲して叩きのめしていた。


 そして、四月五日、王国東部の都市シェニントンの郊外でクリフォード侯爵、タウンシェンド侯爵、そしてゴードン王子の戦旗を掲げる部隊と遭遇した。


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