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異世界ギルド創始譚  作者: イワタニ
第一章 異世界転生編
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第009話 たまには、買い物を。そして、狩りを。

「うー頭痛い……」


 そう言いながら、青白い顔で起きてきたのは勿論エリアだ。


「飲み過ぎだ」

「……うっさい。わかってるわよ」


 ユートの言葉に、エリアは顔を上げてにらみつけて、気持ちが悪くなったのか余計に青白くなる。


「今日の予定は全部無しにするわ。家で休養する日!」


 一方的にそう宣言すると部屋に戻っていった。

 恐らくそのまま寝るのだろう。


(全く……何考えてんだ、あいつは……)


 昨日の夜、結局ユートがもう眠い、と言って強引に客間に戻るまで、エリアは延々と飲み続けた。

 ユートは何度か止めようとしたが、その度にエリアの刹那的な台詞を貰って止められなかった。


(そういえば俺はなんで二日酔いになってないんだ?)


 前世ではそこまで酒に強くなかったのだが、エリアに散々付き合わされても全く二日酔いになっていない。

 いや、そもそも昨日の夜、エリアに付き合ってそれなりに強いはずの酒を散々飲んで、それでもほろ酔いで済んだのだから、その時点で前世と比べれば相当な差があった。


(審判神様が治してくれた時に強化でもされたのかな……)


 そう思いながら、この世界へと転生させてくれた二柱の神様のことを思い出す。

 色々と才能も賦与してもらったし、加護までくれた。


(そういえばあの才能ってどういうものなんだろう)


 ユートはそこであの才能、というものの効果がいまいちはっきりしていないことに気付いた。


(剣は最初からそこそこ使えたけど、魔法は教えて貰うまで全く使えなくて、魔道具も才能はあるはずなのに作り方はわからない……)


 そうやって考えていく。

 そもそも才能という言葉は二通りの使い方があるだろう。


 一つはいわゆる天賦の才。

 つまり、初めてやることでも、あり得ないレベルでこなしてしまうような人のことだ。

 もう一つは飲み込みが早い、と言われるもの。

 つまり、最初は出来なくても、教えてもらえば人より早く上達していくような人のことだ。


 世界神がくれた才能、というのはどちらなのか。


(まあ後者の可能性が高いけど、前者もスポーツとかだとそれまでに見たことあったりして、イメージ通りに動くってことだしなぁ……)


 努力すればするだけ伸びる、の方がユートとしては有り難い。

 身近な人だけでも剣はエリアとアドリアンがほぼ同等のようなだけに、今の状態で頭打ちだと些か才能というには心許ない、と思ってしまう。


 そんなことを考えながら、剣を持って庭に出る。

 いつものように鍛錬をするつもりだ。

 この鍛錬で、目覚めぬ才能が少しでも開花してくれれば、と剣を振るう。


 だが、数十回素振りをしたところで、ユートの鍛錬は遮られた。


「よう、ユート。エリアはいるか?」


 庭で素振りをしていたユートに声を掛けたのはアドリアンだった。

 恐らくエリアに会いに来たところ、素振りをしているユートを見かけて声を掛けたのだろう。


「あー、エリアなら寝てます」

「大方、また飲み過ぎたんだろ」

「ええ、まあ」


 ユートの苦笑いを見て、アドリアンも同じく苦笑いをする。


「お前ら、魔兎(ダーク・ラビット)の一件はもう終わったんだよな?」

「ええ、昨日ちゃんと報酬の分配して完全に終わりましたよ」

「そうか。エリアに言おうと思ってたんだが、お前たち、俺らと一緒に狩りに来ないか?」

「狩り?」

「ああ、ちょうどいいだろ」

「ちょっと、アドリアン! いくら何でも急きすぎよ」


 後ろにいたセリルがアドリアンを止める。


「えっとね、私たち、今度は魔鹿(ダーク・ディア)の狩りの依頼を受けたのよ。でもちょっと期限が厳しくてね。その分報酬はいいんだけど手伝って欲しくてね。それにあなたたちも狩人(ハンター)として戦ったことないなら、練習に丁度いいかな、と思うの」


 セリルの説明にユートは頷く。

 要するにアドリアンたちは足りない人手を補って、契約に間に合わせられて信用が傷つかないし、ユートたちは狩人(ハンター)としての経験値を手に入れられる。

 お互いにとってメリットのある申し出だった。


「確かに狩人(ハンター)として全く戦ったことがないのは不安なんでお願いします」

「報酬は狩った分に応じて分配でどうかしら?」

「いいんですか?」

「そりゃ狩った分まで持ってったらただの後輩いじめだろ」


 そう言ってアドリアンが大笑する。


「でも今日は行けませんよ? いや、僕一人なら行けますけど」


 勿論エリアが二日酔いで潰れているからだ。


「ああ、今日は昼前から雨になりそうだから明日からだ。魔鹿(ダーク・ディア)は雨になると引っ込むことが多いから見つけるのに苦労するしな」

「わかりました。それなら明日、朝から出かけられるようにします」

「頼むぜ。特にエリアのお守りをな」


 酒を飲ますなよ、と暗に言いながらアドリアンは再び大笑した。


「ああ、それとユート。お前の防具を見繕ってやろうかと思って来たんだが……」

「防具、ですか?」

「ユートくんの防具、あの革のベストだけでしょ? あれじゃ防具の意味がほとんどないから……」

傭人(ゴーファー)ならともかく、狩人(ハンター)をやるならきちんと防具を身につけておいた方がいい。それに魔兎(ダーク・ラビット)のお陰で買える金もあるんだろう?」

「そうですね。お願いします」

「よし、では今から行くか」




 ユートが二人に連れてこられたのは、街の大通りから一本裏に入ったところにある、決して大きくはない店だった。


「ここは目立たないが腕のいい革職人がいてな」


 アドリアンはその店をそう評した。

 中に入ってみると、革の防具が所狭しと吊されていたり、並べられていたりした。


「やあ、ランデルさん」

「アドリアンか。何を買いに来た?」


 アドリアンが声を掛けると、あご髭を蓄えた、四十がらみの偉丈夫がそう訊ねてきた。

 低い声は下手をすれば脅しつけているようにしか聞こえない。


(日本では考えられない接客態度だよなぁ……)


 ユートはふとそんな感想を抱く。


「今日はこいつの防具を選びに来たんだ」


 アドリアンの言葉にランデルはじろり、とユートを見た。


「随分と薄着だな。こんな防具でよくこれまでやってきたな」

「だろ。今度から狩人(ハンター)になるらしいんで、ランデルさんの防具を買えって言ってな」

「そうか。そいつはありがとうよ。で、得物は剣か?」


 相変わらずの仏頂面で、本当に思っているのか怪しげな感謝の言葉を吐く。


「剣、と魔法ですね」

「珍しい奴だな。だとすると後ろから魔法を打ちながら必要があれば前に出る戦い方になるだろうし、そこまで重装じゃなくてもいいな」


 そう言いながらランデルは一つの鎧を取り出した。

 腰から上、胸までしか覆わない胴部のみの鎧だ。


「こいつは胸甲(キュイラス)と言ってな。腹や胸といった致命傷になるところだけ守ってくれる。腕や足がやられたら魔法で治療すればいいだろうし、何より軽い」


 魔法で治療、と効いてユートは不安そうな顔になる。


「ユートくん、後で教えるわ」


 セリルがそう言う横で、今度はアドリアンが口を開いた。


「ランデルさん、さすがに足が無防備なのは危なくないか?」

「それなら下に草摺(タセット)を着ければよいだろう。それでも足りんなら佩楯(クウィス)も着ければいい」

草摺(タセット)佩楯(クウィス)はあるのかい?」

「勿論だ」


 ランデルはそう言うと、腰から下を守る草摺(タセット)や、太ももを守る佩楯(クウィス)を出してきた。


(どんどん話が進んでいくな……さっぱりわからんから一緒に来てもらって正解だった……)


「両方とも着けた方がいいな。ああ、着けてやるよ。鎧下(ギャンベゾン)はその服でいいな」


 アドリアンはそう言うとユートのややサイズが余っているズボンの上から佩楯(クウィス)を着け、草摺(タセット)も着けてくれた。


「最後はこいつだな」


 アドリアンはそう言うとひょいと胸甲(キュイラス)を渡す。


(これ、どうしたらいいんだ?)


 胸部と背部に分割出来るらしいそれを、ユートはああでもない、こうでもない、と四苦八苦しながら身に着けた。

 どうやらユートの着け方はあっているらしく、アドリアンもランデルも何も言わない。


「うん、悪くないと思うわ」


 セリルにそう言われればユートも満更ではない。


「その胸甲(キュイラス)魔牛(ダーク・ブル)の雄の成体の、肩から背中にかけての皮を使っているから頑丈だ。佩楯(クウィス)草摺(タセット)も一緒だから、まあ魔獣ならなそれで十分だろう」

「ああ、十分だと思う」

「ありがとうございます。これ、いくらになりますか?」


 ほとんどしゃべる隙も与えられずにアドリアンとランデルの間で話が決まってしまったユートだったが、最後のところだけは自分で訊ねる。


胸甲(キュイラス)だけで八十万ディール、草摺(タセット)が二十万ディールに佩楯(クウィス)が十万ディールだの合計百十万ディールだ」

「おいおい、ランデルさん、新人だぜ?」


 アドリアンが口を挟む。


「うるさいわ。儂の作った甲冑はそれだけの価値がある」


 あご髭を震わせてランデルも言い返す。


「いやいや、甲冑の価値があるのはわかってるさ。でも期待の新人なんだ。ここらで一つ、おまけしといてあげたら次からもランデルさんの店に来ようって思うぜ。そうやってまけてもらった俺が言うんだから間違いない」


 立て板に水のごとく値切り始めたアドリアンに、ランデルはちっ、と一つ舌打ちを挟んだ。


「ふん、しょうがないな。百万ディール。それでどうだ?」

「あ、大丈夫です」


 ユートは巾着袋から金貨を十枚、取り出してランデルに渡した。


「丁度だな。ありがとうよ。また来い」


 ランデルは仏頂面のままそう言うとまたふいっと店の奥へと引っ込んでいった。




「百万ディールとかよく持ってたなぁ……」


 帰り道、アドリアンが呆れたようにそう言った。


「いや、色々と儲けましたし……でもこれで手持ちはほとんどなくなりました」


 ユートはそう言いながら頭の中で勘定する。


(最初の百万ディールに魔狼(ダーク・ウルフ)の魔石に魔兎(ダーク・ラビット)の報酬が四十二万ディール、使ったのがエリアに渡した十万ディールとこの百万ディール。あと細かい出費も入れてだいたい三十万ディールか)


 エリアとマリアが二人で一ヶ月十万ディールで過ごせると言っていたとはいえ、ユートには家があるわけではない。

 三十万ディールといっても宿屋暮らしをしていたらあっという間になくなりそうだった。


「まあ明日から狩りに行ったら解決するさ。狩るのは魔鹿(ダーク・ディア)だから素早さは必要だが、そこまで怖い相手じゃない」

「そういえばさっきランデルさんが魔獣って言ってましたけど、魔物とは違うんですか?」


 ユートの質問にアドリアンが口を開くより早くセリルが答えてくれた。


「ああ、それは簡単よ。魔獣はそこら辺の獣が魔力の影響を受けて魔物化したものを言うの。生まれながらの魔物とは違う、って意味でね」

「そうだったんですか」

「まあ最近では余り区別する人もいないけど、ランデルさんはそういうところ古風だから」


 セリルはそう言うとくすりと笑ってみせた。


「さて、どっかで飯食おうぜ。おごってやるよ」




 ユートたちが食事を終えてエリアの家に戻ってきた時、ようやくエリアは起きていた。


「あら、あんた随分とかっこよくなったじゃない」


 胸甲(キュイラス)を着けたユートを見てエリアはそう笑った。

 そして、アドリアンから魔鹿(ダーク・ディア)狩りのことを聞いて、すぐに飛び出そうとしてたしなめられていた。




 翌朝、四人は魔鹿(ダーク・ディア)を狩るために街を出た。

 そして、夕方まで歩くと、魔の森の近く、山を背にして川からほど近い平原にたどり着いた。


「ここにベースキャンプを設置する」


 荷物を積んだ荷車を引いていたアドリアンが立ち止まると、そう宣言する。


「ベースキャンプ?」

「そうだ。狩りをやる時は魔物に襲われにくい場所を選んでベースキャンプを作るんだ。そしてそこから狩りに行けば楽だろ?」

「毎日別の場所で野営するわけじゃないのね」

「そういうこった。そうすれば毎日かまどを作ったりテントを張ったりしなくていいから時間の節約になる。ついでに言えば、帰る場所がある、という意味で精神的にもプラスだ」


 理に適っている話だ。

 ユートは猪突猛進に見えるこの陽気な男を少し見直した。

 アドリアンは担いできた荷物をその場に置くと、自分たちのテントを用意し始める。

 エリアとユートもテントを張る。


「そういえばお前らって二人でそのテントなのか?」

「ええ、そうよ」

「ふーん……」


 そう言いながらアドリアンはにやにやとエリアを見る。


「ちょっと、何よ!?」

「いや、何でもない」


 アドリアンはそう言いつつも、にやけながらテントを張り続けた。


 テントを張り終えた後、夕食は持ってきた肉をキャンプファイアーのような大きな焚き火で炙り、堅パンを焼いて食べた。

 素っ気ない食事が終わったところで、アドリアンがおもむろに立ち上がった。


「さて、飯も食ったし、夜の番を決めるか」

「あたしたちと、アドリアンたちの組み合わせていいわよね?」

「ああ、それが一番だと思うぜ。俺たちが先、お前らが後だな」

「わかったわ」


 エリアとアドリアンのその会話で決まった。




「ごめん! 起きて!」


 ユートは誰かに叩き起こされた。

 夜の番を決めた後、ユートとエリアはすぐに寝入ったが、それからまださほど時間は経っていないように感じられた。


「……セリルさん?」

「ごめんなさい。どうも森の様子がおかしいってアドリアンが言うの。魔物に襲われるかもしれないから、装備を整えて」


 セリルはそう言いながら、まだ眠りこけているエリアを必死に揺すっていた。


 ユートが装備を整えてテントから出ると、焚き火の向こう側で、魔の森をじっと見つめるアドリアンの後ろ姿が見えた。

 槍を地面に突き立て、仁王立ちとなっている。


「アドリアンさん……?」


 ユートが声を掛けると、振り返りもせずに返事が返ってきた。


「森の様子がおかしい。魔物が森から出てきているみたいだ」

「よくわかりますね」


 ユートは感心しつつそう言う。

 実際、いくら目をこらしても真っ暗な魔の森のどこをどう魔物が動いているのか、ユートにはさっぱりわからないのだ。

 これで本当に見えているなら、夜目が利くなどというレベルではない。


「勘に近いがな」


 アドリアンはユートの疑問に答えるかのようにそう言った。

 その口調にはいつもの陽気さは欠片もなかった。


 なんとはなしにちらり、とアドリアンの槍の穂先を見ると、鈍色に輝いているわけではなく、真っ黒になっている。

 光って目立たないよう、いつの間にか炭か何かで黒く化粧したらしい。


「僕の剣も黒塗りにしといた方がいいですか?」


 ユートの言葉にアドリアンは首を振る。


「時間がない。出来れば目立たない方がいいんだが、しょうがないだろう」


 そう言うと、また黙りこくって魔の森を見つめた。

 ユートは、ただ黙って傍に立っているしかなかった。



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